繰り返されるもの
魔術師会、それは世界中から集まった魔術師たちが更なる魔術の高みを目指す場所。
辿り着いて早々、私はこの場所のギャップに驚かされている。
古城のような外観とはうって変わり、内装は風変わりな石や金属でできた見た事もない構造をしていた。
魔錬研で得た僅かな知識など何の意味もない、そう感じられるほどの設備の数々。
それほどのものがここにはあるのだ。
「……ふぅ」
ひとりだけ居心地悪そうにしていたクラリッサがため息をついた。
さっきから気になっていたんだけど、どうしてこいつこんなに機嫌悪いんだろう。
そういえば魔法も嫌いとか言ってた気もするけど、それとはちょっと様子が違う。
ホウリもまたクラリッサのほうをチラチラ気にしてるし、このふたりの間に何かあるのだろうか。
「……クレア、最近はどう? ちゃんと食べてる?」
クラリッサの様子を伺っていたホウリが緊張した様子で言う。
クレア……というのはクラリッサの事だろう。
でもそう呼ばれたクラリッサはさらに不機嫌そうにホウリを睨んだ。
「気安いですよぉ。ボクはクラリッサ、ふざけた呼び方しないでくださいねぇ」
吐き捨てるようにそう言ったクラリッサは、ひとりで足早にどこかへと行ってしまった。
おいおい、勝手に歩き回っていいのか。
でも歩き方に迷いがない、まるでこの建物の構造を知っているかのようだった。
「あっ、クレア……! ごめんなさい、あとはお願いね」
フードの人物に私たちを託し、ホウリもクラリッサの後を追って何処かへと姿を消した。
残されたのは私とアリカとシュイラのみ、引率を失ったようでちょっと心細くなった。
「ここでお待ちください。現在準備を行っていますので時間がかかっております」
待合室のような場所に通され、それだけ言うと今度はフードの人物も姿を消した。
この人も動じないな。
それと準備って何の準備? それくらい教えて欲しいんですけど。
「うーん、ホウリさん心配だなあ。ごめん、ちょっと見てくる」
さらにアリカまで部屋を飛び出し、決して広くない待合室に私とシュイラのふたりきり。
この待合室、ちょっと湿度が高いんじゃないかな? 空気が重く感じるよ。
……いや、その理由はまあわかっている。
助けてもらった事もあるし、頼れる人だとは思ってるけど、よく考えたらシュイラとはそんなに話したことはなかった。
親しくない……とは言わないけど、あまり話した事の無い人間がふたりきりになれば、そりゃ空気も重く感じるというものだ。
「……」
「……」
お互いに話題が無い。けっこう辛いなコレ。
……あ、でもこれってチャンスかもしれない。
アリカもいない事だし、ちょっとシュイラに聞いてみたい事がある。
「あの、シュイラさん」
「あ?」
う、ちょっと怖い。
そんなに威圧するような言い方しないでよ。本人にその気はないんだろうけどさ。
「えっと……アリカの事、どれくらい知ってますか? その、私と出会う前の……」
「オマエと出会う前? そんなもん、アリカに直接聞けばいいじゃないか」
「それはそうなんですけど、ちょっと聞きづらい事情がありまして」
「……はぁ~ん。なるほど、そういう事か」
何かを察した様子のシュイラが心なしかニヤニヤしている。
何を察したかは知りませんけど多分誤解ですよ。
「まあ話してやってもいいが、オレだってそんなに前から知ってるわけじゃないんだ」
「そうなんですか」
シュイラが言うにはアリカと出会ったのは一年ちょっと前、遺跡調査の一団に護衛として雇われていた時の事だそうだ。
腕利き(シュイラ談)の護衛を雇うほど危険なダンジョン、その深い場所でアリカと出くわしたという。
「なんていうか、あの頃のアイツはかなりムチャだったな」
「今でもわりとそうですけど」
「比べ物になんねーよ、なんせ生き急いでるのか死に急いでるのかわからないくらいだった。明るいのは同じだがどこか影があったし、罠だろうが魔物だろうが勢いで乗り切っちまうんだ。見てるこっちがキツかったぜ」
「それで……どうなったんです?」
「あまりのムチャに見るに見かねてな、とっ捕まえてホウリの姐さんに会わせてギルドに入れた。無断でダンジョン探索するのも問題だったしな」
ダンジョンの探索には許可がいる、アリカもそんな事を言っていた。
昔のあいつはそんな事もお構いなしにダンジョンに潜りまくってたのか。
「それからしばらくはオレの仕事を手伝わせた。ホウリの姐さんとも何か話してたみたいだったな」
シュイラはゴブリン特有の大きな目で私を見た。
「オマエにも感謝してるんだぞ」
「私に、ですか」
「オマエが現れてからアイツは確実に明るくなった。いや、取り戻したと言うべきかな? どちらにしても、オレも姐さんもひと安心さ」
そうなのかな……。
シュイラもホウリも、アリアの事は知らない。
アリカがそんなムチャをしていた理由であり、私に重ねて見ていた影。
代わりなんかじゃないとは言ってくれたけど、やっぱり私だけの力だとは思えない。
……また、もにょもにょしてきた。なんなんだよこれ。
そんな私の気持ちとは関係なく時間は過ぎる。
「リプリン様、お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
フードを被った魔術師が私を迎えに来た。
しかし、「どうぞ」と示されたのは車輪の付いた小さなベッド。
ストレッチャーとかいうやつ? これに寝るの? 大げさじゃない?
「失礼します」
「わっ」
躊躇していたら複数の魔術師によって強引に寝かされてしまった。
おまけに目隠しまでされている、怖いんですけど。
私は不安になってシュイラを呼ぼうとした。
「しゅ、シュイラさん」
「おう、後でな」
でも期待した反応は返ってこなかった。
違う! そういった感じで声をかけたわけではなくてですね……!
ガラガラガラガラ
ああ、おもいっきり運ばれている。
もう腹を括ろう。ホウリも属している組織だ、解剖されたりはしないだろうさ。
……しないよね?
*****
しばらく運ばれ、ストレッチャーからイスに移されたところで目隠しが取れた。
運ばれて来たのはなんとも無機質な狭い部屋だった。
金属で補強された壁、そのうちの一面にガラスの大きな窓がある。
どうやら隣の部屋から観察できるような造りになっているらしい。
出入り口はひとつだけ、窓の横に頑強そうな扉があった。正確には隣の観察部屋に繋がっているだけの扉だ。
……正直言って居心地が悪い。
トラウマがあるんだ、今は無き故郷での出来事が。
それとは違うとわかってはいるけど……。
「リプリン様、プリズマスギアをお持ちという事ですが、報告では四つと聞いております。よろしいですか?」
私をイスに座らせた魔術師が書類を手に質問してきた。
「あ、いえ。それからまたふたつ増えたので六つです」
「なんと……。これだけの期間にそれほどのプリズマスギアが集まるとは、信じがたい事です」
「そちらも検査したいのですが、提出をお願いできますか?」
もうひとりの魔術師が台のようなものを押してきた。
この上に置けという事だろうか。
「え、でも危ないですよ? 触れるだけでヤバいのもありますし」
私は今までに手に入れたプリズマスギアについて、自分でわかっているだけの事を説明した。ルーペや鏡なんかは置いておくだけで危険だという事とか。
魔術師たちはその説明にしっかりと聞き入り、何かを話し合っている様子だった。
「心配には及びません、我々もプリズマスギアの扱いについては理解しているつもりです。何かあれば即座に対応できるように準備もしております」
「まあ、そこまで言うなら……。出るかな?」
引き出しでもついていれば簡単なのだけど、あいにく私はタンスではない。
自分でもどこにどうやって入っているのか知らないし、出し方だって手探りだ。
それでも何とかやってみようと体を揺さぶりねじってみる。
しばらく奇妙な動きで頑張っていると、ルーペ、ロザリオ、鏡玉、しなびたキノコ、火かき棒、どう見てもガラクタにしか見えないものが体のあちこちから出てきた。
あと船のオモチャ、こんなのあったかな。
……あ、これ『船長命令』の船か。飲み込んだ後、私のサイズにあわせてこれも小さくなっていたのか。たぶんルーペのせいだろう。
「はい、これで全部ですね。それから万一の事を考慮しまして、身に着けているものも提出願えますか」
「ふぇっ!?」
そそ、それってここで脱げって事?
そりゃ隠すものはありませんという持ちネタはあるけど、最近はいろんな意味で恥ずかしくなってきたんですよ。
躊躇しているとそんな気持ちが伝わったのか、魔術師が何かを差し出してきた。
「ご心配なく、ここにいるのは全員女魔術師です。着替えもありますので大丈夫ですよ」
「はあ……」
言われるがまま、私は差し出された服に着替えた。
ペラペラの薄い服、入院でもさせる気か?
「その帽子、大事に扱ってくださいよ」
「承知しております」
魔術師は台に乗せたプリズマスギアに布を被せ、服と共にどこかへと運んでいった。
最悪、他はいいけど帽子だけはちゃんと返してね。
――さて、次はいよいよ私自身の検査だ。
部屋に私だけを残し、他の魔術師は隣の観察室に移った。
「聞こえますか、リプリン様」
完全に隔離されているようでも声は聞こえる、何か仕掛けでもあるのだろう。
「はい、聞こえます」
「リプリン様は、異界についてどれだけご存知ですか?」
どれだけって言われても、アリカから聞くまでは存在自体を知らなかったよ。
プリズマスギアだって『なぜか使える』って程度で運用してます。
いやほんと、研究者の人には申し訳ないですけど。
「正直、さっぱりです」
「それでは、異界と魔法の関係については?」
異界と魔法? 逆にそれ何か関係あるの?
「いや全然。だいたい魔法使えないどころか魔力ないって言われましたし」
窓から数人の魔術師が何か話しているのが見える。
仕掛けを通さないと音が届かないらしく、何を話しているのかまではわからなかった。
たぶん私の事を話しているのだろうけど、内容の聞こえないナイショ話って気持ち悪い。
「魔力とは、いわば『こちらの世界』のエネルギーです。異界から流れ込むエネルギーとは相反する存在と言えるでしょう」
魔術師はあくまでも冷静に淡々と話している。おそらく、分かりやすいように相当噛み砕いて。
そっちは研究者なんだから知ってて当然だろうけど、そんな事は大抵の人が知らないと思いますよ。
「そして、時に異界から膨大なエネルギーが流れ込む事があります。その残滓が異界遺物であり、界魔なのです」
「あばらんと……?」
新しい単語が出てきた。
アリカからはプリズマスギアの事しか聞いていない、〈アバラント〉って何だろう。
「人間、動植物、魔物といったこちらの世界の生物が異界の浸食を受け変異したもの、それらを我々は界魔と呼称しています」
ここまでの説明を受けて、非常に嫌な予感がしている。
過去の経験、今置かれている状況、その他もろもろ合わせて。
「単刀直入に言いますとリプリン様、貴女はアバラントです」
「……!」
うすうす、そんな気はしていた。
プリズマスギアを安定させ、その力を引き出せるなんて状態なんだ、異界の影響を受けていないほうがおかしい。
「アバラントの及ぼす影響は未知数です。申し訳ありませんが、貴女はここでしばらく我々の監視下に置かれます」
「しばらく……って、どれくらい?」
「安全の確認が取れるまでです。何年かかるか我々にも想像がつきませんが」
「じ、冗談じゃない!」
イスから跳び上がり、窓に向けて訴えかけたが、魔術師たちはそれ以上何も言わなかった。
音声の装置を止められたらしく、こちらの声は届いていないようだった。
抵抗が無駄であることを悟り、私は再びイスに腰かけた。
頭の中にはかつての光景、私を不死細胞と呼び実験を繰り返していた科学者たちの事が思い出されている。あの頃は人の形も機能も失っていたから見てはいないけど、それでも記憶は鮮明だった。
今はそれなりの体もあるし、妙な実験されてないからマシだけど……。
くそう、もうこういう研究者系のやつは信じないぞ!