上には上が
えーっと、どうしたもんかな。
異界に侵食された街を救うべく駆け付けたはいいけれどなんだこの状況。
街に入る前にヒナァタたちを見つけたまでは良かった。しかしそのふたりは人目を避けて抱き合っているときた。
抱き合う二人は距離がとても近い、特に顔が。これもう絶対にキスしてる最中ですよね。
おまけに顔がこっちを向いているヒナァタとバッチリ目が合っている。
うっひゃあ、気まずい!
私はしばらく硬直していた。隣のアリカも何も言わない。
ヒナァタたちもそのまま続行、永遠に感じられるほどの時間が続く。
羞恥と緊張で私がついに倒れようかというその時、ようやく離れたヒナァタたちがこちらに話しかけてきた。
「……あんた達、来たの」
「あ、はい、ええと、その……来ました」
一応、助けに来たつもりだったんだけどなあ。何か悪い事してるような気持ちになっている、これ私が悪いんじゃないぞ。
ふと、ヒナァタの首筋が気になった。
私の視線に気付いたのか、ヒナァタはすぐに手で覆い隠してしまったけど確かに見えた。
キスマークじゃない、あれは噛み傷だった。それも二つ並びの牙の傷。
「……見られちゃったか」
「見られちゃったわね」
首筋を手で覆うヒナァタと、口元を覆うミツキ。ふたりが口を揃えて言った。
あれー、何だこの状況。ちょっと怖いんですけど。
思わず後ずさりしているのに気が付いた。
「わあ……ミツキさん、吸血鬼なんですか? お話の中だけの存在かと思ってた!」
ちょっ……アリカ、何言ってんの!?
そうかもしれないけど、今は追求してるような雰囲気じゃないでしょ!
最悪の場合、ふたりから逃げる事だって視野に――
「ええ、実はそうなの。安心して、私は人を襲ったりはしないから」
そう言うミツキはいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。そこに悪意のようなものは微塵も感じない、私の知っているミツキだった。
「……まあ、そのうち言うつもりだったけど」
ヒナァタもいつもの通り気だるく眠たげな様子で、恐ろしさは感じない。
そのうち言うつもりだったとの事だし、そこまで知られては困る秘密ってわけでもないのか?
なんだよ……怖がって損した気分。
「……見た通り、ミツキは吸血鬼であたしは人狼。随分前に二人して呪われてね、それがこんな島に住んでる理由だよ」
「あら、こんな島だなんて。私は気に入ってるのよ?」
「……ミツキは! ……こんな所にいていい奴じゃない」
ヒナァタの語気が一瞬だけ荒くなった。
そんなヒナァタの顔に、ミツキがそっと手を当てる。
「ヒナ、私は過去に未練はないわ。あなたと一緒ならどこでだって幸せなの、いつも言っているでしょう?」
「……」
優しく穏やかなミツキの言葉に、ヒナァタはそれ以上何も言わなかった。
ゲッペルハイドの話では、このふたりもアバラントという事だった。
ここでも異界のせいで大きな問題を抱えている人がいる。
どういう事情なのか気ならないと言えば嘘になる、でも事情を細かく聞くつもりは無いからね。
アリカも聞いちゃダメだよ、人は秘密を抱えているものなんだ。
「……ミツキは、小さくはあったが領主の娘だったんだ」
あ、話すんですね。そんなあっさり、しかもこんな場所で私たちなんかに。
でも興味はあるのでそのまま黙って耳を傾ける事にした。
「懐かしいわ。ヒナは警備隊長の娘だったのよ、年が近いからすぐ仲良くなったのよね」
「……」
ミツキが話しかけるたびに、ヒナァタは照れて話を中断してしまう。
あの、できたら話の腰を折らないでくださいミツキさん。
「……でも、ある日あたしとミツキに異変が起こった。あたしは人狼に、ミツキは吸血鬼にね。それでミツキはあたしだけを連れて島に移る事になった。治療という名目だったけど、実際は隔離。二度と戻る事は無く、ミツキは全てを失った」
「それ、気持ちはわかります。私も事故で体が溶けて人間やめちゃって、家族も故郷ごと戦火で失いましたから」
「……うん、越えてくるのやめてね?」
すいません、そんなつもりはなかったんですけど。
そう考えると私ってよく正気でいられるよな。
「……でも、あたしとミツキはある意味幸運だった。呪いのせいであたしには破壊衝動、ミツキには吸血衝動が押し寄せる事がある、精神力で抗えないほどのね」
「えっ……!? それって大丈夫なんです?」
さっき人は襲わないとか言ってたけど、抗えないほどの衝動なら襲っちゃうのでは?
またちょっと怖くなったのを感じ取られたらしく、ミツキが私に優しい笑顔を向けてくる。
状況によってはこの笑顔もかえって怖いななんて思ったりして。
「それが大丈夫なの。私がヒナの血を吸うと、不思議とお互いに落ち着くの。月に一度くらい吸えば何の問題もないわ」
「……そういうわけで、あたし達はずっと一緒にいるんだ」
「あらヒナ、それだけなの?」
「……うるさい」
あはは、やっぱりヒナァタはミツキには敵わないらしい。
私もアリカによく遊ばれてるからお気持ちわかります。
「なるほど、ちょうどその時期だったんですね」
「あ、そういうわけじゃないわ」
「……」
ヒナァタが顔を背けている。
えー、なんだよ、結局イチャついてただけなのかよ!
急にこっちまで恥ずかしくなってきた、やっぱり気まずい。
「と、とにかく私たちも手伝いますから、街を奪還しましょう」
「……わかった、向かおう」
ふう、ようやくの出発だ。
私たちはまず街の様子を確認するため、街が良く見える場所へと向かう事となった。
その場所にはヒナァタが案内してくれる。
「ねえ」
と、移動中にアリカが呼びかけてくる。
「どっちがどっちなのかな?」
「何の話?」
「彼氏と彼女。どっちが彼氏でどっちが彼女だと思う?」
それって前を行くあのふたりの事か?
相変わらず緊張感ないなあ、どっちでもいいでしょそんなの。
「まあ、あえて言うならヒナァタさんが彼氏……? って、どっちも彼女でいいじゃんもう」
「それはそうでしょ」
「じゃあなんで聞いたのよ」
「やだなあ、わたしたちの事だよ。でもリプリンがそう言うなら両方彼女でいいよね!」
そう言うならって、私はずっと女だと言っているだろう。
え、ていうか何? 彼女?
「あの、アリカさん、それはどういう……?」
「わたしの事、大好きって言ってくれたよね」
アリカが私の手を取り、真っすぐに目を覗き込んでくる。
ええと……そんな事言ったような、言ったような……てか言ったわ。ほぼ勢いで言いました。
うわあああ、何を言ってるんだ私は!
冷静になってみると凄い事言ってるぞ。
大好きだとか一緒にいたいとか、私の言動はプロポーズといっても過言ではない、もうこんなの結婚じゃん!?
あ……、今までずっとアリカの距離が近いとか積極的だとか思ってたけど、もしかして意識していたのは私の方だったのか!?
わ、私は……アリカとどういう関係になりたかったのだろう。
十四年でまともな人生を終えてしまった私には、この気持ちが恋なのかなんて事はわからない。
でも、もしかしたら、私はずっとこうなる事を望んでいたのかもしれない。
ああ、頭の中がぐるぐる回る、熱くなるばかりで何も考えられない。
「うふふ、なんだかいいね、恋人って!」
「ソウデスネ……」
かくして、私たちはついに正式な恋人となってしまった。
この状態で街を異界から奪還できるのだろうか、頑張れ私。