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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第四章 粘土人間と世界情勢
47/91

オオマイゴ

 迷路のような複雑な通路を歩くふたりプラスいち。

 アリカの超人的な感覚によって迷う事はないけれど……落ち着かない。


「罠は間違った道にあるみたいだね、正解のルートを通っている限りは心配いらないと思うよ」

「そ、そう」


 やっぱり落ち着かないので受け答えも適当になってしまう。

 幽霊みたいな雰囲気のバニーガールが斧持ってヒタヒタと付いて来てるんだ、気にならない方がどうかしている。

 おまけに意図が読めないし……何しに来てるんだろう。


 アリカもまた私とは違った意味で気にしているらしく、腕組みが手繋ぎに変わっていた。

 それでも離しはしないんだな、こちらの意図も読めないが今はいい。


「ねえ、ゲッペルハイドはどうして私たちをルゾン帝国に行かせたくないの?」


 わからない時は聞いてみるのが手っ取り早い。

 前向きに考えればこのヘンテコバニーから知りたい事を聞き出すチャンスかもしれない。


「ひゃ、ひゃいっ。そ、その、理由までは……ちょっと」


 しかし望む答えは得られなかった。

 理由を知らされていないのか、教えないように釘を刺されているのか。

 うろたえているようにも見えるけど、パルバニは見るたびこんな感じなのでよくわからない。


「じゃあ質問を変える。ゲッペルハイドは敵なの味方なの? 最終的に私たちをどうしようと思っているのか、何か知ってるんじゃないの?」

「はうう……」


 今度は確実にうろたえている。

 知っているけど言うわけにはいかないといった感じかな、目が泳いでいる。


「だ、団長は……」


 パルバニは絞り出すような声で、いちおう答えようとはしている様子だった。


「団長は、し、静かなのが、お、お好きなんです」


 ……そんなバカな。

 サーカスを名乗り派手に暴れてみたり、おかしな部屋でサメと入れ替わってみたりと奇行ばっかりじゃないか。

 あれで騒がしいのが嫌いなんだったら、世の中なんてもっとハチャメチャになってるっての。


「冗談でしょ」

「ほ、本当です……し、静かというか、あるべき姿というか……」


 あるべき姿? どういう意味だろう。

 野菜を生で食べるとか、動物は放し飼いがいいとかそういう……いやこれは違うな。

 ゲッペルハイドと話すよりはパルバニと話した方が意味を理解しやすいかと思ったのに、これじゃあそこまで変わらない。


 何にせよ、このままパルバニに話を聞いてもゲッペルハイドの考えている事は見えて来そうにないようだ。

 だったら、将を射んとする者はまず馬を射よ作戦で行こうか。


「じゃあさ、自分の事を聞かせてよ」

「わわ、私、ですか?」

「そう」

「た、大した事ありません……。あ、赤ん坊のころに団長に拾われて、そ、それからずっとサーカスでバニーやってるだけ、で、ですから」


 パルバニの簡単な身の上話は以前にも聞いた。

 育ての親のゲッペルハイドが呪われてしまい、その呪いを解くために解ける人を探しているとか言ってたと思う。


 しかし、それはおそらく真実ではない。たとえパルバニが本気で信じていたとしても。

 今までの言動からして、ゲッペルハイドは明らかに異界の影響を受けている。いや、むしろ影響を与えている側なのかもしれない。

 つまり呪われた人間などではなく、はじめから異界の側に立つ存在である可能性が高い。


 この推理が正しいとして、パルバニが私たちにとってどのような存在になるのか。

 少なくとも、ゲッペルハイドの命令で動いている以上は油断できない。


「!」


 ふと、周囲を注視しながら私の一歩前を歩いていたアリカが足を止めた。


「待って、何かいる」

「また? 今度はゲッペルハイドが自分で来たとか?」

「よくわからない……けど何かいる。不自然な感じがするやつが」


 ちょっと、その不自然な感覚ってアバラントとかが出た時のやつじゃないの?

 それにさっき知ったアリカの感覚の鋭さ、直接見もしないで体格がわかるほどなのに、「よくわからない」とはどういう事?

 ああ、そうか。おそらく、そいつの姿形が本当によくわからないのか。


「あ、あの、そういえば、おふたりは知っていますか? め、迷宮の話」


 未知の怪物がいるかもしれないというこのタイミングでパルバニが喋り出した。

 今さら雑談に応じてくれるわけ? タイミング悪いんだけど。


「なに突然、ちょっと忙しいんだけど。……迷宮?」

「そ、そうです。迷宮とは、し、侵入者を防ぐ目的もあ、ありますけど、逆に封じ込めておく事も、できるん、です。その、怪物、とか」


 迷宮と怪物、ずいぶんタイムリーな話をするんだね。


「……何が言いたいの? ていうか、何か知ってる?」

「だ、団長が言うには、ここには迷子がいて、そ、外に出てもらっては、困る、そうです」


 外に出てもらっては困る迷子。つまり、迷宮で永遠に迷っているべき存在というわけか。

 うん、どう考えても怪物の類だね。


「リプリン、気を付けて。けっこう近い……かなり近くまで来てる」


 アリカが武器を構えた。

 いつもの自在剣と、魔術師会で借りてきた(?)魔導銃、つまりガンカタスタイルだ。

 私も両の拳を握って構えるけど……怪物はどこだ?


「ねえアリカ、その『何か』はどこ?」

「よくわかんない……でも近いよ」


 私も目を凝らして通路の先を見てみるが、そこにはただひたすらに暗闇だけが続き、何かの姿を発見することはできなかった。


 いや、ちょっと待てよ。

 薄暗いとはいえ、この通路は何も見えないほど暗くはない。

 それなのに、少し離れたくらいであんなにも真っ暗になるのだろうか。

 嫌な……嫌な予感がする!


「アリカ、撃って!」

「えっ、どこに!?」

「真正面! いいから撃って!」


 アリカが魔導銃をまっすぐ構え、正面前方の暗闇に向け引き金を引いた。

 凝縮された魔力は砲弾となり、衝撃波を放ちながら暗闇へと突っ込んでいく。


 ドウッ!


 魔導銃の弾が命中した。

 私の読み通り、何もないはずの空間に。


「え、何、当たった!?」

「やっぱり、何かいるよ」


 ギチギチと奇妙な音を立てて空間が歪む。

 正確には真っ暗で何も無いように見えていた部分が動き、その正体を晒そうとしていた。

 ひとつ、ふたつ、空中に鋭いキバの並ぶ口が現れていく。

 特に真ん中の口が大きい、通路にいる人間なんかひと呑みにできそうなほどに。


「これが怪物の正体か……」


 それは巨大なナマコのような生物だった。

 光を吸収する真っ黒い体を通路いっぱいに広げ、あたかも前方に何もないように見せかけていたのだ。

 しかも表面の陰影を工夫し壁に見えないようにする芸の細かさときた。

 アリカが形がよくわからないと言っていたのは軟体生物だったからだね。


 さあて、正体がわかったところで、アリカにひとつ確認しておきたい事がある。


「アリカ、さっきの魔導銃はどれくらいの出力で撃った?」

「いきなり言うもんだからそんなに調整してないよ。うーん、ほぼ全力かも」


 だとしたらちょっとマズイ。

 巨大ナマコは姿を見せたものの、ダメージを負っている様子が無い。

 本気で撃っても魔導銃が効かなかったって事か。


「ファンタスマゴリア!」


 銃が効かないのなら剣で、と言わんばかりにアリカが自在剣を放った。


 ガキン!


 しかしこちらも効果が薄い。

 まるで弾力のある鋼鉄のような体にかすり傷ひとつ付けられないまま、自在剣の刃は弾き返されてしまった。


「ギョオオオ!」


 あ、やば。

 怒らせてしまったのか、怪物が通路いっぱいに口を広げ突進してきた!

 あれだけ工夫してたのに見破られたら即突進かよ!


「げげっ、こんなのいったん逃げるしかないじゃん!」


 他に手の打ちようが無いので、こういう時は後ろを向いて逃げるに限る。

 それなのに、アリカは少し逃げたところで足を止めてしまった。


「アリカ、何やってんの!」

「……違うの」

「何が!?」

「道がさっきと違う、足跡とか痕跡がぶつ切りでメチャクチャになってる! これじゃもと来た道かどうかもわかんないよ!」


 何ですと!?

 そんな状態で逃げようと走っても、行き止まりか下手すりゃ罠にかかるのがオチだ。

 戻る道がバラバラに入れ替わるとかある? これもあの怪物の仕業?


「その、えっと、ですね。アレを外に出すわけには、い、いかないので……倒してください」


 さっきからぴったりと後ろを付いてくるパルバニが言った。

 手にした斧で壁や床をサクサク刺しながら。


「……それ、なにしてるの?」

「こ、この斧は〈サプライザー〉というもので、く、空間とか切れるんです」

「えっ、じゃあ道がメチャクチャなのって……あんたの仕業かよ!」

「ひっ……すみません、すみません……」


 こんにゃろう、何てことしてくれるんだ!

 それもゲッペルハイドの指示か? あの怪物を倒せなければここから出るなって?

 やっぱりとんでもない奴らだこいつら。

 パルバニは怯えた様子で隅っこに隠れてしまったし、逃げようにも逃げ道は無い。

 そうとも、まさしくこいつのせいでな!


 そうこうしている間にも怪物はどんどん迫ってくる。

 こうなったらやるしかない。私は拳を握りしめ、勢いに任せて迫りくる漆黒の壁に殴りかかった。


 プリズマスギアは失っているが、普段通りパンチが大きくなっている。


(道具から引き出さずとも、覚えていれば――)


 あの時、アリアと思われる存在が言っていたのはこういう事だったのか。

 今のところは伸縮以外の力は引き出せそうにないけど、拳を大きくできるのならば十分に対抗できるはずだ。


 ……と、激甘な期待は厳しい現実にいともたやすく打ち破られてしまった。

 ですよね、アリカの剣や銃が通らなかったくらいだもの、私のパンチが通るわけないって。

 案の定、弾力のある体にボヨンと弾かれ、攻撃は失敗に終わった。


 こちらの攻撃は失敗に終わったけど、あちらさんはまだお終いにするつもりはないようです。

 頑強なくせに柔軟な体を持つ怪物は、凶悪なキバの並ぶ口を触手のように伸ばして喰いついてきた。

 ひとつならまだいい、でもこいつには体の表面に口がいくつもある。

 それらを全て伸ばして四方八方から喰いついてくるもんだから、動きの素早さに自信のない私にはかわしきれるわけもなかった。


「ぎゃっ……!?」


 避け損ねた一撃が私の頭部を削り取る。

 この時、私の身に重大な事が起きていた。


 痛い! けど、問題はそこじゃない!

 頭のダメージだってすぐに治る、けど、治らないものもあるって知ってるか?

 私の帽子……大事なアリカにもらった帽子が……ちぎれてズタズタになってるじゃないか!


「こ……の、ナマコ野郎! 何てことしてくれるんだ!」


 カッと体が熱くなるのを感じた。目の前にいるのが怪物だろうがナマコだろうが関係ない、今の私には怒りしかない。

 許さん、絶対に許さん。

 なぜそうしたのかは自分でもわからないけど、私は怒りに任せて右足を大きく激しく踏み鳴らした。


 ズン!


 グシャッ!


 右足を叩きつけた地面は足の形に少しだけヒビが入った。

 それとほぼ同時、怪物はまるで巨大な足に踏みつけられたかのように、その体を歪ませ床に押し付けられている。

 何か知らんが私の怒りを思い知ったか!


「あ、そ、それは〈羽のように軽い羽〉です、か?」


 隠れながらパルバニが質問してきた。

 いや、こっちが聞きたいくらいなんですけど!?


「なに、その〈羽のように軽い羽〉って」

「え、えっと、「こちらの世界に来た吾輩のペット」だ、そう、です。じ、重力を操る、かわいい小鳥だとか……」


 小鳥?

 そういえば……アリア(?)との別れ際に妙な小鳥が私の体に入っていたような気がする。

 ついでに連れていけとか言ってたな。これもプリズマスギアか、もしくはアバラントか。


 ……重力を操る、か。

 モノが体内にあるとやっぱり力を発揮しやすいみたいだ。ちょっと気持ち悪いけど、ここはありがたく利用させてもらおう。


「ほら、ほら、ほうら!」


 右足に力を込め、何度も何度も地面に叩きつける。

 そのたびに怪物にかかる重力もまた、何度もハンマーの如く打ち付けられた。


「ギュ……ギュ……」


 怪物が苦しそうな声を上げている、全身が潰れてるんだから当然だ。

 でもまだまだこんなもんじゃない、私の怒りは収まらない!


「この、バカ、ナマコ! 絶、対、に、許さん!」


 リズムを刻んでこれでもかと重力攻撃を浴びせる。

 怪物の体は硬い岩盤にめりこみ沈んでいく。

 そしてとうとう、体中の口からどす黒い液体を吐き出したかと思うと、それっきりピクリとも動かなくなった。


「リプリン、やりすぎ!」


 溶けていく怪物の体を呆然と眺めていると、後ろからアリカにしがみつかれた。

 ……あ、もう終わったよ。


「アリカ……せっかくもらった帽子、ダメになっちゃった」

「気にしないで、帽子くらいまたプレゼントしてあげるよ。それより……」

「それより?」

「……やりすぎ。というか、通路全体とわたしたちが危ない」


 アリカの言う意味は私にもすぐに理解できた。

 冷静になって周囲を見てみると、壁や天井などあちこちに大きな亀裂が入っている。

 パラパラと石片が落ちてきたり、どこからか不気味な揺れも感じる。

 これは……まさか。


「崩れかかってる?」

「崩れかかってる……」


 げぇっ! マジかよ!

 怒りに任せてムチャクチャしすぎた、通路全体が崩れかかってるぞ!

 今どのあたりにいるんだ? 走り抜けるとしても間に合う距離なのか?


 ズン!


 ……たった今、走り抜けるプランは却下されました。

 前方、ナマコの死体あたりちょい先の天井が崩落して塞がりました。

 このままでは生き埋めだ、ここはいったん戻るしか――


 って、ダメじゃん! パルバニのやつが道順をバラバラにしやがったんじゃん!

 揺れがどんどん大きくなる、落ちてくる石も当たるとヤバいくらいの大きさになってる。

 焦った私は思わずパルバニの胸ぐらを掴んだ。


「ちょっと、戻る道を塞いだのはあんたでしょ! 何とかしてよ!」

「なな、なんとか、ですか」


「リプリン……」


 アリカが私の背中にそっと寄り添ってきた。

 背中越しに不安そうなのが伝わってくる、くそっ、どうにかならないのか……!?


「なんとか、で、できますよ」


 小さな声でパルバニがつぶやいた。


「できるのかよ! じゃあさっさとやって!」

「じ、じゃあ、やります、けど……これも指示のうち、なので、後で怒らないでくださいね……?」


 後半の声はさらに小さくて聞き取れなかった。

 え、何? 何て言った?


「さ、サプライザー……!」


 シャキン


 パルバニが斧を大きく振るうと、何もない空間に大きな切れ目が入る。


「うわっ!」


 空間の切れ目は落とし穴のように私たちの体を飲み込んだ。

 目の前が歪む、上も下もわからない。あまりに方向感覚が狂って気持ち悪くなってきた。

 崩落する洞窟からは助かったものの、私とアリカは謎の空間に落ちていき、しだいに意識を失っていった。


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