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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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待ちきれない

 夜も活気あふれる眠らない街、といってもまだ時間は浅いけど。

 少々ボロい料理屋で、私とアリカは向かい合ってテーブルに着いた。

 夜遊びっていうか、普通にごはん食べに来ただけだな。


 いろいろな人が食事をしたりお酒を飲んだりしている、ごく普通の定食屋。

 考えてみればこういう所にすらほとんど、いや、まったく来た経験が無かった。

 私の実質十四年の人生そう考えると空しいものだ。だからシステムとかよくわからないから頼むよアリカ。


 席に着くなり、さっそく店の人らしき恰幅の良いおばさんが話しかけてきた。


「あんた達だね、ヒナァタさんとこの若い子ってのは」


 ……ちょっと驚いた。

 だってこの街に来たのは今日の事、それもヒナァタに付いて歩いた程度で特に何をしたという事も無い。

 それなのに名前も名乗らないうちから気付かれるなんて事ある?

 やっぱりこの姿は目立つのか。


「おばさん、わたしたちの事知ってるんですか?」

「そりゃあもちろんさ、ロットが言ってたからね。それに、ヒナァタさん絡みの事はみんな知りたがってるんだよ」


 アリカの質問に、おばさんは豪快に笑いながら答えた。

 国が変われど中年女性の恰幅の良さと豪快さは変わらないのだなあ。

 それとあのロットって人、半日で私たちの事を周知させたとでも言うのか? 情報屋の名はダテでは無いようだ。


「ヒナァタさんはそんなに慕われてるんですね」

「この街を(まと)めてくれたようなもんだからさ。こうやって安心して商売ができるのもあの人のおかげだよ。で、何にするかい?」

「じゃあ、そのヒナァタさんお気に入りのダンプリングください!」

「あいよ! 若いんだからたくさん食べな、負けてはあげられないけどね!」


 おばさんはガハハと笑いながら厨房へと戻っていった。

 話を聞く限りでは多くの住人がヒナァタを慕っているらしい。ヒナァタ自身もマフィアをぶっ飛ばした事があると言っていたし、やっぱりそのあたりかな?

 でも妹扱いされている私たちの食事代を負けてくれるほどではないのか。

 ……いや、これは単に商魂逞しいだけだな。


 しばらくして、大皿に乗ったダンプリングが運ばれて来た。


「うちの薄皮ダンプリングは肉いっぱいだけど野菜もいっぱい、いくらでも食べられる絶品ダンプリングだよ! さあ、たんとおあがり!」


 人も豪快なら料理も豪快だった。

 大皿にめいっぱい乗っているのにひとつがでかい。


「いただきまーす!」

「いただきます……」


 さっそくひと口食べてみる。

 おお、ここのは蒸し焼きか、皮がもっちりプルプルしてる。

 食欲をそそる香りもさることながら、味も食感もなかなかに良い。今度作ってみようかな、研究の価値はあるかもしれない。


「ううーん、おいしいね! 無限に食べられるかも!」


 アリカもとても気に入っている様子だ、驚きの吸引力ですでに大皿の半分が消失している。

 おい、それ私の分も入ってるんだぞ。


「一気に食べ過ぎ、そんなに急ぐと体に悪いよ」

「だっておいしいんだもん。おばちゃん、おかわり追加!」


 話している間にもさらに半分が消失。

 追加注文をしながらも留まるところを知らないアリカの食欲は加速していくばかり。


「ちょっと、私まだほとんど食べてないんだけど」

「ちゃんとリプリンの分も考えてるよ。ほら、あーんして」


 ここでもか、ここでもなのか。

 アリカがダンプリングをひとつつまみ上げ、私の顔の前に差し出している。

 これ……シュイラにからかわれてからちょっと恥ずかしいんだよ。ここ他のお客さんも多いんだけど。


「それ、やんなきゃダメ?」

「何言ってるの、ほら食べて食べて」


 一応聞いてはみたけれど、答えなんてわかりきっていた。

 観念した私は差し出されたダンプリングを口に収め、いつものようにモムモムと咀嚼する。

 何がそんなに楽しいのか、アリカはその様子をじっと見つめ笑っていた。


「えへへ、おいしいね」

「……うん、美味しい。今度うちでも作ってみるよ」

「わ、やった!」


 やれやれ……こんな事でそんなに喜んでくれるなんてチョロいなあ。

 もしケンカでもしたら食べ物で釣ってみるか。


 おっと、ついに一枚目の皿が空になってしまった。あんなにあったのにあっという間だ。


「……ん?」


 ふと、隣のテーブルが目に入った。

 目を引いたのはイスの上、今日何度か見たぬいぐるみがちょこんと置いてある。

 おいおい、いくら流行っているからってこんな所にまで置く?

 今は忙しい時間帯だろうに、これじゃお客さんが座れないんじゃないの。


 ――いや、待てよ。

 ぬいぐるみが座る席のテーブルにはちゃんと料理が置いてある。

 予約の席取りのつもりかと思ったけど、よく見れば置かれた料理はすでに手が付けられている食べかけだった。

 あれ、そういえば気にこそしてなかったけど、ここの席にもお客さんいたような気がするんですけど。

 ちょっとだけ食べてぬいぐるみを置いて席を立った? ……まさかね。


「おかわり遅いねー」


 待ちきれない様子のアリカが言った。

 さっきアリカの注文した追加の料理がまだ来ない。一皿目はすぐに来たというのに、厨房が立て込んでいるのかな。

 私もまだ少ししか食べてないし、腹ペコ怪獣が暴れ出す前に来てくれると助か――


 身を乗り出して厨房の方を覗こうとした時、私は異様な光景に気が付いた。

 ぬいぐるみが座っている。隣の席だけでなく、厨房に近い他の席にも。

 しかもひとつやふたつではない、客で賑わっている飲食店としては考えられないほどの数の席をぬいぐるみが占拠している。食べかけの料理を目の前に。

 思わず私は席から立ち上がった。


「リプリン?」

「アリカ……ちょっと嫌な予感がする。集中してみてくれる?」

「え、うん」


 アリカが集中する間に、私も店内を見渡してみた。

 ぬいぐるみがいくつも席を取っているこの状況、他の客や店員は何も思わないのか?


 しかし、その疑問に答えるものはいなかった。

 ……音がしない。

 客の話し声も、食器がぶつかる音も、食材を調理する物音も、さっきまでの喧騒が何もない。

 人がいなくなっている、置かれたぬいぐるみを残して。

 そして、調理場にフライパンと共に転がるぬいぐるみを見た瞬間、私はアリカの返事を待たずしてその手を掴んだ。


「アリカ、ここやばい! 出よう!」

「ふえっ? く、食い逃げ……」

「違う! 周り見ろ! 緊急事態なの、後で戻ったら払うから!」


 断じて食い逃げなどではない、見りゃわかるだろ。

 ほらさっさと逃げる、待ってても料理は来ないんだから!


 料理に後ろ髪を引かれているアリカを強引に引っ張り、私たちは店を飛び出した。

 いろんな意味で『戻った』らお金は払いますから。

 そういえばブリア王国の通貨が使えるかどうか確認してなかった。ええい、その時はその時だ、とにかく今はそれどころではない。

 案の定、店の外もまた眠らない街のはずが恐ろしいまでに静まり返っていた。


「どうなってんのよ……また変な事に巻き込まれてる感じかこれ」

「うっ」


 アリカが変な声を上げた。


「え、何? 吐きそうなの? 飲んでないよね?」

「違うよ。……嫌な気配がするの、それもあちこちに」


 まだ集中しててくれたのか、助かるよ。状況的には助かってないかもしれないけど。


 少しずつ慎重に移動しながら周辺の様子を伺う。

 アリカは気配がすると言うけど、その言葉に反して人の気配は全く感じられない。

 その代わりに、さっきの食堂と同じくぬいぐるみがあちこちに落ちているのが見えた。

 嫌な気配の原因はこれか?


 近くに落ちていたぬいぐるみを調べよう……でも万が一を考えて触りたくはない。

 ここから見た感じでは何の変哲もないぬいぐるみなんだけど。


 ヒュン


 ドガッ!


「うわっ!?」


 な、何だ!?

 目の前を何かが高速で通り過ぎた。飛んでいったと言うほうが正しいか?

 その何かは速度を落とさないまま壁に激突、周囲にあった物や瓦礫を巻き込んで埋もれている。

 よく見ると人の形をしている、飛んできたのは人間だ。

 というか見た顔というか、頭の上にケモミミがある。それはヒナァタだった。


「ヒナァタさん!? 何やって――」

「ガァアア!」


 話しかけたが返事はない、少なくとも私に対しては。彼女の目に私は映っていないようだ。

 まさに獣のような闘争心を宿した目で、ヒナァタは瓦礫から跳ね上がると再び飛んできた方向へ猛スピードで駆けていった。

 走ると言うよりはほぼ飛んでる。


「リプリン、あれ!」


 その後すぐにアリカが叫んだ。ああ、私にも見えてるよ。

 ヒナァタが駆けていった方向に何かいる、おそらくあれがヒナァタを吹っ飛ばした犯人で、今彼女と殴り合っている相手だ。


 その姿の異様さに息をのんだ。

 身長は三メートルくらいか。やせ細り、両目を縫われたミイラのような何か。

 両手と両足、それから肩から生えたもう一対の両腕が槍のような長い針状になった怪物が、その鋭い凶器でヒナァタを貫かんと暴れていた。

 あんな生物は見た事が無い、間違いなくアバラントだろう。


「マズイよ、押されてるみたいだ。援護しよう!」


 状況は不確かだがヒナァタと怪物が戦っているのは明白、だったら助けに入るのは当然の事だ。お世話になったしね。

 ぶっつけ本番だけど試したい事もある、アリカに合図してレッツチャレンジ!


蛸鞭(クラーケンスマッシュ)!」

「ファンタスマゴリア!」


 両腕を大きく長く、クラーケンのタコ足に変えて思いっきりぶん回す!

 その隙間を縫ってアリカの自在剣が追撃、打撃と斬撃のコンビネーションだ。

 精神を持って行かれないギリギリの量の変形の合わせ技、前から考えていたんだよね。

 名前だってちょっと捻ったんだぞ、もう「タコキック」なんて言わないよ。


「綻ブナ、縫イ合ワセル」


 攻撃は命中し、怪物は体勢を崩した。

 だがそれと同時に針の一本が私に向けて放たれた。


「あ痛っ!」


 強烈な突きで片方のタコ足が千切れた。

 ほとんど見えなかったぞ、体勢を崩しながらもなんて速さだ!


「リプリン!」

「大丈夫、すぐ治る」

「それもあるけど……!」


 倒れた私に駆け寄ってきたアリカの様子がおかしい。

 私のダメージを心配しながら周囲を警戒している。


 それもそのはず、私にも理由がわかったよ。

 そこらのぬいぐるみが私たちを囲うように集まってきているんだ。

 ただ置いてあるだけならかわいいぬいぐるみも、こうして集団に囲まれて不気味以外の何物でもないな。


「リプリン様」


 ぬいぐるみの群れのさらに奥から声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だった。いや、聞き覚えも何も、これほど耳に馴染みのある声はない。

 だってそれは他ならないアリカの声だったのだから。

 しかしアリカはここにいる、私のすぐ隣に寄り添うように。

 すなわち、この声の主は――


「……出たな」


 ぬいぐるみの群れの中央が沼に沈むように消えていく。

 そこにアリカと同じ顔の少女、アリアが立っていた。


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