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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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夜の海の妖精

 観光地の夜というのはキケンな刺激に満ちている。

 でもそれは普段のお話。今は人の気配も無く、月明かりに照らされた砂浜に寄せては返す波の音が響いているのみ。

 恐ろしいグリムが襲撃してくる可能性があるんだもの、そりゃそうだよね。

 たまに兵士さんが見回っているのに出くわすくらいかな。

 でもそれも人手が少ないのか頻度が少なく、警戒中というわりにはあまりカバーできていないように見える。

 今は見つからないから助かるけど、襲撃があった場合に対処できるのか不安だ。


 それはそうと、私にはやらねばならない事がある。

 見回りが来ないことを確認し、昼間遊んでいたあたりの砂浜にしゃがみ込んで貝殻を探す私。

 今日は月が明るくて助かるよ。


「あった、これ……かな? あれ違うか?」


 砂をかき分ければ貝殻自体は見つかるけれどしょせんは貝殻、見つけたと思っても何だか違う気がする。

 まあいいや、絶対に決まった一個を探し出さなきゃいけないわけじゃないんだ。

 というわけでいくつか良さそうなものを持って帰る事にした。


 さて、あとはこれを加工するのみ。私はお裁縫もけっこう得意なのよ。

 腕が良いのは母親に縫ってもらえなかったから自分でやっていた、というのが大きい。

 思い出すと少し悲しくなるけど、妹のスフレに小さなぬいぐるみを作ってやったことも思い出して少し口元がにやけた。


 ……それと同時に、大きな悲しみも。

 おそらくもう会えないであろう妹の事を思うと、無い心臓が締め付けられる思いだった。

 もし、あの時アリカに出会わなかったら、私はどうなっていたのだろう。

 全てを失った悲しみと絶望の中で、不死の体を引きずりほぼ魔物としてさまよっていたのだろうか。

 我ながらひどい想像だ、あまり考えたくはない。


「アリカ……」


 気が付けば、言葉が自然にこぼれていた。

 アリカがくれた大事な魔女帽子を指先でなでると、なんだか不思議な気持ちになってくる。

 ふふ、あいつ顔はいいからなあ。

 キレイな顔したアリカに似合うような、キレイなアクセサリーになるよう頑張ってみますかね。


 貝殻を確保し、部屋に戻ろうと思ったその時、少し離れた波打ち際に人影があるのが見えた。

 ――見回りの兵士ではない、明らかにシルエットが違う。

 私が言うのもなんだけど、こんな時間に誰だろう? グリム……でもなさそうだし。

 でももしまたグリムの偵察係だったら大変だ。私は万が一の可能性に備え、警戒しながらそっと近づいていった。

 ある程度近付いたところで向こうもこちらに気が付いたらしい。

 しかし、振り返ったその姿は意外なものであった。


「アリカ?」


 そこにいたのは紛れもなくアリカだった。

 海風に揺れるスカート、神秘的な夜の波打ち際に立つその美しい姿はまるで妖精のようで、今にも泡となって消えてしまいそうな儚ささえ感じた。

 ……ハッ、いかんいかん。見とれてる場合じゃない。


「アリカ、なにやってんの。外に出たら怒られるって言ったのはアリカでしょ」

「……」


 アリカは何も答えない。

 あ、もしかして何かはわからないけど私を手伝いに来てくれたとか?

 それだと今の言い方はちょっと冷たかったかな、悪い事しちゃったかも。


「あ、いや、ごめん。……怒った? 今の言い方は私が悪かったです」


 ばつが悪くてアリカから目を逸らした瞬間、ふっと近くに気配を感じた。

 視線を戻すとアリカの顔がすぐ目の前まで来ている。


「うふぁっ、ちょっ……」


 急にこんな近くまで迫られたので驚きで硬直してしまった。

 後ずさる事もできないでいると、耳元にアリカのささやきが聞こえてくる。


「あれ……」

「え?」


 アリカが何か向こうの方を指差している。

 怒っているわけではないのかな?


「あれって、何の事?」

「あそこにある船、不思議ですよね」


 ふね?

 言われてみれば、確かに船がある。わりと大きめの漁船だ。

 そんなに不思議な感じはしないけど、しいて言うなら他の漁船は港に泊めてあるのに、あの船だけ他とは離れた場所にあるって事かな。


「確かに妙な場所にあるけど、あれが――」


 あれ、アリカがいない。

 さっきまで目の前で話していたアリカの姿が忽然と消えてしまった。

 どこに行ったんだあいつ。……まさか、不思議に思ったからって船を調べに行ったのか?

 あの好奇心旺盛な子犬を放っておいたら何をするかわからない、私もアリカの後を追って問題の漁船へと近付いて行った。


 近くで見てみると、思ったよりも古びた船である事がわかる。

 どうして港でなく、こんな岩ばかりの場所に泊めてあるのか不思議だ、どう考えても使いにくいのに。

 いや、というかそもそも使ってないのかな?


 それで、アリカのやつどこ行った? まさか乗り込んでるんじゃないでしょうね。

 船の中を覗くと、甲板の方にうずくまる人影が見えた。

 あ、やっぱり乗り込んでた。

 何やってんのまったく、私も乗り込まなきゃいけなくなったじゃないの。


「アリカ、ダメだって。早く部屋に戻ろ――」


 人影に近付き話しかけた私は、驚きで一瞬言葉を失った。

 ……違う、アリカじゃない。

 うずくまっているように見えたのは、縛られて横たわっていたからだ。

 そしてこの人の事は知っている、町長の娘のナギだ。


「な、ナギさん!?」


 慌てて駆け寄り、縛られているナギの容態を確認する。

 ……大丈夫、生きてる。ケガとかも無い、気を失ってるだけみたいだ。


「ナギさん、しっかりして」


 揺さぶってみてもナギは目を覚まさない。

 どうしてこの人がこんな所に縛られているのだろうか。

 ……いや、その答えにアテがないわけでもない事を私は知っている。


「チッ、余計なやつが乗り込んで来やがったな」


 ほら、その答えがやって来た。予想は当たってたみたいだね。

 船室側から姿を現した大男、その髭面を見間違えるのは難しい。間違いなく船長と呼ばれる男、アラナミだ。

 相変わらず怖い顔してるけど、まさかこんな強硬手段に出るようなクズだったなんてね。

 さあてどうしてやろうか。このまま通報に走ってもいいけど、ちょっと痛い目にあわせた方がいいような気もするね。


「せ、船長さん? こんな事して、し、釈明があったら聞くけど?」


 あ、ダメだ、声が震えてる。

 体はほとんど化物なのに、心がそれに追いついてない。私の心は小娘のまま、いかつい大男の眼光に射すくめられて恐怖に震えあがっている。

 くそ、怖がるな私、怯えているのを悟られたらおしまいだ。


「チッ、誰かは知らんがとっとと帰れ、『船長命令』だ、ここで見た事は忘れろ」


 足が震えて困っている私の心配をよそに、船長の言葉は意外なものだった。

 いや、しかし何かがおかしい。

 船長の言葉を聞いた瞬間、頭にモヤがかかったみたいな奇妙な感覚に襲われた。


 ……あれ、私、何してたんだっけ?

 そうだ、こんな所にいちゃいけない、そんな気がする。

 早く部屋に戻らないと……。


 フラフラと海岸を歩き、気が付いたら部屋まで戻って来ていた。

 無警戒に歩いていたような気がするけど誰にも会っていない、兵士さんたち本当に人手が足りないんだね。

 あと、何か大事な事を忘れているような気がする。何だったっけな?


「……! リプリン!」


 部屋の扉を開けて中に入るや否や、ベッドの上で枕を抱えていたアリカが飛び掛かってきた。実際にはちょっと違うけどそんなイメージで。


「もう、どこ行ってたの! クラリッサが様子を見に来たから、ごまかすの大変だったんだよ!?」


 放置されていたのが寂しかったのか、アリカはちょっとだけ怒っているようだった。

 え、クラリッサ来たの? 人手が足りない時にわざわざ?


「ご、ごめん。クラリッサ? それで、ごまかせた……?」

「どうだろ、ベッドを膨らませてもう寝てるよとは言ったけど。すごくニコニコしながら帰ったから大丈夫じゃないかな」


 あ、それきっとダメなやつだ。絶対バレてる。

 後からチクチク言われないといいけど。いや、あいつの場合チクチク刺されないといいけど、だな。


「ふわぁ……。リプリンを待ってたら眠くなっちゃった、わたしもう寝るね」

「うん、おやすみ」


 大きなあくびをしたアリカが、うっすら涙を浮かべた目で私を見つめた。

 その涙はあくびのせいだとわかってはいたけど、ちょっとドキドキする。確かに立派な武器だこりゃ。


「リプリンも寝なさい」

「……はい」


 アリカのかすかに怒りを含んだ言葉に逆らえず、私も自分のベッドに入った。

 うう、明かりを消されてしまった。アリカが寝たら作業しようと思ったのに。


 *****


 その夜はグリムゴブリンの襲撃も無く、私たちは無事に朝を迎える事ができた。

 ただし、その朝のまどろみを破ったのは他でもない、私自身の叫び声だった。


「あーーー!!」


 私の大声に、朝が少々弱いアリカも驚いて飛び起きた。

 胸を押さえて目を白黒させながらこっちを見ている。ごめん、そんなに驚かせちゃった?

 でも凄い事思い出したんだよ!


「ど、どうしたのリプリン、そんな大声出して」

「おも、思い出した、凄い事!」

「凄い事?」

「ナギさんが船長に誘拐されて、船の上で縛られてたんだよ!」

「ええっ!?」


 言葉に出したらだんだんと記憶がはっきりしてきたぞ。

 確かにそうだ、岩場に泊めてあった古びた漁船の甲板でナギが縛られていたのを見た。

 あの後、私の頭にモヤがかかったようになって部屋に戻ってきてしまったけど、ナギは大丈夫だったのだろうか。


 こうしてはいられない。私とアリカは素早く着替えると、ナギの安否を確認するべく部屋を飛び出した。



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