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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第一章 粘土人間とトレジャーハンター
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強引な新生活

 否応なしに私の新生活はスタートした。


 森で出会ったアリカとかいうおかしな女、そいつに雑にカバンに詰められて、着いたところはゴミ屋敷ときたもんだ。

 というわけで、私は今、とあるお家の部屋で呆然と突っ立っているところです。


「ちょっと散らかってるけど適当にくつろいでて~」


 ガラクタでできた山の向こうからアリカの声が聞こえた。

 ちょっとってレベルか? カバンから放り出されてからあんたの姿が見えてないんだけど、この家のどこに生活スペースがあるんだか。

 見た感じは木造の二階建て家屋。必要以上に狭く感じるのは、所せましと置いてある何に使うのかもわからないガラクタたちのせいだろう。

 窓の外は自然あふれる景色、街からはそれなりに離れているようだ。

 はじめて来る他人の家でもあるし、くつろげと言うほうが無理な話だっての。


「……ん?」


 ふと、布がかかった大きな物体に気が付いた。これは……鏡か。

 無意識のうちに、私の手はかかっていた布を外していた。

 今の自分の姿を見るのが怖い、でも確認しないわけにはいかない、そんな複雑な思いで私は鏡の前に立つ。


 その結果は……、何とも言い難い。

 そこに映っていたのは、まるで赤土の粘土で作られた人形だった。

 頭がある、胴がある、手も足もある、でもただそれだけ。

 顔は申し訳程度に黒目ばかりの目と控えめな口があるくらいで、これじゃあうんと可愛くしたサンショウウオだ。髪の毛に見える部分があるのがせめてもの救いだろうか。

 胴体もかろうじて人の形をしているといった程度のもの、ほぼ幼児体系でつるっと何もない、スタイルを気にする以前の問題だった。

 身長だけはまともだった頃に近い、……気がする。


「あ、鏡見てるの? おー、それそこにあったんだあ」


 現実に打ちひしがれて突っ立っている私の所に、相変わらずのん気な声でアリカがやって来た。その両手には何やら布っぽいものを抱えている。


「ほら、きみに合いそうな服をいくつか持ってきたから好きなの着て。いつまでも裸じゃいられないでしょ?」


 そう言えば……、私のこの状態は裸という事になるのか。

 他の出来事がショッキングすぎてそこまで気が回らなかった。

 もはや隠すようなものも無いけど、あえて言われるとちょっと恥ずかしい。

 せっかくなのでお言葉に甘えて、服という名の尊厳くらいは頂こう。


 むっ、くっ、……服ってこんなに着づらかったっけ?

 いや違う、体の芯になる骨が無いから体幹が不安定なんだ。

 このままでは動きのなめらかさにも影響する、この問題も早めに解決していかないとなあ。


 服を着て、かわいらしいサンショウウオはより見栄えが良くなった。サンショウウオにしては、だけど。

 少しゆったりした黒いワンピースのスカート。以前は好きだったけど、今の姿では似合うも何も……。


「うん、ぴったり。わたしはゆったりめのスカートとか普段着ないから、誰かに着てもらえて服も喜んでるんじゃないかな」


 無邪気な笑顔で喜んでみせるアリカ。そうだね、あんた今も短パン履いてるもんね。

 トレジャーハンターだと名乗るくらいだ、いつも動きやすい服装をしているのだろう。家の様子からこまめに着替えるような人間には見えないし。


 それにしても、彼女はなぜここまでしてくれるのか、私には見当もつかない。


「服、ありがとう……。ねえ、あなたはどうして私を助けるの?」


 私が問いかけると、アリカはまたケラケラと笑う。


「もう言ったよ? きみがかわいいからだって」


 確かに言ってた、でも恥ずかしげもなく面と向かってもう一度言うとはたいした度胸だな。それもこんなサンショウウオもどきに向かって。

 まあ、かわいいのはあながち間違ってもいないと言えるけど。


「かわいいからっていうのは半分冗談だとして、困ってる時は助け合うものでしょ? きみがすっごく困ってるように見えたからさ」

「う……。そりゃ、ね……」


 そう、私は困っている。十四年の人生でこれ以上ないくらいに困っている。

 あ、六十年経ってるから……七じゅ、いや、何でもない。とにかくこの上なく困っている。


「困ってる、困ってるよそりゃ。こんな体だし、帰る所は国ごと無いし、もうどうすりゃいいのかわからないくらいには困ってるよ」


 六十年か……、スフレももう六十八歳になるんだな。……無論、生きていればの話だけど。

 国が無くなるほどの戦火に晒されたんだ、希望と言うにはあまりにもか細い光だった。

 悲しいけど、こんな粘土の目玉じゃあ涙だって出ない、本当に悲しいのかさえわからない。

 スフレ、お姉ちゃんは身も心も魔物になってしまったのかもしれないよ……。


「ねえ」


 鏡に映る己の姿が恨めしい。

 もういっそ溶けて無くなってしまったほうが良かったのに、などと弱気な事を思ってみたりもする。

 迷子だ……、いろんな意味で。


「ねえってば、行くとこないならウチで一緒に暮らそうよ。面白いよー!」


 うるさいな、人が感傷に浸っているというのに。

 ……え? 何て言った?


「え、何? ここに住めって言った?」

「言ったよ! どう、どう? 面白いよ?」


 私は黙って家の中に目をやった。

 ここに、住めと。この得体の知れないガラクタの山の中に?

 いや、贅沢を言っているわけじゃないよ。むしろあんたがこの家でどうやって暮らしているのか、ぜひとも知りたいくらいだよ。


「あ、やっぱ気になる?」


 そりゃ気になるよ、世間一般ではゴミ屋敷って言うんだよこれ。


「うんうん、興味を持ってくれてうれしいなあ」


 いや、違う。興味を持ったんじゃなくて、散らかり過ぎているという意味でですね……。


「もう言ったと思うけど、わたしはトレジャーハンターをやっているの。同じくトレジャーハンターだったおじいちゃんの影響でね。ここにあるのはわたしたち二代で見つけたお宝の数々なんだよ! ……わたしのはほんのちょっとだけど」


 私の認識では『お宝』というのは価値のあるものの事だと思っていたけど、ここにあるものにそんなに価値があるようには見えない。

 そんな私の気持ちなどお構いなしに、アリカは目を輝かせて『お宝』の話を続けている。

 あ、これ長くなるやつだ。


「でねー、この鏡も凄いよ、『姿を映すと恐ろしい目にあう呪いの姿見』なんだって。どこにあるのか分からなくなってたけど、ここにあったんだあ」


 『姿を映すと恐ろしい目にあう呪いの姿見』ってあんた、それはどう考えてもお宝じゃなくて呪いアイテムでしょうよ。

 というか、どこ指差してんの? もしかしてさっきから私が使ってるこの鏡がそうだって言うわけ? 立ち位置調整して映らないようにしてるような気がしてたけどそういう事かい!


 ドスッ


 ツッコミを口に出す前に音がしました。

 何の音か、それは言うなれば高い所から鋭いものが落ちてきて、下にいた人に刺さった音です。

 具体的には私の背中からお腹にかけて、魚の骨みたいな凶悪な形をした剣がぶっすり刺さっているという状況です。

 ぐっはあ、効果てきめん、この呪い本物じゃん!


「わあ、その剣もそんなところにあったんだ。危ないものは上に置かないようにしてるのにおかしいなあ」

「おかしいなあ、じゃない!」


 この状況を見て言う事はそれだけなのか!? 目の前で人が死ぬような目にあってるのにどんな神経してるんだ。そりゃ死んでないけども。


 それから、ふたりがかりで何とか剣を抜く事には成功した。

 形が形だけに抜きにくいったらない、最終的には完全に貫通させて取り出したくらいだ。

 痛くはなかったけど体の中を異物が通るのって気持ち悪くて仕方がないし、私じゃなかったら絶対に死んでた案件だよ。

 というわけで剣もそうだし鏡も厳重に封印してやった、いつか砕いて燃やしてやる。


「……まったく、あんた私を助けたいのか殺したいのかどっちよ。いや……、そりゃあ鏡の布を取ったのは私だけども」

「ごめんね、でもリプリンならあれくらいは大丈夫でしょ? クマさんの時もそうだったし」


 ……何よ、名前ちゃんと覚えてるじゃない。

 ていうか、え? クマさんの時って……、あの時の音はあんたの仕業じゃないかとは思ってたけど、あの光景も見てたの?


「いつから見てたのよ」

「んーと、大きな木の下で寝てるところから。一週間くらい動かないから死んでるのかと思ったけど、動き出したから面白くて見てたんだ。木の上からずっとね!」


 そんな前から……。というか一週間も倒れている人間を放っておくな。

 ……いや、人間には見えなかったんだろうけど。


「あ、でもクマさんが襲ってきた時にはよそ見してたから、助けるのが遅れてごめんね」

「ん……? ああ……、うーん?」


 確かに助けてはもらった。だから文句を言うつもりは無いけど、あれ私の体がこんな事になっていなかったら普通に死んでたからね。手遅れだったよ?

 複雑で微妙な感情に戸惑う私、するとその目の前にアリカの手が差し出された。


「じゃあ、あらためて。わたしはアリカ=トレシーク!」

「……」

「ほら、手を取って!」

「……私はリプリン=パフェット」

「うんうん、よろしくねリプリン!」


 勢いに負けて手を取り、あまつさえ改めて自己紹介までしてしまった。

 こんな感じで否応なしに始まる私の新生活、本当にこれでいいのかなあ……。

 そう思いつつも、行くあての無い私にはアリカの満面の笑顔をただ見つめる事しか出来なかった。



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