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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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あっけなく

「……やっぱりオードルだったか」


 現れた怪物の正体に、ヒナァタがため息をついた。

 昨夜暴れていた針の怪物、そしておそらくはガベイジの街を襲った怪異の元凶。その正体はヒナァタを忌み嫌っていたマフィアのオードルだった。


 まばたき厳禁、息つく暇も無くふたりの体が踊る。


 ガキン!


 ヒナァタの蹴りと、オードルであったアバラント〈ニードルワーク〉の針剣が激しく激突。

 もはやふたりの間に言葉はない。あるのは勝つか負けるか、ただそれだけ。


 さっきのヒナァタのため息は何を意味していたのだろう。

 いがみ合っていたとはいえ、オードルもまたガベイジの住人である事には違いない。そのオードルが怪物になってしまった事を憂いてか、はたまた帝国に魂を売ってまで自分を倒そうとしている事を嘆いてか、きっと複雑な心境なのだろうなあ。

 私にはただ決着を見守る事しかできない。


 ガン! ドガッ! ガン!


 ……ん? いやちょっと違うな。

 正拳、裏拳、前蹴り、回し蹴り、強力かつ鋭い攻撃が次々に繰り出され、その全てがことごとくニードルワークに突き刺さっていく。

 ヒナァタの顔にはうっすら笑みすら見て取れる。この人も戦い始めるとハイになるタイプか。


「ガッ……! バ、バカナ、コレ程ノ力ヲ手ニ入レテナオ足リヌト言ウノカ!?」


 うわ、凄い。

 あのニードルワークも強いと思っていたのに、ヒナァタはもう異次元の強さだった。

 怒涛の連撃により瞬く間に全身の針を砕かれ、ニードルワークの干からびた巨体が地に伏した。


「……なあ、こいつは元に戻るのか?」


 倒れたニードルワークを踏みつけながらヒナァタがこっちを見た。

 視線の先には飲めもしない紅茶を嗜むゲッペルハイドがいる。こんな時に何やってんだこいつ。


「む、吾輩に聞いたのか。そうだな、その者は不可逆なほど変異している、神の力でも使わぬ限りはあり得ぬだろう」

「……そうか」


 またヒナァタがため息をついた。

 今度は……オードルへの哀れみだったに違いない。


「……オードル、前にも言ったよな? 殺すつもりなら殺される覚悟をしておけって」

「世ノ綻ビメ、死ヌノハ貴様ダ」


 ニードルワークの体が一瞬動いたように見えた。おそらく、何か攻撃を仕込んでいたのだろう。

 しかしその攻撃はヒナァタに届くどころか発動する事も無かった。

 言い終わるのとほぼ同時に、ヒナァタの蹴りがニードルワークの頭を蹴り潰していたのだから。


 ボッ!


 鈍い音が後から聞こえてくるほどのスピードだった。


「……バカな奴」


 躊躇する様子など全くない、決着はあまりにもあっさりとしていた。


 *****


「ヒナ、ケガは無い?」

「……ああ、大丈夫」


 ミツキがヒナァタを心配している。いや、どちらかというとただ労って話しかけてるだけかな。

 私の目にも実力の圧倒的っぷりはよくわかった、見た限りでは反撃なんか喰らってなかったから当然ケガもしてないと思うよ。


 オードルはニードルワークの姿のまま、パラパラと崩れて塵になってしまった。

 人間であることをやめてまでヒナァタに勝ちたかった? それともこの掃き溜めの街を手に入れたかった?

 ……どっちにしても私にはその気持ちはわからない。


 オードルが塵になったのと並行し、棚にいくつか置かれていたぬいぐるみもまた塵となって崩れていく。その様子はまるで主人の後を追っているようにも見えた。

 結局、オードルの得た力は何だったのだろう。

 自身がそうしていたように、街の人にもぬいぐるみを被せていたのかな? まあそれは街に戻ればわかる事か。


「ねえ、これ見てよ」


 声に振り返ると、アリカが倒れている鎧の兵士を調べている。

 ちょっと気を付けてよ? その人たちは気を失っているだけでまた動き出すかもしれないんだから。

 なんて思っていたらアリカは兵士の兜をスポンと取ってしまった。


「!?」


 驚いたのは私もアリカも同じ。

 てっきり生身の兵士が顔を出すと思っていたのに、鎧の中にはぎっしりと詰まった砂が入っているだけだった。

 アリカの持つ大きく赤い目のある兜からもサラサラと砂がこぼれ落ちるのみ。

 何なんだこいつら? 倒れたから砂になったのか、それとも最初から砂しか入っていなかったのか。まさかミツキの音響攻撃で砂になったなんて事ないよね?


 ちょっと救いを求めるような気持ちでゲッペルハイドを見る。

 オラ~、優雅にテーブルセットまで出してくつろいでんじゃねえー!

 解決したとはいえここはまだ敵地なんだ、パルバニとカードゲームに興じてる場合じゃないだろ。


 もういいや、聞くのもバカバカしくなった。とりあえずこの兵士は人間じゃないって事にしておこう。


 ふと、鎧に付いている紋章が目に入った。


「これ……見覚えがある。間違いない、ルゾン王国の紋章だ」

「ルゾン王国って、リプリンの故郷だよね?」


 私はアリカに頷いた。

 ルゾン王国。私の生まれ故郷で今は滅びた国。

 もう六十年も前の事だから細部は少し違うかもしれないけど、記憶の限りではこの紋章に間違いは無い。

 名前だけ似てるのかと思いきや紋章まで同じなんてね。やっぱり王国と帝国は何らかの繋がりがあるのか……?


 オードルはルゾン帝国と手を組んでるんだっけ。じゃあこの地下施設を調べればルゾン帝国に関する情報が何かあるかもしれない。

 というわけで引き続きここを調べる事にしたのだけれど……はて、何か忘れてるような。


「アリカ、何か忘れてる事ってない?」

「忘れてる事ねえ」


 引っ掛かると気持ち悪いのは違和感も魚の骨も同じ事、念のためにアリカにも聞いてみた。


「うーん、忘れてる事? ……あっ!」

「何かあった?」

「そういえばまだおかえりのチューをどうするか決めてなかったね」

「しません」


 聞くんじゃなかった。こうなれば自力で思い出すしかない。

 こういう時は周囲を見渡してみたりして……と。

 おや、後ろのほうでヒナァタがパルバニから斧を借りようとしている。けっこう強引めに。


「……あんた、パルバニだっけ。ちょっとその斧貸してくれない?」

「ふぇっ、ここ、これですか? だ、大事な物なんです、け、けど」

「……丁寧に扱うから、ほら頼むよ」


 斧なんか何に使うんだろう? それにその斧、〈サプライザー〉とかいうワープ機能を備えたプリズマスギアですよ、うかつに触っちゃ危ないですって。


 斧の用途を推測しようとミツキを見ると、相変わらずふたりでイチャイチャしているぞ。

 本当に何の用で斧なんか……。


 ……あれ、おかしくないか? ヒナァタがここにいるのに、ミツキは誰と話してるんだ?

 この場合、不自然なのは何に使うかわからない斧を強引に借りようとしているほうだ。


 ジャキン!


 再びパルバニたちのほうを向いたその瞬間、目に飛び込んできたのは斧で横薙ぎに切り払われるパルバニの姿だった。


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