姉妹ゲンカ
ズバーン!
赤熱する溶岩の巨大な手のひらが勢いよく床に叩きつけられる。
質量による破壊力はもちろんのこと、衝撃で弾け飛ぶ溶岩弾も侮れない。
そんな炎の塊みたいな巨体で暴れまわるもんだから、あたり一面炎の海だ。どうすんだよこれ。
しかし……スフレが私の事をそんなふうに思っていたなんて。
可愛くて、賢くて、性格もいいから両親をはじめみんなに愛されていたスフレ。
逆に私には何も無かった。何も無かったからこそ、そこから抜け出そうとあれこれ努力を重ねてきた。
それがスフレにとっては自由に見えて羨ましかったのか?
私の方こそスフレが羨ましかったのに、人の心というのはわからないものだ。
でもねえ……だからといってこれはないでしょ。
まったく、姉妹揃って怪物になるなんて笑い話にもならないよ。
このままでは話を聞いてくれそうにない。やりたくはないけど……姉妹ゲンカに乗ってやるしかないか。
よおし、やるとなったらお姉ちゃん容赦しないぞ!
「アリカ、下がってて。これは私たち姉妹の問題だから。ついでにパルバニも」
「わかった……けど、リプリンもわりと人の話聞かないとこあるよね」
「なっ……!? それってどういう――」
「ほら来たよ、わたしは下がってるからしっかりね!」
いや、めちゃめちゃ心に引っ掛かってるんですけど。
まあ考えるのは後だ。ともかくふたりを避難させ、私は腹に力を込めて気合を入れた。
後ろでケンカしないでよ。
――アリカが死にかけた時、私は自身の体を溶かして新たなアリカの腕を作り出した。それをきっかけに、私の中で何かが覚醒したのを感じている。
今ならわかる、この粘土のような体の頭の先から足の先まで、全てを自在に動かす方法が。
スフレが化けた溶岩の巨人は相も変わらず暴走中、かなり感情的になっているようだ。
その視界に私を捕らえると躊躇なく襲い掛かってきた。
「お姉ちゃんの……大莫迦者ぉ!」
巨大な溶岩の腕は、今度は鈍い剣のように形を変え、痛烈なチョップとして私の頭上に振り下ろされた。
ドガッッ!
命中と同時に突風が巻き起こり、私の脚が床にヒビをいれるほどの衝撃が放たれた。
「……なっ!?」
だが、本来ならバッサリと私の体を引き裂くはずのその攻撃は、私の肩の上でピタリと止まっている。
スフレが手加減したわけでも止めたわけでもない、衝撃の大きさからそれは明らかだ。できたら手加減して欲しかったなあ。
さて、もちろんこれは私が止めたものだ。
「名付けて、重い女モード」
……まあ、名前はともかく、これはなかなか凄いと思うよ?
拡大縮小の応用編。今の私は普段の百倍の大きさになりながら、普段と同じ大きさになっている状態。つまり密度とか質量とかが百倍になっているのだ。たぶん。
格闘においてウエイトは強さに直結する……って聞いた、だから少なくとも私はいつもの百倍は強いはず。
さっそく試してみようか。
「せーのっ!」
バギン!
肩で受け止めた剛腕を殴って弾き返してみた。
うん、思ったとおり。溶岩の腕は大砲の弾を食らったように大きく跳ね飛ばされ見事に砕け散った。
……って、砕けたし! だ、大丈夫だよね?
「あーら、お姉ちゃんも少しはやるのじゃな」
どうやらスフレは余裕いっぱい、溶岩の腕はたちまち再生して元通りになった。
ホッ、よかった、大怪我させてたらどうしようかと思った。
「じゃがこれはどうかの?」
溶岩の巨人が大きく口を開き、そこに何やらエネルギーのようなものが集まって光る。
こ、これはもしや光線系のすっごいのが飛んでくるやつでは!?
射線を推測すると……おいちょっと待て、どっち向いてるんだ。私はこっちだぞ。
まさか、待て待て、それはダメだって!
「消えて無くなれ! 滅尽火砲!」
思ったとおりだ。
溶岩の巨人が口から吐いた炎は、あまりの出力の高さに光の帯となる。高出力ゆえに自身でも抑えきれないのか、下から上に切り払うような撃ち方だった。
当然、炎の帯が通った後には何も残らない。豪華な建物が、チョコレートが溶けたような切り口できれいに真っ二つ、ここから外が見えるほどに。
だが問題はそこではない。
「スフレ、あんた今アリカを狙った?」
威力は凄くてもいいさ、妹の優秀さが知れて嬉しいくらいだよ。
でもそのやり方はどうかと思うよ。
幸いにも、アリカだってか弱い乙女というわけではない。バリバリ前線に立つ冒険家、今みたいに大振りな攻撃をかわす事など簡単だ。
だから事なきを得てはいるけど……ちょっとお姉ちゃん怒ったぞ。
「スフレ、あんたにも言い分があるんだろうけど、だったらちゃんと話し合いましょ」
「話を聞いてくれなかったのはどっちかのう?」
「だから、今言えって言ってるの! それなのにアリカを狙うなんて……!」
スフレが生まれて一緒に過ごした八年間、私は妹に怒った事などなかった。
だけど今日は思いっきり怒らせてもらう!
「生命の枝翼!」
私の背中に木が生える。両の肩甲骨のあたりから、骨のような枝ばかりの木が翼のように。
羽のようにフワフワなどしていない、天使なんて格好のいいものでもない。むしろどう見ても魔物の翼、格好なんて気にしている場合じゃないから目をつぶるけども。
これをやるのは二回目、以前はアリカが死にかけた時に無意識に出たものだった。
こうやって自力で再現してみてよくわかる、この翼は私の力の増幅器なのだ。
「重力の檻!」
ズン!
溶岩の巨人の全身に膨大な負荷が押し寄せる。
枝翼によって強化された私の重力攻撃は今までの比ではない。あくまで動きを止めるために使っているので手加減しているが、加減無しでやっていればあっという間に押しつぶしているだろう。
「ががっ……こ……の……!」
スフレも必死の抵抗を見せているものの、溶岩の巨人は這いつくばったまま指一本動かせないでいる。炎の魔法も重力に押さえつけられ発動すらできない。
さーて、大人しくさせるにはここからどうするか。
「ちょっと離れて見てなさい。強制排出!」
「!?」
私の言葉と同時にスフレの体が溶岩の巨人から弾き出された。
思ったとおり、スフレ自身が変化しているわけではなく、溶岩の鎧を纏ったような状態だったんだ。
うん、私の方もデメリットもなく動ける。よし、後は仕上げ!
「なんて言ったかな? そう、滅尽火砲!」
私はさっきのスフレの技を再現した。こう、寒い日に白い息を吐くような要領で。
意外とこんな感じでできるもんなんだな。
私の火の粉のパワーも格段に増幅され、青白い一筋の光が溶岩の巨人を貫いた。威力も太さも指向性もスフレの使ったものを越えている、誰の目にも力の差は明らかなほどに。
口から吐いたから怪獣ぽい。手からでも良かったな。
「そ、その術は……」
跡形も無く崩れ去る巨人を前に、スフレも力なくうなだれていた。
覚醒した新たなる力のお披露目が姉妹ゲンカなんて、我ながら嫌な使い方したもんだよ。
でもこれで、スフレもちゃんと話を聞いてくれるだろう。
とりあえず枝翼をしまって、と。
「リプリン凄い!」
しかし、スフレに話しかける直前、勝利を祝ってかアリカが飛びついてきた。
「あ、ちょっと待っ――」
ガン!
うわ、いい音したなあ。
飛びついてきたせいで顔面などをしこたま打ち付けたアリカが顔を押さえて悶絶している。
「痛い……」
「だから待ってって言ったのに。今の私は弾力のある鉄柱みたいになってるんだから」
まったくもう、元に戻るまで待ちなさいって。でもまあそのくらいなら手当てはいらないね。
こんな事してたらまたスフレを怒らせてしまう。私はとりあえずアリカの事は後回しにし、うなだれるスフレの前に歩み寄った。
「スフレ、ちゃんと話しようか」
「くっ……そ、まだ私の魔法はこんなものでは……」
スフレの目はいまだ反抗的だった。でもそれならそれでこちらにも考えがある。
「な、何を……!?」
何を? 大したことじゃないよ。
長い時間の末に生きて再会できた妹を、姉がそっと抱きしめているだけ。
ふふ、この感じ、やっぱりスフレだ。そりゃそうだよね、見た目は同じなんだし、何よりスフレ本人なんだから。
ああ……抱きしめているだけで涙が出そう、スフレも同じ気持ちだといいのだけれど。
「会いたかったよ、生きててくれて嬉しい」
「……」
久々の再会なんだ、お姉ちゃんの胸で泣いてもいいんだよ。
なんて、今度こそと期待したのにまたしても上手くはいかなかった。
――いや、それでもさっきまでとは違うみたい。
ドンと突き飛ばされはしたけど、心なしかスフレの表情は穏やかだった。
突き飛ばされたけど。