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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第六章 粘土人間と変革する世界
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豪快な車窓から

 悪魔として覚醒したパルバニを追いかけ、私たちは王都へと急ぐ。

 魔術師会から王都までは険しい道が続いているが、駆け付けたシュイラと〈エビマル〉によって、主に〈エビマル〉によって難なく突き進めている。

 ほんと、有難いことです。


 そのシュイラと〈エビマル〉との再会は予想外にして衝撃がたくさんあった。もちろん、それはお互いに、ね。


「へえ、アリカに双子の姉がいたとはね。それがコイツか」


 シュイラはベッドに横たわるアリアをまじまじと見ながらそう言った。

 無理もない、だってアリカはアリアの事を誰にも話していなかったのだから。そのせいでついさっきまで、「アリカがふたり!?」って驚いてたもんね。


「でも何と言うか、顔はそっくりだけど似てないな。ずいぶん寡黙なヤツだ」


 シュイラの言う通り、アリアは一言も発していない。それどころかずっとぼんやりした様子でベッドに寝たままほとんど動かない。

 心臓石が砕けた事がそれだけショックだったのだろう。


「いやあ……さっきまでこんな調子じゃなかったんですけどね」


 私はシュイラにアリアの事を、今世界に起こっている事態の説明も兼ねてざっと説明した。

 さんざん驚いてから目の前の現実を見て納得せざるを得ない、誰でもそうなるであろうというシュイラの反応がちょっと面白かった。


「驚くべき事態だが、ある意味納得したよ。外見りゃわかる事だが、ほとんど何も無かった道中も賑やかな事になってるからな」


 確かに、そうみたいですね。

 ちょっと窓から外を見てみたら、いたるところで植物なのか動物なのかわからないものがモゾモゾと動いている。

 空の色に合わせるかのように地にあるものもまた不気味に色を変え目に悪い。こうしてエビマルがなければ移動の苦労は半端じゃなかっただろう。


「ところで、エビマルと言えばずいぶん変わったような気がするんですけど」


 ズシンズシンと私たちを運んでくれているエビマル。その姿は以前と比べ堅牢なものに変わっていた。

 前は四本ほど足が生えた家そのものだった、それが今は外装が強化され砦のよう。有事の際の移動にはいいけど、普段住むにはちょっと落ち着かないかな。


「オマエらがルゾン帝国に向かう直前に話したと思うが、移動ハウスを見たいってやつがいるって言ったろ?」

「ああ……確かキーラって子でしたね」

「それがな……オレの不注意でもあるんだが、いつの間にか大改造を始めて止まらなくなってな。気が付いたらこの有様だ、その……スマン」


 緑色の小さなシュイラがより小さく見える、彼女なりに申し訳ないと思っているみたい。

 でも言うなら私じゃなくてこの家の持ち主にね。もっとも、心配はいらないようだけど。


「やー、すごいよね! リフォームまでしてくれるなんてお爺ちゃんも驚いてるよ!」


 このとおり、持ち主であるアリカは目を輝かせて喜んでいる。

 権利関係でいうならアリアもだろうけど、依然としてぼんやりしてるからいいんじゃない? 同居人である私も文句はない。


「むしろ助かってます、こんな状況だし」


 この一言につきる。


「ところで誰が操縦してるの? そのキーラって子?」


 アリカが窓辺の私の隣へやってきた。そういえば誰が動かしてるんだろうね。

 窓から見える景色が溶けるほどグングン流れていく。それだけのスピードを出しておきながら、荒れた道や木や岩などを巧みにかわすなんて、こりゃ大した腕の持ち主だよ。


「いいや、賢くてもまだガキだからな、村に置いてきた」

「え、じゃあ誰が……?」

「誰も。操縦席はカラだ」


 …………。


 ダッ!


 少しの沈黙の後、私とアリカはほぼ同時に走り出した。アリカの顔が珍しく青ざめている、わかりにくいけど私だって気持ちの上では同じくめっちゃ青ざめてますとも。

 うおおい、マジか! え、何、今コレこんな速さで暴走してんの!?


「まあ待てって、大丈夫だから」


 ガッ!

 ビターン!


 ギャー! 走り出したところにシュイラが足元めがけて鞘を突き出すもんだから、足を取られて思いっきり床にキスしてしまった。と、止め方~!


「シュイラ、大丈夫ってどういう事?」


 うう……さすがはアリカ、不意に足を取られても華麗な身のこなしで着地している。

 シュイラに質問しながらでも私に手を差し伸べて起こしてくれるし、優しいなあ。どこかの荒っぽいゴブリンとは大違いだ。


「キーラの話では操縦が煩わしいから自動化したそうだ。こう……「ヘイ、エビマル! 速度落として」ってな感じでな」


 すると、シュイラの言葉通りにゆっくりと速度が落ちたのを感じた。

 うはあ……凄い。感心すると同時にちょっとだけ覚えた操縦が無駄になったのが微妙に悔しい。便利は人を堕落させる。


「まあ、オレはちょっとキーになる言葉が恥ずかしいからあまり言いたくないけどな」

「えー? いいじゃない、「ヘイ、エビマル!」っていい感じだと思うよ!」


 それはどうかな。

 でもアリカは同意を求めてこちらにキラキラした視線を向けている。この場合の正しい答えは……。


「そうだね」

「でしょー?」


 私は同調圧力に負けた。


 *****


 自動化されたとはいえエビマルが喋るわけではない。しかしアリカの気に入りようはかなりのものだった。

 まるでペットにでも話しかけるようにあれこれ微調整を行っている、まあこれで王都まで問題なく行けるだろう。


 この暇になった時間で、私には確認しておきたい気になる事があった。


「スフレ、ちょっといい?」

「む……」


 決して広くないエビマルの内部、キッチンの片隅で休憩していたスフレに話しかけた。


 改造されても部屋の数は前と同じ、寝室は寝っぱなしのアリアとアリカが使うから、私とスフレとシュイラは適当な部屋で適当に過ごしている状態。だいたいこの狭さで五人は無理があるって。


 まあ、それはさておき。


「私たちがルゾン帝国に行ってスフレと再会したとき、何か妙な魔法使ってたよね?」

「妙なとか言わないで欲しいのじゃ。アレには想魔燈(ソウマトウ)というちゃんとした名前があるのじゃ」


 読んでいた雑誌から目を離さないままスフレが答える。

 話す時は人の目を見ながらにしなさい、そんな面白い事書いてないでしょ? ま、いいけどね。


「そのソウマトウについて詳しく聞きたいの。具体的にはどういう効果だったの?」

「あの時は……妾は城に待機して予期せぬ侵入者を迎え撃つのが任務だったのじゃ。想魔燈は深層意識に働きかけ、理想や幸福な時間を見せる魔法。捕らえておくにはちょうど良い魔法という事じゃ」


 なるほどね、だいたい予想した通りの効果だ。

 私の場合は事故に遭わず、人間のまま家族と過ごしていたっけ。現実と違って親が優しかったのも魔法ゆえ、か。


「まったく、ある意味エグい魔法よね。かわいい妹じゃなきゃブッ飛ばしてたところよ」

「ぐっ……面目ないのじゃ。ところで、知りたい事はその事なのじゃ?」

「あ、もうちょっとある」


 気になる事というか、心に引っ掛かっている事がある。

 それはもちろんパルバニの事。


「あの時、パルバニが「見知らぬ大人の人」って言ったんだよね。ソウマトウでそういう事ってあるの?」

「さあ……何が幸福かは人それぞれ違うのじゃ。だから無いとは言い切れぬのじゃ」

「ううん、その時の夢が見れたら早いんだけど」


 顎に手を当て考えるフリをしながらスフレをチラリと横目で見る。

 わかりやすく大きな動きでやったからチラリでは済まないかな。


「はあ……妾の魔法は紙芝居ではないのじゃ。ほれ」

「うわっ」


 ポワッと小さな光がスフレの指先から飛び出し、私の額へと吸い込まれるように消えた。

 その瞬間に頭の中に流れ込む映像、一瞬ではあったけど知りたい事は確認できた。

 いやー、さすがは私のかわいくて優秀な妹、ちゃんとできるんじゃん!


「ありがとスフレ、お姉ちゃん助かっちゃったよ!」

「わずかに残留していた断片ではあったが、役に立ったのなら何よりじゃ。……ええい、撫でまわすでない!」


 あらら、せっかく撫でてたのに怒られちゃった。これからぎゅーって褒めてあげようと思ったのに。


「助かったよ、じゃあね」


 私はスフレに再度お礼を言い、キッチンを後にした。

 さて、必要な情報が手に入ったから、次はアリアに話を聞かないと。


「アリア、いる?」


 ちょっとだけ白々しい事を言いながら寝室へと入った。

 いるも何も、アリアは〈心臓石〉が砕けてからずっと、ぼんやりとしてほとんど反応を示さない状態が続いていた。

 家に入ってからもずっとベッドの上だし、そりゃあいるに決まっている。


「ねえ、魔術師会で吸い上げてたプリズマスギアってどうしてるの?」


 次に必要なもの、それはある特定のプリズマスギアだった。

 具体的に言えば以前私が持っていた溶けたような形のロザリオだ。強制排出の力はデメリットなしに使えるようになっているんだけど、今必要なのはそのデメリットのほうなんだよね。


「……」


 しかし、私が問いかけてもアリアはやっぱりぼんやりとしたまま答えない。

 目は開いてるのに聞こえてないのかな。


「聞いてる? ていうか聞こえてる?」

「……勝手に……探せ」


 うわびっくりした。急に喋るから驚いちゃった。

 ……で、何やってんの?


 急に言葉を発したかと思えば、アリアは自分の襟元を掴み、大きく胸をはだけるような動きをした。


「ひゃっ」


 突然の事に思わず目を覆ったが、ゆっくりと見てみれば何の事は無い、アリアの胸元には魔法陣が浮き出ている。

 吸い上げたプリズマスギアはこの中に入ってるの? というか、もしかして手を突っ込んで探せと、そうおっしゃいますか?


「むむむ、仕方がない……」


 絵面のひどさを気にしながら、私はおそるおそる魔法陣に手を突っ込む。

 うひゃあ、変な感じ。でも確かに物があるような感覚もある、こう空中にいろんなものがフワフワ漂っているようなイメージで。


 あ、なんかそれっぽい形のものがあった。これでよし、と。


 ガチャリ


 その時、後ろから音が聞こえた。うん、これはドアの音ですね。


「リプリン……それはわたしじゃないよ?」


 そうです、そこにはアリカが立っていました。そりゃ妹なんだから、ぼんやりしたままの姉を心配して様子くらい見に来るよね。

 私もいきなりの事でカギをかけずに作業してたのが悪かった。かけてたらそれはそれで怪しい気もするけど。

 あと、そのツッコミは何だ、自分ならいいのか。


「いや、ちょっと必要なプリズマスギアがあって」

「ふうん」


 冷たく見下ろされている。でもどこか以前のような怖さは感じない。


「……」

「……」

「……強制排出」

「あっ」


 沈黙に耐えられなくなって力を使ってしまった、しかもロザリオ経由のほうで。

 その結果、私はエビマルの屋根の上に放り出された。ついでにワープの瞬間に私を掴んだアリカまで一緒に放り出されたようだ。


「う、ぐっ、あああ……!」


 き、来た来た、この副作用! 私のじゃない猛烈な恐怖や悲しみが、映像と共に押し寄せてくるこの感じ!

 そこまでスピードが出ていないとはいえ、アリカが支えてくれなかったら振り落とされているくらいには苦痛でのたうち回る私。考えなしのプリズマスギア使用は控えましょう。


 ――それからしばらくして、ようやく副作用が治まってきた。

 周囲はもう夜、昼間の空が赤かったぶん、夜は暗く紫がかってまた不気味だ。ああ、それでも月はちゃんと出ているんだなあ。


「リプリン、大丈夫?」


 屋根の上にふたり並んで座る私とアリカ。

 アリカが私の副作用を気にして背中をさすってくれている。


「うん、もう大丈夫。これの副作用ももう慣れたもんだよ」


 手にしたロザリオを見せながら笑ってみせたものの、正直この副作用には慣れられる気がしない。次はもうない事を祈ろう。


「あれ? でもその力はもうプリズマスギアなしでも使ってたよね」

「ちょっとね、今回は副作用の方が必要だったんだ」


 さっきスフレに見せてもらった映像、そしてたった今味わった副作用。ふたつの映像を見て私の推測は確信へと変わっていく、あともう一押しあれば完璧だ。


「リプリンてば、優しいね」

「え?」


 不意にかけられた言葉に少しだけ驚いた。

 ワープと副作用で煙に巻いて、落ち着いたらてっきり怒られるものだとばかり思っていたから。


「それ、パルバニのためにやってるんでしょ?」

「う……」


 言葉に詰まる。

 だってアリカったら意外に嫉妬深かったんだもの。


「なあに、その反応。あはは、大丈夫、怒ったりしないよ」

「……ホントに?」

「もう、リプリンがどっしり構えてろって言ったんじゃない。忘れちゃったの?」

「いや……忘れては、ないけど」


 そうだったね。ついでにクソ恥ずかしい事も言ったんでした。

 ああ、思い返してもちょっと顔が熱くなる。おまけに手まで握られているからなおさらだ。

 ……って、手!?


「風が気持ちいいね」

「ん、そ、そだね」


 アリカの言う通り、空の色は気持ち悪いけど風は気持ちいい。

 変わらぬ風と月明かりに癒されて、私の心もだんだんと落ち着いてきた。


「リプリン」


 落ち着いたところで、アリカが顔をぐっと近付けてくる。


「胸、触ってみる?」


 微笑むアリカの顔はちょっと意地悪だった。


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