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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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焼きのちタコ

「ひぎっああぁ!」


 痛みと恐怖で声にならない悲鳴を上げた。

 それと同時にさっきの炭となって崩れた兵士の姿がフラッシュバックする。

 私もあんな風に炭になる……の!?

 焦って頭が回らない、無我夢中で火かき棒を引き抜こうと手でつかみ力を込めた。


 しかし火かき棒はまったく動かない。

 それどころかズブズブとより深く体の中に埋もれていくばかりであった。


 ……不思議な事に、それは火かき棒を持つ焦げグリムがやっている事ではないらしい。

 むしろ焦げグリムもまた火かき棒を引き抜こうとしていた様子で、私の体に足をかけ思いきり蹴り飛ばした。

 それでも火かき棒は抜けず、蹴飛ばされた私の胸に焦げグリムの手からすっぽ抜けた火かき棒が取り残された形になる。


「グガ……ソ……カナ」


 焦げグリムが驚いたような戸惑ったような様子でこちらを見ている。

 何だよそれ、人を化物みたいに見やがって。今の今までビビりまくってた魔物に魔物扱いされるとかありえないぞ。

 火かき棒も完全に私の体内に入っちゃったし、どこに消えてるんだよもう。


「う、うわああ!」


 突然の叫び声。

 私と焦げグリムが睨み合っていると、誰かが建物から飛び出してきた。

 あの走って逃げていく後ろ姿は……船長?

 あいつ、ごつくて偉そうなくせに逃げるのかよ。町の人たちは必死になって戦ってるというのに!


「お、お前ら、俺を守れ! 死ぬ気で戦え!」


 船長が逃げながら家々に向かって叫んでいる。

 すると家の中から町の人が出て来ては、ろくな武器も無いのにグリムたちと戦おうとしているではないか。


 見たような状況だぞ。

 さっきから様子がおかしいのはあいつの、船長の仕業?

 だとしたら逃がすわけにはいかない!


 さあこうしちゃいられない。

 迫る焦げグリム、無理に戦おうとする町の人、どこかへと逃げる船長、どれも放ってはおけない事態になった。

 といっても私ひとりじゃどれか一つで手いっぱいだ。

 せめてアリカやクラリッサにでも伝えられれば……。


 ふと閃いて、私は腹に力を入れるように集中した。

 すると手の先から口と足のあるキノコがポンと出現する。

 この歩きキノコ君、どうにか役に立たないか?


「いい? アリカかもしくはクラリッサでもいいから伝えて、船長が逃げようとしてるって!」

「アイー、アイー!」


 歩きキノコ君はわかっているのかいないのか、とにかく返事はしてくれた。


「よし、じゃあ行けっ!」


 私の号令と同時に、歩きキノコ君は勢いよく飛び出していった。


「アリカ! クラリッサ! センチョー、ニゲル!」


 思ったよりも大音量でキノコ君は叫びながら走ってくれている。

 これなら伝わる……かもしれない。期待してるんだからね、頼むよ?


「グオオッ!」


 おっと、私はこいつの相手をしなくちゃならない。

 焦げグリムが町の人たちの方へと行かないように、ここに引き付けておかないと。

 ……いや、時間を稼いでる場合じゃない、いっそここで倒してしまおう!


 判断は迅速なほど良い、私は咄嗟に作った大きな拳で焦げグリムを思いきり殴りつけた。

 んん? なんだこいつの体、本当の炭みたいにボロっと崩れるぞ。あまり上質じゃないみたいだね。

 このグリム、何でも炭に変えてしまう火かき棒が無くなった今、実はそんなに恐ろしい相手ではないのかもしれない。


 などと油断していると、今度はこちらがどてっぱらに強烈な一撃をもらってしまった。

 炭のような体でも体格通りパワーは絶大らしく、おもいっきり吹っ飛ばされる私。


 でもこっちだって無策なわけではなかった。

 吹っ飛ばされる直前に周囲の建物を両手でそれぞれ掴んでおいたんだよね。

 後は吹っ飛ばされた勢いでスリング状にのびた腕を戻す反動でワンテンポ置いて……キック!


 まさしく人間矢、見事なまでのドロップキック。

 渾身の一撃を同じくどてっぱらに返された焦げグリムは、粉々に砕けながら勢いそのままに吹っ飛んでいった。

 お返しだよ、ざまあないね。


「リプリン!」


 勝利の余韻に浸っていると、私を見つけたアリカが声をかけてきた。

 あのキノコ君ちゃんと仕事してくれたんだ、助かるよ。


「変なキノコに呼ばれたんだけど、あれリプリンの出したやつ?」

「そうだよ、あのキノコ君けっこう役に立つみたいだ――」


 アリカの来た方向、つまり海側を向いた私の視界の隅っこに、あの船長の姿を見つけた。

 私が最初に見た(あれは夢だったのかもしれないけど)場所とはまた別の場所に隠してあった漁船に乗り込み逃げようとしている。


「あっ! いけない、私が船長を追うから、アリカは町の人をお願い!」

「えっ、わ、わかった!」


 町の人の対処に当たるよりも、船長を追いかける方が距離的には遠い。

 素早いアリカに任せても良かったけど、なぜだかそれはとても危険なような気がして、私は自分で走り出していた。

 操られている町の人たち、ナギの態度の変化、どう考えても裏がある。

 どうあっても話を聞かせてもらうぞ!


 こんな時も、この不死身の体は便利だ。

 痛いのさえ我慢すればケガをする心配なんかない。切り立った崖でも危険な岩場でも、最高速度で飛び降りて突っ切る事ができるんだから。大事な帽子を無くさないように後ろ髪で固定しておくこともできるしね。

 さらに投げ縄のように長くのばした手で船体にしがみつき、……まあそのせいで多少水上ロデオを味わったものの漁船によじ登る事には成功した。

 うえ、しょっぱ。けっこう飲んじゃった。


「な、なんだてめぇ!」


 私が乗り込んできた事に気付いた船長が怒鳴っている。

 船を止め、私に向かってズカズカと巨体を揺らし近付いて来た。


 悪いけど、もう怖くなんかないの。

 もっと怖いものとやり合って来たし、あんたがヘタレだって事もわかったし。

 何より私にはアリカがついてるんだ、そんなヒゲでビビるわけないでしょ。


「船長さん、どこ行くの。みんな町を守るために戦ってるっていうのに」

「へっ、バカ言うな。みんな俺を守るために戦ってるのさ。さあ『船長命令』だ、お前も町に戻って死ぬまで俺を守れ!」


 うっ、何……?

 頭にモヤがかかる、どういうわけだかこの男の言っている事に異常なまでの説得力を感じる。

 せ、船長を守らなきゃいけない。

 いや、なんでだよ! どうしてこんな奴を……守らなきゃ……。


「守る……船長を……守る、わけ……ないでしょ!」

「なにっ!?」


 あ、危なかった。

 船長に疑いを持たないままぼんやりと聞いていたら従っていたかもしれない。

 でも何とか振り切れた。もうお前の命令なんか聞いてやるもんか。


 ……命令?

 そういえば『船長命令』とか言ってたな。もしかして、そのキーワードで他人を操る能力を持っているのか?

 いや、でもそれだったらいつでも命令を出して操ればいい。

 昨夜の出来事が夢でないとしたらだけど、わざわざ船までナギを誘拐する必要もないはずだ。

 だとしたら、その能力はこの船の上限定って事になる。

 ……ま、まさかこの船って、プリズマスギアなの!?


「野郎、命令が効かねえならこれだ!」


 私は野郎じゃないぞ。

 『船長命令』とやらが効かず、焦った船長が私を始末するべく斧を投げつけてきた。

 凶器まで隠してたのかこいつ。

 当たっても別にいいけど、こんな奴のためにわざわざ痛い思いをする事はない。

 私は飛んできた斧を叩き落とそうと横に大きく手を振った。


 ボアッ!


「うわちゃちゃ!」


 手を振った途端、私にも予想外な事が起こった。

 振った手から火の粉が飛び散り、向かいにいた船長にモロにかかったのだ。

 勢いはあったけどしょせんは火の粉、ヒゲを多少焦がす程度の威力だった。


 これって、さっき焦げグリムが持ってた火かき棒の力?

 やっぱりプリズマスギアだったというのは置いといて、だとしたらちょっとパワーダウンしすぎじゃないですかね。

 出るのが火の粉って、火かき棒そのまま使った方が強いじゃない。

 危なすぎるからやらないけどさあ。


 ちなみに斧は手が空振ったので刺さりました。痛かったです。

 帽子を頭の後ろに下げておいてよかったよ。


「て、てめえよくも……!」


 ヒゲの火の粉を払いながらありきたりなセリフで私を威嚇する船長。

 それはいいんだけど、ちょっと問題発生。

 私の目は釘付けだ。船長ではなく、その後ろに。


「ああん? てめえ、何見てやが……」


 ビターン! と、巨大なものが船体に叩きつけられ、私と船長はバランスを崩した。

 何かが海から上がってくる。

 あ、あれって……タコの足?

 じゃあこいつは、クラーケンだ!


 そう言えば漁場の近くにクラーケンが出たとか言ってたっけ。

 あまりみんなが騒ぐから怒って来ちゃいました?

 文句があるならグリムに言って欲しい、私はただの観光客です。


 その時、船長がニヤリと笑った。


「へへ、俺の方に運が向いてきたらしいな。おいクラーケン、『船長命令』だ、そこの魔女みたいな小娘をひねり潰せ!」

「なっ!?」


 何てこと言うんだこのおっさん。

 で、でも言葉の通じない大タコ相手に船長命令なんて通用するのか?


 ビターン!

 痛烈な触手の一撃が私のすぐ横をかすめる。

 クラーケンの目には私の姿が映し出されていた。うん、確実に私に狙いを定めている。

 うひゃあ、さすがはプリズマスギアと思わしきもの、効果てきめんだね。

 なんて言ってる場合じゃない、クラーケンなんて相手にしてられるか!


 そしてさらに悪い事は続く、ピンチなのは私だけではなかった。

 町の方から熱気を感じて目をやると、さっき倒したはずの焦げグリムが復活しているのが見えた。

 しかもなんかデカい、ここからでもはっきり見えるくらい。

 アリカと兵士が協力して対処にあたっているようだけど、炭でできた体が崩れては戻りでいたちごっこ。

 あいつ、ああやって炭を取り込んででかくなってるのか、なんて厄介なやつ。

 アリカが危ない、私がアリカを助けないと……!


「おい、よそ見してていいのか?」


 船長の下卑た笑い声。

 私が向き直るとほぼ同時に、クラーケンの極太の触手が私の体を絡め取った。

 し、しまった、動けない!

 タコの足は全体が筋肉の塊、これだけ極太ならそのパワーは計り知れない。

 クラーケンは私を掴んだまま、その体を海中へと運ぶ。

 私は振りほどく事もできず、クラーケンと共に暗い海中へと引きずり込まれていった。


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