天の巫女
「アリア!」
感極まった声でアリカが叫んだ。
そりゃそうだよね、私だって声を上げそうになったくらいだもの。
ついに……ついに見つけたんだ。異界へと姿を眩ませた、アリカの双子の姉、アリアを!
一瞬、またファルサの化けた偽物かもしれないとも思った。けれどその考えはアリアの姿をはっきりと見たとたんに消し飛んでしまう。
なんというか、全然違うのだ。
容姿自体は以前に見たファルサのものと変わらない。アリカそっくりの顔に少しだけ長い髪、白いワンピースのスカートがちょっとローブっぽいけれどそんな事は問題ではない。
違うのは纏っているオーラだ。
顔はアリカと同じなのに圧が凄い。ファルサのように不気味な顔に変わるわけでもなく、綺麗な顔のまま澄ましているだけなのに、ピリピリと力のようなものを感じた。
そのアリアがスッと移動し、私たちの目の前数メートルのところに浮いている。
何を考えているのかわからない無表情な目で、私とアリカ、スフレとパルバニ、少し離れた所にいるマリウスと魔術師たちを見ている……のだと思う。
「アリア、わかる? わたしだよ、アリカだよ!」
アリカが一歩前に出て、再びアリアに呼びかけた。
うう、正直言ってアリアの反応が怖い。
アリカが呼びかけているんだから答えて欲しい、だからといってファルサの時みたいな反応をされても困る。
アリカにはもう傷付いて欲しくないんです。私はアリアがどんな人なのか知らないけど、どうかアリカが知ってるアリアのままでありますように……!
「アリカ……」
ハラハラしながら祈っているとアリアが答えた。
やった、祈りが通じた! アリアは完全にアリカを認識している。私に続いて生き別れた姉妹の再会、成功ですね!
しかしそう思ったのも束の間、アリアの視線はすぐにアリカから外れ、違う人物を見ているようだ。
視線の先にいるのはスフレかな? それともパルバニ?
その疑問の答えは次に発せられたアリアの言葉で明らかとなる。
「ヴェルダナ、あんたなにやってんの? 城で待機してるはずなのに、こーんなとこまで来ちゃってさー! だいたい、誰を連れて来てくれちゃってんのよ!」
見ていたのはヴェルダナ、つまりスフレで正解だった。
けど、ええ……喋り方が意外。ファルサのイメージが強かったからもっと丁寧な喋り方するかと思ってた、調子狂っちゃうなあ。
アリアはスフレがここにいる事にまずお怒りの様子。「誰をつれて来て~」のあたりはもちろんアリカの事だろう。
頭ごなしの叱責にスフレもちょっと頭に来たらしく反論している。
「なんじゃ、お主こそ何故王都ではなくこんな所におる! それにそのアリカとかいう者ならば勝手についてきただけじゃ、妾の知った事ではないわ!」
「はあ~? 何よその言い草! だいたいワタシが言ってんのは――」
アリアとスフレは留まることなく言い争っている。ルゾン帝国の幹部同士だからって仲が良いわけではないのね。
ともかくこんな所でケンカしないでちょうだい、そんな事よりこっちには大事な用があるんだから。
さあアリカ、言いたい事も聞きたい事もあるんでしょ? 私はそっとアリカの背中を押した。
こちらを見たアリカに私が頷くと、アリカも私に頷き返す。
そのままアリアとスフレの間に割って入るようにアリカが口を開いた。
「……アリア、聞かせて。あの日何があったの? どうして……私を置いて行ったの?」
アリカの言葉に、ルゾン幹部同士の言い争いは一時中断。
しばらくはアリカを見ていたアリアであったが、ふうっとため息をつくと不機嫌そうな表情でアリカを叱責し始めた。
「アリカ~、なんであんたがここにいるワケ?」
「……! アリアが黙って出ていくからでしょ! わたしがどれだけ探したと思ってるの!?」
私からしてみればアリカの言い分がもっともに聞こえるんですけど、どうも追及されているアリアに悪びれる様子はない。
「はっ、どんくさ。あんた昔からそうよね。せっかくワタシがあんたを巻き込まないように、ご丁寧な手紙まで用意して出て行ってやったっていうのにコレだもの」
「手紙……?」
「はぁ、マジ? まさか読んでないワケ?」
むむむ、何やら話がおかしな事になっている気がするぞ。アリカのやつ、もしかして大事なものを見落としてたの? とんでもなく散らかってたからなあ。
もう、ドジなんだから……ここはちょっと助け船を出した方がいいかもしれない。
「まあまあ、待ってよ。事情はあるんだろうけど姉妹なんでしょ? 手紙があろうがなかろうが、それで納得できるような事だとは思えないんだけど」
間に割って入った私を、アリアの鋭い視線がジロリと睨んだ。
「さっきから気になってるんだけど、何なのあんた」
うわ、ビクッとした。
顔も声もそっくりだから、一瞬アリカに冷たくされたのかと思って胸にダメージが来た。
……まあ、それはともかく。
「私はリプリン=パフェット。ちょっと縁があって、アリカがあなたを探す手伝いをしてたの」
あくまで話をするために簡単な自己紹介をしたつもりだったのに、ここでアリカがすかさず私と腕を組んだ。
おいちょっと待って。
「ひどい言い方はしないで! リプリンはわたしの彼女、ここまで何度も助けてくれたかけがえのない恋人なんだから!」
あ、言っちゃった。
スフレの事があったばかりだってのに、そういうのは落ち着いてからにしましょうよアリカさん!?
私は少しだけ救いを求めるような目でスフレの方を見た。
「あーあ、言っちゃったのじゃ」
「い、言っちゃいました、ね」
スフレもパルバニも微妙に肩を震わせている。
何笑ってんだお前ら、他人事だと思いやがって!
特にスフレ、あんたさっきまで当事者だったじゃん。だからどうだって事もないけども!
「……」
アリアは空中で座るように足を組み、頬杖をついた姿勢で私をじっと見ている。
ああ、このパターンはまた怒らせるやつか……!?
「ふーん、面白いじゃん。やっぱワタシと双子だけあって趣味はいいのね」
はひ? なんておっしゃいました!?
アリアの意外な言葉に私は耳を疑った。恋人の趣味が良いって言ったの?
私が言うのもなんですけど変な色した粘土人間ですよ? 悪いけどあんたら姉妹の感性壊滅的だぞ。
「ふふっ、うろたえる顔もけっこうカワイイじゃん」
まさしくうろたえている私に、フワリと宙を舞うアリアが顔を近付けて笑う。
それと同時に私の腕にへし折るつもりかってくらいの力が加わった。もちろんそれはアリカの仕業で、へし折らないにしても全身で押さえ込むように私の腕を捉えている。
「ちょっとアリア、ダメだよ! リプリンはわたしのなんだから!」
「へー。ねえリプリン、こんなどんくさよりワタシと付き合わない? 顔は同じなんだし、ワタシのほうが強くてしっかりしてんのよー?」
「アリア!」
またケンカしてる、しかも今度は変な意味で私を巻き込んで。
す、スフレ、パルバニでもいい、ちょっと助けて……。
哀れなる私の視線に気付き、スフレとパルバニが駆けつけてくれた。
ありがとう、かわいい妹にそこまで親しくない友人(仮)よ。
「だだ、ダメですよ、おしつけがましいのは……。こ、こういうのは、本人が決めた方が、い、いいと思います……」
まずはパルバニが私をトレシーク姉妹から引き離すようにかばった。
おい……それはいいけど、どうして正面から抱きついているんだ?
「ば、バニーも悪くないと、お、思うんです。わ、私、尽くすタイプですし……」
パルバニの幽霊のような視線が熱い、呪ってるんじゃないでしょうね。
「ええい、揃いも揃って何を言っておるのじゃ!」
ここでスフレが熱気を放ちながら一喝。
ふう、ようやくまともなのが来た。出来る妹を持って助かるよ。
「それは妾の姉上じゃ、好き勝手して良いのは妾に決まっておろうが!」
あ、ダメだ、希望は絶たれた。
何言ってんだはお前だよスフレ、あんたまで何言っちゃってんだよ!?
なんだ、モテ期か? モテ期の到来か?
モテてるのはいいとして、どうしてこう女ばっかりにモテるんだ。
この粘土ボディか? この体の異界パワーがそうさせるのか?
スフレとパルバニには目の前ではっきりアリカ一筋宣言しただろうに、あれで諦めてくれよもう……。
「あっはは、楽しいー! さあて、それはともかくとしてマジな話があんだけど」
私はまだうろたえ中だったが、アリアは急に真顔になった。気持ちの切り替え早いな。
「リプリンさあ、さっきプリズマスギア集めてたじゃん? あれワタシ的に困るんだよね」
……。
……!
はっ、マジな話というか、大事な事を忘れていた!
軽いノリにごまかされていたけど、目の前にいるのはルゾン帝国の大幹部なのだ。そしてその目的は異界の神〈プリズマ〉の顕現、成されればこちらの世界が変貌してしまう大事件!
「いやいや、困るのはこっちだっての! 異界の神様を顕現させようとしてるんでしょ? そんな事になったら世界がどうなるかわかってんの!?」
「はあ?」
なんだその気の無い返事は、こっちは世界の命運をかけて言ってるんだぞ。
「……ったく、概要は手紙に書いといたのになんでそんな事になってるかなー? あーそっか、アリカ読んでないんだっけ。ほんと、どんくさ」
どういう意味だろう。
それからアリカを悪く言うな、見落としくらい誰にだってあるもんでしょ。
「プリズマの顕現が目的じゃないの?」
「あー、それはやるよ」
やるんかい。って、やっぱ顕現が目的なんじゃないか!
どうする、どうなる、どうしたもんでしょアリカさん。
仮にも相手はアリカの双子の姉、同じ顔という事もあって手を出しにくいんだよね。いつまでもしっかと私の腕を掴んでないで何とかしようよ。
「とにかく、いくらアリカのお姉さんでも……いや、だからこそか。世界をメチャクチャにさせるわけにはいかないよ」
「アリア、こんな事やめよう? どうしてもって言うのなら、力づくでもやめさせるんだから!」
私は素手の構え、アリカは自在剣と魔導銃。肩を並べて臨戦態勢へと入った。
ああ、やだなあ、やるしかないの? 口には出さないけどこの気持ち察してよ。
でもそんなもの伝わるわけもなかった。
この程度でやめるくらいなら初めから異界になんか行ったりしないだろうし、稀代の魔女と組んで帝国を興したりもしないだろう。
「何それ、ムカつく。ただでさえ何やってもワタシに敵わなかったあんたが勝てると思ってんの?」
見下したような顔でケラケラと笑うアリア。
これは挑発だよ、乗っちゃダメだからね。
「昔の話でしょ! わたしがどんな思いでここまで来たのかも知らないで……ファンタスマゴリア!」
アリカが叫びながら自在剣を放った。
挑発に乗るなってのに……こんなやりとりさっきも見たな。
縦横無尽に飛び交う自在剣ではあったが、その刃がアリアを捉える事はなかった。
まるで空中に舞う鳥の羽を掴もうとしても上手くいかない、あんな感じでヒラヒラとかわされている。動きに無駄がない。
「お爺ちゃんの武器を使ってるの? それくらいで強くなった気にならない事ね、さもないと……」
蝶のように舞い蜂のように刺すとはよく言ったもので、羽のような軽い動きで自在剣をかわしていたアリアが突如素早い動きに切り替えてきた。
直進してきた自在剣の一本を螺旋状に絡め取るように回転し、一瞬のうちに私の目の前へと飛び込んできた。
ヤバっ! こっちかよ!?
油断もあり、あまりの素早い動きに私は対処できなかった。
マズイ、直撃する。喰らっても平気だとは思うけど、特殊な効果を伴っていると危険だ、できたら喰らいたくない。
むにゅ
……なんだ、この感触?
アリカ……じゃない、アリアの顔が目の前にある。
細かいところは違うけど、この感覚には覚えがあるぞ。そう、あれはアリカの右腕を再生した後……。
って、キスしたのか!? 何すんだ!?
前と違ってほっぺただからいいようなものの! いやよくないけど!
「アリア! リプリンに何するの!?」
「あっははは! そんな程度じゃ彼女取られても知らないよって言ってんの!」
「もう怒ったんだから!」
被害者の私を差し置いて、姉妹ゲンカはさらにエスカレート。何だこの状況。
どうにもアホらしくなってきたので一旦止めようと思い、スフレたちに協力してもらうためちょっと離れた。
「……!?」
あれ、ちょっと体の様子がおかしい。
気分が悪いというか、普通ではない感じがする。おまけに手を見るとうっすら光っているようだ。
やっぱりさっきのは何か特殊な効果を持った攻撃だったのか!?
「ちょ、何、コレ……!?」
振り返ると、アリアも同じように光っている、そして戸惑っている。という事はアリアの仕業ではないという事になるのか。
私とアリアの体から放たれる光が粒となり、一つの場所に集まって何かの形を成していく。
強まる光は柱となって天を貫く。
光の中に浮かび上がる女性の顔に、その場にいる誰もが釘付けになった。
「プリ……ズマ……」
プリズマの名を知っていても、その姿までは知らない。
でも知らないはずのその名前が、自然に口からこぼれていた。