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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第四章 粘土人間と世界情勢
46/91

古き迷宮

 宴の終わり、祭りの後。

 夜遅くまで続いた騒がしさが嘘のような穏やかな朝を迎えた。


 しかし私の心中は穏やかとはいかない。

 今日は教えてもらった秘密の通路を使い、いよいよルゾン帝国へと向かう日なのだ。

 おまけに、ちょっと当てにしていたシュイラが一緒に来れなくなってしまったのも大きいだろう。

 その理由となるものが、今も目の前で押し問答している。


「ご心配には及びません、フィオナが強いのはお姉様もご存知のはずですわ。どんな危険もへっちゃら、むしろこの私が自慢の槍でお姉様たちをお守りいたしますわ!」

「だから、そういう問題じゃないんだよ」


 村にやって来ていたフィオナ王女が、私たちの予定を聞いて自分も同行すると言い出したのである。

 もちろん、そんな事を認めるわけにはいかなかった。


「仮にもオマエはブリア王国の王女であり、勇者の称号を持つ者でもある。この微妙な情勢の時にそんな奴が侵入してみろ、大ごとだぞ」

「でしたら、見つからなければ良いお話では?」


 シュイラが必死に説得してくれてはいるけれど、肝心の王女様はいまいち事の重大さを理解していないご様子。

 だがしかし、ここで無下にすると力づくでも付いて来るかもしれない。そんなわけでフィオナ王女を押し留めるため、シュイラは同行できなくなってしまった。

 王女様で、強くて、お子様か……思った以上に厄介な勇者様だ。もうちょっと自分の立場というものを理解して欲しい。

 きっと王国の人たちも同じような気持ちなんだろうなあ、誰かちゃんと教えておけよ。


「悪いな、こういうわけでオレは行けそうにない。手伝うって約束したのにこのザマだ」


 少し自嘲の入った溜め息で謝罪するシュイラ。

 事情が事情だけに仕方ありませんよ。


「お気持ちだけでじゅうぶんですよシュイラさん、帰りを待っててください」

「はん、言うようになったじゃねえか。……死ぬなよ」

「大丈夫です、私は不死身ですから」

「オマエはどうでもいい、アリカを死なせるなって言ってるんだ」


 えー、ひどい。

 ここ感動の場面じゃないんですか? どうでもいいとか言わないでくださいよ。

 そんな笑ってないでさあ。


「お待たせ! こっちの準備はオッケーだよ!」


 そこに、出発の準備のため移動ハウスまで戻っていたアリカが帰ってきた。

 あれだけ酔ってたのに二日酔いも無く元気いっぱい、たいしたものですね。

 昨夜はみんなして私を枕にするもんだからこっちは眠れなかったんだぞ。もはやいつもの事と化しているけどな!


 ……ふう、とにかく出発前だ、気を取り直してと。


「アリカ、家はどうする? キングは置いてていいって言ってたけど」

「うん、置かせてもらう事にしたよ」


「あ、それなんだが」


 移動ハウスの話をしているとシュイラが割って入ってきた。


「村にキーラって奴がいてな、まだガキだけど頭はとびきり良い。後学のために移動ハウスを見せて欲しいとか言ってるんだが……」

「うん、いいよ。……あっ」


 アリカはあっさりと許可を出した直後、なぜか私の方を見る。


「リプリン、恥ずかしいものとか隠してる?」

「……隠してない。てか、そんな事気にしなくていいから!」


 こいつ、私が何を隠してると思ったんだ?

 シュイラやクラリッサだってしばらく一緒にいたんだから、見られて困るようなものはあの狭い中にわざわざ積んでないっての。


「じゃあ大丈夫。そのキーラって子に伝えて、エビマルに優しくしてあげてねって」

「え、エビマル?」


 ここでまた新しい単語が飛び出してきたぞ。

 なんだエビマルって。


「ねえアリカ、その『エビマル』ってもしかして……」

「もちろん、移動ハウスの名前だよ。いいの考えてくれるって言ったのに、そのままだったからもうわたしが付けちゃった」

「なんで『エビマル』なの?」

「脚が多いし、エビが美味しかったのを思い出して」

「脚が多いって……あいつら蜘蛛の比じゃないぞ」


 移動ハウスの脚は四本、エビは二十六本くらいか、私の言った蜘蛛よりひどい。

 ほぼユークレスで食べたエビの思い出だけだなこれ。


「じゃあなにか代案ある?」


 私の不服そうな態度を見てアリカが詰め寄る。

 そんな事言われても急にポンとは出てこないよ。


「えっ? ええと……」

「はい時間切れ、エビマルに決定ね」

「ええ……まあ、いいけど……」


 これから危険な所に行こうというのに緊張感ないな。

 まあいいか、移動ハウスの名前も決まったところで、ついに私たちは出発の時を迎えた。


「じゃあシュイラ、行ってくるね」

「おう、またな」


 フィオナ王女に抱えられるシュイラをはじめ、ゴブリン村の多くの人たちに見送られながら、私とアリカは廃鉱山へと向かった。


 *****


 しばらく歩いた後、鉱山自体は簡単に見つかった。

 しかし問題は隠し通路だ。キングからだいたいの位置は教えてもらったけど、実際に探すとなるとけっこう大変だぞ。

 薄暗いし、長らく使われていないだけあって埃っぽいし、全体的に汚れてて仕掛けを探すだけでも一苦労だ。


「えっと、ここに鉱員用の部屋があって、それから……」

「リプリン、ここじゃない?」


 アリカが私を呼ぶのとほぼ同時、重そうな石がズズズと音を立てて動き、通れそうな抜け穴が出現する。


「え、なにやったの?」

「じっと見てたら仕掛けがありそうな気がして、動かしたら開いた」


 マジかよ、凄いな。

 そういえば感覚が鋭くなってるとか言ってたっけ、こういう場面でも役に立つのだなあ。


「この先が隠し通路か……。アリカ、覚悟はいい?」

「もちろん、そっちは?」

「問題なし、じゃあ行こうか」


 覚悟完了したところで、ふたり揃って隠し通路へ。

 ちょっと狭いけど人ふたりが通るくらいならじゅうぶん。薄暗いのは相変わらずだけど、さっきの坑道よりも通りやすいくらいだった。

 しばらくは真っ直ぐな道が続いているようだ、私たちは罠に気を付けながら隠し通路を進み始めた。


 ……静かだ。

 こうしてふたりだけで静かな場所を歩いていると、魔術師会での出来事を思い出す。

 あそこで危うく死ぬ目に遭うところだった、私はともかくアリカは確実に。


「リプリン、手を繋いでいこうよ」


 私の左手にそっとアリカの手が触れた。


「もう繋いでるじゃん」

「えへへ」


 えへへじゃないっての。

 でもまあ、最近は監視が付いたりいろいろと慌ただしかったから、ふたりだけで歩くってのも悪くないかもしれない。

 シュイラが来られなくなって不安な反面、ちょっとだけ嬉しさを感じてしまっている自分がいた。本当にちょっとだけだぞ。


「ねえ、アリカ」


 私はアリカに話しかけた。

 この機会に聞いておきたい事があった、魔術師会を出た時の事を。


「魔術師会にプリズマスギアを置いてきた事、怒ってない?」

「どうして?」

「だって、大事な手がかりなんだよね。特にルーペはお爺さんが残してくれたものだし」

「そうだね……。でも、手がかりならあるんでしょ?」


 アリカが私の顔を覗き込んだ。


「ルゾン帝国に行く話を受けたの、魔術師会に自由を保障してもらうためだけじゃないでしょ。何か他に手がかりみたいなものがあるんじゃないかと思ってるんだけど」

「……!」


 やっぱり勘が鋭い。

 そう、魔術師会で出会ったアリア、彼女はルゾン帝国にいるのだと言っていた。

 そして私はその事を誰にも、目の前にいるアリカにも伝えずにいる。


「確証はないよ、でも行く必要がある。……ごめん、今はこれ以上言えない」


 アリカはアリアの事を必死になって探している、それはわかっている。

 だからこそこの話をするべきなのか迷っているんだ。

 あのアリアは偽物かもしれないし、たとえ本物であったとしても、もうアリカの知る姉ではないかもしれないのだから。


「じゃあ聞かない」


 繋いでいる左手の、今度は上の方に力がかかるのを感じた。


「アリカ、それは腕組みって言って、繋ぐのとは違うんだよ」

「言えない事を聞かない代わりだよ、これくらい我慢しなさい」


 むう、それを言われると言い返せない。

 薄暗い通路を腕を組んで歩く女子ふたり、どういう状況だこれ。

 腕を通してアリカの鼓動が伝わってくるようだ。

 場所にはまったくロマンの欠片もないけれど、不思議と悪い気はしなかった。


 しばらくは真っ直ぐな道が続いていた隠し通路であったが、進むにつれて次第に様子が変化していった。

 分かれ道や横穴が多い、キングの言っていた通り複雑な迷路状になっている。このぶんだと罠もありそうだなあ。

 よく考えたらキングから聞いたのは「隠し通路がある事」だけで、正しいルートは聞いていないぞ。

 何がレッツチャレンジだ、他人事だと思って。


「こっちこっち」


 分かれ道を前に足を止めた私をアリカが引っ張った。

 組まされていた腕もいつの間にか逆転し、私がアリカの腕にしがみついているみたいになっている。

 いや、そんなことよりズンズン進んでるけど大丈夫なの?


「ちょ……アリカ、道知ってるの!?」

「知らないよ」


 うおおい、知らないのならムチャするなよ!

 私は慌てて体重をかけ、進もうとするアリカを引き留めた。


「大丈夫だってば、よく見ればわかるよ」

「よく見れば? ……何も見えないけど」

「ほら、集中すると以前に通った足跡とか痕跡が見えてくるでしょ。正しい道の目印が付けられている事もあるし、なくてもいちばん人が通った道を行けばいいんだよ」


 そう言われても、私には全然見えない。

 アリカの感覚はすでに人知を超えた領域に達しているのではないだろうか。

 ……それはそれで心配になる。でも今はアリカが頼りだ。


「わかった、ルートはお願いね」

「まかせて!」


 妙に嬉しそうな声を上げたアリカが私と腕を組みなおし、力強くエスコートするように引っ張っていく。

 うーん、頼れるなあ。なんだかデートでリードされてるみたいな気分。

 ってお前は彼氏か。


 それからしばらく歩いていると、不意にアリカの表情が変わった。


「アリカ、どうかした?」

「……誰かいる、ついて来てる」

「えっ」


 ガッ!


 驚いて振り返ろうとしたところをアリカに止められた。

 アゴのあたりを掌底で。


「……痛い」

「ごめん、でも振り返っちゃダメ、怪しまれるからこのまま歩いて」

「わ、わかった。……でも誰だろう、シュイラ?」

「違うと思う、歩幅や足音の感じがゴブリンじゃない。シュイラの村に当てはまる人はいないと思うから、たぶん知らない人」


 秘密の通路で誰かに付けられているというのも驚きだけど、振り返りもしないで歩幅とか体格がわかるアリカにも驚いている。

 やっぱり超能力者に近くなってるよ。


「にしても、誰がどうして秘密の通路で後を付けてくるんだか」

「さあ……そこまではわかんない。この道に用があるのか、それともわたしたちに用があるのか」

「こ、後者です」


 目の前わずか一メートル、横に隠れる場所も無い通路でいきなりその人物は姿を現した。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 あまりに唐突だったもので私たちも止まる事ができず、謎の人物と正面衝突。

 三人そろって尻餅をついた。


「いたた……あっ、お前!?」


 目の前に座っていたのは場違いな白いバニースーツの女性、それはもちろん見覚えのある人物だった。


「インチキウサギ!」

「ぱ、パルバニです。い、インチキとか言わないでください……」


 パルバニ。どう考えても異界と関りのある謎の人物、ゲッペルハイドの手足となって動く女。

 呪いで脱げないため四六時中バニースーツを着ている変な女。

 そんな奴が、こんな場所で何の用だというのだろう。


「私たちの後を付けてきたってわけ?」

「あ、その、つける必要は無かったんですけど、言い出すタイミングが、その、無くて」


 しどろもどろな喋り方でなかなか要点が出てこない。

 相変わらず幽霊みたいな顔してるし、陰キャ克服はまだまだ出来そうにない様子だ。


「言い出すって、何を?」

「は、はい、団長からの伝言で……。お、おふたりは、ルゾンに行くべきでは、な、ないと」


 団長からの伝言、つまりゲッペルハイドがそう言っているのか。

 あのおっさんも何なのか、敵なのか味方なのかもわからない奴だ。

 襲われた事もあればプリズマスギアをくれた事もある、そして今度は私たちのルゾン行きを止めようとしているって事か。


「悪いけど、それは聞けない。私たちはどうしてもルゾン帝国に行かなきゃいけないの」

「うう、だ、だとしたら、わ、私もやらなければならない事が……」


 パルバニはスッと立ち上がり、一歩下がるとどこからともなく大きな斧を取り出した。

 いつか見たサーカスの看板にしていた斧だ、今は看板部分を取り外してただのでっかい斧になっている。


 ――で、やらなきゃいけない事って何かしら。

 パルバニが斧を取り出したタイミングで私とアリカも後ろに跳び、目の前にいる斧を持ったバニーガールを警戒している。

 ってアリカさん、どうして私より前にいるんですか。それだとアリカが私をかばっている感じになってるよ? 不死身の私が前に出るべきでしょ。


「ど、どうしても、い、行くというのでしたら……」


 おっといけない、今はパルバニに集中しないと。

 それでどうするの、力づくで止めるって?


「わ、私も、ど、同行します」

「へ?」


 思いがけない提案に言葉を失った。

 じゃあなんで斧なんか取り出したんだよ、行動の不可解さは相変わらずか。


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