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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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ニードルワーク

 街から少し離れた海沿いの丘、私たち四人はそこにいた。

 ここなら街の様子がよく見える……との事だ。


「いや、六人だな」

「……うわっ!」


 唐突に後ろから話しかけられ、その場の四人全員が驚きの声を上げた。

 そこにいたのはまたしてもゲッペルハイド、ついでにパルバニも。


「お、おっさん、状況を考えてくれる? ていうか驚かさないと出てこれないのかよ!」


 ほんと、何なんだこの箱頭。しかも人の心に話しかけてきやがって。

 ヒナァタなんかもう一回蹴りを入れる寸前な体勢してるぞ。


「何を言う。ユーモア無き世界に喜び無し、娯楽有れば喜び有り。吾輩は腐ってもエンターテイナー、驚きなど初歩の初歩」


 頭の箱がクルクルと回り、手に持ったステッキからは花が出る。

 ダメだ、話を全然聞いてない。


「ええと、ゲッペルハイドさん、でしたかしら? 私達は今、見つからないように動いておりますので、少し静かにしていただけます?」


 ミツキが全員の心を代弁してくれた。

 その表情こそ穏やかだが、微笑む目の奥底からは確かな怒りを感じる、ような気がする。


(……みんなあたしの事を怖がったりするけど、怒ったら本当に怖いのはミツキの方なんだよ)


 ヒナァタが小声で耳打ちしてきた。

 よく普段温厚な人ほど怒ったら怖いって言いますもんね。

 その感じはゲッペルハイドにも伝わったのか、箱頭の回転が収まり少しだけ静かになった。


「ふむ、そうであったな。ではまたの機会に」

「ところで、何しに来たの?」

「これは心外、助けに来たのだ、他に何かあるか?」

「助けに、ねえ。こっちに来てるのを知られたくないとか言ってなかった?」

「それはそれ、これはこれ。もはやそんな事を言っていられる場合ではないのだ」


 時間的に余裕がなくなっているのだろうか、なんだか怪しいな。

 なんでもいいけど邪魔だけはしないでよね。


 さて、気を取り直して街の様子を探ろう。

 こんな時に役に立つのがアリカのトレジャーハンター道具。双眼鏡で街の様子を遠くから確認ってね。


「どうアリカ、何か見える?」

「うーん……人はいないみたい。ぬいぐるみが所々に置いてある。あのぬいぐるみ、見てると動かないけど目を離したらいつの間にか動いてるね」


 つまり、普通のぬいぐるみではないという事だね。

 それは予想していたというか実体験だけど。


「街に突入する前に、ちょっと分析しとこうか」


 私は集まっている四人に向けて、この怪異について思う事を発表すべく姿勢を正した。

 アリカは引き続き街の調査をお願いね、聞きながらでいいから。


「あのぬいぐるみが〈ニードルワーク〉とかいう奴の仕業として、問題はどういう能力でああなっているかですよ」

「……たとえば?」

「1、人を直接ぬいぐるみに変える。2、人とぬいぐるみを入れ替える。3、その他。といった感じかな? 2だったら運が良ければアジトみたいな場所に行けるかも。でも1や3だったらうかつに食らうわけにはいかないでしょうね」


 2だった場合は街の人たちの救出を別に考える必要があるし、1だったらぬいぐるみを攻撃するわけにはいかないだろうし。

 あ、そういえばヒナァタが思いっきりひとつ破ってたな……2か3だったらいいな。


「で、そのへんどうなの?」


 全員の視線が最後尾で聞いていたゲッペルハイドに集中する。

 今までいろいろ教えてやるポジだったし、何か知ってるでしょ?


「さあ、知らん」


 しかし答えは残念なものだった。

 箱に映し出される笑顔が癇に障る。


「なんでよ! 急にここだけとぼけるのは何でだ!」

「お前とてこちらの世界の事を何でも知っておるわけではあるまい、吾輩も同じである」


 ぐっ、正論だ……それだけにムカつく。


「そう落ち込むな、失敗は誰にでもある事だ。ほれ、甘いキャンディをやろう。甘いのに肉の香りがするから脳が混乱して面白いぞ」

「ありがとう……っているかぁ!」


 なんで私が慰められてるんだ。それにこんな所で面白いおっさんから変なキャンディ貰ってる場合じゃないんだよ。

 くそう、ゲッペルハイドが付いて来てるなら異界の能力について楽できるかと思ったのに、これじゃとんだ役立たずだな。

 何か他にいい考えはないかな……。


「あっ」


 すると、双眼鏡を覗いていたアリカが小さく言った。


「なに? 何か見つけた?」

「うん、あそこ見て」


 双眼鏡を借りてアリカの示す方向を見た。

 街からちょっと離れた場所に建物があり、そこに怪しい人影が入っていくのが見えた。


「なんだろう、あの建物」

「……ちょっと見せて」


 人影はもう移動してしまったが、建物を確認してもらうためにヒナァタに双眼鏡を渡す。

 はっきりとは見えなかったけど、街に人がいなくなっているこの状況でまともな人影があるのは明らかに怪しい。

 街は置いといてあの建物に行ってみるべきだろうか。


「……知らない建物だね、少なくとも前に来た時は無かったと思う」


 ヒナァタもこう言っているし怪しさは増すばかり。

 闇雲に街を当たるよりは何か出てくるかもしれない。


「あの、街はとりあえずスルーして、あっちの建物を調べてみようと思うんですけど」

「……そうだね、そのほうがいい」


 他のふたりも賛成し、私たちは街から離れ怪しい建物を目指す事になった。


「うむ、引き続き吾輩達も同行しよう。応援は任せよ」

「それ、何もしないって言ってるんだよね」


 役立たずもふたりほど付いて来るけど気にしない。

 先を急ごう、ツッコむのはその後だ。


 *****


 近くまで来てみると、その建物は意外に小さく質素なものであることがわかった。

 ちょっとした倉庫程度の大きさで窓は無く、扉がひとつあるだけの石造りの小屋。

 調べるもなにも大きさ的に一部屋しかない。というかさっきの人影はどこ行ったんだ? 中に入ったのなら確実に鉢合わせするぞ。


「……鍵はかかってないね」


 私が外周を探っている間に、ヒナァタが堂々と扉を開けた。

 え、ちょっと何やってんですか!?


「ヒナァタさん!? そんないきなり見つかるようなマネを……!?」

「……ここまで来たら一緒、早い方がいいでしょ。それにほら」


 ほら、じゃない。見つからなかったからいいようなもののまったく。

 それで何があるんですって?

 ヒナァタの示す小屋の中を覗いてみたけど……わあ、なんだこりゃ。


 中はまるまる階段だった。

 先が見えないほど地下深くまで続いている大階段は、まるで私たちを誘っているかのようにぽっかりと口を開けている。


 うーん、ヒナァタじゃないけどここまで来たら一緒か。

 私たちは意を決し、その長い階段を降りていった。


 上の建物自体はただの入口だったのだろうけど、それにしても長い。

 方向からしてもうこのあたりは街の地下になるんじゃないかな。

 それだけの距離を移動し、階段は大きな鉄の扉を終点に終わりを迎えた。


 この大扉……嫌な予感がする。

 慎重派の私としては予想と対策を練ってから開けたいところだけど、そう考えている間にもせっかちが扉を開けてしまった。

 ヒナァタにアリカ、あなたたちの事ですよ?


 ズズズと重い音を立てて扉が開く。

 その先にはこの大扉さえも小さく見えるほどの空間が広がっていた。

 これ地下室だよね? 街の下にこんなに空間掘っちゃって大丈夫なのかしら。


「お待ちしていましたよ、皆さん」


 あーあ、予想的中。やっぱり待ち伏せされてたし。

 そこに立っていたのはマフィアのオードルだった。相変わらずの趣味の悪いスーツと、同じく趣味の悪い連中を引き連れて……?


 あれ、周りにいる連中が違う。ていうか何だこいつら。

 真っ黒い全身鎧を身に纏っているから騎士に見えなくもない……けど、兜に大きな赤い目がふたつ付いているのは異様だった。

 口元からはホースが伸び、さながら二足歩行する巨大な蛾のようにも見える。

 それにしても……この鎧、どこかで見た事あるような。


「フフフ、私の新しい取引先が気になりますか?」


 私が黒い兵士を見ている事に気付いたのか、オードルが自慢げに言った。


「彼らは――」


 ドガッ!


「ルゾギャバッ!」


 ガシャーン!


 うわ、ひどい。

 ちょっと目を疑うような光景が繰り広げられている。


「ヒナァタさん、さすがにかわいそうだと思います」

「……こいつは放っておくと調子に乗るから、速戦即決」


 哀れなオードルは話の途中でヒナァタに蹴り飛ばされ、いくつかの棚をなぎ倒しながら積まれていた荷物の山にぶち込まれた。


 さすがにこの状況では鎧の兵士たちも黙ってはいない。剣と銃が一体化したような武器を取り出し臨戦態勢に突入する。


「……ハッ!」


 ……臨戦態勢には突入した、でもそれが生かせるかどうかは別の話。

 ヒナァタの目にも止まらぬ拳が、蹴りが、頑強な鎧を貫かんばかりに炸裂する!

 なんという破壊力。鎧を着ているにも関わらず、すぐ手前にいたふたりの兵士は素手のヒナァタに一瞬で叩きのめされてしまった。


 この展開は私にも予想外だったし、敵にも予想外だったに違いない。

 慌てた様子で奥の方から五、六人の兵士が走ってくる。

 よし、では今度は私が――


「あら、ヒナばっかりずるいわ。私もたまには騒いでみたいもの」


 新たな力に目覚めた気がしてたから私も試してみたいんですけど。そんな気持ちなどつゆ知らず、私の前にミツキが躍り出た。

 真っ直ぐ前に突き出されたミツキの両腕から無数のコウモリがバサバサと飛び立っていく。

 コウモリたちは空中でひと塊になったかと思うと、そのまま二匹の大きなコウモリへと姿を変え、ミツキを挟むように浮かび待機している。

 さらに残ったコウモリはミツキの手元に集まると、今度は斧のようなものに形を変えていった。

 ……いや、よく見ると弦がある。あれは斧じゃなくて楽器、ギターだ。


「さあ盛り上がって逝きましょう! ルナティックグルーヴ!」


 ギュイィィーン!


 ミツキがギターをかき鳴らすと同時に、空中で待機していた大コウモリの口から音楽が発せられた。

 いやもう音楽とかそういうんじゃなくて爆音だコレ。

 しかもこの音、かなり強い指向性を持っているらしく、やや後ろにいる私たちにはうるさくはあるものの耐えられないほどではない。

 前方にいるヒナァタもあまり気にしていないようだけど、その横にいる兵士たちは頭を押さえて這いつくばってしまった。


「いえーい! どんどん行くわよー!」


 ミツキのテンションは音量と共にどんどんヒートアップ。

 凄まじい振動の中で兵士たちは完全にダウン、ピクリとも動かなくなった。

 それどころかここは地下空間、周囲に反響して全体がビリビリと震え始めているんだよ。お願いだから止めてくれませんかね。

 あ、ヒナァタもちょっとヤバそう、止めないと!


「ちょっとミツキさん! ストップ、いったん止めて!」


 私とアリカで必死にしがみつき、なんとか演奏をやめさせる。

 ようやく音がやんで振動も収まったぞ。


「つまんない、これからだったのに……」


 ミツキは面白くなさそうだがこっちはたまったものではない。

 そこにフラフラとヒナァタも戻ってきた。

 ほらー、あなたの彼女も辛そうですよ?


「……悪かったね。ミツキは血を吸うと強くなるけど、そのぶんテンションも上がっちゃうんだ」


 なぜかヒナァタの方が謝ってるし。

 それでもミツキはまだ物足りなそうな素振りを見せている。


「あれ、本当にミツキさんかな?」

「テンションの上がり方半端ないね」


 アリカまでミツキが本物かどうか疑うくらいの変わりよう。できたら血を飲むのは必要最低限にしてほしいくらいだ。

 月に一度は吸血してるんだっけ? そのたびに大変なんだろうなあ、主にヒナァタが。


 ――さて、だいたい片付いたのかな。

 これで上の街も元に戻るのだろうか、見てみるまでは安心できない。

 それにしてもこの広い地下は何のためにあるのだろう?

 調べてみようと前に進むが、棚の一つが倒れ何かが姿を現す。


「クク、やってくれますね」


 いや、まだ終わってはいないか。

 さっきヒナァタに蹴り飛ばされたオードルが戻ってきた。たいしたダメージも無い様子で。


「!?」


 ちょっと驚いた事がある。

 オードルは蹴飛ばされた衝撃でサングラスを落としていたのだけど、そのせいで下に隠していた目があらわになった。

 正確に言えばそれは目ではなかった。本来なら目のある部分にあったのは……ボタン。

 服を止めるためのボタンが目の代わりに付いている。そう、まるでぬいぐるみのように。


「今度は本気でお相手して差し上げましょう……間抜ケナ狼ノ時代ハ終ワリダ」


 オードルは自身の肉体をぬいぐるみのように脱ぎ捨て、その中から昨夜見かけた『でっかい針の怪物』が姿を現した。


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