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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第四章 粘土人間と世界情勢
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ゴブリン王国

 キングと呼ばれる人物に会うため、シュイラに連れられ村の奥へ。

 着いた先には少し大きめの建物があった。小屋にしては、だけど。

 この建物、何と言ったらいいのか……木材やらいろいろなものがあちこち突き刺さっている。

 もうちょっと正確に言うのならば、雑な建て増しを繰り返して歪に膨れた建物という感じかな。


「キング、いるかい? 入るぞ」


 建物を気にしている間に、シュイラが入っていってしまった。

 わあ、気安い。

 思ってたのと違うなあ、怖い人の所にそんな感じで入れるもんなの?


「シュイラか……よくぞ戻った」


 薄暗い部屋の奥には、これまた雑に大きなイスがあるのが見えた。

 微妙に高い位置にあるし、背もたれにも小屋の外観と同じくいろいろ刺さっていて遠目には豪華に見える。

 そしてそのイスに座る人物、キングとはこの人の事か。


 カーテンが開いて光が差し込むと、その容貌が徐々に明らかになっていく。

 ゴブリンなんだからコブ状の角があって薄緑色なのは当然として、他の部分は……そうだなあ、南国風のシャツを着たお腹の出てるおじさんてところかな。

 キングというくらいだから頭に王冠が乗っている。でもそれ以上に星形のサングラスが気になってしょうがない。

 怖いか怖くないかで言えば全然怖くなかった。


「よくぞ戻った、じゃねーよ。部屋まで薄暗くして待ち構えてたくせに」


 カーテンを開けたのはシュイラだった。

 なるほど、シュイラの会いたくなさそうな態度の理由がちょっとわかってきた気がする。


「リプリン、アリカ、このおっさんがさっき言ったキングだ」

「おっさんとはなんじゃ、キングと呼ばんか。……あ、呼んではおるな」


 なんだか調子狂うなあ。

 シュイラが紹介してくれたので、私たちもこの王様(たぶん自称)に挨拶をする。


「はじめまして、リプリンと言います」

「わたしはアリカです、キングさんはじめまして!」

「うむうむ、シュイラの友人かな。ゆっくりしていくがよいぞ」


 奇抜な格好はしているけど温厚そうな人物だ。キングさんいい人そう。

 でも私たちの挨拶を横で見ていたシュイラは相変わらずつまらなそうな顔をしていた。


「キング、悪いけどゆっくりはしていられないんだ。コイツらをルゾン帝国に連れて行かなきゃならないからな」

「……なんと、ルゾン帝国とな」


 ルゾン帝国の名を聞いたキングはアゴに手を当てて考えるような仕草をしている。


「あそこは新興国にして未知の国じゃて、なにせ国ができてから今まで全く交流も情報もないからのう」

「わかってるよ、だからここに来たんだ。キングなら何か方法を知ってるだろ」

「こんな時ばっかり頼りおってからに。まあキングじゃし、もちろん知っとるぞ」


 するとキングは黙って待っていた私とアリカのほうを見た。


「その前にお嬢さんがた、聞いておかねばならぬ事がある」

「は、はい、何でしょうか」


 キングの神妙な様子に空気が張り詰めた。

 そして緊張する私たちに向け、キングの思いもよらない問いかけが投げかけられる。


「料理に果物ってアリな感じ?」

「……なんで今それ聞くんですか」


 いらない緊張をしてちょっと疲労を感じている。

 アリカも同様、シュイラは呆れ顔だ。


「だってお客さんの好みは聞いとかんと。おもてなし料理が苦手なものだったら嫌じゃろ?」

「そりゃそうですけど」


 その時、シュイラがキングの胸ぐらを掴んだ。

 派手なシャツが引っ張られてたるんだお腹が揺れちゃっている。


「だから、急いでるって言ったろ! 方法だけさっさと教えろ!」

「こ、こら、よさんか。今からでは日が暮れる、明日の朝にしなさい」


 キングがもったいぶっている事に理由があるのを知ると、シュイラは突き放すように掴んでいたキングのシャツを放した。

 明らかにイライラしてる。

 こっちを睨むように振り向くのやめてください、怖いから。


「……見ての通り、これがキングだ。要はただのお調子者な村長だけどな、派手好きだからキングを名乗ってんだよ」

「失敬な。まったく、じゃじゃ馬が友人を連れて帰ってきたかと思えば……」

「事実だろうが。まだ言い足りないくらいだよ」

「おー、そうじゃ、友人と言えばもうひとりお前の友人が来とるぞ。帰ってきた事が知れたからすぐにでも来ると思うでな」

「友人……?」


 へえ、シュイラの友人がもうひとり来てるのか。

 来てるって言うからには外部の人だよね、ゴブリンとは違うのかな。


「シュイラの友達だって、どんな人かな?」


 まだ見ぬ友人の友人にアリカは興味津々の様子。

 私はそういうのちょっと苦手かなあ。


「さあどうだろう。仕事仲間のごっつい傭兵の人とか――」


 話の途中で誰かが走ってくる気配を感じた。

 直後にキングの家の扉が開き、まるで野生の獣のような何かがシュイラめがけて飛び掛かった。


「シュイラお姉様~!」

「げっ、客ってお前かよフィオナ!」


 あまりの素早さに獣かと思ったその人影は、よく見れば人間の少女であった。

 歳は私たちと同じかちょっと下くらい? 美しい銀色のロングヘアが目立つ美少女だ。

 着ているものも高級そうな印象を受ける、どこかいい所のお嬢様なのかな。


 シュイラをお姉様と呼ぶその少女は、私たちの事など目に入っていないようでひたすらにシュイラに抱きつこうとしている。

 本人には悪いけど必死でそれを阻止しようとしているシュイラが面白い。


 しばらく後、ようやく現場が落ち着きを取り戻したところで、この謎の少女についてシュイラが説明をしてくれた。

 腕に件の少女を抱きつかせたままで。


「えーと……コイツ、いや、この方の名前はフィオナ。何の間違いかブリア王国の王女その人だ。フィオナ、コイツらはオレの仲間のアリカとリプリンだ」


 ……はい?

 シュイラさん、今なんておっしゃいました? 王女?

 私もアリカも理解が追い付いていない。しかし銀髪の少女はお構いなしに自己紹介をしてくれた。


(わたくし)はフィオナ=ブリアント、お姉様の紹介通りブリア王国の王女ですわ!」

「え……えええっ!?」


 もう驚きしかありません。

 だって王女様とこんな所で出会うとか以前に、こんな情勢が見えない時にこんな国境に近い村にひとりでいるとか意味わかんないでしょ!


「フィオナとは……以前、同じように出歩いてる時に知り合った。どうも放浪癖があるようでね、魔物に襲われてた所を助けてやったんだ」

「はい、お姉様にはとても感謝しています!」

「でもおかげでこの有様だ、おまけに助ける必要なんか微塵もなかったしな」


 なつかれ過ぎてウンザリした顔のシュイラと、終始嬉しそうに膝をついてまでシュイラと腕を組んでいるフィオナ王女が対照的だ。


「いや……さすがに助ける必要が無かったってのは言い過ぎじゃあ」

「そんな事は無い、だってコイツ強いからな」


 強いって言っても十四~十五くらいの女の子ですよ、しかも王女様。

 そんな風には見えないのだけれど。


「はい、フィオナは強いですわ! 王国でも魔法の才能がずば抜けていると言われましたし、騎士団に教わった槍術も免許皆伝を頂きました。国王であるお兄様からは『槍の勇者』の名を与えられておりますわ!」

「……言ったろ、強いって。放浪できてるのも、騎士団でさえ止められないくらいの実力があるからだ。タチ悪いよな」


 いつの間にか、腕を組んでいるだけだったはずのシュイラが人形のように抱きかかえられている。

 小柄ながら腕利きの剣士であるシュイラが半ばあきらめたような顔で抱っこに甘んじているとは……槍の勇者おそるべし。


「ねえリプリン」


 アリカがそっと私の側に近付き話しかけてきた。


「なに?」

「わたしもあれやりたい」

「あれ……」


 アリカの示す先にはフィオナによって後ろから締め上げ……いや、抱きかかえられるシュイラの姿。

 おい、まさか私を抱っこしたいとか言うんじゃないでしょうね。


「……だめ」

「えー、いいじゃない」


 最近、妙に積極的なんだよなこいつ。

 でも今はダメ、時と場合を選んでちょうだい。


「オホン」


 ここでキングが咳払いをひとつ。

 あ、ショックが大きくてこの人の事忘れてた。


「おぬしら、余裕があるのかないのかどっちじゃ」

「すいません。でも出発は明日の朝なんでしょ」

「もっと他にやる事あるじゃろ、ワシの王国は楽しいぞ? メシも美味いぞ? とっておきもあるでの」


 どうもキングの言う事が一番緊張感が無い。

 先を急ぐ方法を教えてくれるでもなく、村を楽しんでいけだって。

 大人の余裕?


「何が王国だ、村だろ村」

「王国じゃもん、そしてワシはゴブリンキングじゃもん! おぬしらは知らんじゃろうが若い頃は凄かったもんじゃて。あれは――」


 シュイラが悪態をつくもんだからスイッチが入った。

 いけない、老人特有の昔語りだ!

 このままでは長くなると判断した私たちはキングの家から緊急脱出、事なきを得た。

 あー、危なかった。


「やれやれ、結局明日までは何も教えてもらえそうにないな。仕方がない、今日はここに泊まるとして……オマエらちょっと来い、いいもの見せてやる」

「いいもの?」


 そう言うと、シュイラは村の小高くなったほうへと歩き出した。

 いいものって何だろう? シュイラのすぐ後を行くフィオナ王女は知っているらしく楽しみにしている様子だった。


 歩いて行くごとにだんだんと独特な臭いが強くなる。

 これって何の臭いだろう。アリカに聞いても首を振る、正体は着いてみるまでのお楽しみか。


「ほら着いたぞ、これがこの村の名物だ」


 シュイラに案内されて辿り着いた先はキングの家よりも大きな建物だった。

 さっきから感じる独特の臭いはこの先から来ているらしい。


「この建物が名物なんですか?」

「違う。名物はこの中、温泉だよ」


 おん……せん。

 それって、噂に聞く天然の公衆浴場の事?

 そういえばこの辺りには火山があるって言ってたっけ。

 なるほど、この臭いは温泉の臭いか。珍しいものが村にあるんだなあ。


「アリカ、温泉だって」

「温泉……それってみんなで入るやつだよね……?」

「そうだけど?」


 ちょっとアリカの様子がおかしいのを感じつつ、私たちは建物の中へと入った。


「オマエらはオレの身内みたいなもんだから、自由に入って構わないぞ」

「わあ、ありがとうございますシュイラさん」


 温泉かあ、本で読んだ時に気になってたんだよね。

 人工的に再現するのが難しい自然の神秘、ぜひともこの身で感じてみたかった。

 できれば人間だった頃に来たかったけど贅沢は言っていられない。じゅうぶん満足ですよ。


 えーと、温泉なんだから服を脱がない事には始まらない。

 さっそく私は脱衣所に服という名の尊厳を預けた。


「……まあ!」


 驚いたような声を上げたのはフィオナ王女だった。

 え、何かそんなに驚くようなものがありました? ……あ、私か。

 しまった、指摘されることがないもんだからすっかり忘れていたけど、私の容姿は魔物そのものだったんだ。

 それなのに帽子はおろか服まで脱いじゃって、しかも王女様にばっちり目撃されちゃったりなんかして、これってヤバい状態では?


「あ、いや、これは……」

「リプリン様は変わったお姿をされているのですね、ゴブリンの一種なのですか? それとも珍しい種族の方なのでしょうか」

「ほえ?」


 予想した反応と違った。もっと怖がられるかと思ったのに。


「あの、フィオナ王女? 私の事、怖いとか怪しいとかないんですか?」

「まさか、このアルメリア大陸には多くの種族の方がいらっしゃいます。大切なのは人となりであって、見た目ではありませんわ」


 そう言いながらフィオナ王女はシュイラに擦り寄っていった。


「お姉様のような素晴らしい方もいらっしゃいますし、ねえお姉様?」

「わ、こら! 裸で抱きついて来るんじゃない!」

「大丈夫、フィオナは気にいたしませんわ」

「オレがするんだよ!」


 すでに服を脱いでいたシュイラは逃げるように温泉へと向かい、フィオナ王女もそれを追いかける。


 ……もしかして、この容姿を気にしてるのって私だけだったりする?

 アリカはみんなたいして気にしないと言っていたし、思い返してみればそんなに気にされた事も無かったな。クラリッサみたいな奴を除いて。

 私の眠っていた六十年の間にゴブリンとの交流が深まっているし、私が思うよりも世界は先に進んでいるのだろうか……ちょっと複雑。


 ふと、アリカの様子に気が付いた。

 棒立ちのまま何もしていない、いったいどうしたというのだろう。


「……」

「どうしたの、気分でも悪くなった?」

「……は」

「は?」

「……恥ずかしい」

「はあ?」


 おいおい、どういう事だ。

 私が恥ずかしがるんならまだしも、いつも積極的なアリカが何を言ってるんだ。

 それにここは女湯、その名の通り女しかいない。恥ずかしい事なんかないでしょう。


「だって、誰かと一緒に入るなんて事なかったから……」


 顔を赤らめてもじもじするアリカ。

 海に行ったときに岩場で着替えようとしてたやつがよく言うよ。


「じゃあやめとく?」

「……やだ、入る」

「無理しなくてもいいよ」

「入る、ぜったい入る!」


 アリカが頑固モードに突入した、こうなると好きにさせるしかない。


「そう、じゃあ先に行ってるから」

「……」


 無言のアリカの視線が痛い。

 そんなに見たってなにも出ないぞ。


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