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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第六章 粘土人間と変革する世界
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黒兎皇帝

 私たちに話しかけてきた意外な人物、それはパルバニだった。

 パルバニは少し離れた位置でこちらに背を向け立っている。……少し、様子がおかしい。


「お呼びですかって……あんたの名前はパルバニでしょ」


 そう、パルバニ自身が名乗った名前。ディアマンテなどではない。

 まさか空席だからって皇帝の座に名乗りを上げたなんて事はないよね?


「ちょっ……アレ!?」


 突然アリアがパルバニの方を見て叫んだ。

 声に驚き、私もふたたびパルバニを見たところで、アリアの叫びの意味を理解した。

 さっきまで私とアリアで奪い合っていた〈心臓石〉が、背を向けて立つパルバニの足元に転がっていたのだ。


 あの虹色、欠けた形、間違いない。そういえば私がタコ足で叩き落としたんだっけ、直後にアリカに取り押さえられたから忘れてたよ。


 ガシャン!


 アリアの叫びに続いて間髪入れず、今度は硬いものが砕ける音が響く。

 それは誰もが目を疑う光景だった。こちらに背を向けたままのパルバニが、手にした巨大な斧で残りの〈心臓石〉を粉々に砕く瞬間を、その場にいる全員が目撃したのであった。


「これで……これで呪いが解ける」


 パルバニが安堵の表情で何かを呟いた。

 その瞬間、彼女の体が激しい炎に包まれる。禍々しい漆黒の炎に。


「……!?」


 まさかと思ってスフレのほうを振り向いた。

 私の視線に気付いたスフレは必死に首を横に振っている。

 ちょっとだけ、心臓石を壊された仕返しにスフレが燃やしたのかと思ったけど、よく考えたらスフレはアリアの計画の事はよく知らなかったんだよね。そこまで怒る理由も無いか。


 え、じゃあこれ何よ。

 などと思っていると、その身を包む炎が消えてパルバニが無事な姿を現した。


 無事……ではある。でもだいぶ変わっている。

 なんというか、全体的に黒い。

 白いバニースーツの代わりに黒いピッチリした衣装を身に着けている。色が変わったくらいで大した違いはないのだけれど。

 背中には二股に分かれたこれまた黒い小さめのマント、頭にはウサミミの代わりに黒くて長い二本のツノが生えている。


 そして、こちらを振り返ったその目は、今までの陰気でオドオドした目とはまったく違うものになっていた。

 強い力を感じさせつつ恐ろしさも併せ持つ、まるで凍った炎のような目だ。


「パルバニ……?」


 思わず声をかけた私に、パルバニもまたゆっくりと口を開く。


「リプリンさん、ありがとうございます。やっぱり、あなたのおかげで呪いを解く事が……大恩ある団長を助ける事ができました。本当に、ありがとうございます」


 え、どういうこと? あの呪いがどうとかのくだりって本当だったの!?

 い、いや、それよりその姿は何なのよ。そんな真っ黒でツノまであって、それじゃあまるでお話に出てくる悪魔みたいじゃないの。


「リプリン!」


 突如として変貌を遂げたパルバニに気を取られていた私であったが、アリカの呼びかけに振り向いてさらなる驚きにさらされた。


「はは……ヤバ……もう終わり、ダメかも……」


 視線の先では、アリアが両手を地面についてうなだれていた。

 アリカに支えられ、真っ青な顔でうっすら笑みを浮かべている。ただし、この場合はもう笑うしかないという絶望を表す笑みに他ならないのだけど。


 なんなんだこの状況は?

 ええと、まず私が心臓石を壊そうとして、そしたらアリカに止められてアリアの真意を聞いた。でもその間にパルバニが心臓石を壊しちゃって……うーん、結局のところ〈心臓石〉は壊していいものだったのかよくなかったのか。

 アリアの反応を見る限りでは嫌な予感しかしない。


「ああ……行かなければ、民が呼んでいます」


 黒く染まったパルバニが虚ろな瞳のまま、手にした大斧をユラリと持ち上げる。あんな大きいものを片手で軽々と、相変わらず細身のくせに意外と怪力だ。

 ところで、その手に持っている斧は〈サプライザー〉だよね? ファルサに取られたはずなのだけど、さっき倒した時にでも取り返したのだろうか。


 ……サプライザー、空間を切り裂くことのできる斧。

 なんで今それを振り上げるのかしら? 嫌な……嫌な予感がする!


 シャキン!


 ギャー!


 パルバニが音もなく斧を横に振る。

 その直前、私は体を風船のように膨らませる要領で、アリカたちを突き飛ばしていた。

 嫌な予感は見事に的中、アリカたちのいた場所にある私の体がきれいにスッパリ泣き別れ。自分にとんできた斬撃の分も含めてバラバラにされてしまった。


 痛みにもだいぶ慣れたとはいえ痛い事は痛いんだぞ。こうやって分かれた体を寄せ集めてるのも絵面が悪いし、乙女にやらせないで欲しい。


「さあ、急ぎましょう……私、皇帝ディアマンテの名の下に」


 私がバラバラになった直後、またしても驚くべき現象が発生。

 パルバニの言葉に合わせ、その足元からウサギが現れた。大きいウサギ、小さいウサギ、大きさも色も形状も様々なウサギたちが温泉のごとくどんどん湧いて出てくる!


 中でも特にでっかいウサギの背中は玉座付きの神輿になっており、そこにパルバニを乗せたウサギたちはさながらド派手なパレードのよう。

 二足で歩くウサギたちが奏でる楽器に合わせ、皇帝のパレードは突き進む。私たちなど全く目に入っていないと言わんばかりに、呆然とする私たちを置いてどこかへと去っていった。


 な……なんなんだアレ。

 アレも気になるけどこっちも気になる、アリアは大丈夫なの!?


「アリア、しっかり!」

「しっかり……? アハハ、しっかりできねーしぃ」


 こっちも大変な事になっているぞ。

 アリアは力が入らない様子でアリカに体を支えられている。涙を浮かべた微妙な笑顔が彼女の絶望を物語っていた。


「……ワタシに力を集めて、心臓石を触媒に顕現させる予定だったのよ。アレは……いわばプリズマの『心』、アレが壊れてしまったら……プリズマはただの暴走した力になってしまうっての!」

「え、いや、神様は死なないって言ってたけど……?」

「厳密には死んでないけども、でも心が死んだら一緒だし! 言っとくけど、散らばったエネルギーだけじゃ済まないんだからね!」


 真っ青な顔のまま、アリアが語気を強める。


「成熟して神の手を離れた世界なら問題ないけど、異界はまだ未熟な世界なの! 神であるプリズマに何かあれば丸ごと崩壊してしまうし!」

「丸ごと……崩壊!?」

「それだけじゃねーし。こっちに来るために世界が繋がっている今、異界が崩壊したらこっちの世界も道連れ……もう終わりよ」


 な、な、な、何ですって!?

 こっちの世界も一緒に崩壊するって、そう言った!?


 なんという事だろう、ここに来てまさか世界が滅ぶような危機に直面するなんて。

 今のところは散らばったエネルギーによる怪奇現象ぐらいしか見て取れないけど、アリアが言うには『その時』は確実に近付いているらしい。

 つまり、この世界の終わり……。


「ど、どうするのよ、何かできる事はないの!?」

「さあ? もうワタシにはわかんねーし。せっかくだから記念に心臓石の欠片でも拾っとけば? どうせならキレイなもの見てた方がいいっしょ」


 ダメだ、アリアは完全に投げやりになっている。

 確かに残された心臓石の欠片は見るも無残な様相、いちばん大きい欠片でも指先に乗るくらいしか残っていない。当然ながら力のようなものも感じない。

 でもしっかりしてよ、この中で一番異界やプリズマに詳しいのはあんたなんだから!


「これはなんとも、大変な事になってしまったな」


 アリアを揺さぶっていると後ろから声をかけられた。

 この声、唐突なタイミング、覚えがあるぞ。

 案の定、振り向けばそこにあったのは箱の頭の紳士がひとり。いつもの変なおじさん、ゲッペルハイドがそこにいた。


 ゲッペルハイド……そう、そうだよ。こいつにも会わなきゃいけない理由が山ほどあった!

 向こうから来てくれたんならちょうどいい、おじさまちょっといいかしら。


「とりあえず、言いたい事が大きくふたつあるんだけど」

「なんであろうか」

「あんた、心臓石を砕けとか私に言ったけどどういう事よ。世界が浄化されるどころか滅亡の危機に瀕してるんだけど!?」


 あの時、私の頭の中でだけど、ゲッペルハイドは確かに心臓石を壊せば世界は救われると言った。

 でも現状はご覧の有様、浄化どころか暴走のうえ世界崩壊ときたもんよ。


「ふむ、それに関しては吾輩の思い違いであった。誠に申し訳なく思う」

「申し訳なく思うって……あんたね!」

「しかし、結果的にお前は心臓石を砕かなかった。その点では問題はあるまい」


 こ、この箱頭、まるで他人事みたいに淡々と言ってくれちゃって。


「問題あるよ! 砕いたのはパルバニ、あんたの付き人じゃん! なんか黒くなって皇帝を名乗ってどっか行っちゃったし!」


 今までパルバニはゲッペルハイドの指示で様々な事をやってきた。

 もしかして、これもこの箱頭の指示なのだろうか。だとしたら、ゲッペルハイドはいったい何を考えているんだ?


 その疑問に答える代わりに、ゲッペルハイドはこちらが予想もしていなかった話を始めるのであった。


「時に淑女達よ、こんな話を知っているかな?」

「……?」

「神が世界を創る時、どこからともなく現れ世界に害をなす者達が存在する。様々な世界で様々なやり口を見せる彼等であるが、その呼び名はどこの世界でも同じであった。その名は――」


 ……ゴクリ。


 ゲッペルハイドが話を始めると、私はさっきまで自分が問い詰めていた事すら忘れてその話を聞いていた。

 妙な迫力に空気が重く感じる。


「そ、その名は?」

「もちろん……『悪魔』だ」


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[一言] パルバニの行動が判らない…(汗)
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