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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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グリム襲来

 グリムゴブリン、長いのでグリムと呼ぶ。

 シュイラたちゴブリンとは似て非なる種族。

 その狂暴なる悪鬼の一体が、私めがけて走ってきている。


「ギャギャギャ!」


 グリムは個体差の大きい種族らしい。

 目の前にいるのは雑兵クラス、小柄で知性も低い。しかしその狂暴性は本物なので決して油断はできない相手だ。……って聞いた。


「いいさ、来いよ、こっちだ」


 深呼吸をし、半ば自分に言い聞かせるように言葉を吐いた。

 肺があるのかどうか知らないけれど、深呼吸によって落ち着くというのはこの体にも有効みたいだ。どちらかといえば精神的なものかな。


 一見して使い込まれているとわかる剣を振りかざし、グリムが私めがけて飛び上がる。

 小柄ゆえに思ったよりすばしっこい、体格を跳躍でカバーしようとしているのか。


「ギャッ!?」


 しかし、グリムの凶刃が私に届くことは無かった。


 私の変形はかなりスムーズに行えるようになってきている。

 特に利き腕である右手だけなら相当なものだ。

 獣の爪とカニのハサミを合わせた応用技、強靭な外骨格で形成された大きな五本の爪が、あたかも龍の爪のように凶悪な様相を見せていた。


 その爪にグリムの小柄な体は空中で掴み上げられ、苦し気なうめき声を上げている。

 うーん、我ながらちょっと凶悪すぎたかな。

 そして掴んだはいいけどこれからどうすりゃいいんだ?

 手に持ったグリムのやり場に困った私は、とりあえず思いきり力を込めてグリム陣営の方向へと投げ返してやった。


「すごいよリプリン、やればできるじゃん!」

「はは……どうも。もう掴むのはやめとくよ」


 見た目も怖いしちょっと考え物だねこれ。

 やっぱりシンプルなパンチにしておこう。外骨格での強化は残したままでね。


「今の、アリカが斬ってくれてもよかったんじゃない?」

「あれだよ、通過儀礼、的な」

「的な」


 私に稽古でもつけているつもりなのか、アリカはわざと手を出さなかったようだ。

 それでもしっかり自在剣は構えているので、何かあればカバーしてくれるつもりだったのだろう。


「うん、じ、自信ついてきた、かも」

「その意気、その意気!」


 続けざまにもう二体ほどグリムがこちらに走り込んできた。

 しかしアリカの自在剣が宙を舞うと、その二体は間合いにすら飛び込むことなく地面に倒れ伏す。


 ――やっぱアリカって強い。

 間合いも軌道も自由自在の自在剣、それも最大で六本同時に振り回せるなんて、アリカもじゅうぶん化物の類に入るんじゃないかとちょっとだけ思った。ちょっとだけね。


「リプリン、港町のほうに行こう! あっちのほうが押されてるっぽい!」

「わ、わかった!」


 私たちの宿があるリゾート側は敵が少なく、対応している兵士たちだけでも押し返せそうな勢いだった。

 それでも抜けてくるグリムに気を付けながら、海沿いに港町を目指す。

 アリカの言う通りこちらは敵が多い、数だけでなく種類も。

 さっき倒した雑兵クラスはもちろん、人間と体格がそう変わらない奴や、むしろちょっと大きいくらいの奴もけっこういる。

 グリムもこっちを主に攻めているのか。


 この間、パルバニが出していたという偽の依頼の件を思い出した。

 あの時の影村人も恐ろしかったけど、グリムたちの恐ろしさはまたベクトルが違う。

 私は敵意を持った軍事集団というものの恐ろしさを改めて思い知っていた。


 ポン


「うひゃっ!」


 不意に背中を叩かれ変な声が出た。

 あ、アリカか、脅かさないでよ。


「ほらどうした不死身少女、固くなってるよ」

「不死身だからって、恐怖までなくなるわけじゃないんだからね」

「無理そう?」

「いや……大丈夫」


 鎧のように変化した右手の拳を握りなおす。

 怖い事には違いない、でも不思議と笑みさえこぼれた。

 あんまり怖いと人って笑っちゃうのかな。


「ふへへ」

「なあに、それ」

「なんか、笑える。日常とあまりにかけ離れた状況に頭が追い付いてないのかも。それに……」

「それに?」

「こうして横並びでいるのがちょっと嬉しい、かも」


 戦場だというのに不謹慎極まりないとは自分でも思う。

 でも実際にそうなんだもの。

 いつか誓ったアリカの役に立ちたいという思いが、ほんの僅かでも実現できている。

 私にはそれが嬉しかった。


「だから――」


 私は敵陣方向に向きなおり、目の前に現れたグリムの戦士にこちらから進んで攻撃を仕掛けた。

 普段よりもふた回り以上大きく、鎧のように頑強に変化させた右手の拳。さらには腕の部分をのばして遠心力も加え、グリムめがけてフルスイング!

 自重の半分以上はあろうかという塊が直撃し、グリムは風に吹かれた木の葉のように吹っ飛んでいった。


「戦えるよ、私も!」


 私の言葉に、アリカはただ頷いてくれた。


 *****


 グリムとの戦いは予想以上に激化の様相を見せていた。

 それはこの私にとっても。


「ほらほら、ゴリラ女子のお通りだぞ!」


 両手を巨大化させ、質量で強引に敵を蹴散らしていく。

 もちろんかなりの反撃を喰らっているけど、この不死身の体には問題なし。

 痛い事は痛い、でもダウンするほどの痛みじゃない。

 痛覚が制御できてるのか、痛みに慣れてきたのか、単純にハイになっているだけかもしれない。

 何だって良い、今はこれが役に立ってるんだ。


 途中、クラリッサの姿が見えた。

 さすがはブリアローズ騎士団、雨のように降り注ぐ矢でとんでもない数のグリムを倒している、まさに無双だ。

 あの恐ろしい魔導矢が味方になるとこんなにも頼もしいとはね。


「あっははは! みぃな殺ぉしぃ、ですよぉ!」


 でも近付くのは絶対にやめとこう。

 クラリッサの喜びと狂気が入り混じった顔は正直言って敵より怖い。

 視界に入ったら確実に撃たれる気がする。


「リプリン、あれ見て!」


 横に並んで走っていたアリカが叫んだ。


「クラリッサ? 凄いよね、敵より怖いかも」

「そうじゃなくて、あっち!」


 アリカが示したのは港町の方向だった。

 すでにいくらかのグリムが侵入し、何かを探すように周囲を探っている。

 しかし、アリカが言ったのはその事だけではないとすぐにわかった。


 ――町の人たちが戦っているんだ。


 兵士でもなんでもない普通の人たちが、ろくな武器もないままガムシャラにグリムに戦いを挑んでいる。

 当然ながら状況は非常に悪い。

 そうこうしている間にも、膝をついた漁師らしき男性の頭上に、グリムの非情な斧が振り下ろされようとしていた。


「指ミサイル!」


 咄嗟に撃ち出した私の指ミサイルがグリムの目に命中、斧は軌道をそれて地面に突き刺さる。


「はあっ!」


 その隙を見逃さず、アリカが自在剣で止めを刺した。

 男性は無事みたいだ、良かった……。


「大丈夫ですか? 早く避難しないと!」


 アリカが男性に駆け寄り声をかけるも、どうにも様子がおかしい。

 男性は目の焦点が定まっていなかった。

 しかしそれでもなお立ち上がり、今まさに自身の頭を割ろうとしたグリムの斧を手に取ると、再び敵めがけて歩いて行こうとする。


「え、ちょ、何やってるんですか! 危ないって!」

「た、戦わないと……船長を守らないと……」


 私たちが押さえつけようとしても、男性は頑なに戦いに行こうとする。うわごとのように同じ言葉を繰り返しながら。

 船長、あのヒゲのおっさんがどれだけ偉いか知らないけど、ここまで命張る必要あるか?

 どうにもおかしいぞ。だいたい、その船長はどこに行ったんだよ。


 他にどうしようもなかったので仕方なく男性を縛り、緊急避難という事で近くの家に放り込んだ。

 でも様子がおかしいのはこの人だけじゃないみたい。

 ひたすらグリムと戦っている街の人は他にもいた、それも一人や二人じゃない。

 中には明らかに大ケガをしているのに、痛みを感じていないかのように戦っている人もいる始末。

 本当にどうなってるんだよ!


「……この人たち、何かに操られてる。少しだけど前みたいな『不自然な気配』を感じるの」


 取り押さえた男性を凝視していたアリカが言う。


「それって、誰かが妙な力で扇動してるって事?」

「よくわかんないけど……放ってはおけないよ。リプリン、手分けして町の人を助けよう!」

「だね、わかった、やろう!」


 私とアリカは住宅地に散らばり、グリムを迎撃しつつ町の人たちを救助する事にした。

 でもこれがなかなか難しい。

 押さえつけても言う事聞いてくれないし、グリムを倒したら倒したでより戦場の深い所に行こうとするし。

 もう縛るとか気絶させるとかしか方法がないんだよ。あとで謝るから許してね!


「ぎゃああっ!」


 何人かの町の人を隠したところで、ひときわ悲痛な悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の主は少し前方で戦っていた兵士のようだ。

 倒れているところを敵に迫られ大ピンチ。

 私は思わず手をのばし、そりゃあもうにょーんとのばし、兵士の体を掴んで一気に引き寄せた。


「大丈夫で――」


 声をかけようとして思わず息をのんだ。

 苦しそうに呻く兵士の左腕が焼け焦げている。

 いや違う、完全に炭化しているんだ。それも金属の鎧ごと。

 ほどなくして炭化した左腕がボロボロと崩れ落ち、炭となって地面に散らばった。

 さらには残った体もどんどん炭化していき、さっきまで兵士だった炭の塊がパチパチと音を立て崩れた。


「うぷっ」


 猛烈な嫌悪感に襲われた。

 もし私がまともな体だったらその辺に吐き散らかしていただろう。

 いったいどうやったらこんな事になるんだ? 金属の鎧ごと炭にするなんて、たとえ炎の魔法を使ったとしてもこんな事にはならないはずだぞ!?


「ハノ……ル……オエガ……ノカ」


 必死に気持ちを立て直そうとする私の前に、ひときわ体格のいいグリムが姿を現した。

 ただでさえ恐ろしい姿をしているグリムだけど、そいつはさらに異様だった。

 全身が焼け焦げたように黒く、所々から赤い火や煙が上がっているのが確認できる。

 何なんだよこいつ、こんな状態で生きてるのかよ! 私が言えた事じゃないけどぉ!


 焦げグリムが手に持った火かき棒を振りかざし襲い掛かってきた。

 ひ、火かき棒?

 武器と言えなくもないけど、何か猛烈に嫌な予感がする。


 咄嗟に身をかわし、当たらなかった火かき棒は近くにあった壺を砕く。

 すると、砕かれた壺がみるみるうちに炭になっていった。

 焼き物って炭になるっけ? ならないよね?

 てことはあの火かき棒、まさかプリズマスギア!?


「グオオオッ!」


 焦げグリムが雄叫びをあげ、私めがけて一気に突っ込んでくる。

 あの棒はヤバい! 絶対に喰らいたくないけど、思ったより動きが速い!

 その巨体に似合わず、焦げグリムは予想をはるかに上回る速度で間合いを詰めてきた。

 避けるのか、それとも迎撃――


 ドッ!


 咄嗟の判断に慣れていない私は隙だらけだったのだろう。

 その瞬間、私の左胸に火かき棒が深々と突き刺さるのが見えた。


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