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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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運命の片道切符

 現れたなアリア。

 アリカが探している双子の姉にして、異界に心奪われた罪深きものよ。

 この場合はかわいいアリカを見捨てて行方をくらましたという部分が『罪深い』って意味ね。

 そしてこの場合の『かわいい』は姉から見た妹というわけで私にも経験があるというか、そりゃアリカはかわいいだろうけどそういう意味ではないというか。

 かっこつけた言い回しだったけど念のため。何をって私の心を納得させるため。


 オホン。

 さて、それはともかくどういうつもりだ? ルゾン帝国にいると言っておきながら、わざわざこんな島にまでそっちからお出ましとは。

 しかも他ならないアリカの目の前に。


「アリカ……大丈夫?」

「え? う、うん」


 心配になって様子を伺うと、やはりアリカから動揺が感じられた。

 無理もない、探していた姉がこんな所で突然現れたんだ。私も今ここにスフレが現れたら驚いて大声出してると思うよ。


 アリアと対峙する私は、アリカをかばうように一歩前に出た。

 はたしてどう出てくるのか、ちょっと話しかけてみるか。


「お久しぶり、アリア。ルゾン帝国で待ってくれてるんじゃなかった?」


 ちょっと皮肉っぽい言い方をしてみたけど、アリアは表情を変えない。

 こちらを見るその目は皮肉など全く意に介していないという感じがある。


「はい、変わらずルゾン帝国におられます。ヴェルダナと共に」


 アリアの言葉に一瞬驚いた。

 どうしてこのタイミングでヴェルダナの名前を出すんだ?


 ……ああ、いや。おかしくはないか。

 魔術師会で私たちを助けたのはこいつだ、あのまま私を監視していたとしたら話くらい聞いているだろう。

 監視してるんだとしたらどれくらいの頻度で見ているのかなあ。考えたらちょっと気分悪くなったぞ。

 ついでだ、ヴェルダナの事でも聞いておくべきかな。


「なんで……ヴェルダナの名前が出てくるのよ」

「特に意味はありません。ただ、お会いになりたいのであれば、今すぐにでもお連れする事もやぶさかではありません」

「えっ」


 またしてもアリアの言葉に驚かされた。

 ヴェルダナのところに連れて行ってくれるって? それってつまり、ルゾン帝国の中枢に案内してくれるって事だよね。


 この提案……どうする?


 実を言うと正直悩んでいた。

 だって国の中枢だよ? お城の一番奥とかそういう所でしょ?

 隠し通路からルゾン帝国領内に無事に出ていたとしても、その後にお城に侵入してヴェルダナに会えるかどうか心配だったんだ。

 難易度激高のこのミッション、向こうからお迎えしてくれるっていうのなら絶好のチャンスには違いない。

 それからどうやって捕まえるかは別として。


 ひとりで決めるわけにもいかないので、振り返ってアリカの方を見た。

 やっぱり様子がおかしいな、私が想定していたのとは違う意味で。

 行方不明の姉がやっと見つかったというのに、武器に手をかけていつでも抜けるようにするのはどう考えてもおかしいだろ。


「アリカ、なにやってんの」

「なにって……構えてるんだけど」


 それは見ればわかる、知りたいのはそうしている理由の方。

 まあ確かに異界絡みだし、不気味なぬいぐるみが群がってるし、用心するに越した事は無いとは思うけど。

 私が不思議そうな顔をしているのを見て、アリカもまた不思議そうにしている。

 というかちょっと不機嫌そうになっている。

 そのうちに、不機嫌そうなアリカはちょっと強めの口調で私に問いかけてきた。


「逆に聞きたいんだけど、さっきあれをアリアって呼んだ?」

「うん、呼んだ」

「……えーとね、リプリンにはアリアの事話してるよね?」

「そりゃあもちろん、双子のお姉さんでしょ」

「よかった、ちゃんと通じてた。……で、リプリンにはあれが私と同じ顔に見えるの?」


 アリカは他ならぬアリアを指差している。

 見える……んですけど、え、ダメ?


「ぎ、逆に聞くけど、アリカにはどう見えてるの?」

「んー、ちょっと表現しづらい。ちっちゃい子が人の絵を描いて、それを水で滲ませた感じが近いかなあ」


 マジで? そんな風に見えてるの? それ完全に化物だね、出会いたくないタイプのやつ。

 そっか……そう見えてるのか……。

 この場合おかしいのは私とアリカどっちだ?


 もう一度アリアを見てみる、じっくりとよーく見る。

 でもやっぱりアリカそっくりに見える、少なくともアリカの言うような怪物には見えない。


 私にはアリアに見えるのに、アリカには怪物に見えるなんてどういう事だろう。

 アリカの超人的な感覚が影響しているのだろうか? だとしたら……あそこにいるのはアリアではない化物の可能性が高いかも。

 もしそうならアリアの姿をしている意味がわからないが、それならそれでも別にいい。

 アリカの、実の妹の事を『ソレ』と言い放ったのはアリアではないって事だから。


「アリカ、聞いてたと思うけど、あいつがルゾン帝国に連れて行ってくれるって」

「聞いてた……けど、まさか信じるの?」


 ですよね、無理もない反応です。得体の知れなさは半端ないからね。

 でも実は助けてもらうのは初めてではないんだなこれが。


「言ってなかったけどさ、魔術師会で私たちを助けてくれたのってあいつなんだよね」

「……!」


 こんなタイミングでの衝撃の告白となってしまった。

 さらっと言っちゃったけど大丈夫か私、アリカも驚きを隠せない様子だぞ。


「なんで黙ってたの?」

「あ……いや、ちょっと事情があって。よくわからない化物に助けてもらったとか言わない方がいいのかな~なんて思ったりして」

「ウソ、さっきアリアに見えるって言ってたじゃない。……それって、アリアに会った事をわたしに隠してたって事だよね」


 げげ、大丈夫じゃなかったぞ私。

 確かにそうなんだけど、態度のせいで確証が無かったし、もし本物のアリアだったらアリカに対して微塵も気にする様子が無いなんて言えなくてさあ。


「……」


 アリカがじっと私を見ている。

 変な汗が出てきそうだ、浮気を疑われている時ってこんな感じなのかな。そんな予定なんかないけど。


「……他には?」

「へ?」

「他には何か隠してない?」

「か、隠してない、です」


 すると、真剣な眼差しだったアリカの顔が、コロッといつもどおりの笑顔になった。


「じゃあ許す!」

「ええ……」


 許すのかよ。

 いや、これけっこう私の胸に引っ掛かってた隠し事だったから、ここで解決できるんなら嬉しい事だけどさ。


「私が言うのも何だけど、いいの?」

「そりゃあ話して欲しかったけど、リプリンはわたしに対する優しさで言わなかったんでしょ? ……あっ」

「?」

「やっぱやめよっかな。でもチューしてくれたら許せるかも?」

「ひどい」


 急に「あっ」とか言うから何事かと思ったじゃないか。

 人質作戦は卑劣だぞ。


「じゃあ、ハグくらいでいいよ」

「もう一声!」

「ダメ、ここが底値です」


 底値なのかあ。

 仕方がないのでここで妥協し、私はアリカをぎゅっと抱きしめた。こんな道端にも関わらず、だ。

 それどころか怪奇現象が起こって店から飛び出したんだよ? 奇妙なぬいぐるみと怪物に見える人に囲まれてるんだぞ?


「十秒ね。いーち、にーい……」


 後だしで条件を増やすんじゃない。

 ああ、十秒ってこんなに長かったっけ?

 ぬいぐるみとアリアの視線が痛い、化物の目の前で私たちは何をやっているんだ。


「きゅーう、じゅう! はいオッケー!」

「……」


 やっと解放された……いやほんと、何やってんだろうね。

 待たせてごめんねアリアっぽい人。というか律儀に待っててくれたのか、悪いね。


「それでアリカ、ルゾン帝国に直接行く話はどうするの」

「どうせ行かなきゃいけないんだし、チャンスは大事にしないとね。わたしはリプリンと一緒ならどこへだって行くよ」


 アリカならそう言ってくれると思っていたよ。

 これでこの問題は解決、だけどその前にやっておかなければならない事がある。

 そのためにも私はアリアっぽい人に向きなおった。


「お迎えの話は有難く受ける事にする。それとは別に聞いておきたい事があるんだけど」

「何でしょうか」

「この街の騒ぎはあんたのせい?」


 ルゾン帝国に即行けるのなら行きたいところだけど、まさかこの騒ぎを放って行くわけにはいかないよね。

 ヒナァタたちにもお世話になってるし、というかさっき怪物と殴り合ってたし。街の人たちだって心配だ。

 これを解決してから向かわないと後ろ髪を引かれ過ぎる。


 そしてどう考えても異界絡みのこの状況、ぬいぐるみと一緒にいるあんたの仕業じゃないでしょうね。


「この〈ニードルワーク〉の事でしょうか。これはアリアの仕業ではありません」


 アリアっぽい人は周囲のぬいぐるみのひとつを拾い上げると〈ニードルワーク〉と呼んだ、それがこのアバラントだかプリズマスギアだかの名前なのか。


「関係ないならいいけど、この状況を放って行くわけにはいかないのよね。何とかするまで待っててくれないかな?」


 解決できるかどうかはわからないけどそんな事は言っていられない。

 さっきアリカのワガママに付き合っている間も待っててくれたんだから、もう少しくらい長引いたっていいよね?

 手伝えとか原因を教えろとか要求しているわけじゃないんだし。


「構いません、時間など些細な事です。それではその間に別の用を済ませておきます」


 アリアは意外なほどあっさりと聞き入れてくれた。

 よし、それじゃあとりあえずヒナァタを追いかけて行ってみようか。


 ――ふと、一歩踏み出したところで奇妙な感覚に襲われた。

 何だこれ、足元が水たまりみたいにビチャビチャしている。真っ黒いタールのようなものが地面いっぱいに広がって、まるで池の上を歩いているようだ。


 ユラリと黒い水たまりの水面が揺らいだ。

 嫌な予感がする。何がとは言わないが、本能的に嫌な感じがする。


「下がって!」


 声と共に、急にアリカに手を引っ張られた。

 それはもう思いっきり引っ張られたものだから、大きく移動した上にアリカに覆いかぶさるように倒れてしまったじゃないか。


「ぐへっ」

「うひゃっ」


 変な声まで出ちゃったし。……でもまあ仕方がないか。

 だって、さっきまで立っていた水たまりから、何本もの剣のような槍のような鋭い何かが飛び出していたのだから。

 色と質感から水たまりそのものが鋭利に変化して突き出しているのか? アリカが引っ張ってくれなかったら直撃していたかも。


「あっぶな……ありがと、アリカ」


 この黒い水たまり、目で追っていくとアリアの足元から広がっているように見える。

 おいおい、まさかアリアの仕業じゃないでしょうね。さっきルゾン帝国に連れて行ってくれると言ったのは何だったんだ?


「ちょっと待ってよ。今のコレ、あんたがやったの?」

「避ける必要はありませんよ、リプリン様を狙ったわけではありませんから」


 それ、自分がやったって事でいいんだよね?

 そして私を狙ったわけじゃないなら誰を狙ったんだ、私にとってはそのほうがよっぽど悪いんですけど。


「その言い方、アリカを狙ったように聞こえるんだけど」

「そうです、〈アリカ〉を狙いました。〈アリカ〉はルゾン帝国には持ち込めません。また、廃棄すべきと判断いたしました」


 ……おい、ふざけんな。

 何が廃棄だ、勝手な事言うんじゃない。

 やっぱりお前はアリアじゃない、アリカを物扱いしやがって。


「ねえ、さっきの話だけど」

「何でしょうか」


 ズン!


 その瞬間、偽アリアの全身に強烈な重力がかかり、その体は足元に広がる黒い水たまりに叩きつけられる形となった。

 もちろんこれは私の重力攻撃、踏み出した右足がその証拠。

 宣戦布告さ、受け取ってちょうだい。


「ルゾン帝国行きの話は無期限延期でいいよ。その前にあんたをぶっ飛ばすから」

「……承知いたしました」


 偽アリアの体が完全に水たまりに沈んで姿を消した。

 承知いたしましたと言うからには迎え撃ってくるつもりだろう。


「さて、どこから来るか」

「リプリンかっこいい、惚れ直しちゃう」

「バカな事言ってないであんたも構える! あいつの狙いはアリカなんだから」


 まったくお気楽な。

 余裕の表れだっていうのならいいけどさ。


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