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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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先人に倣って

「街にいらしていたとは。リーダー扱いされているのにあまりいらっしゃらないので心配していたのですよ」


 趣味の悪いスーツの男は、さも親し気にヒナァタに話しかけている。

 しかし、その言葉の端から皮肉めいたものが感じられた。


「……オードルか、最近羽振りが良いらしいじゃないか」


 ヒナァタが言った。

 オードル……確か情報屋のロットの話に出てきた名前だ。

 趣味の悪いスーツとサングラスがいかにもマフィアらしい。よく見れば後ろに数人、ガラの悪い男たちを連れているようだ。


「最近、新しい事業を始めましてね。ほら、これですよ」


 そう言いながら、オードルが何かを取り出す。

 それは商店や家で見かけたぬいぐるみだった。


「どうです、かわいいでしょう? 愛らしいでしょう?」

「……お前が関わっていると聞いたらとたんに気色悪くなった。趣味の悪さは相変わらずだな」


 ヒナァタが悪態をついても、オードルの物腰は変わらない。


「あなたも相変わらず心が荒んでいますね。しかし皆さんには大人気なのですよ、文字通り手が足りないくらいにはね。そうそう、その家の方も我々の工場で抱えておりますので、決して失踪などではございませんよ」

「……何?」

「おっと失礼、私は忙しい身でして。それでは」


 オードルは大げさに頭を下げた後、取り巻きの男たちに合図して去っていった。

 なんか嫌味な感じ。それにどう見てもヒナァタを嫌っているのが目に見えてわかる。


「あの人がオードルですか」

「……そう。どこからか流れ着いてきたマフィアの一派だった男。初めて会った時に街に迷惑かけてたからボコボコにしてやったんだ、それから大人しかったんだけどね」

「あはは。ボコボコ、ですか。ヒナァタさん強いんですね」

「……ん、殴り合いは得意だから。我流だけど長くやってるし」


 なるほど、オードルがヒナァタを嫌っているらしい理由がよくわかりました。そしてあなたが街のリーダー扱いされているという理由もついでに。


「それはそうと、ここの人が工場で働いてるって話、どう思います?」


 横から聞いていた私にも、とても怪しいという事はわかる。

 本当に工場にいたとしても本人の意思かどうかなんてわかりゃしないんだから。


「……オードルは怪しいけど、怪しいという証拠すらない。今はどうにもならないね」


 そう言いつつ、振り返って家の中を見ていたヒナァタの表情が少しだけ変わった気がした。


「……そのぬいぐるみ、ウチにもあったって言った?」

「え、そうですけど」


 突然、ヒナァタは家の中に戻り、置いてあったぬいぐるみを掴むと勢いよく引きちぎった。

 かわいい女の子のぬいぐるみが中の綿を晒し、なんとも無残な姿になっている。


「うわ」


 ぬいぐるみとはいえ、こうなってしまうと可愛さのかけらもない。ちょっと不気味なくらいだ。


「……ただのぬいぐるみ、だな。中に何か仕込んであるかと思ったが、たとえそうでも尻尾を出すような真似はしないか」


 怪しい所はないただのぬいぐるみ。

 しかし、怪しいと感じた時は理屈抜きに怪しいものである。その証拠に、ヒナァタが明らかに落ち着かない様子だ。表情は平静を装っているけどバレバレ。


「……悪い、ちょっと家に戻る。美味いものはまた今度だ」


 失踪した男と、それに関わっているであろうマフィアのオードル、そして現場と自宅にあるぬいぐるみ。気になるのは当然だった。

 ヒナァタは私たちのほうを見ないまま家に戻ると言い、速足で歩きだした。

 ここで置いて行かれても困るので、私も後を追いかける。


 おっと、忘れちゃいけない大喰らい。

 ほらアリカ、美味しいものが延期になったくらいでそんなにガッカリしないの。

 私はアリカの手を引いてヒナァタの後を追った。


 いつの間にか速足は駆け足に変わり、街を抜けて屋敷へと続く道を駆ける。

 速っ!

 屋敷から街まで行くときはのんびりしたものだったけど、ヒナァタの焦りを現しているのかメチャクチャ速い。

 私もアリカも目的地がわかっているからいいようなものの、あやうく振り切られるところだった。

 はは、ついて来れてるだけたいしたもんだよ私。


 で、肝心なのはここからだ。

 おそらくヒナァタは屋敷に残してきたミツキを気にしているのだろう。

 そんなに気にする事でもないと思いつつ、私とアリカも二階に上がってミツキの姿を探した。


「……ミツキ、どこだ!?」


 あれ、おかしいな、ミツキの姿が無い。

 ついでに言うと部屋に置いてあったはずのぬいぐるみも無い。


「……ミツキ!」

「あ、ヒナァタさん!」


 私が呼び止めるのも聞かず、ヒナァタが屋敷を飛び出していった。また街に……というかオードルの所にでも向かったのだろうか。


「リプリン、ど、どうする?」

「私たちも行こう!」


 放っておくわけにもいかない。

 戻ってきたばかりではあるけど、私たちは再びガベイジの街へと走る事となった。

 さ、さすがに、これはキツイ……。

 ほぼ休憩なしの長距離ダッシュなんて、体力自慢のアリカや怪物の私だって辛いっての。


 *****


 走って走ってまた街まで、もうだいぶ日も落ちている。

 街に着いた時、ちょうどヒナァタがロットの胸ぐらを掴んでいるのが見えた。


「……おい、ミツキを見てないか!?」

「どど、どうしたんですアネゴ!」

「……いいから答えろ、見たのか、見てないのか!」

「見たも何も、あっしの店でくつろいでいらっしゃいますぜ。ほら」


 んん? どういう事だろう。

 ヒナァタを追いかけロットの店に入ってみると、そこには確かにミツキの姿があった。

 お茶とお茶菓子を手に持って。


「あらヒナ、それにふたりも」


 いつもの微笑み、間違いなくミツキだ。

 それに対してヒナァタはかなり疲れた顔をしている、この疲労は長距離を全力疾走したという理由だけではないのだろう。


「……あら、じゃない。何やってるんだ」

「だって、ヒナ達が街に行ってる間は暇なんですもの。私もたまには来たくなったのよ」

「……何だよ、ただの行き違いか。心配して損した」

「心配してくれたの?」

「……してない」


 な、何か近付きがたい雰囲気。ふたりだけの世界って感じ?

 ちょっと気圧されている私に、ヒナァタが申し訳なさそうに言った。


「……悪いな、ミツキはたまにこういう事するんだ」

「あはは……まあ、何事もなくて良かったです」

「……悪いついでに、今夜はミツキと飲みたくなったから先に帰ってて。鍵は……そういえば飛び出してきたから閉めてなかったな。任せるよ」


 よくわからんが任せられてしまった。

 結局、怪しいマフィアと怪しいぬいぐるみはただ怪しいだけで、ミツキもふらっと街に遊びに来ていただけだった。……なんじゃそら。

 ふたりとも私たちを置いてさっさとどこかに行ってしまうし、ほんと何しに来たんだか。


「はあ……どっと疲れた」

「またあの道を通って帰るのかあ……。ねえリプリン、せっかくだからわたしたちも夜遊びしちゃわない?」


 ああ、いたよこっちにも。人の気も知らないでふらっと何かしでかすのが。

 で、何だって?


「夜遊び?」

「ヒナァタさんが言ってた美味しいものとか食べたいもん」


 するとアリカは、私と同じく疲れた顔をしていたロットに話しかけた。


「ロットさん、ヒナァタさんが美味しいものがあるって言ってたんですけど、知りませんか?」

「美味しい物? たぶんダンプリングだな、アネゴのお気に入りだし。ここの左を真っ直ぐ行った所に食堂がある、賑やかだからすぐにわかるさ」

「ありがとうございます、行ってみますね!」


 アリカは強引に私の腕を引っ張り通りへと出た。

 おいおい、本当に行く気かよ。私は帰りたいかなあ。


「お嬢さんがた、夜遊びはほどほどにな。悪い輩も少なくないからのう」


 ほらー、ロットもああ言ってるし。治安悪いんでしょここ。

 でもアリカの目には決意のようなものさえ感じられる、言っても聞かないモードだこりゃ。


「アリカったら……。あの、ロットさん、ここそんなに怖い所なんです?」

「まあケンカは日常茶飯事だのう。でもそれなりに秩序ちゅうもんはある、アネゴは信じちゃくれんがね。妹分のお前さん達なら裏通りにでも入らなきゃ問題ないさね」

「……可能な限り気を付けます」


 結局どっちなんだ、怖い所なのかそうじゃないのか。とりあえず裏通りには近寄らないようにしよう。


 アリカに引っ張られ、夜の街を歩く。

 昼の賑やかさとはまた違った賑やかさが街を支配している。おそらくこの街は眠る事がないのだろう。

 薄暗い路地に怪しい人たちの姿も見える、どこからか見られているようで落ち着かないなあ。店はまだかよ。


 そうだ、時間もある事だし、アリカと話す良い機会かもしれない。


「アリカ、朝の事なんだけど」

「ん?」

「ちょっと機嫌悪くなかった……?」

「ふふっ、そう思う?」


 明確に答える代わりに、アリカはちょっと意地悪く笑った。


「そうだねえ、誰かさんが話も聞かずに「待って」ばかり言うからかな」


 何だよそれ、やっぱり機嫌悪くなってたんじゃない。

 こっちにだって都合があるんだよ。そんなに……一方的にばっかり言わないでよ。


「アリカ、最近かなり積極的だよね」

「……迷惑?」

「ううん、そんな事は無いよ。でも……」

「?」

「はっきり言葉にされると、自信が無い。だから、まだ……」

「なーんだ!」


 急にアリカが笑った。

 こっちは真剣に話しているというのに。


「なんだって、何よ」

「リプリンたらそんなに真剣に悩まなくていいんだよ、わたしが勝手にやってる事なんだから」

「それってどういう――」


 質問しようとする私の口を、アリカの指が押さえた。


「えっとね……リプリンがどう思ってるかは知らないけど、わたしはとっても欲張りなんだよ」

「もが……」

「アリアの事があって思ったの、もう後悔はしたくないって。だから欲張りになったの。言いたい事を言って、欲しいものは欲しいって言う。だから……」

「だから?」

「だから、言うね。わたし、リプリンの事が大好き」


 な……!?

 う、お、おう、そりゃ、どうも。

 ……こんな急に来るか? それもムードも何もない薄汚れた通りのど真ん中で。


「う……うん、ありがとう」


 うまく言葉が出ない。

 何と答えたものか、面と向かって言われるとこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。


「ほら、また固くなってるよ。悩まなくてもいいんだってば、わたしがリプリンを大好きだって知っててくれれば今はそれでいいから、ね?」

「わ、わかった」


 本当か? 本当にそれで済むのか?

 その『大好き』はどういう意味の『大好き』なんだ?

 少なくとも私の方は葛藤してるぞ、悩むなと言われても無理だってば。


「あ、お店ってここじゃない?」


 あれこれ考えている間にお店に着いてしまった。時間とはかく短いものか。

 切り替えの早いアリカにある意味感心しながら、私は美味しそうな匂いを漂わせるお店に入っていった。


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