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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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遥かなる旅路

 その日の夕方、日が傾き空が赤くなった頃、ようやく私を縛る農作業の終わりの時が来た。

 あー、疲れた。肉体的にはそれほどでもないけど精神的に。

 経験がないわけじゃないけど久しぶりだったから、やっぱいろいろ忘れてるなあ。


「……お疲れ。家に戻って、今日はあたしがご馳走する」

「あの、ヒナァタさん」

「……話は後」


 ヒナァタは別の畑から採ってきたいくつかの野菜を抱え、さっさと家に戻ってしまう。

 やっぱり私の話は聞いてくれないらしい、物静かだけど頑固なくらいマイペースな人だ。

 でもご馳走するとか言ってたし、食事に招いてくれるって事だよね。じゃあ夕食の場でなら話ができるだろう。

 その時間に期待を込め、私も後を追って屋敷へと戻った。


「リプリン、おかえり!」


 屋敷に戻るなり、アリカが出迎えてくれた。またしても無言の目閉じと共に。


「やめなさいっての」

「えへへ」


 最近、アリカの積極性にさらに拍車がかかっている気がする。こいつここまで積極的だったとは。

 悪い気はしないけど強引なのはダメだぞ。

 私はまだただいまの挨拶だってしてないんだから。


「ただいま。アリカはどうしてた?」

「ミツキさんにお願いされて、花のお手入れとか掃除とかしてたよ」


 それは……なんとも。いやマジか。

 アリカが掃除? 迷惑かけてないよね? ヒナァタがどういう基準で人選したかは知らないけど、明らかに逆の方が良かったんじゃないかな。


「うん……それはまた、次があったら言おうね」

「なんの話?」

「いやなんでも。それより、ミツキさんからここがどこなのかとか聞いた?」

「……ああっ! ごめん、今思い出した」


 完全に忘れてたって顔してる。

 つまり、目的をすっかり忘れて普通にお手伝いしてたってわけね。


「ミツキさんのお話が楽しくてつい。リプリンのほうはどう?」

「私の方も聞けてない、だから別にアリカの事も責めないよ。なんだか知らないけどあのヒナァタって人、私の話を聞いてくれないんだよね」

「そうなんだ……どうしてだろうね」


 マイペースな人であることは間違いない、でも意図的に私と話すのを避けているように感じたのも確かだ。

 それからしばらくアリカと話していると、私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。


「リプリンさん、アリカさん、お食事にしましょう」


 穏やかで気品を感じさせる声、わざわざミツキが私たちを呼びに来てくれたようだ。

 今はちゃんとした服を着ている、露出癖のある人とかじゃなくて良かった。

 私は人知れず胸を撫でおろし、呼ばれるまま食堂へと向かった。


 すでに料理の並んだテーブルを囲み、私とアリカ、それからヒナァタとミツキはそれぞれの席に着いた。

 野菜を使った質素な料理だけど、それでも来客のためにできるだけ頑張ってくれたのだろう。温かい料理はとても美味しかった。


 ある程度食べ進めたところで、視線を料理から動かさないままヒナァタが言った。


「……部屋は二階の奥、空いてるから好きに使って。手伝いはしてもらうけど、落ち着くまで居ていいから」


 それは……なんとも温かいお言葉ですけど、そうくつろいでもいられないんです。


「いえ、お気持ちは嬉しいですけど、私たち行かなきゃいけない所があって」


 奇妙な事に、私の返事を聞いたヒナァタはキョトンとした顔でこちらを見ている。

 同様に同じような表情をしていたミツキがヒナァタに向けて言葉をかけた。


「ねえヒナ、この子たちのお話はちゃんと聞いたの?」

「……いいや。この島に来るような奴はみんなワケありだから、てっきり」


 ふぅ、とため息をひとつつき、ミツキは私たちの方にばつが悪そうな笑顔を向けた。


「ごめんなさいね、ヒナったらあなた達を勘違いしていたみたい」


 恥ずかしいのか、ヒナァタは視線を逸らしている。

 なるほど、話を聞いてくれなかった理由がようやくわかった。

 私たちをどこからか逃げてきたとか、ワケありでここに流れ着いたと思ってたのか。

 ある意味間違ってはいないけど。


「一応、目的ある旅の途中です。ちょっと予期せぬトラブルでここに流れ着いちゃったんですけど」

「あら、そうだったのね。ふふっ、ヒナったらせっかちだからよく早とちりするのよ」

「……うるさい」


 ヒナァタは表情が読めないし不愛想だけど、心の優しさは伝わってきた。

 突然現れた謎の人物を理由も聞かずに泊めてくれるなんて、そうできる事じゃないよね。

 ……そういえばそんな事をしていたやつもいたっけな。

 その人物、アリカは私の隣でヒナァタとミツキのやり取りを興味深そうに見ていた。


「あの、おふたりはどういう関係なんですか?」

「ちょっとアリカ、いきなり失礼だよ」


 すると突然、アリカがふたりに問いかけた。

 制止しようとする私にミツキが微笑む。


「ふふ、構わないわ」


 優しく答えるミツキが、優しい笑顔のままヒナァタを見て頷いた。

 アリカの質問にはヒナァタのほうが答えてくれるようだ。


「……あたしとミツキは見ての通り恋人だよ」


 ゴフッ!

 私の頭部から腹部にかけて衝撃が走った。

 本日何度目の衝撃だろうか、今日経験した事で予想はついていたけれど、改めて言葉にされるとやっぱりその衝撃は大きかった。

 あやうく料理を噴き出すところだったじゃないか。

 そういうのアリなの? アリなんだ?


「そうね、結婚しているわけではないし、恋人という言い方が一番しっくりくるかしら」


 ミツキは頬に手を当て嬉しそうな視線をヒナァタに送っている。

 ヒナァタもまんざらでもなさそうだし、何故かアリカまで嬉しそうな顔をしていた。

 ちょっと嫌な予感がしてきたぞ、こっちにまで飛び火してきそうな予感が。


「あなた達もとっても仲が良さそうね」


 ミツキの言葉にいち早くアリカが反応する。


「はい! わたしたちもこ――」

「うわぁっとと!」


 慌てて手を出し、アリカの口を塞いだ。

 待て待て待てこら、「も」って何だ、今何を言おうとした!?

 突然騒ぎ出した私をヒナァタとミツキが目を丸くして見ている。

 ええい、このままではマズイぞ、話を変えないと。


「……何なの?」

「え、いや、あ、そう! さっき『島』って言ってましたよね? それで、ここってどこなんですか!?」


 苦し紛れではあったが話を変える事には成功した。

 そしてこれは私たちにとって本題でもある大事な事だ。話を聞いてくれるようになった今、ようやく自分の置かれている状況を知る事ができそうだった。


「……ここはスクラスト島、アルメリア大陸の西側にある島だよ」

「スクラ……スト?」


 ヒナァタに教えてもらったはいいけど、私はその島の名を知らない。

 そんな私の戸惑っている様子を察したらしく、ヒナァタは説明を続けてくれた。


「……西側諸国と呼ばれる小国群のさらに南西にある島。この屋敷以外には町がひとつあるくらいの島で、かつては流刑に使われてたようなへんぴな場所さ」


 説明を聞き、私は愕然とした。

 なんてこった……隠し通路からルゾン帝国に行くどころか、はるか通り越して辺境の島に来てしまった。

 あのパルバニ(クソウサギ)め、確か指示のうちとか言ってたな。もしかしたら通路が崩落しなくともここに飛ばす手はずだったのかもしれない。

 崩落させちゃったのは私だからそれなりに感謝してたけど、もしそうなら感謝なんかしてやらないぞ。


 ――さて、それはともかく、今度はこの島から出てルゾンに行く方法を探さないと。

 そのためにはヒナァタたちに教えておかなければならない事がいくつかある。

 私たちの目的は簡単にでいいとして、さっきの話の様子では現在の情勢は知らないらしいからね。


「あの、西側諸国の事なんですけど」


 さっそく私は現在の国際情勢について説明した。それから私たちがどうにかしてルゾン帝国に行かなければならないという事も。

 西側諸国が統一され新生ルゾン帝国になった事を聞いたふたりはさすがに驚いていた様子を見せた。

 が、それはあくまで井戸端会議で衝撃のニュースを聞いたという程度のもの。特別思うところはない様子で、ミツキに至っては懐かしい名前だと笑っていた。


「それで、私たちルゾン帝国に行きたいんですけど、この島を出る方法とかありませんか?」


 私が質問すると、話を聞いていたミツキがヒナァタに視線を送りつつ頷いた。

 それを受けてヒナァタが口を開く。

 このふたりの関係性がちょっと見えたような気がした。


「……明日、街に行ってみるか。期待に沿えるかはわからないけど」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 やった、希望が繋がった。

 そんなに大きくない島なら外部との物流は大事なはず、大陸のどこかと交易がある可能性は高いはずだ。

 何にしても明日、街に行って確認してからだ、細かい事はそれから考えよう。


 食事も終わり後片付け。これは私がやる。

 ミツキはしなくてもいいと言ってくれたけど、これくらいはやらせていただきますよ。

 むしろ率先してやりたいくらい、家事大好きなんです。というかちょっと落ち着かないから何かしていたいんです。


 手際が良いせいであっという間に片付けは終了、さすがは私だ。

 でももうちょっと作業していたい気分、他に何かないかと仕事を探しているとヒナァタが話しかけてきた。


「……さっきも言ったけど、二階の奥の部屋が空いてるからそこ使って」


 言葉は少ないけど、これはもういいから休めという意味を含んでいるのだろう。

 ご心配かけて申し訳ありません。


「すいません、お世話になりっぱなしで」

「……気にしない。あたしも似たようなもんだから」

「?」


 意味はよく分からなかったけど、それだけ言うとヒナァタは寝室に入ってしまった。

 私も教えられた部屋へと向かう。二階の奥の部屋、ここは客室のようだ。

 使っていないとの事だったが埃は溜まっておらず掃除はされている。ボタンの目をした女の子のぬいぐるみなんかも置いてあってかわいいもんだなあ、どっちの趣味なんだろう。

 そしてもちろん、部屋ではアリカが私の帰りを待ち構えていた。


「おかえり」

「ただいま……って別に自分の家じゃないけど」

「あのふたり、なんだか素敵な人たちだね」

「そうだね、親切な人たちで助かったよ。私たちだけだったらここが大陸西側の島だってわかるのに何日かかってたことか」

「あはは、その間ずっと野宿だったろうね」


 笑い事じゃないんだよ。

 笑い事じゃないと言えばアリカに言っておきたい事があるぞ。


「ねえ、さっきなんて言おうとしたの」

「さっき?」

「ミツキさんに仲が良さそうって言われた時」

「ああ、それはもちろんこ――」

「待った!」


 私は再び手でアリカの口を塞いだ。


「その先は言わないで」

「むぐ……どうして?」

「どうしても。……いい?」

「わかった……」


 不服そうなアリカには悪いけど、今の私にはその先を聞く心の準備ができていない。

 その夜はひとつしかないベッドをアリカに譲り、私は床で寝る事にした。

 なんでひとつしかないんだよ……。


 夜が更けても私は眠れなかった。ただでさえ眠りにくいのに眠れるわけもなかった。

 アリカが何と言おうとしたのか、想像はついている。でも私にはそれを受け止めきれる自信がない。

 好きか嫌いかで言えば、もちろんアリカの事は好きだ。

 そういえばゴブリンの村で、酔った勢いとはいえ私に好きかどうか聞いてきたっけ。

 あの時は軽く流すように答えたけど、アリカにとっては真剣な質問だったのかもしれない。


 ……頭の中がゴチャゴチャしてまとまらない。

 私は、アリカにとって何なのか、アリカと……どうなりたいのか。

 ダメだ、一晩中考えたとしても答えが出る気がしない。私は考えるのをやめた。


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