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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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ランチの木陰で花は咲く

 移動ハウスは今日も豪快に歩く。

 目的地である魔術師会本部には近付きつつあったけれど、家の中の雰囲気は重々しかった。

 私がアリカにうかつな質問をしてしまってから今までずっと、アリカの表情が暗いのだ。


 質問がうかつだった、というのはアリカを傷付けてしまったという意味だけではない。

 その質問をした私自身にとってもうかつなものだった。


 アリカの態度、ポツリとつぶやいた「ごめん」の一言。

 それってどういう意味? 本当に私と誰かを重ねて見てたの?

 私は、アリカの事は信用してるし、大切に思ってるけど……アリカがそんな態度じゃ私だって複雑な気持ちになっちゃうじゃない。


 ――私は、アリカにとって誰かの『代わり』だったの?


 重苦しい空気の中、私は意を決してアリカに話しかけた。

 何もせずにじっとしている方が気持ち悪いと思ったからだ。


「ねえ、アリカ」

「……ん」

「操縦のしかた、私にも教えてよ」

「え?」


 私はアリカに話しかけた。でも何も問い詰めようなんて事は思っていない。

 こういう時はまず、何気ない会話から、だよ。


「うん、いいよ。席に座って」

「わかった」


 アリカと操縦席を交代する。

 うわあ、よくわからないスイッチとかレバーとかがいっぱいある。

 おお、これ凄いな、家の周囲がぐるっと見えるようになってる。


「基本的な操作はね、こことここを――」


 操縦の仕方を私に教えてくれている間も、アリカの声はどこか暗かった。

 あんなに明るさが取り柄だったアリカがこんな事になるなんて信じられない。

 できれば時間を戻してあの質問を無かったことにしたい。

 でも……同時に真相を知りたいという気持ちも湧いてきている。

 どうしたらいいのか、この気持ちは何なのか、私にももうわからなくなっていた。


「じゃあ動かしてみて」

「うん」


 操縦の方法は大体わかった。

 それにしても複雑だ、ゆっくり前進するだけでもかなり面倒だぞ。

 これをあんなに器用に動かしてたなんて、やっぱりアリカは凄いや。


「すごいすごい、ちゃんと出来てるよ、リプリン」


 そうやって褒めてくれる笑顔からも寂しさを感じる。

 私は何も言えなくなって、ただ操縦に集中した。


 しばらく進むと、周囲に大きな変化があった。

 ついに王都ベリオドが遠くに見える距離までやって来たのだ。

 うわ、でっかい街だなあ。

 まだけっこう離れているのにその大きさが見て取れる、アルマンディよりもでっかい。

 中央辺りに見えるのはお城かな? あのお城を中心に街が広がっているのか。


 でも今は王都に用は無い、目指しているのはさらに北、魔術師会本部なのだ。

 そう、王都に用は無い。

 でも王都以外に別の用がある、私は適当な場所を選び、移動ハウスを止めた。


「あれ、リプリン、王都に行くの?」

「いや、行かない。行かないけどちょっと待ってて」


 私は操縦席を降り、大急ぎでキッチンへと向かった。

 実は考えていたことがあるのだ、という事で手早くその準備を整えた。


「アリカ、ちょっとお弁当もってピクニックにでも行こうか」

「……え?」

「ほら早く!」

「ちょ、ちょっと……」


 私はあっけにとられるアリカの手を引いて外に出た。

 穏やかな日差しの草原、そよ風が気持ちいい。

 少し遠いけど王都が見えるのもなかなか面白くない?


「どこ行くんですかぁ?」


 げ、クラリッサ。しまった、こいつの事忘れてた。

 玄関の脇で腕組みしてこっちを見ている、わざわざ待ってたのかよ。


「ちょっとピクニックに」

「おやおや、のん気なものですねぇ。ボクの監視下にいなきゃいけない事、忘れてませんかぁ?」


 嫌味っぽいニヤニヤ笑いが癇に障る。

 意地悪騎士め、空気読め!


「そう言えばクラリッサ、私に酷い事したの、そのままだったよね」

「はぁ?」

「『船長命令』、謝って」


 ビターン!


 その瞬間、クラリッサがその場で思いっきり土下座をした。そりゃあもう地面に額をぶつけんばかりの勢いで。

 それと同時に、何故か私も同じように土下座をしているのに気が付いた。

 クラリッサが怖いからあらかじめ謝ったわけじゃない、体が勝手に動いたのだ。

 な、なんじゃこりゃ。


「あたた……」


 打ち付けた額を撫でていると、正面前方から凄まじいオーラを感じた。

 あ、やば……。


 ドスッ!

 ギャー!


 案の定矢を刺された。

 ってこれ拷問百足(センティピート)じゃん、わりとガチなやつ!

 痛ででで! 殺す気か!?


「何してくれるんですかぁ、撃ち殺しますよぉ」

「いや、撃ったよ? すでに!」


 船長の時と違って、クラリッサが私に従順になるなんて様子は微塵もない。

 さらに私の身に起こった現象、どうやらあの船のプリズマスギアの力は『他者を操る』というよりは、『自分と同じ事をさせる』といったほうが正確らしい。

 そう言えば焦げグリムに使った時は私も海に飛び込んだっけ。

 他のプリズマスギアもそうだけど、どうしてこうも能力が変わるんだか。


「……ふう。空気も重苦しいし、こんなアホとは一緒にいたくありませんねぇ。ボクは王都に用事がありますから出かけますけど、そこの林以上に遠くへ行かないでくださいよぉ?」


 ため息ひとつついたクラリッサが王都に向かって歩き出した。

 もしかして、気を遣ってくれたの?

 信じられないな……こんな事するようなやつだったんだ。

 土下座なんかさせちゃってごめんなさい。


「いいですかぁ、遠くに行っちゃダメですよぉ? 帰った時に遠くにいたら穴だらけにして殺しちゃいますからねぇ。いやむしろ遠くにいてくださいねぇ!」


 時々振り返りながら本気だか冗談だかわからない事を叫んでいる。

 あれがなければ素直に感謝しようって気になるんだけどなあ。

 わかったから早く行け。


「それじゃ、私たちも行こうか。ちょうどいい木陰もある事だし」


 クラリッサが言っていた林へと足をのばしてみる。

 光と影のコントラストが本当にピクニックにぴったりだ。

 あいつ変なとこ親切なんだなあ。


 時間はそろそろお昼時。

 おあつらえ向きの丸太に腰かけてお弁当を広げた。


「ほら、アリカの好きなチーズのサンドイッチだよ。急ごしらえだけど味は保証する」

「うん……」


 アリカは受け取ったサンドイッチを一口だけ食べて置いてしまう。

 その表情は相変わらず暗かったものの、目に決意のようなものが灯るのが感じられた。


「いつかは、言わないとって思ってた」

「……」


 私はアリカの真剣な様子に、ただ黙って耳を傾ける。


「わたしがプリズマスギアを探す理由、おじいちゃんの使命を受け継いだからってだけじゃないの」


 探す理由。

 そもそも、アリカのお爺さんはどうしてプリズマスギアを探していたのか。

 不思議には思っていたけど、私はあえて聞かなかったんだ。


「わたしのお父さんとお母さん、遺跡の調査をしていたんだけど、その途中で死んじゃったの。発明家だったおじいちゃんはその理由を調べて、その原因が異界にある事を突き止めたの」

「異界……」

「おじいちゃんはわたしにはトレジャーハンターなんだって言ってた。とびきり危険な異界の調査なんて、孫に知られたくなかったのかもね」

「え、でも受け継いだって」

「あれはウソ。おじいちゃんが病気で死んじゃった時に、おじいちゃんが残してた手記を見つけたの。それで、お父さんとお母さん、おじいちゃんを奪った異界について調べようって誓ったんだ、わたしたちふたりで」


 ……ん? 今ちょっとフレーズがおかしくなかった?


「ねえ、今、『ふたり』って言った?」


 アリカは小さく頷いた。


「そう、ふたり。わたしには双子のお姉ちゃんがいた。アリアお姉ちゃん、わたしたちはいつも一緒だった。異界の事を調査する使命も、ふたりでやり遂げるつもりだった」


 アリカの語気が強まっている。

 いつの間にかその表情が泣きそうになっているように見えた。


「でも、できなかった。ある日、アリアはひとりで出かけて、そのまま帰ってこなかった。みんなは事故で死んじゃったって言うけど、わたしには違う事がわかってたの」

「違う事?」

「アリアは生きてる。方法も理由もわからないけど、アリアは異界に行ったの。わたしを置いて、ひとりで」

「どうして……そう思うの?」

「ある日を境に、アリアの様子がおかしくなってた。最後に見た時、わたしの知らない何かを持ってた。あれはきっとプリズマスギア、そうとしか思えない」

「じゃあ、まさか……」

「うん、わたしがプリズマスギアを探す本当の目的は、アリアを探す事。アリアを見つけて、どうしてわたしを置いていったのか聞きたい、どうして……」


 そこまで言うと、アリカは体を大きく折り曲げ両手で顔を覆った。

 肩が震えている、泣いているんだ。


 私はアリカにそっと近づくと、その震える肩を抱いてやった。


「一緒に探そう、アリカ」

「……!」


 いつしかアリカは私の胸の中で、まるで子供のようにわんわんと泣きじゃくっている。

 泣きたいときは泣けばいいさ。

 私は何も言わず、ただアリカの体を抱きしめ続けた。


 *****


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 私の目の前では、ようやく落ち着いたアリカがサンドイッチを食べている。


「泣いたらお腹すいちゃった、やっぱりリプリンのサンドイッチは最高だね」


 涙で多少目が腫れているものの、そこにいたのはいつものアリカだった。

 まったく美人は得だな、私が泣き腫らした顔してたら退治されるレベルだぞ。


「ねえリプリン」

「何?」

「今日の事、みんなにはナイショだよ」

「どの部分よ、わんわん泣いてた事?」

「あっ……もう、意地悪。アリアの事だよ、シュイラにもホウリさんにも話してないんだから」

「そうなんだ。でも人を探してるなら話した方がいいと思うけど」

「もともとわたしたち姉妹だけの問題だったし、危険な事がわかってて他の人を巻き込みたくないの」

「私の事は巻き込んでるくせに」


 そう言うと、アリカはスッと立ち上がり一歩前に出た。


「……そうだね。はじめてリプリンを見た時、なぜだかアリアに似ているような気がしたの。おかしいよね、全然似てないのに」


 確かに似てない。

 双子だというのだから容姿はアリカとほぼ同じ美人なのだろう。

 対して私は美人以前に粘土みたいな魔物ガールだ、似ているとかそういう次元の問題にすらなっていない。


「まあね、私もそう思う」

「うん、だからね」


 すると突然、アリカが私の顔を両手で押さえた。

 アリカの顔が目の前に迫っている。

 いい匂いがする……なんて言ってる場合じゃない。こんな美形をこんな距離で見て平気でいられるほど、私のハートは根性ないんだぞ。

 あばばば、ど、動揺が激しい。なな、何する気ですかアリカさん、まさか……キ――


「よし、完璧に覚えた!」

「へ!?」


 覚悟すら決めて固まっていた私を尻目に、アリカは手を放して気持ちよさそうな背伸びをしている。


「リプリンの顔、しっかり覚えたよ。もう絶対に誰とも間違えないから!」

「あ……そ、そう」


 ふうぅ……驚かせるなよぉ。私の覚悟返してくれ。


「それにね、わたしたちだけの秘密にしておきたいな。ふたりだけの秘密って、ちょっとドキドキしない?」


 そんな問題かよ。

 でも私は今、別のドキドキでうろたえててちょっと返事がしづらいんですけど。

 ふう……ようやく落ち着いてきた。


「まあ、アリカがそうしたいんならいいよ」

「うん、ありがとう!」


 またうかつな約束をしてしまった気がする。

 誰かにアリアの事をポロっと漏らさないように気を付けておかないと。


「じゃあそろそろ戻ろっか、クラリッサに怒られそうだし」

「だね、まだ戻ってないかもしれないけど、いなかったら出発しちゃおう」

「あはは」


 ランチボックスを片付けて移動ハウスに戻ろうとする私にアリカが微笑みかけた。

 木漏れ日に当たったその姿は、やっぱり美しかった。


「ねえリプリン」

「なに?」

「わたし、リプリンにアリアを重ねて見てたのは本当だけど、リプリンをアリアの代わりだなんて思った事は一度もないんだよ」

「……わかってるよ、そんな事」

「ほんと!?」

「本当だってば」


 私の言葉が嬉しかったのか、アリカは私からランチボックスをひったくると、頭の上に掲げながら軽快な足取りで家に戻っていった。

 やれやれ、これで完全に元のアリカに戻ったかな。


 アリカの秘密、アリアの存在。

 今日はアリカについて多くの事を知った。

 ……でもその反面、今度は私がアリカに対して隠している事ができてしまった。


 あの夜、海岸で私の前に現れたアリカ。

 あれが夢でないとしたら、あれは……アリアだったのではないだろうか。

 どうしてアリアが私の前に現れ、プリズマスギアの存在を教えたのかはわからない。


 そして私は、この事をアリカに話すべきか迷っていた。

 夢かどうかもわからない、確証の無い話だからというのももちろんある。


 けれど、私の中に自分でもよく言い表せない何かがあるのを私は感じていた。


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