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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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怪物の苦悩

 海の中は暗く冷たい、ビーチで遊ぶのとは大違いだ。

 多くの魚がいて、貝や海藻があって、様々な生命の様相を見せているというのに、地上の生き物にとってこれほど死に近い場所があるだろうか。

 母なる海なんて言うけれど、回帰願望で飛び込んだら溺れて死ぬだけだよ。

 そもそも私、泳げないし。


 幸いな事に、泳げなくても私には呼吸が必要ないため溺れる心配は無い。

 しかしこの状況、泳げる泳げないは問題ではない。

 船長に操られたクラーケンが離してくれそうもないんだ、たとえ魚よりも上手く泳げたって意味はない。

 ああもう、すぐにでもアリカを助けに行きたいのに!


 こんな時こそプリズマスギアの力を使う時か。

 ロザリオで強制排出……は屋外だからできない。

 がっちり掴まれているんだから保護色を使っても意味はない、むしろこいつの方が得意かもしれない。

 火の粉もキノコも役には立たないだろう。


 となると、残された手はひとつしかない。

 気まぐれだろうが何だろうが、私に力を貸しなさい!

 船長もグリムもクラーケンも、私とアリカの邪魔ばっかりして。そう考えると怒りがフツフツと湧いてきたぞ。

 もう怒った、この怒り思い知れ!


 ズズズ……


「な、何だ!?」


 揺れる船の上で船長がうろたえている。

 海面が大きく揺らぎ、水底から極太の触手のようなものが姿を現す。


「く、クラーケンか? あのガキは始末したのか?」

「してないよ」


 ざあ~んねん、それはクラーケンの触手じゃありません、私の指でしたあ~。

 指に引き続き、海上に姿を現す私の上半身。

 お探しのクラーケンなら私の腕にくっついてるよ、まるでアクセサリーみたいにね。


「ばばば、化物!?」


 化物とは失礼な。

 ただ体の大きさが、クラーケンがちょっと大きい普通のタコに見えるくらいの対比にまで大きくなっているだけだよ。


 ああ、このタコ邪魔だな。

 私はクラーケンがしがみついている方の腕を軽く振った。

 火かき棒の力によって火の粉が振りまかれる。たかが火の粉といえども、これだけの体格差があれば効果は抜群だ。

 全身に火の粉を浴びたクラーケンはたまらず触手をほどき、海の中へと飛び込んだ。


 さて、次はこっちだ。

 この船、こんなものがあるからいけないんだ!


 私は船を両手で抱えるように持ち上げた。

 プリズマスギアの安全な保管法は分かっていない、分かっている中で一番確実なのは私の体の中に入れてしまう事だ。

 私は船を抱きしめるように押さえつけ、自らの体の中へと沈めていく。

 巨大化しているとはいえ船も相当な大きさがあるのだけど、船は泥沼に沈むが如く私の体の中にすっぽりと収まりその姿を消した。


「ひ、ひええ……」


 おっと、船から放り出された船長が浮かんでいる。お前はこっちだ。

 今やこの大男よりも私の方がはるかに大きい。

 他にやる事があるので、片手で拾い上げただけで気を失った船長は適当な場所に置いておく。

 後で話聞くから覚悟しとけよ!


 さてここからが本番だ。

 私はアリカの元へと駆け付けるべく、一旦海中へと潜った。


 町のほうでは巨大化した焦げグリムが大暴れ、建物に火の手が上がっている。

 マズイ状況だ、さっき取り押さえた町の人を押し込めたのが仇になった。

 このままではとんでもない被害が出てしまう!


 巨大な体を生かし、海から町まで大ジャンプ!

 さっき潜った時に吸い込んでおいた海水を吹き出し、建物火災を鎮圧する。

 まだほとんどボヤで助かった、これなら放火してる原因をなんとかすれば大丈夫だろう。

 つまり、半端にでっかくなってる焦げグリムだ!


「お前も、こっちだ!」


 今回一番の大変身、クラーケンを参考に、下半身をタコに変えてみました。

 私にはアリカのように何本もの自在剣を同時に操るような能力はない。

 じゃあタコはみんなアリカのように天才なのかといえば、タコに聞いた事が無いのでわからないけど、タコには触手ごとに制御用の脳があると本で読んだことがある。

 だからキノコ君を生成する要領で制御脳みたいなものを作ってみた。

 基本的には私の意向に従ってくれる半自動のタコ足、たぶん上手くいってると思う。

 いつかの王様サンショウウオだって似たような事やってたからできると思ったんだよね。


「うわあ。リプリン、今日はとびきりだね……」

「でしょ? ちょっと頑張ってみたんだよね!」


 すぐ近くにいたアリカに軽く挨拶して、下半身に形成した八本の触手で巨大焦げグリムを絡め取った。

 このまま海に突っ込んで……って、重っ!

 おまけに掴んでいる部分がジリジリと焦がされている、頑張れタコ足たち!


 熱つつつ! くそっ、長くはもたないかもしれない!


「このお、大人しく海までご一緒しろ! 『船長命令』だぞ!」

「……!?」


 苦し紛れの一言だったけど、思いのほか効果があった。

 船長命令だと叫んだ瞬間に急に手応えが軽くなり、私と焦げグリムは揃って海へとダイブ!


 ジュウジュウという音と共に、凄まじい熱気と湯気が立ち昇る。

 海水で冷やされた焦げグリムは次第にその動きを止め、海底に沈んで完全に動かなくなった。


 私の方も完全にエネルギー切れ、元の大きさに戻って力なく海面を漂っているところです。

 あー、大事な帽子が海水でビチョビチョだ、帰ったら念入りにお手入れしないと……。


 *****


 その翌日、私は移動ハウスの寝室にて、頭から毛布にくるまっていた。


「ねえリプリン、大丈夫だから。みんな気にしてないって」

「やだ。私が気にしてる。行かない」


 部屋に閉じこもって子供のような駄々をこねているのは分かっている。

 それでも恥ずかしすぎてとても町に行く気にはなれないんだよ。


 あれから、ユークレスの防衛戦は見事勝利を収めた。

 巨大焦げグリム(とプリズマスギア)という秘密兵器を失ったグリムたちは総崩れとなり、クラリッサ率いる防衛隊に完全なる敗北を喫したらしい。

 兵士にいくらかの犠牲者が出たものの、町や町の人たちにはほぼ被害は出なかったのが不幸中の幸いだった。

 そういえばクラリッサのやつ、ひとりで百体以上のグリムを倒してたんだって。あいつも相当な化物だな。


 それから、私が船を飲み込んだタイミングで徐々に町の人たちの洗脳も解け、町長の悩みは一気に解決する事となった。

 船長はどこかに逃げてしまったらしいけど、あの船が無ければただの小心者。手配もされちゃったみたいだし、もう何もできないでしょ。

 ナギさんも恋人とよりを戻したって聞いたから、これにて一件落着だね。


 というわけで、それに関してお礼がしたいと、私たちは町に呼ばれているわけだ。

 でもねえ……はっきり言う、無理。


 戦闘に身を置いているとハイになって何をしでかすかわからないというのを嫌というほど思い知った。

 花も恥じらう乙女が巨大化して下半身タコにして怪獣大決戦だって?

 町の人たちは避難していたり洗脳明けだったりしてその部分ははっきり見ていないらしいけど、我ながら思い出すたび顔から火が出そうになる。今は本当に火の粉が出るからシャレにもならない。

 戦場は狂気の世界だ、皆おかしいんだ。


「かっこ良かったよ、リプリン」

「そんな事言ってからに、アリカだってちょっと引いてたじゃない」


 ああ、何が「ちょっと頑張ってみた」だよ、アホか私は!

 絶対お酒とかでやらかすタイプじゃん!


「もうやだ~。アリカ、早く出発してよ~!」

「しょうがないなあ、クラリッサが戻ってきたらね」


 事後処理と報告で町に行ってるクラリッサか。

 もう置いていこうよ、と言いたいけど後が怖いからなあ。あれでも国家権力の監視役なんだし。

 まさかクラリッサの帰りを待ち遠しく感じるなんて思ってもみなかった。


「早く戻って来ないかなクラリッサ……」

「まあまあ。ところで、プリズマスギアをふたつも手に入れたんでしょ? どんなの?」

「ああ……。ひとつはグリムが持ってた火かき棒。あいつらが使うと触れたものを強制的に炭化させる凶悪兵器だったけど、私が使うとしょぼい火の粉が出る、だけ」

「ずいぶんパワーダウンするんだね。でもその方が安全でいいかも」

「で、もうひとつが船長が隠してた船。『船長命令』のキーワードで船に乗ってる他人を操る能力、だと思う」

「リプリンも同じことできるの?」

「巨大焦げグリムを海に放り込んだ時はそんな感じだったから、たぶん」


 試してみてもいいけど、けっこう物騒な能力だからなあ。

 間違ってもアリカには使いたくないし。

 そういえば、私の体の大きさは元に戻っているのに、飲み込んだ船が体からはみ出すような事態にはなっていない。

 また未知なる所に消えている、魔術師会に行けばわかるのだろうか。


「その船、しばらく前にどこかから流れ着いたみたいですねぇ」


 いつの間にかクラリッサが帰って来ていた。

 これで出発できる、よくぞ戻ったクラリッサ。

 ……え、何? この船の話?


「この町にあったものじゃないんだ」

「そうみたいですねぇ。その船が流れ着いてから、だんだんと船長が権力を握るようになっていったそうですし、まずその船を利用していたと見て間違いないでしょうねぇ」


 他人を操るプリズマスギアを使って町を支配しようとしていたのか……。やっぱりとんでもないおっさんだったな。

 そしてそんな物騒なもの、どこから流れてきたんだか。

 異界のやつらも適当だよ。


「もしかしたら、今回のグリムゴブリンの襲撃も、それが目的だったのかもしれませんねぇ」

「……そうだとして、もし奴らの手に渡ってたらと思うとゾッとするよ」

「そ・れ・に・し・て・も」


 ガン!


 うわ、びっくりした。

 何かと思ったら話の途中でクラリッサが壁を蹴飛ばしたのだ。


「要請した増援は今日のお昼ごろに着くそうですよぉ、何のための高価な通信機なんですかねぇ! 仕方がないので後始末を任せるよう言っておきましたけど、ほーんと、安全な所で訓練だけしてる連中はドン亀ですねぇ!」


 言葉から明確な怒りを感じる。

 ブリアローズ騎士団といっても一枚岩じゃないのか。

 クラリッサが他と仲悪いだけかもしれないけど。……たぶん後者だな、うん。


「まあ、そのせいで多少の犠牲は出てしまいましたが、ボクとしてはたーくさん魔物を殺せたので満足ですけどねぇ!」


 相変わらず怒気をまとった言葉を吐いてクラリッサは部屋を出ていった。

 どこ行ったんだあいつ、イラついてるからってトイレとかに籠らないでよ?


 やれやれ、何にせよこれで出発できる。

 ようやく私も落ち着いて、アリカと一緒に操縦ルームへと上がった時、外から私たちを呼ぶ声が聞こえた。


「みなさーん!」


 アリカが正面窓を開けると、そこにいたのはナギとその恋人のウズだった。

 私は恥ずかしいから隠れているのでアリカ伝えだけどね。

 だから代わりにアリカが手を振って答えてくれた。


「ナギさん! ウズさん!」

「アリカさん、本当にありがとうございました!」


 わざわざこんな所まで来てくれるなんて、よほど感謝してくれてるんだね。

 洗脳が解けて恋人が戻ってきたなんて経験をすれば当然かも。


「他のおふたりにも伝えてください、私たち結婚しますって! 代わりのいない大切な人を取り戻してくれてありがとうって!」

「わかった! おめでとうふたりとも、元気でね!」


 手を振るアリカ、私もちょっとだけ窓から手を見せて振った。

 どうぞお幸せに、もう変なヒゲやプリズマスギアに引っ掛かっちゃダメだよ。


 ナギたちが去った後、ようやく私たちも出発となった。

 トータルで二日とちょっとくらい?

 凄い密度だった、リゾートに行った気がしないのは気のせいだろうか。


「あー、遊んだ気がしないなあ。恥ずかしくてもう二度と行けないし」

「またそんな事言ってる。……あ!」


 操縦席から顔を覗かせ、アリカが何か思いついたような声を出した。


「じゃあさ、今度はふたりだけで行こっか! どこか誰もいない所にでも!」

「んー、まあそれなら恥ずかしくないし、いいよ」

「オッケー、約束だね!」


 ……ん? 今何か結構な約束をしてしまったような気がするのだけど。

 でも、いいか。アリカとなら。

 代わりのいない大切な人、ね。何となく、私にもわかる気が――


 その瞬間、夜の浜辺の光景が頭をよぎった。

 そう言えば船のプリズマスギアによる洗脳は本物だった。という事は、あのナギが縛られていた夜の事は夢じゃなかったって事だ。


 じゃあ、あの時に見たアリカはいったい誰なんだ?


 頭の中で記憶が蘇る。

 思い返してみれば、この家に来たばかりの時に、私用の食器があったのはどうしてだろう。

 それがお爺さん用のものだったとしても、気になる点は他にもある。

 どうしてアリカは履きもしないスカートをあんなに持っていたのだろう。

 そもそも、アリカはなぜ私に優しくしてくれるの?

 こんな……魔物に。

 アリカはかわいいからとか、困った時はお互い様とか言ってくれた。

 でも……でも、もしかしたら。


「アリカ」

「ん、なあに?」


 その時の私は深い事なんてこれっぽっちも考えていなかった。

 ただ、自然に、純粋な疑問が私の口からこぼれ落ちた。


「もしかして、私と誰かを重ねて見てる?」

「……!」


 ガクンと衝撃が走り、移動ハウスが急停止した。

 操縦席から驚いた顔をしたアリカが私を見ている。


 その顔を見て、私はハッと自分の口を押さえた。

 違う、アリカを困らせる気なんてこれっぽっちも無かった。


 移動ハウスが再起動し、再びその歩みを進め始める。


「……ごめん」


 アリカは小さく、ただそれだけを呟いた。


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