光と影
タイム終了、私は踵を返しファルサの前に舞い戻った。
あーあ、これでもかってくらいドボドボ影を吐いてくれちゃって。周囲がちょっと暗くなるくらい影の沼が広がってるじゃないの。
「アリアやヴェルダナの力でも借りに行ったのですか? 無駄な行為です」
やっぱりファルサは余裕いっぱいの様子、顔も無いのによく喋るやつだこと。
「さあどうかしら。とりあえずあんたを倒すのは決定事項なんだけど」
「面白い冗談です。神を喰らい真の力を取り戻したファルサを相手に、その余裕がどれだけ続くか楽しみです」
言ってくれちゃって、後悔しないでよ?
それじゃあまずはファルサの攻撃をかわしつつ、間合いを詰めていこう。
私は沼から飛び出す先端が武器になった触手をかいくぐり走る!
……いてっ。
いてっ、あっ、いたたっ。
あたた、あれ、ちょっと数が多くない!?
沼のようだと思っていたファルサの影はいつのまにか海になっていた。
具体的にいうと波立って壁のようになっている部分があるという事。しかも動く。
飛び出す触手の数も以前よりはるかに多い、こういうウジャウジャしたものが苦手な人間なら卒倒してしまうかもね。
くそう、不死身ボディを生かして無理やりに突っ込んでいこうかと思ったのに、攻撃の勢いが激しくて押し戻されてしまうぞ。
燃費の悪い滅尽火砲を使ったところでまた効かないのがオチだろうし、メガトンモードは足が遅くなるからその間に削り取られてしまうだろう。
「リプリン! フレアー撃つ!?」
「まだ! 撃っちゃダメ!」
アリカが援護したそうにしてるけどまだダメ。フレアーで照らせば一時的に引っ込むだろうけど何発も撃てないでしょ? それはここぞという時に使うから待機してて。
だからってこっちも時間をかけてはいられない、イチバチだけどムチャにはムチャで対抗してみるか。
ちょっと勢い付けて……行くぞ!
「うらあっ!」
バネ足と軽い重力を兼ね合わせ、ファルサめがけて大ジャンプ!
「何をしてくるかと思えば、愚かです」
当然やってくるファルサの迎撃、無数の槍による対空砲火。
ギャー! 思ったより痛い! 死にはしないけど腕とか取れちゃったし!
ファルサの猛攻はそれで終わらず、槍状の触手は私の全身を絡め取り締め付けてくる。
「体を柔軟にして逃れますか? 全身を針で押さえつけているので不可能だと思いますが」
「……」
ファルサの言う通り、私の体の中には槍状の触手とそこから伸びる細かい針が食い込み、これでもかってくらい動きを封じていた。
うわあ、あれ完全に拷問だ、メチャメチャ痛そう。
「もはや抵抗する気力もありませんか? さて、死なない貴女をどういたしましょうか」
ドスドスと私の体を何度も刺し貫きながらファルサが言う。
完全にサンドバッグにして遊んでるな、趣味悪いぞ。
でもまあそれくらいご自由に、私の目的は達成できたから。
スルリと私の腕がファルサの首を伝い、後ろからしっかりとその首をロック!
「!?」
突然の事に理解が追い付いてないみたいね。
いいのよ理解なんかしなくても、そのサンドバッグあげるからもうちょっと遊んでて。
「な……に? まさか、どこから……?」
どこからって、私は私、正面から飛び込んだでしょ。
補足するならさっきの攻撃でちぎれた腕、そっちに意識を飛ばしてメインの体にしたんだよ。
この体になってからバラバラになっても死なない事はわかっていた、ではその際の意識はどうなるのか?
『頭のある部分』とか『一番多い部分』とか考えてたけど、どうやら私の思うがままに本体になる部分を決められるらしい。それがたとえ腕の一本や細胞のひとかけらでも。
服ごと再生できるようになったからマッパになる心配もない。というわけであんたの死角に落ちた腕から全身を再生して隙を突いたのさ、あんたが抜け殻で遊んでいる間にね。
「さすがはリプリン様。しかしファルサに攻撃は通じません、どうなさいますか?」
「ご心配どうも!」
ファルサは背面にまわった私に大量の触手槍を突き刺そうとしている、自らが傷付くのもいとわずに。あ、ダメージはないからいいのか。
でもそれは私も同じ事、それにもう目的は達成できたって言ったでしょ。
「重力反転!」
私の目的はこれ、身を押しつぶすほどの重力を逆方向に仕掛ける事。
ただ潰すだけならどこでだっていいんだけど、上方向にとか細かい操作は近くじゃないとできないんだ。だからこの位置につけたかったんだよ。
「ぐっ……浮かせるだけですか? 芸がありませんね」
余裕ぶろうとしても無駄だよ、微妙に焦ってるのは伝わってきてる。
って重っ! こ、こっちもあまり長くはもたないかも。
「アリカ、今だ!」
ここで待機していたアリカに合図を出す。
待たせたね、思いきりやっちゃって!
「オッケー……いくよ、フレアー!」
狙いを定めるアリカの魔導銃から小型の太陽が射出された。
狙いはもちろんファルサ……の真下!
「な……に!?」
シュバッ!
小さな太陽は閃光を伴い周囲を明るく照らし出す。
ファルサの作り出す影などかき消してしまうほどに!
「ギャアアアアア!」
アリカの狙いはばっちり、そしてこのファルサの反応からして私の狙いもバッチリだ。
「あんた、体と繋がってる影を動かせるんでしょ? だからちょっと浮かせて下から照らしてみたら完全に切り離せるんじゃないかと思ったのよ」
私の言葉など聞こえていないといった様子で、ファルサは悲鳴を上げ続けている。
これは……私の予想以上に効いているという事だろうか? 私はファルサのうっとうしい攻撃を封じられればくらいに思ってたんだけどなあ。
そんな事を考えている間にも、掴んだままのファルサの体にヒビが入り始めた。
やっぱり効いてるのか、いいや、このまま倒しちゃえ。
……ん、何か熱いぞ。それにアリカのフレアー以上に光を感じるような――
*****
「……」
あれ、ここはどこ?
気付けば私は何もない真っ白な空間にいた。
何がどうなったのか……これもファルサの仕業なのだろうか。
「……聞こえるか?」
誰かが私に話しかけている、私は声のする方へと意識を向けた。
そこにいたのは……ゲッペルハイド?
「あれ、あんたなんでここに?」
「ここにいるわけではない。吾輩は今、思念だけを飛ばしてお前の精神に直接話しかけている」
「私の……精神」
「そう、お前はファルサの自爆に巻き込まれ、細かい欠片となり再生中だ。その間に話しておきたい事があってね」
うわあ、私今そんな事になってるのか。
さすがの不死身ボディもそこまで細かくなると再生に時間がかかるのね。
「それで、話って?」
「……プリズマの顕現は、半分は阻止された。だが半分だ。神の力は世界中に飛散し、世界は今、かつてない混沌の渦に巻き込まれている。命あるものが命なき怪物へと変わり、変わらなかった者達と戦っている」
プリズマの爆散、そして流れ星。
ゲッペルハイドの話を聞く前から嫌な予感はしていたけど、やっぱりそうなるのか……。
「どうにかできないの? 何か手はないの!?」
ゲッペルハイドの箱頭には何も映し出されておらず、回転もしていない。
ただ私を静かに見つめていた。
「もう半分だ。もう半分、プリズマの残りを打ち倒せれば、世界に散らばった力を浄化する事ができるだろう。そして……」
「そして?」
「それは他ならぬお前がやらねばならん」
私、が?
いや、そりゃ世界の危機だしやるけども、そうズバッと指名されると変な気持ちだ。
「えーと、私……ね。一応聞くけど、なんで?」
「簡単な事。倒すべき相手がアリアだからだ」
……!?
え、いやだって、もうそんな感じじゃあなかったような……?
あ……そうか、途中でプリズマが現れてウヤムヤになっただけだったのか。
「アリアはプリズマ顕現の核、〈心臓石〉を持っている。それを破壊せねばならぬが、アリアはまず渡しはしまいな」
「で、でも!」
「他に方法はない、やるべき者もいない。ヴェルダナは帝国側、いざとなればアリアにつくだろう。パルバニには勝つ力はない。マリウス達もまた傷付き戦力にはならぬ。」
この先のゲッペルハイドの言葉に想像がついて、私は息をのんだ。
「残るはお前とアリカだ、お前がやらねばアリカがやらねばならぬ。だが、お前はせっかく再会できた姉妹を殺し合わせようというのか?」
……。
そんな事、聞かなくてもわかってるでしょう。私がアリカを悲しませるような事があってはならないんだ。
でも、これって答えがあるの?
アリカにそんな事をさせるわけにはいかない、でも私がアリアを倒したところで、アリカにとっては姉を失う事に変わりはない。誰がやるかの違いでしかない。
「後は決断のみ……世界を頼んだぞ」
「あ、ちょっと!」
白い世界が消えていく。
私はどこかに引っ張られていくような感覚を覚えた。
*****
「……はっ!」
気が付くと、私は元の場所に横たわっていた。どこって瓦礫だらけになった魔術師会本部、その跡地。改めて見るとひどいもんだね。
「リプリン! 目を覚ましたのね!」
「おわっぷ!」
ガン!
起き上がるなりアリカが抱きついて来る、その勢いで私は再び倒れ後頭部を強打した。
「痛い」
「あ、ごめん」
「あのね……普通の人だったら死んでる可能性もあるからね?」
「だって心配だったんだもん、リプリンたら変な塊になっちゃって動かないんだから」
ああ、そうでした。粉々になって再生してたんだっけ。
今はちゃんと人の形に戻ってるから再生は成功という事だね。
「まったく、ホントにあんた何なの?」
周囲にはアリカの他にもスフレやパルバニ、そしてアリアも私を囲うように集まって来ていた。
さっきのセリフはアリア、アリカと同じような声できつい感じの事を言う。
ちょっとアリカに言われてるみたいでゾクッとする……あ、いや、そういうのではなくて!
こんな事を思うのもアリカがいてこそだっていうか、たまには違う刺激というか? ……じゃない、何を考えてるんだ私!?
「リプリン、ほんとに大丈夫? やっぱりどこか打った?」
「あー、ははは……大丈夫です」
いけない、こんな事考えてたなんてアリカに知られるわけにはいかない。
だいたいこんな事してる場合じゃないんだ、私には決断を下さなければならないかもしれない時が近付いている。
頼むよ……そんな事にならないで……!
「アリア」
私はスッと立ち上がり、アリアのほうを真っ直ぐに見た。
「心臓石、渡して」