伝える事は難しい事
ヴェルダナが生き別れた妹のスフレだってわかった。
……のはいいけど、どうにも演劇のように感動の再会、ハッピーエンド! とはいかないなあ。
私としてはとても嬉しくて抱きしめてあげたいくらいなのだけど、スフレがそれを許してくれない。
「どうしてよスフレ、魔術師会に嫌いな人でもいるの? マリウスとか?」
「スフレと呼ぶなと言うに。マリウスか……今はその名を使っているのじゃな」
「その名?」
「あれはマギクラフトじゃ。奴は肉体が限界を迎えると新しい肉体に乗り換える、そのたびに名前を変えるから面倒で仕方がないのう」
ふえっ!? あ、あのマリウスってマギクラフト所長だったの!?
またまた衝撃的……わ、私、失礼な事言ってないよね?
あー、言った気がする。いけ好かないクソガキとか思ってたから確実にそんな態度だったわ。
でも事実そうだったんだから当然なのか? ええ、どっちなんだ、本当に所長?
「妾を救った事には感謝しておるが、魔術師共は気に食わぬ。それに妾はプリズマスギアを無断で持ち出した身、呼びつけたのも処罰のためであろうからな」
そうなんだよなあ……。
「ヴェルダナを連れてこい、手段は任せる」なんてほとんど賞金首だ。どう考えてもまた仲良くしようなんて事にはならないだろう。
せっかく再会できたかわいい妹をこのまま魔術師会に引き渡すなんてできない。だからこそ私はさっきから困っているのだ。
「ところでスフレ、私が聞いた話だとルゾン帝国を興したのはあんただって聞いてるんだけどどういう事? プリズマの顕現と関係があるの?」
私の言葉に、スフレはまた少しニヤリと笑った。
「スフレと呼ぶな。……プリズマ? 奴らの計画に興味はない。妾の目的はただ一つ、復讐じゃ!」
「!?」
スフレは両手を大きく広げ誇らしげに言った。
復讐ぅ? 何をそんな悪の大幹部みたいな事言ってんだ!?
お姉ちゃん、思わずポカンと口開けたまま固まっちゃったぞ。
「何を驚くことがある? 妾は戦火により家族も故郷も失った。そして今、妾には強大な力がある。世界をルゾンの元に奪い返そうとして何が悪い!」
「んなっ……何言ってんの!?」
世界を奪い返すって? そんなムチャクチャな事……!?
「本気で言ってるの?」
「冗談に聞こえるか?」
冗談には聞こえない、冗談であって欲しいけど。
要するに、ルゾン帝国がブリア王国に戦争を仕掛けるって言ってるんだよね。お前そこまで愛国心あったのかよ。
かわいい妹の事なら何でも応援してあげたい、でもこればっかりはダメだ。
「スフ――」
「ちょっと待って!」
私がスフレに何か言おうとした直前、黙って話を聞いていたアリカが口を挟んだ。
「スフレちゃん、だよね。話はリプリンから聞いてる」
「……アリア? いや……違うな」
「かつてのルゾン王国が滅んだのも知ってる、でも今あるブリア王国の人たちには関係のない話だよ、戦いを仕掛ける理由はないでしょ?」
「スフレと呼ぶな……」
「それに、死んだと思ってたリプリンが生きてたんだよ、もっと喜ぼうよ!」
アリカの言葉を聞いてはいるスフレだが、あまり説得の効果は見込めない。
むしろちょっと不機嫌になってきている。
「うるさい! だいたいお前は何者じゃ?」
「あ、ごめんね。わたしはアリカ、リプリンの、あなたのお姉ちゃんの彼女だよ」
ブッ! なな、何を!?
いや間違ってはないかもしれませんけど、よりにもよって生き別れて再会してる最中の妹に言わなくても!? そこはトレジャーハンターとかにしておいてよ!
「かっ……!?」
ほらー、スフレもどうしていいのか反応に困ってるじゃないの!
「かの……彼女? ま、まさかそっちの女も……?」
そっちの女、とはパルバニの事だね。大丈夫、こっちはただ単に付いてきただけの知り合いだから。
――なんて安心していたら、そっと手を握られる感覚があった。
アリカは私の前にいるから間違いなくパルバニの仕業だ。
「……え、何?」
「わわ、私も、できたら……」
それってどういう意味でしょうか?
うろたえる私をパルバニの幽霊のような目がじっと見つめる。
「あ、あなたとなら、ここ、このスーツも脱げる気がします。一緒に、脱ぎたい……です」
「は……はああ!?」
何を言いだすんだこのバニーは!?
あ、そういえばそのバニースーツは呪いで脱げないんだっけ。じゃあさっきのは私と一緒なら呪いを解けそうな気がするって言いたかったのか?
どっちにしても人が聞いたら大変な言葉だったぞ。
幸い、ここには他に人も――
「……」
「……」
いたわ、ふたりも、面倒なのが。
えーっと、ふたりなら今のが誤解だってわかってくれますよね?
ねえアリカさん、どうしてそんな怖い顔しているんですか?
「浮気者……」
「え、ちょ、違っ」
「リプリンさいてー! 恋人になったばかりだっていうのに、他の女の子の事を抱きかかえたりして!」
「抱きかかえ……ええっ!?」
ちょっと待てよ、それファルサに斬られたパルバニを助け起こした時の事言ってんの?
あんなの浮気でもなんでもないだろ! というか人助けだよ人助け、自分だって普通にやるじゃん!
「……あっ! まさか強引に手を引いてワープしたのって、パルバニに嫉妬してやったの!?」
「うっ……ち、違うもん」
アリカは目を合わせないように顔を背けている。ああ、こりゃ当たりだな。
それにしてもアリカがこんなにヤキモチを焼くとは思わなかった。
いつものように朗らかな感じで流すかと思ったのに……アレか、恋人宣言か。アレのせいで嫉妬深くなったのか?
「私が言うのも何だけどさあ、こう正妻の余裕というか、「どうせ最後には自分の所に帰ってくるし」みたいにどっしり構えようよ」
「ふえっ……!? や、やっぱり浮気……」
「あ……違う、あちこち行かないけど! たとえばの話!」
「あ、あちこち行くんだ……!?」
聞けえ、私の話を! 私もけっこう凄い事を言ったような気がするけども。
あとパルバニ! いつまで手を握ってるんだ、あんたのせいでややこしくなってんですけど!?
「……かげんに……」
あっちもこっちも忙しい、今度はスフレが何か言っている。
「いい加減に、しろ!」
ここでスフレの怒りが爆発。
さすがは大魔女と言われているだけの事はある、大声を張り上げただけでその小さな体から猛烈な熱気が周囲に放出された。
熱っつ! でもこんなに凄い魔力を持ってるなんてお姉ちゃん鼻が高いよ、でも熱っつ! ちょ、ちょっと待った!
「熱っ、熱いって、スフレどうした!?」
呼びかける私を、怒っているような嘆いているような複雑な表情でスフレが睨む。
「お姉ちゃんはいつもそう、自由で、自分勝手で! 私の話なんか聞いてくれないし!」
「え……ええっ!?」
驚いた、ただ驚いた。本日何度目でしょうか。
いつも? って事は、私が実家にいたあの頃からそう思っていたという事か?
似たような事をアリカに言った覚えのある私は、まさか自分がそう言われる立場になるとは想像もしていなかった。
むしろ不幸体質で人に振り回される立場だと思ってたくらいなのに。
「生きててくれたのは嬉しいけど、なんなのじゃその姿! 事故だから怪物化してるのは仕方がないとしても彼女って何じゃ! 彼氏でもなく、それも二人も!」
「ふたりじゃないっての、こっちのバニーは違うって!」
「じゃあ彼女と浮気相手? 六十年ぶりに再会した妹に、何を爛れた関係を見せつけてくれてんのじゃ!」
「スフレまでアリカみたいな事を……だからぁ――」
「スフレと呼ぶなあぁぁ!」
再びスフレの怒りが大爆発。周囲は凄まじい熱気で所々発火までしている。
スフレの足元から泉のように溶岩が沸き上がり、その身を包み込むと赤熱する巨大な鎧へと姿を変えた。
「お姉ちゃん、昔は姉妹ゲンカなんてしたことなかったのじゃ。ここでちょっとやってみる? ……死ぬほどね」
赤く光る水飴のような巨人が私の前に立ちはだかる。
なんてこった、生きていた妹に再会したのにケンカなんかしたくないぞ。
「スフレ……」
困惑の表情でスフレを見上げる私に、アリカがそっと寄り添った。
「リプリン」
「……なに?」
「偽名を名乗ってる人をぶしつけに本名で呼ぶのはマナー違反だよ」
うん、後にしてね。