悪魔を追って懐かしのアレ
ゲッペルハイドの口から予想外の言葉が飛び出した。口と言っても箱に映し出される映像にすぎないのだけれど。
いや……そこまで予想外というほどの話でもないか。黒く変貌したパルバニの姿を見た時に思ったもの、「お話に出てくる悪魔みたい」だって。
「あの子は、パルバニは吾輩の事を本当の親のように慕っていた。それゆえ吾輩にかけられた呪いの話を信じ、本気で解こうとしたのだな。その結果が、まさかパルバニ自身にかけられた封印を解くことになるとは」
「封印?」
「左様、封印だ。パルバニの脱げないスーツは呪いではなく、吾輩の施した封印だったのだ。あの子はどういうわけか悪魔としての力や記憶を失っていたのでね」
あのパルバニが……悪魔だって?
言われてみれば怖いくらい陰気だったり幽霊みたいだなと思った事はある。でもまさか悪魔だったとは……ちょっと信じがたいほどの驚きだった。
現実にそんなものが存在するという事を含めてね。
「神の力を浴びたか、心臓石を破壊した事で覚醒に至ってしまったのだろう。もはや……あの子を止めるしか方法はあるまい」
ゲッペルハイドは顔を背け、言葉だけをこちらに向けて言った。
どこかで聞いたようなセリフだけど、不思議と説得力を感じる。やっぱり、追いかける以外に選択肢はない、か。
ズキン
……うっ、ちょっと頭痛がした。
んん? 本当にそうなのか? パルバニが悪魔としての本性を現したとして、はたしてそれを追いかけている場合なのだろうか。
「ねえ、実感はないけど、世界が滅びようとしているんだって」
「そのようだな」
「そうでなくても異界のエネルギーが世界中に散らばったこの状況、パルバニを追いかけてる余裕なんてあるの?」
私が質問すると、ゲッペルハイドは頭の箱をクルクルと回し、再び私に顔が向くようピタリと止めた。
「神は死なぬ、普通の方法ではな。心臓石が砕かれたとしても一時のもの、時間さえあれば再生するだろうが、それを阻害する力が働いている」
「それが悪魔の力だって言うの?」
ゲッペルハイドは右手を体の前面に出し、優雅にお辞儀をした。
肯定の意味なんだろうけど口で言えよ。
「でも、プリズマの顕現を防ぐために心臓石を壊せって言ったのはあんただよね」
「それに関しては思い違いであったと謝罪したはずだ。吾輩とて全てを知るわけではない、知っている事なら惜しみなく提供するがね」
微妙に納得いかないけど、要するに悪魔を倒せばプリズマが再生するかもしれないという事……なのかな?
「おおそうだ、パルバニが向かった先なら王都である。王都は偶然そこにあるわけではない、世界の中心にて王家が守っている封印があるのだ。悪魔は世界の滅びをより確実なものにするため、それを破壊しに行ったのだ」
ズキン
痛っ。……また頭痛だ、どうも体調が悪い。
ええと、何だっけ。ブリア王家が守っているものを破壊しに行ったって? 悪魔も忙しいのね、互いに休みは必要だと思うよ。
それにしても、アリアの次はパルバニか……。
気持ち的にはアリアほどではない。いや、それでも少しの間とはいえ一緒に冒険した仲、それに自分に好意を持ってくれている人間を無下にするのはどうかな。
やっぱり抵抗はある。これも、とりあえず追い付いてから考えよう。
……未来の自分に託すのは悪いクセだなあ。
とにかく追いかけよう、と言いたいところだけど問題がある。
なにせここ魔術師会本部は険しい山に囲まれた場所、徒歩で追いかけるのはちょっと無理かも。
前に来た時は移動ハウスで楽して来たし、今回だって――
あ、そうだ。
「スフレ、ここに来た時みたいにワープできる?」
私は思い出したようにスフレに声をかけた。
そうだよ、ここへはスフレの魔法でワープして来たんだった。
というわけでスフレに再現をお願いしたいのだけれど、表情を見るにどうにも反応がよろしくない。疲れてるのかな。
そういえば〈サプライザー〉はパルバニが持って行ってしまった。ワープにはあれが必要なのかもしれない。
「どこへ?」
私の問いかけにスフレが返す。
やっぱりちょっとだけ疲れた様子……いやこれは面倒がっているのか?
「もちろん、パルバニを追いかけて。サプライザーは無いけど」
「そんな事は問題ではないのじゃ。で、追いかけて、どこに行くのじゃ?」
そこは問題ないのか、どうやら多少のワープならスフレ自身の力で可能らしい。
「だから、ブリア王国の王都で」
「言っておくが、妾の〈転移火輪〉は『よく知る場所』か『よく知る者』の所にしか行けぬのじゃ」
「つまり、どういう事?」
「残念ながら王都には行った事ないからよく知らないのじゃ。サプライザーが必要だった理由のひとつじゃな」
がーん。
んじゃやっぱり歩いて追いかけるしかないじゃん。
にしても攻め込むつもりだった場所をよく知らないってどうよ。
「うう、それじゃあちょっとずつでも歩いて行くか……何日かかるのやら」
「あ、いい事思いついたよ!」
これ見よがしに重い足取りで山道を進もうとした私を、アリカが明るい声で呼び止めた。
その目が輝いている、こんな時のアイデアは嫌な予感しかしない。
「まず、リプリンが空を飛ぶなり吹っ飛ぶなりして大きく移動して、その地点にスフレちゃんがみんなを連れてワープする。これを繰り返せば歩くよりもずっと早く行けるよ!」
「行けるよ! じゃない」
ツッコミどころはいくつかあるが順に正していこう。
まず私の飛行はほぼ重力制御による浮遊であって鳥みたいに飛べないの。
だいいち人を吹っ飛ばすとか物騒な事言っちゃって、仮にも恋人に言う言葉だとは思えないんですけど?
「姉上は不死身だから良いとして、妾のワープは連発できぬのじゃ」
ほら、スフレもこう言ってるし。……姉を「良いとして」で片づけたのはこの際スルーしておくよ。
「うーん、ダメかあ。じゃあ巨大化してみんなを運んでいくっていうのは?」
「それは、でき……できそうで怖いな」
巨大化か……できるけど、長時間巨大化し続けた事は無いからなあ。どんなデメリットがあるかわからないし、いろんな意味で怖いぞ。
ズシン
するとその時、何やら地を響かせる音が聞こえた。
なんだなんだ、まだ巨大化してないぞ。それともパルバニが戻ってきた?
ズシン ズシン ズシン
音はどんどん近づいて来る。
飛び散った力の影響でまた新たなアバラントでも現れたか!? この忙しい時に!
「やあ、困っているようだね」
この時、警戒する私に背後から話しかけてきたのはマリウスだった。
血は止まっているようだけど傷はそれなりに深かったらしく、依然として顔色は悪い。
自分だって大変そうなのに声をかけてもらってすいません。
「困っているというか、これから困りそうというか。困りごとはいつもありますけど」
「そう思って連絡しておいたよ、どうやら到着したみたいだね」
連絡? 到着? 何の事だろう。
しばらくして、その答えが大地を響かせながらゆっくりと姿を現した。
こ、これは……巨大な獣!?
「ねえ、あれって……」
突如として現れた巨大な何かを見て、アリカが私に何かを訴えている。
所見のインパクトが薄れ、落ち着いてから改めてその姿を見てみると、それは見覚えのあるモノである事がわかった。
「こ、これもしかして、移動ハウス!?」
そう、そうだよ。これこそ私たちの家にして便利な移動アイテムだよ!
慣れ親しんだ家……と言い切れないのは外見がちょっと変化しているから。足の生えた家から足の生えた砦みたいになってるんだもの。ところどころ面影はあるけどさあ。
「オマエら、ちゃんと生きてたな!」
窓のひとつから小さな緑色の人影が顔を出す。
「シュイラ!」
私とアリカはほぼ同時にその名を呼んだ。
時間としてはそこまでではないけれど、とても懐かしいその顔と名前。いろいろあったからなあ。ちょっと感動してる。
「こんな事もあろうかと、君達が現れたので連絡しておいたんだよ。戦力的な応援の意味もあったのだけれど、それはもう終わってしまった。しかし、どちらにせよ必要なものだったようだね」
顔色が悪いのに余裕ぶって話すマリウスの言葉に、私はある種の感動を覚えていた。
「こんな事もあろうかと」ってセリフ、ちょっと憧れない? 先見の目がある大人っていうか、まあとにかくありがとうございます。
さあて、足ができたところで善は急げだ、エビマルを使って王都まで急ごう。
力なくとろけているアリアを積み込んで、あと乗り込むのは私にアリカとスフレ。マリウスはケガもあって魔術師たちと居残り、ゲッペルハイドはいつの間にかまた姿を消していた。
「すまないね。大人として心苦しいけれど、世界を頼むよ」
マリウスが「大人」として謝罪の言葉を口にしている。見た目は十代の少年なのにね。
でもここには見た目十代の年齢詐称が合わせて三人もいるんだから妙な感じ。
それから私はふうっとため息をついた。
……世界、ですか。実際そうなんですけど。
マリウスの見送りの言葉をくすぐったく感じながら、私たちは王都に向けて魔術師会を後にするのだった。