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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第四章 粘土人間と世界情勢
38/91

フラインググリーン

 王都ベリオドに立ち寄る事もなく通り過ぎ、私たちはいよいよ魔術師会本部へと近付きつつあった。


「あーあ、できれば王都にも寄りたかったね」

「だね。全部見るには一日じゃ足りなそうだけど」


 アリカの言う通り、王都を素通りするのはちょっと惜しかった。

 なにせアルマンディより大きい街だ、田舎者の私なんかには想像もつかない様々なものがあるのだろう。

 ちょっとくらい立ち寄っても良かったかな。


「まーたのん気な事言ってますねぇ。あなた達はユークレスで観光してるんですから、いい加減に目的を忘れない方がいいですよぉ?」


 部屋の隅で腕組みをしたクラリッサがいつものように嫌味を言う。

 しかし今日はちょっとばかり様子が違った。

 と言っても違うのはアリカのほうだけど。


「クラリッサは王都に行ってきたんでしょ? いいなあ、羨ましい~。どんな所があるの? 面白い所があったら今度一緒に行こうよ!」

「な……何ですかぁ、気持ち悪いですねぇ」


 ピクニックで秘密を共有してから、アリカの機嫌がすこぶる良いのだ。

 クラリッサの嫌味に対しても朗らかな笑顔で優しい対応、クラリッサのほうが気持ち悪がって退散してしまうくらいには機嫌が良かった。


「あ、出ていっちゃった。王都のこと聞きたかったのに」

「アリカ、あちこち行ってたわりには王都に行った事ないんだね」

「うん、あの頃はダンジョンとかそういうのにしか興味なかったから。王都はスルーしてたんだよね」


 あの頃、か。

 ちょうどアリアがいなくなった直後あたりの話をしているのだろう。

 消えた姉を追いかけ、必死になって異界の事を調べていたのかな……。

 私も妹を失ったようなものだから、その気持ちわかるよ。


 わかるけど……同時に私の中に湧き出るこの気持ちは何だろう。

 私が使ってる食器もベッドも服も、みんなアリアのものだったんだよね。

 明確に私のものだって言えるのはこの帽子くらい。アリカのくれた、この帽子。

 う~、上手く言い表せない。なんか心がもにょもにょする。


「ねえ、リプリンが名前をつけてよ!」

「うん……うん?」


 考え事をしていると不意を突かれた。

 な、名前? 何の話だ急に。


「名前って、何の名前よ」

「この移動ハウスの名前だよ。『移動ハウス』じゃ味気ないでしょ? せっかくだからかっこいい名前にしようかなと思って」


 おいおい、私のネーミングセンス知っててそれ言ってるのか? 必殺カニパンチとか言っちゃう女だぞ。

 でもアリカの期待したこの視線、無下にはできないんだよなあ。


「名前つけるのとか苦手なんだけど」

「いいからいいから、ほら、なにかない?」

「……く、蜘蛛屋敷」

「えー、なんかオバケ出そう」

「だって四足歩行するから」

「クモは八本だよ」

「いや……なんとなく」


 期待の視線が呆れの視線に変わっている気がする。

 だから言ったじゃないか、名前つけるのは苦手なんだってば。


「むむ……とりあえず保留、この話はまた今度ね」

「保留~? そんなあ~」

「いい名前が思いついたら教えてあげるから」

「絶対だよ!」


 保留とはいえ何とかこの話を切り上げる事ができた。

 この話続けてたら私が恥を晒しまくるだけだもの。

 あー、でもあくまで保留だからなあ。

 何か思いついてくれ未来の私よ、頼むよホント。


 それからさらに北上を続け、ついに私たちは魔術師会本部……の入口とも言える場所に辿り着いた。

 切り立った岩山が天然の国境となったブリア王国の北の果て。

 どこの国にも属さない魔術師会はこの先にある。

 名前を保留中の移動ハウスを適当な場所にとめ、魔術師会本部へと向かうべく山を見つめるのだが……どうしたものか。


 目の前にはほぼ垂直の岩山が巨大な壁となって立ちはだかっていた。

 移動ハウスを使っても乗り越えられるような大きさではない。


「これ……どうすんの」

「さあ……」


 私もアリカもどうしていいかわからないでいた。

 人の行き来がある以上、通る方法は必ずあるはずだ。


「うーん、でも何か不自然な感じはするんだよね」

「お、何か感じる?」

「……」


 岩山を睨みながらアリカが集中している。

 最近鋭くなったというアリカの感覚、信じて待っていよう。

 ……というところで、アリカの結論を待たずしてクラリッサが出張ってきた。


「あなたたち、行き方知らないんですかぁ? 紹介があったんですよねぇ」


 クラリッサが呆れたように笑う。


「話を通しておくとは言われたけど、そういえば行き方は聞かなかったな……」

「おやおや、呆れたマヌケですねぇ」


 ムカッ。

 ちょっとあんまりな言い方じゃない?


「そんなに言うんなら、あんたは通り方を知って――」


 頭に来たので文句を言ってやろうと思ったけど、私はその言葉を飲み込まざるを得なくなった。

 スタスタと前に歩いていったクラリッサの姿が、岩の中に吸い込まれていったのだ。


「許可があれば誰でも通れるんですよぉ。通り方さえ知っていればねぇ」


 岩の奥からクラリッサの声が聞こえる。本当に中に入っているんだ。

 そうとわかれば話は早い、ただ真っ直ぐ進めばいいんだよね。


「……」


 ちょっと警戒していたけど、指が岩の中にスッと入った。

 良かった、私だけ冗談みたいに弾かれるかと思った。この粘土ボディでも結界に弾かれないようで助かったよ。


「リプリン、大丈夫だよ。ほら行こう」

「あ、うん」


 入れるかどうか心配する私を案じ、アリカが手を繋いで引っ張ってくれるらしい。

 そこまでしてくれなくてもいいよ? 通れることはわかったんだし。

 でも……まあ嬉しそうだし、このままでもいいか。


 不思議な岩のトンネルを抜けた先、そこには巨大な建造物が一つ、異様な雰囲気でそびえ立っていた。

 周囲をぐるっと囲む岩山に守られ、外界から切り離された頑強そうな城塞、これが魔術師会の本部か。

 正面辺りに入口と思わしき扉がある。

 そこにはフードを被ったいかにも魔術師ですという風貌の人物が一人、私たちの方を見ているようだ。

 お迎えの人かな、それとも受付的な人か。

 どちらにしても入るにはあの人と話す必要がありそう。


「お待ちしておりました、リプリン様とアリカ様ですね」


 こちらから話しかける前に、こちらに気付いたフードの人物が私たちに頭を下げた。やっぱりお迎えの人だったんだ。

 名前も知っているという事は、ちゃんとホウリの紹介も伝わっているという事だね。

 とりあえず一安心。


「そちらはお連れの方ですか? ……おや、あなたは」


 フードの人物はクラリッサを見ている。

 何かを言おうとした様子だったが、クラリッサはそれを遮るように口を開いた。


「ボクはブリアローズ騎士団所属、クラリッサ=ランパードですよぉ。それ以上でも以下でもありませんねぇ」


 フードの人物は少し考え、何かを察したように答える。


「……そうですか。申し訳ありませんが魔術師会は中立組織、国家に直接所属しておられる方の場合、手続きなき入場をお断りしております」

「でしょうねぇ。それじゃあボクは外で待っているとしますかねぇ」


 クラリッサはやや不自然な様子できびすを返し、足早にその場を立ち去ろうとしていた。

 しかし、突然その足が止まる。


「いいえ、あなたも一緒に来て欲しいなー、お姉さんからのお願いだよー?」


 いつの間にか私たちの後ろに立っていた人物が、クラリッサの前に立ちはだかっている。

 その口調、メガネ、私たちにとって非常に見覚えのある人物だ。


「ほ、ホウリさん!?」

「はーい、ホウリお姉さんだよ。リプリンちゃん、アリカちゃん、久しぶりだね!」


 そこにいたのは紛れもなく、アルマンディギルドのギルドマスター・ホウリに他ならなかった。

 そう言えば魔術師会の魔女だって言ってったっけ。


「チッ……」


 小さく舌打ちする音。

 見ればクラリッサはホウリから顔をそむけ、不機嫌そうにそっぽを向いている。

 ホウリはそんなクラリッサに優しく微笑みかけた後、フードの人物へと話しかけた。


「ねえ、この子たちみんな私の子供みたいなものなの、入れてあげてくれない?」

「しかし……わかりました、ホウリ様がそう仰るなら」


 何だ子供たちって。

 そこだけ引っ掛かる言い方だったけど、ずいぶんすんなりと話が通った。

 ホウリは魔術師会でもかなりエラい人?

 ギルドで見ていた時は『どエラい人』って感じだったけど、人ってわかんないものだなあ。


「おい」

「えっ?」


 ホウリたちの様子を見ていると声がした、私を呼ぶ声が。

 しかし声はすれども姿は見当たらず。これは怪奇現象か?


「見えてんだろうが、遊ぶな!」

「いてっ!」


 ふざけていたら蹴られてしまった。膝のあたりを鋭いローキックで。

 相手を選ばずにふざけた私が悪いんですけど、蹴る事ないじゃないですかシュイラさん。


「シュイラも来てくれたんだ!」


 小柄な緑のゴブリンガール、いやレディかな?

 久しぶりに見るその姿にアリカも嬉しそうだ。


「落ち着いたら手伝ってやるって言ったろ? ホウリの姐さんが魔術師会に行くってんで、ついでに連れてきてもらったのさ」

「ありがとうシュイラ。でもシュイラはともかくホウリさんは大丈夫なの? ギルドマスターって忙しいんじゃあ……」

「無理やり暇を作ってたみたいだったな。受付嬢が半泣きになってたような気がしたが、まあ何とかなるだろ」


 わあ、ひどいな。

 でもギルドマスターってそんなに忙しかったのね。


「ところで、シュイラさんたちはどうやってここまで?」

「あん……? そりゃ、空を飛んでだよ」

「やっぱりホウキで?」

「そりゃおとぎ話だ。優秀な魔女は単独で空が飛べるんだよ、オレもホウリの姐さんくらいしか出来る奴を知らないけどな」


 わりと衝撃の事実だ。魔女すごいな。

 というかホウリさんか、見直しました。


「それだったら私たちも飛んで連れて来てくれたらよかったのに」

「マスターは忙しいんだって言っただろ。それに……」

「それに?」

「ああ、この話はここまでだ。ほら、姐さんが待ってるぞ、早く行け!」


 急に機嫌が悪くなったシュイラに追い立てられ、私はホウリたちの待つ入口へと追いやられてしまった。

 すると、アリカが顔を近付け私にそっと耳打ちする。


「魔法で飛ぶ時は重いものが持てないの、シュイラは小柄なのを気にしてるから」


 ああ、なるほど。

 シュイラってば、連れて来てもらったはいいけど、連れて来れる重さだったのを気にしてたのね。

 もしかしてぬいぐるみみたいに抱えて連れてこられたとか?

 それだったらあのシュイラが話したがらない理由も納得だね。


「それでは皆様、魔術師会本部へようこそ」


 フードの人物の言葉と共に、文様の入った重厚な扉が開く。

 ついに私たちは魔術師会本部に辿り着いた、ここで得るものが多い事を祈るのみだ。


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