うずまきライダー
上空に開いた巨大な穴、よく見ればその淵には何かしらの文様が見える。穴というよりは渦のように少しずつ動いているようだった。
「あれは……なるほど、魔法陣か。相反する存在であるはずのこちらとあちらのエネルギーを上手く混ぜている。いやいや素晴らしい、革新的な技術だね」
脇腹に血を滲ませながら、マリウスが目を輝かせて喜んでいる。
そんな場合じゃないでしょ!? 状況も、あなた自身も!
「何を悠長な……それよりそのケガを何とかした方がいいんじゃないですか?」
「ああ、僕の心配はいらないよ。それよりほら、動き出したみたいだね」
風が吹き始めた。
頬をかすめたそよ風は、瞬く間に激しく吹き付ける嵐へと変貌する。どうやらあの魔法陣に向けて周囲の空気が流れ込んでいるようだ。
それは空気だけではない。驚くべきことに、魔術師会の建物が少しずつ外側から砕かれ、細かな破片となって魔法陣に吸い込まれていくのが見えた。
「う、うわぁあ!」
風の音に悲鳴も混じっている。
屋根を破壊された建物から、ゆっくりと瓦礫以外のものが吸い上げられ、その中にまだ生きている魔術師もいた。
「これはマズイね、どうやらあの魔法陣で一気にプリズマスギアを回収するつもりらしい」
さすがのマリウスもこれには焦っている様子だ。
魔術師会本部にどれだけのプリズマスギアやアバラントが収容されていたのかは知らないけど、ルゾン帝国が標的にするくらいだから結構な数あることは間違いない。それを回収されるのは世界にとって確かにマズイぞ。
プリズマがこちらの世界に顕現したらその影響は計り知れないらしいから、それだけは何としても阻止したい。
巻き込まれてる魔術師たちも嫌いだけど放っておくわけにもいかないし、この状況で私にできる事は……?
「アリカ、手伝ってくれる?」
「いいけど、何をするつもり?」
「あの渦の中に飛び込んで、プリズマスギアを私が先に取り込む。だからアリカはどれがプリズマスギアなのか感知して教えて」
取られて困るなら先に取ってしまえばいいのだ。私の体内にあればプリズマスギアは不活性化するらしいし、私も新たな能力に目覚めるかもしれない。
我ながら無茶な作戦だと思う、でもこれしか方法がないんだ。
「……うん、わかったよ」
「危険だって言わないの?」
「思ってはいるけど、さっき突入の際の盾になるって言ったばかりじゃない。今さらすぎ」
アリカが反対しなかった事に驚いたけど、それもそうか。言う通りさっき突入しようとしたばかりだものね。状況は少しだけ危険になっているとはいえ、だ。
「よぉし、じゃあ今度こそ行くよ!」
私とアリカは渦に向けて走り出した。
途中で私は足をバネ状に変形させ大ジャンプ! 巻き上げられる瓦礫の嵐の中へと飛び込んでいく。
うわっぷ、思ったよりも凄い状況だ。
巻き上げられた瓦礫など、様々なものが渦を巻いて蠢き、上空の魔法陣へと吸い寄せられている。
まるで速度の遅い竜巻だ、目が回らなくて済むのは助かるけどパワーには気を付けないとね。
この中でやるべき事は、プリズマスギア及びアバラントの回収、及び生存者の救出だ!
瓦礫の間を器用に飛び交い、まずは近くにいた魔術師をキャッチ。
「お、お前は……? 助けに来て――」
そのまま渦の外へ放り投げた。このくらいなら死なないでしょ。
何か言おうとしていた気もするけど今は忙しいの、また今度にして。
「リプリン、右ななめ後ろのリンゴ! それプリズマスギア!」
オーケー、任せて。
お次はプリズマスギアの回収だ。一見してただのガラクタなのか見分けがつかないものばかりだけど、アリカが超感覚で誘導してくれるなら話は別。余計なガラクタなんか食べてられないからね。
こういうリンゴみたいな見た目なら口に入れるのも抵抗ないんだけどなあ。などと思いながら、私はリンゴのような形のプリズマスギアを口に放り込んだ。
う……生魚味だ、うえっぷ。
「うーん……前にある半分だけのドア! それからその横の石ころ! 青いやつ!」
「よし、これと、これね!」
集中するアリカの指示通りに次々と回収を進めていく。
おっとこいつは魔術師かな、またついでに助けてあげるよ。
「気を付けて、それたぶんアバラント!」
へっ?
それ……というのはこの魔術師の事かな?
おそるおそるフードの中の顔を見てみると――
「まほぉう、つ、づかいまぁがおぁあ」
「ギャー!」
ああびっくりした。フードの中の顔は縦に裂けた大きな口だけだったのだから。
驚いて思わず全身を挟み込めるほどの大きさにした手のひらで、蚊を叩くようにプレスしちゃったよ。
手を開いたら魔術師風アバラントの姿はどこにもなくなっていた。これもまたエネルギーとして取り込んだ事になるのだろうか?
「リプリン、次は――」
おっと、集中を切らさせちゃいけないね。
次の指示を聞こうとアリカの方を見た。すると、アリカの方へと忍び寄る影が見える。
あれってスクラスト島で見たルゾンの兵士!?
アリカはこちらに集中しているせいか、その存在に気付いていないようだ。
「アリカ! あぶないって!」
「えー、なにー!?」
なんでだよ! この渦のせいか?
アリカの声はちゃんと聞こえるのに、こっちの声がいまいち届いていないなんて。
こうなったらいったん作業を中止してアリカのところへ戻らないと……!
ガン
うぐっ、瓦礫が顔に当たった。
渦巻く瓦礫は吸い込む力が強い、つまり中に入るのは簡単なぶん、外に出るのはかなりの労力が必要らしい。
そのためアリカのほうへ行こうとすると全身が押し戻されるような抵抗を感じる。こ、これでは間に合わない!
そんな間にもルゾン兵士はアリカに向けて銃を構えた。しかし相変わらずアリカは気付いていない。
多少のケガなら治してあげられるけど、頭とか撃ち抜かれて即死したらどうにもならないよ!? いいかげん気付いてってば!
ボウッ!
その時、突如激しい炎が立ち昇り、壁となってルゾン兵士の射線を遮った。
ジャキン!
炎の壁でひるんだ兵士を、お次は鋭い斬撃が捉える。
二重の攻撃に兵士はひとたまりもなく、その場にガシャンと倒れてしまった。
「やれやれ、仮にも義姉になるやもしれぬ人、放っておくと姉上に怒られるのじゃ」
「わわ、私も、がが、頑張ってお助けします……」
アリカを助けたのはスフレとパルバニだった。珍しい組み合わせだね。
「ありがとー、ふたりとも! ところでスフレ、兵士やっつけちゃって大丈夫なの?」
スフレ、もといヴェルダナはルゾン帝国の大幹部。それなのに協力してくれるのは嬉しいけど、スフレの事を考えるとお姉ちゃんちょっと心配かな。
「あ、あの……いいんですか? これ……」
「砂人形の事か? 多少壊したくらいで怒られはしないのじゃ」
この声も届いていないようで、スフレはこちらに答えてくれない。でもパルバニが似たような疑問を持ったようで代わりに聞く形になっている。
怒られないならいいけどさ。
それはそうとこの兵士たちは〈砂人形〉って言うのね。細かい事は知らないけど人間じゃないのは確かかな。
ドタドタドタッ!
その砂人形の兵士たちが次々と出てくるぞ。
プリズマスギア回収の妨害をしている私たちがどうにも邪魔みたいだね。
「ん? うわぁ!」
アリカも今頃になって気付いちゃって、慌てて武器を取り出そうとしている。
しかし、その手を止めさせる人物がいた。自在剣を抜こうとするアリカを制止したのは、意外にもパルバニだった。
「こ、ここは、私たちが食い止めますから、アリカさんは集中していてくださぃ……」
そう言うとパルバニは、何故か片方だけになっているウサギ耳に手をかけポキンと折ってしまった。
何をやっているのか意味不明だったけど、その折れたウサギ耳が手斧のような形に変わるのが見えて何となく理解はできた。
そういえばすでに一本手斧を持っている、さっきはそれで斬ったのか。
なるほど、あの耳はいつも持っている大斧を無くしたとき用の予備なんだな。……いや、やっぱり意味不明な事には変わりなかった。
ともあれ、ふたりが護衛してくれるのはありがたい。アリカも安全に集中できるだろう。
スフレが燃やし、パルバニが斬る。その間にアリカがプリズマスギアを探して、それを私が回収する。
これってなかなかいい連携じゃない?
魔術師会きっての実力者とか言われてた才能あふれる我がかわいい妹スフレが強いのは当然として、あのトラブルバニーのパルバニも結構やるもんだね。今はウサギ耳が無いからバニーとしてのアイデンティティを半分失っている気がしないでもないが。
ま、おかげでかなりの数のプリズマスギアを回収できたよ。後でパルバニにもお礼言っとかなきゃね。
またひとり生存者の魔術師を放り投げ、ついでにコーヒーカップみたいなプリズマスギアを取り込んだ時、空気の流れが微妙に変化するのを感じた。
いや……というか渦を巻いていた魔法陣の動きが止まりつつあるのか!
吸い上げる力が弱まれば、当然ながら物体は重力に引かれ落ちていくのみ。
私のはるか頭上にも大きな瓦礫はそれなりにある。パラパラと小石が降ってくるのを察し、私は大急ぎで渦から脱出した。
いくら不死身でも崩落に巻き込まれるのは遠慮したい。幸い、生存者はもう残っていないようだ。プリズマスギアの取りこぼしはあるかもしれないけれど、もうそんな事は言っていられなかった。
迫る兵士たちを一通り片付け、全員でこっちを見ているアリカたちの所へジャンプ!
はぁい、一仕事終えてのお帰りだよ。温かく歓迎して――
ベシャッ!
……誰か受け止めてくれるかと思って顔面からいったのに、誰も受け止めてくれなかったから地面で強打してしまった。
いやいいけどね、この程度はもう痛くもないからいいけどね?
体を起こして強打した顔の形を直していても、「あ、ごめんリプリン」の一言もない。
いったいどうしたというのだろう? みんなして私を無視し、同じ方向を見上げている。
「ねえ、何見てるの?」
「……あれ、見て」
アリカが示すその先は、動きを止めた先程の魔法陣。そしてその上に何者かの人影が立っているのが見えた。
次の瞬間、魔法陣は完全に消滅し、その上にいた人物がゆっくりと空中を降りてくる。
その姿は紛れもなくアリアだった。