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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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臆病な私とのん気な君

 あ、しまった。

 勢いよく部屋を飛び出してはみたものの、考えてみたらナギがどこにいるのか、どこに住んでいるのかを知らなかった。

 ええい、なら知っている所に行けばいい。私たちは昨日行った町長のオフィスへと向かった。


「町長さん!」


 朝も早いが町長室にはすでに人の気配があった。襲撃その他に備えて町長も忙しいのだろう。


「おや、君たちどうかしたのかね?」


 町長がこちらに話しかけてきた。その顔はどこか疲れているように見える。

 突然部屋に入ってきた私たちに町長は驚く……と思ったのだけど、驚かされたのはむしろこっちの方だった。

 だって、部屋にいたのは町長だけじゃなく、誘拐されたはずのナギと誘拐犯のアラナミまでもがいたのだから。


「あ、あれ? ナギさん?」

「あらお二人とも、おはようございます。聞いてください、私ったらこの人の事を誤解していたんです」


 ナギの言う「この人」とはもちろん隣にいるアラナミ船長の事だろう。

 昨夜の光景が頭をよぎり、私は船長に対し警戒の色を隠せないでいる。


「誤解、ですか」

「ええ、そうなんです。船長はとても優しく素敵な方で、今までどうして冷たくしていたのか、自分が恥ずかしくなりました。結婚相手としてこれほど最適な人は他にありません」


 ナギの言っている言葉が信じられない。

 たった一晩でこの変わりよう。声の感じからして言わされているわけでもなさそうだ、彼女は本心から言っている。

 それだけに、本当に信じられない。何があったっていうのだろう。


「ねえリプリン、どういう事?」


 アリカも理解が追い付いていないという顔をしている。

 私は皆に聞こえないようそっとアリカに耳打ちした。


「本当に見たんだって、ナギさんが縛られてるところ。アリカも一緒にいたんだから見てるでしょ? 見てなかった?」

「一緒って、わたしは部屋でリプリンが戻るのをずっと待ってたんだってば」


 ……はて、どうにも話が噛み合わない。

 あの時はモヤがかかってわけわからなくなってたからなあ……誰かと、いや、何かと勘違いしてたんだろうか。

 それでも、昨日会ったナギの様子を知っていれば、この態度がおかしい事には気付くはず。

 アリカの混乱の表情はそのせいだろう。


 うーむ、どうしよう。

 一大事だと思って飛び出して来たけどこの有様。行き場の無い勢いだけが持て余されてかなり居心地が悪い。

 よし、一旦仕切りなおそう。


「お忙しいところすいませんでした。それじゃあ私たち、朝食もまだなのでこれで」


 適当に話を切り上げて、アリカの手を引き町長室を出た。

 そのまま歩みを止めることなく海の方まで歩き続ける。どこでもよかったけど、とにかくなるべくその場から離れたかった。


「ねえ、リプリンてば!」

「ごめん、なんだか私もよくわかんない。確かに見たと思ったんだけど」

「リプリンが見たっていう船、どこにあるの?」


 アリカの言葉で、私はハッと気が付いた。

 そうだ、船だ。あの漁船を調べれば何かわかるかもしれない。


「そう、船だよ。何か誘拐の痕跡とか、そういうものが残ってるかも!」

「じゃあ調べに行ってみようよ」

「うん、こっち!」


 私たちは漁船のあった岩場へと急いだ。

 ……しかし、残念な事にあの漁船は影も形も無い。


「船、無いね」

「……うん」


 どこにも見当たらない船。

 もしかして、昨夜見たのはすべて私の夢に過ぎなかったのだろうか。

 今こうして船を調べに走っている時も、「ああ、昨夜とは逆だな」なんて思えて少し笑えたりしたのに、それも夢だったのかなあ。


「リプリン、ぼんやりしてるけど大丈夫?」

「おかしいなあ、けっこうはっきり覚えてるんだけど。でも船も無いし、やっぱり夢見てたのかも」

「変なの、それってどんな夢だった?」

「どんなって、アリカが――」


 そこまで言って言葉に詰まった。

 い、言えない。アリカが妖精みたいに美しくも儚く見えたなんて事、恥ずかしくてとても本人を目の前に言えない。

 そういえば昨夜見たアリカはスカートを履いていた。

 今までアリカがスカートを履いているのを見た事が無い。家にはあるけど私が着てるし、やっぱりあれは夢なのか。


「わたしが、なに?」

「い、いや、忘れちゃったなー。あはは」

「はっきり覚えてるって言ってたじゃない」

「あれ、そうだっけ?」

「このお、白状しなさい!」

「あっ、ちょっとやめっ……!」


 カァーン! カァーン!


 夢を聞き出そうとするアリカに襲われピンチに陥っていたところ、けたたましい鐘の音が周囲を包み込んだ。

 鐘の音にはトラウマがあったものでちょっと縮こまったけど、これはこの町、ユークレスの鐘の音。ごく普通のやつなので安心した。


 いやいや、安心してる場合じゃない。これ非常事態のやつだ!

 このタイミングで鳴らすって、もしかしてついに来た!?


「グリムが来たぞ! 非戦闘員は屋内に隠れろ!」


 兵士の叫ぶ声が聞こえる。

 やっぱり、グリムのやつらが攻めてきたんだ。

 私とアリカは顔を見合わせ頷くと、宿の部屋へと大急ぎで走った。


 部屋に戻ったらまずすることは何か? それはもちろん安全確認。

 えーと、窓は家具で塞いで、扉に鍵をかけて、ベッドを動かしてバリケードを……。

 って、アリカさん、武器なんか持ってどうしようってんですか。


「アリカ、まさかとは思うけど戦いに行こうとしてる?」

「してるよ。リプリンは? 準備はそれでいいの?」


 準備も何も、私はここで隠れているつもりだったんですけど。

 そんなグローブをしっかり締めたり、自在剣の刃を確かめたりしてないでさあ。


「あのさあ、私たちって民間人じゃない? 軍の人たちがいるんだから任せた方が……」

「リプリンだって見たでしょ、人手が全然足りてないの。応援は呼んだらしいけど間に会ってないし、戦える人間が前に出ないと被害が大きくなる一方だよ」


 ふと、昨日見たグリムの顔を思い出した。

 まさに魔物といった恐ろしい顔、あんなのが部隊を組んで襲ってくるんだよ、冗談じゃ無くない?

 アリカはトレジャーハントやらギルド仕事やらで場数を踏んでるからいいかもしれないけど、私は髭の大男くらいで震えあがる小娘なんだ、こんなの無理だよ。


「無理、怖い」

「でもリプリン、今までだってピエロとかキノコとかやっつけてきたじゃない」

「あ、あれは必死だったっていうか……。今回みたいに明確な敵意を持った、それも統率された魔物なんて初めてだし、私なんかじゃ……」


 アリカの役に立つために強くなろうと誓ったばかりでこの体たらく。

 あまりにも情けなくて「ひとりで行って」などとは口が裂けても言えない。

 体が震えている。恐怖で寒気すら感じた。

 すると私の震えを止めようとしたのか、アリカが私の手を取りぎゅっと力を込める。


「怖いのはわたしだって同じ、グリムは恐ろしい相手だから」

「アリカ……」

「でも、リプリンが一緒にいてくれると、なんだか上手くいきそうな気がするの。いつも一緒にいてくれるから、わたしも頑張れるんだよ」


 不思議な感覚だ。いつの間にか私の震えは止まっていた。


「そこまで言ってくれるか……」

「だって本当のことだもんね。それに、リプリンたら大事な事忘れてない?」


 嬉しいやら照れ臭いやらで頭の中がゴチャゴチャだ。恐怖だって隅っこに追いやれそう。

 それで、大事な事って何だ。


「リプリン、不死身でしょ」

「あ」


 そうだった、最近あまりにも慣れ過ぎてすっかり忘れていた。

 私の体は特別製、魔物だろうがトラップだろうが私を傷付けられるものはない。

 はは、そう考えたら勇気が湧いてきた。我ながら現金な反応だなと思う。


「……なんか、行けそうな気がする。クラリッサのやつは嫌がるだろうけど」

「だね、「ボクは民間人の手など借りませんよぉ!」ってね」


 私たちは顔を見合わせて笑いあった。

 懸念があるとすれば、私の事を兵士や町の人に目撃される事だなあ。

 町の人は避難してるとして、兵士に見られるのはあまり良くないかもしれない。

 あ、でも王国のお墨付きで処分保留、クラリッサの預かりになってるんだっけ?

 逆に考えるとこれ以上の手配はされないとも言える。何かあればクラリッサの責任だし。

 後は私に対する視線と、クラリッサに責任を取らせる心苦しさに私が耐えればいいだけだ。

 よしクリア、いけるいける!


「よおし、行こうか、アリカ!」

「うん!」


 バリケードの予定は中止、ベッドを動かさなくてよくなったことに安堵しよう。

 大暴れする予定なんだ、マントはいらない。薄着で十分。

 私たちは部屋を飛び出し、町の外周へと向かった。


 叫び声、金属のぶつかる音、様々な音が響いている。

 もうすでに戦闘は始まっていたようだ。

 ここから見える範囲だけでも、兵士の数に対してグリムの数が多い。

 状況はかなり悪いのかもしれない。

 ……また恐怖がぶり返して来そうだ。


 トン、と何かが背中に触れた。

 アリカが私の背中に自分の背中をくっつけ、背中合わせの状態になっている。


「いい、リプリン。囲まれたりヤバいなって時にはこうするんだよ」

「お、おう」


 そうだ、アリカがいるんだ、怖いなんて言ってられない。

 むしろ私がこの不死身の体でアリカを守るよ。


「ギ、ギャギャ!」


 兵士の網を抜けた小柄な雑兵がこちらに気付いた。

 来いよ、やってやる、やってやるぞ!


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