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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第五章 粘土人間と掃き溜めの島
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庭園の白百合

「リプリン、起きて」


 アリカの声がする、体を揺さぶられているようだ。

 妙な浮遊感があるなあ……何やってたんだっけ?


「もう、起きてってば!」

「あ、うん、おはよう」

「おはようじゃなくて」


 アリカの顔が妙に近くにある。

 ホントに何やってたんだっけ、変な事はしてないよね? だよね?


 ……あ、いや、違うな。

 変なのはアリカだけじゃなくて私もだ、具体的には姿勢とか。


 ぼんやりする頭を叩き起こして状況を確認する。

 なるほど、私たちは現在、網に包まれてどこかに吊るされているわけか。

 アリカの顔が近いのも当然だ、狭い中に折り重なっているんだから。


「ねえ、この網なんとかならない? 切ろうとしたけど頑丈で切れないの」


 網というものは人間が発明した物の中でもなかなかにアイデア賞だと思う。

 細いロープを組むだけで容易に広範囲の獲物を捕らえる事ができ、なおかつ逃れようともがくほどに絡まり束縛するなんて優秀だよね。

 おまけにそのロープが切れないとあっては完璧だ。


「うーん、アリカの剣で切れないのなら私には無理じゃない?」

「そうじゃなくて、リプリンなら網の間から抜けられないかな」


 あ、そうか、そういう方法もあるか。てっきりカニバサミで網を切るもんだとばかり思っていたよ。

 そうだな……網の間から手を出して、吊るしてある根元をなんとか……。


 バキッ!


「わっ!」


 結わえ付けてあるロープの根元をほどこうとあれこれいじっていたら、ほどけはしなかったが枝ごと折れた。

 おかげで私とアリカは網ごと地面に真っ逆さま。私が下でクッションになったからアリカにケガはない。

 痛たた……手順は違ったけど下りる事はできたからまあいいか。


「大丈夫、リプリン?」

「うん、大丈夫。アリカもケガはない?」

「わたしは平気、だけど……ここはどこだろうね」


 気付けばそこは森の中、少なくとも見覚えのある場所ではない。

 そうだ、私たちはルゾン帝国に行くために、ゴブリンの村長から教えてもらった隠し通路を進んでいたんだった。

 途中でパルバニに出会って、怪物にも出会って、それから――


「……」


 思い出すうちに、私の身に起こった悲しい事実も思い出した。

 頭の上が寂しい、アリカにもらった大事な帽子を失ってしまった。

 アリカが私を心配して被せてくれた帽子、一緒に人前に出るための大事な帽子が。


 ……思い出しても腹が立つ。

 そうだった、この怒りで怪物を撃退したはいいけれど、やりすぎて通路全体を崩落させてしまったんだ。

 そして、『空間を切る力』を持ったパルバニの斧。要するにワープする能力があるという事なのだろう。

 苦し紛れにその力を借りて、この知らない場所に飛ばされてしまったわけか。


「パルバニにワープさせられたのだとしたら、どこか道を通ってここに来たわけじゃないからね。正直、見当もつかない」

「だよね。あ、でも」

「でも?」

「よく見たら人が通った痕跡があるよ。そもそもこの罠だって誰かが仕掛けたものだろうし、近くに村でもあるのかも」


 確かに、アリカの言う通りだ。

 罠を仕掛けるとあれば猟師か、村じゃなくても人はいるだろう。


 と、その時。


「……誰か来る、ひとり、人間だと思う」


 アリカが何者かが近付いてくるのを感知したらしい。

 それを聞いて私はアリカの手を引き、近くの茂みに身を隠した。


「どうして隠れるの、聞いてみるチャンスじゃない」

「いや……最近ちょっと警戒するに越したことはないかと思ってね」


 たとえ現れたのが本当に猟師だとしても、怖い人やヤバい人の可能性もある。

 少しだけ様子を見たって遅くはないさ。


 近付いてくる足音はさっきの罠へと向かっている。やはり、あの罠を仕掛けた人物のようだ。

 謎の人物は壊れた罠を調べているらしい、でもこの茂みからははっきりとは見えない。

 まあ隠れているのだから当然か。でももうちょっとはっきり様子を見たいな。


 ズザッ!


 突然の裂ける音と共に視界が(ひら)ける。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 猛烈な突風が吹いたかと思うと、私たちの隠れていた茂みが横真っ二つに切り裂かれ、私とアリカは呆然としたままその姿を晒す形になっていた。


「……見ない顔だね」


 目の前に立つ人物が声をかけてきた。

 つい今まで壊れた罠を調べていたはずの人物が、私たちの目の前に立って。


 女の人だ。

 ボサっとした金髪と、黒いタンクトップに作業着のようなズボンがワイルドな雰囲気を醸し出している。

 何より目を引くのは……耳。その人の頭の上には獣のような耳がちょこんと乗っている。

 いわゆるケモミミだ、ちょっとかわいい。


「……ん、口がきけない?」

「あ、いえ、喋れます」


 突風と見た目の二重の驚きでしばし言葉を失っていた。

 ケモミミの生えた人間なんて、今までの私の人生の中で見た事は無い。

 この人はどういう人なのだろう、会話はちゃんと出来ているようだけど。


「……あの罠、壊したのはあんた達?」


 眠たそうな目をしたケモミミの女性が気だるげにそう言った。


「へ? あ、すいません、いつの間にか引っ掛かっちゃって。脱出しようともがいてたら枝が折れまして……」

「……ふぅん」


 私だって好きで引っ掛かったわけじゃない、気が付いたら網の中にいたくらいなんだ。

 くそう、パルバニめ。よりにもよってな場所にワープさせやがって、わざとやってるんじゃないだろうな。


 それにしてもこの人、ずっと無表情で感情が読めない。

 罠を壊されて怒ってるのかな? ごめんなさい、でも私たちのせいじゃないんです。


「……付いて来て」


 怒られるかと思ったけど、ケモミミの女性はそれだけ言って私たちに背を向け歩き出した。


「なんだろう、付いて来いって」

「さあ……」

「どうする? 行ってみる?」


 よくわからないけど……ここがどこかもわからないし。

 それに物を壊してしまった手前、付いて行かざるを得ないだろう。


「行って、みようか」


 私たちは自分の装備を確認してから女性の後を追って歩き始めた。

 帽子を無くしたし、いきなりの出会いだったから顔はモロに晒しちゃったけど、あの人も気にしてないようだし大丈夫なのかな。


 それにしても足が速い。

 あの人、歩いてるようにしか見えないのにだんだんと離されていくぞ。

 私はともかくアリカまで、歩きでは間に合わず走りに変わっている。

 しかも距離が長い、いつまで走らせる気だ……!?


 しばらく走り、森を抜けてあやうく見失いかけたところで目的地に到着した。

 着いたところは荒地の一軒家。

 そこそこ大きいお屋敷で、あまり立派とは言えないけど手入れはされている。

 その家の前でケモミミの女性が私たちを待っていた。


「……悪いね。人と歩くの久しぶりだったから、ペースとか考えてなかった」

「いえ、お気になさらず」


 私もアリカもスタミナには自信がある、ちょっとペースが速くて驚いただけだから問題ありませんよ。

 まあ見失ったらどうしようかとは思ったけどね。


「……ここが私達の家、入って」


 女性は軽く手招きをし、屋敷のドアを開けて中へと入っていった。

 『私達』という事は他にも誰かいるって事か。

 女性を追って屋敷に入った私たちの前に、その答えはすぐに現れた。


 この屋敷、ずいぶん変わった造りをしている。

 入ってすぐの玄関ホールを抜けると、扉一枚挟んだその先に温室のような庭園のような、花の多く飾られた部屋があった。

 花に囲まれた奥には一段高い場所にベッドが見える。もしかしてここ寝室なの?


「……ミツキ、ただいま」


 ケモミミの女性がベッドの方へ向けて声をかけた。

 さっき『私達』と言った答え、ベッドに寝ていたもうひとりの人物が、ケモミミの女性の声に応えて体を起こす。

 ミツキと呼ばれたその人は、長い黒髪と透き通るような白い肌の美しい女性だった。

 アリカとはまた違うタイプの美人さんで、その佇まいからは高貴さを感じさせた。


 ……のはいいんだけど、この人なんでスケスケの薄着一枚なんだよ。

 来客の予定は無かったのかもしれないけど目のやり場に困る、できれば早く隠して欲しい。


「おかえりなさい、ヒナ」


 ベッドの女性、ミツキがケモミミの女性に返事をする。

 ヒナだって、ワイルドな見た目に反してかわいい名前してるんだね。


 ――しかしその直後、スケスケの格好もかわいい名前もどうでもよくなるような衝撃の光景が私の目の前に繰り広げられた。

 ヒナと呼ばれたその人が、ベッドに座るミツキに顔を近付けている。

 え、なに、何なの? この人たち何やってんの?

 私たちが見ているにも関わらず、ふたりは口を近付けて……キ、キ、キス、してる!?


 免疫の無い私にはあまりにも刺激が強かった。

 一瞬で頭が真っ白になって、ただ目の前で起こっている現実を呆然と見つめるのみ。

 横にいるアリカも同様に……というわけではないらしい。

 つんつんと腕をつついて私に合図を送っているのを感じた。


「リプリン、あれウチでもやろうよ」

「……な、なんの事言ってるの?」

「おかえりとただいまのキ――」

「却下!」


 こっちが衝撃を受けてる時になにを参考にしてるんだ、そんなもん参考にしなくていいんだよ!


 しばらくして、ヒナがこちらを向いた。実際には短い時間だったのだけど、私にはとても長い時間に感じられた。

 妙に疲れてる、隣にいるお気楽女のせいだ。


 まだ呆然としている私をヒナとミツキが見ている。

 先に口を開いたのはミツキだった。


「お客さんなんて久しぶり。それで、ヒナ?」

「……ああ、えっと」


 ミツキに問いかけられたヒナが私を見つめ何か考えている様子だ。

 こっちは頭の中がグチャグチャしてて考えが回らないけどね。


「……そういえば、まだ名乗ってなかった。あたしはヒナァタ、こっちはミツキ。ここで二人で暮らしてる」


 何を考えているのかと思えばそう言う事か。

 ふう……少し落ち着いてきた、こっちも自己紹介しよう。


「えっと、私はリプリンです。こっちは――」

「はじめまして、わたしはアリカって言います! ふたりで冒険してます!」


 アリカ、元気いっぱいなのはいいけど対抗意識は燃やさなくていいんだよ。

 それからこのケモミミの人、ヒナァタって名前だったのか。

 ヒナは愛称だったのね、うっかり呼んでしまう前に知れてよかった。


「はじめまして、リプリンさん、アリカさん」


 ミツキは穏やかな笑顔で私たちを迎えてくれた。

 一方、ヒナァタは相変わらず無表情のまま、そして唐突だった。


「……よろしく。それじゃリプリン、こっち来て。アリカはミツキに聞いて」

「え?」


 双方の自己紹介が終わるとすぐに、私はヒナァタに呼び出された。しかも私だけ。

 戸惑っている間にもヒナァタはひとりで扉の外に出ていってしまった。


「あ、ちょっと! ……ごめんアリカ、ちょっと行ってくる」


 返事をする代わりにアリカが目を閉じていたような気がするけど気にしない。却下って言っただろ。

 アリカを放置し、ヒナァタを追いかけ扉を抜けるとそこは倉庫だった。


「……はい、これ」


 さっそくとばかりに、待っていたヒナァタに道具を手渡される。

 これってクワ? 畑仕事に使うやつ。

 見ればヒナァタも同じくクワを持っている。


「あの、これは」

「……罠、壊したんだよね。壊した分は働いてね」


 あー、やっぱりそう言う事か。

 私は屋敷の裏手にあった畑まで連れ出され、農作業を手伝う事になった。

 なんとなく、流れで黙々とクワを振るう私。この分だとアリカも何かやらされてるんだろうな。


「あの、ヒナァタさん」

「……手、止まってるよ。口より手を動かす、話は後」


 ダメだ、少なくとも今は話を聞いてくれそうにない。

 自身の置かれている状況もわからないまま、結局その日は夕方まで農作業に勤しむ事となった。

 こんな事してる場合じゃないんですけど……。


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[良い点] 「リプリン、あれウチでもやろうよ」 「……な、なんの事言ってるの?」 [一言] パルバニの行動が判らない…(汗)
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