大いなる目的
「連れて行くって、私たちをルゾン帝国に?」
問いただす私の脳裏に昨夜の記憶が思い起こされる。
そう、偽アリアも同じような事を言っていた。しかもアリカを連れてはいけないと命まで狙いやがって。
まさかあんたまで同じことを言うつもりじゃないでしょうね。
「それ、アリカも?」
「当然だ。トレシークの子よ、お前が望む答えもそこにあるだろう」
「……えっ」
アリカの望む『答え』か、それはもちろん本物のアリアの事だろうね。
あの偽アリア、本物のアリアがルゾン帝国にいるって言ってたのは本当だったのか。
ゲッペルハイドを信じるなら、だけど。
「行くなと言ってみたり行けと言ってみたり、だいたい時が満ちたって何? 結局あんたは何者で、私に何をさせたいわけ?」
続けざまに疑問ばかりが湧いてくる。
こんなもんじゃなく、この箱頭には聞きたい事も言いたい事も山ほどあるんだ。ルゾン帝国に行くにしても少しは答えてもらうぞ。
私は身構え、今日こそは逃がさないという強い意志のもとゲッペルハイドに詰め寄った。
が、しかし。
「そうだな。吾輩が何者で、何をさせたいのか答えてやろう」
あら意外、もうちょっと渋るかと思ったのに。
思いのほか素直な返事に拍子抜けしてしまった。
でもまあいいか、そもそもそれが目的なんだし。私もアリカも黙ってゲッペルハイドの言葉を聞くことにした。
「まず、吾輩はお前達が異界と呼ぶ世界の存在である。そして異界とは、万物の母たる創世神〈プリズマ〉によって生み出された世界の事であるな」
「プリズマ?」
「そう、こちらの世界にある……お前たちの言葉を借りるならば異界遺物や界魔と呼ばれるものの根源。あれらは全てプリズマの影響を受け変異したものなのだ」
以前、魔術師会でプリズマスギアの事は聞いた。
あの時は単に異界のエネルギーというだけだったけど、ここで具体的な名前が出てきたな。
万物の母たる創世神〈プリズマ〉か。なるほど、〈プリズマスギア〉とはそういう意味だったのか。
「かつて、こちらの世界の人間が偶然にも異界の存在を知り干渉してしまった。レシス=トレシーク、その者は異界のエネルギーに耐えられず命を落とし、異界との繋がりは一度は絶たれた」
「な、なんだって!?」
私が驚いたのはその名前だ。
トレシークだって? それって、アリカと同じ……!?
「うそ、お父さん……」
アリカが口を押さえ、驚きを隠せないでいる。
アリカの両親は異界が原因で死んだと前に聞いた。なるほど、おそらくは危険なプリズマスギアに触れたかして亡くなってしまったのかもしれない。
ここまでですでにふたりとも驚いてはいるのだけど、私たちの反応をまるで無視したようにゲッペルハイドの話は続く。
「だが、その一度の繋がりによってプリズマはこちらの世界に興味を持ってしまった。しかしプリズマの存在はあまりに強大、強すぎる力ゆえにこちらの世界に来ることは叶わなかった」
ここでゲッペルハイドが持っていたステッキの先を私に向けると、私の口から青い小鳥が飛び出す。
「うげっ!」
いきなり何すんの!? うえ、勝手に手品の助手にされた気分、ちょっと気持ち悪かったぞ。
あの小鳥はゲッペルハイドのペットだと言っていたやつか、重力操るやつ。
飛び出した小鳥はそのままステッキの上に止まった。
「強大な力を持つプリズマがこちらの世界にやって来るためには、それこそ世界そのものが崩壊しかねないほどの穴が必要だ。そこでプリズマは己の力を小分けにして送り込む事を考えた」
「ちょっと待って! お父さんが原因なら、どうして大昔から干渉した形跡があるの!?」
アリカの疑問ももっともだ。
しかしゲッペルハイドは動じない。表情を変えるような顔も無いけど。
「異界とこちらの時間は違う。向きも、流れも、こちらの常識は異界には通じない。プリズマは自らの力を無数に分かち、こちらの各時代に送り込んだ。それが異界遺物であり界魔なのだ」
こっちの常識は通じない?
そう言われてしまっては反論のしようがない。アリカも黙ってしまった。
「……異界の事はわかったけど、それでどうしたいのよ」
「無論、プリズマの顕現を止める事」
けんげん……て何だっけ。
チラリとアリカの方を見る。
「姿を現す事だよ」
「あ、どうも」
うっかり失念していた、知らなかったわけじゃないよ?
何故だかアリカは少し嬉しそうな顔をしている。何だよ、知らなかったわけじゃないんだってば。
ええい、話を戻すよ。
「止めるって具体的には?」
「そのためにルゾン帝国に行くのだ。かの国は異界に魅入られた者たちがその力によって興した国、その目的こそがプリズマの顕現である」
おいおい、ちょっと待ってよ。
確かに私はマリウスの頼み事でヴェルダナに会いに行くけど、そんな事になってるなんて聞いてないぞ。
マリウスもゲッペルハイドも私に何かできると思ってるのか? 私は体が粘土っぽいだけの小娘だぞ。
……と、言いたいところだけど、実はちょっと事情が変わってきている。
自分でもよくはわからない、でも何かができるという自信を感じる。
若さゆえの根拠のない自身かもしれない。それでも、私の中で何かが確実に変化していた。
「皇帝ディアマンテ、大魔女ヴェルダナ、探究者アリア、この三人が主となり動いている」
「アリア……」
アリアの名前にアリカが反応している。
やはり本物のアリアはルゾン帝国にいるのだ、異界の使者となって。
私は何も言わずアリカの手を握った。アリカもぎゅっと握り返した。
「今のお前達ならば止められるはずだ、顕現を止めよ。奴らは分かたれた力を再び一つにする事でプリズマの顕現を目論んでいる」
「そもそも、プリズマがこっちに来たらどうなるの」
「それはわからない、前例が無い」
わからないのかよ。それなのにとりあえず止めようってか。
「だがこの島にある街を見ただろう。プリズマの力は神の力、その残滓だけでこちらの存在は理を失う。顕現すれば少なくとも今のままでは居れぬのは確実だ」
この世界のすべてが異界に染まる……考えただけでも恐ろしい。
でも待てよ、それっておかしくない?
「ちょっと待って。こっちの世界が異界化するのなら、あんたたちにとっては都合がいいんじゃないの? どうして止めようとするのよ」
「その理由はパルバニから聞いたのではなかったか?」
「いや、ちょっとよくわかんなかった」
ゲッペルハイドの頭がクルクルと回って止まり、パルバニを一瞥したように見えた。
「……異界といえども意思は一つではない。異界は異界、こちらはこちら、吾輩は双方干渉せずこのままであり続ける事が望みなのだ」
「だからプリズマがこっちに来ないように協力してくれるって事?」
「いかにも」
「それが私たちである理由は?」
「簡単な事だ。全てのきっかけであり、魅入られ手引する者まで出した一族、責任があると考えるのは自然ではないか」
「……うっ」
それはアリカの事を言ってるんだろうけど……その言葉にアリカはショックを受けた様子だった。
言い方ってもんがあるでしょ、腹立つなあ。
「そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
うつむいているアリカに代わり怒っても、ゲッペルハイドは気に掛ける様子も無く話を続けた。
「お前の方を選んだのは全くの偶然だ。たまたま見込みのある界魔がいたので協力を仰いだ、それだけの事」
「なんかムカつく」
そこまで話すとゲッペルハイドはパチンと指を鳴らし、それに合わせてパルバニが一歩前に出た。
「奴等に吾輩がこちらに来ている事を悟られたくなかったのでね、パルバニに手足となって動いてもらった。〈サプライザー〉でルゾン帝国領内に入れば気付かれるだろうが、もはや時間の問題。覚悟はいいかね?」
パルバニが斧を構える。それで空間を切ってワープさせてくれるのね。
いよいよこの時が来た、けど……!
「ちょ、ちょっと待った!」
ドン!
「いひゃあっ!?」
斧を振ろうとするパルバニを止めるため、思わず突き飛ばしてしまった。
「あ、ごめん。……大丈夫?」
「だ、だ、大丈夫、です、けど……なな、何ですか?」
「やっぱり、今すぐには行けない。ワープさせるならガベイジに行ってくれない?」
来なくていいとは言われた、でもこのまま放っておくなんてできない。
お世話になったのにまだ何も恩を返せてない、私の気が済まないんだ。
「あの者達を心配しているのか? あれもまた界魔、心配は無用」
え、マジで? そうなの?
あ、いや、思い当たるフシもあるけどさあ。ケモミミとか見た事も無い魔法とか。
そっか……あのふたりもそうだったのか。
「それにお前達が行けば奴も現れよう」
「奴……って誰よ」
「百面無貌。百の姿を持ちながら一つの己も持たぬ哀れなるもの」
ニセモノって事? それってまさか。
「あの偽アリアの事言ってんの?」
「左様。あれもまた強きもの、負けはせずとも手を焼くぞ。お前が行かねば現れる事もあるまいが」
へえ、あいつファルサなんて名前だったのか。
それで、要するに私たちが助けに入れば難易度が上がるって言いたいのね。
上等だ、やってやろうじゃないの。
「あいつには借りがある、出てくるんならそれはそれで好都合だよ」
「ならば止めまい。……パルバニ」
尻餅をついて座ったままのパルバニがコクリと頷く。
よし、私も覚悟が決まった。
「ごめんアリカ、アリアに会えるチャンスなのに寄り道しちゃって」
「ううん、そんなのちょっとの差だよ。今までずっと冒険してたんだからさ」
……本当にごめん、アリカ。
こうやって聞いても、アリカがいいよって言ってくれるのをわかりきって聞いているの。
ずるいよね、これって。
「さあ、やってちょうだい」
私はゲッペルハイドの方を向き、いつでもどうぞと待ち構えた。
……。
…………。
ん? 何も起きない。
「どうした、街を救いに行くのではなかったのか」
ゲッペルハイドが言う。イスに腰かけ本のページをめくりながら。
その側ではパルバニが斧を磨いている。え、何、どういう事?
「ちょっと聞くけど、送ってくれるんじゃないの?」
「吾輩は己が動いている事を悟られたくないと言っただろう。オードルとかいうマフィアもルゾン帝国と手を組んでおる、まだルゾン帝国に行かないのであれば悟られない方がいいのは当然であるな」
えー、マジか。
完全にワープで送ってくれるような雰囲気だったじゃん。
さっき合図して頷いてたのは片付けろって意味だったのかよ。
「行こう、リプリン」
「あ、はい」
結局、気まずさからしばし硬直しているところをアリカに連れ出された。
移動している間もなんかモヤモヤするぞ。
ゲッペルハイドたちが付いてくる様子は無い。あの箱頭め、街の奪還には関わらないつもりか。
まあ、どうせアテにはしてなかったけどね。
そのまま走り、ガベイジの街が見えてくる辺りまでやって来た。
さあこれからどう行こうかな。
街はどんな状況になっているのか、ヒナァタたちはどこへ行ったのか、まずはそのあたりから調べていくのがいいだろう。
「あ」
そんな感じで周囲の様子を伺っていると、アリカがポツリと声を出した。
「ん、何? 何かあった?」
「うん、何かあったかと聞かれればあったよ。ヒナァタさんたちがいた」
お、見つけた? 幸先いいね。
「じゃあさっそく合流しよう」
「あ、ちょっと待って。今はほら、もうちょっと待ったほうがいいかも……」
どうしてよ、早い方がいいに決まってるでしょ。
それなのにアリカは私を押さえるようにして進ませてくれない。口に指を当てて静かにするように指示しながら茂みを指差している。
この時、私は街をそう攻略するかで頭がいっぱいだったため、他の事に考えが回らなかったのだ。
せっかくアリカが教えてくれたというのに、強引に身を乗り出した私は思いっきり後悔していた。
人目を忍んで抱き合うヒナァタとミツキの姿を目撃し、おまけに目撃したのに気づかれてしまったのだから。