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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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悪い事は重なるもの

 せっかく友人とふたり(友人じゃないのも含めて)、良い気分でリゾートを楽しんでいたというのに思いもよらない事態が発生してしまった。

 でも恐ろしいグリムゴブリンが偵察してましたなんて知らせないわけにはいかないよね。

 あーあ、まだお土産も買ってないのに。せいぜい砂浜で拾ったキレイな貝殻くらいだよ。


 とりあえずグリムゴブリンの死体は駆け付けた常駐の兵士に任せ、私たちは町長のオフィスへとやって来た。

 具体的にはクラリッサが状況の報告とかするんだって。

 じゃあ別に全員で来ることなかったじゃない。

 ……って言ったら「あなたの監視が~」とか凄い睨まれたから仕方なく付いて来ました。


 町長のオフィスがあるのは観光地になっているビーチとはまた違う区画、こっちは漁業とかをやってる地元の港町だね。

 観光地であることを意識しているのか小綺麗な印象を受ける。キレイなのは良い事だ。


 感心していたのも束の間、町長の部屋の前まで差し掛かった時、中から怒号が聞こえてきて思わず背筋が伸びた。


「な、なに今の声、お取込み中?」


 そう私が言うにも関わらず、クラリッサは涼しい顔のまま無言で扉を開く。

 おおい、今の言葉にはちょっと待ってって意味も含まれてるんだよ。怒られたらどうすんの! あとノックくらいしなさい!


 部屋の中には眼鏡をかけた温和そうな男性と、髭をたくわえたいかつい大男が机を挟んで向かい合っていた。

 私たちが入って来た事に気付くと、大男はジロリとこちらを睨む。


「……ケッ。じゃあな町長、もう決まった話だ」


 大男はそれだけ言うと、邪魔そうに私たちを睨みつつ部屋を出ていった。

 怖ぁ、なんだあれ。さっきの大声はあいつのか?


「町長さんですね、ボクはブリアローズ騎士団のクラリッサ、急ぎの報告がありますねぇ」


 クラリッサはクラリッサで大男を完全に無視、涼しい顔してマイペースに淡々と喋っている。

 肝が据わっているというか何というか、騎士の人はみんなこんな感じなのだろうか。


「騎士団の……!? それで、どのような」


 大男に怒鳴りつけられていた眼鏡の男性、やっぱりこの人が町長のようだ。

 クラリッサがグリムゴブリンの件を話していると、初めは驚いた顔をしていた町長の表情がだんだんと落胆に変わり、ついには頭を抱えてしまう。


「ああ、何てことだ。どうしてこう問題ばかり……」


 単純にグリムゴブリンを恐れているのかと思ったけど、どうも問題は複雑らしかった。

 『ばかり』というからには他にもいくつか困った事を抱えているのかな。

 こういうのって続けて起こるの、よくある話だよね。


「あの、何かあったんですか?」


 町長の困り果てた様子を見かねたのか、アリカが声を上げた。


「いや、よその人にする話ではありませんよ。お嬢さん、心配かけてすまなかったね」


 内輪の話なのか、町長は具体的な事を話そうとはしなかった。

 そのうちにクラリッサとグリムゴブリン対策の話が始まり、どうにも居場所がなくなった感じのある私とアリカは外で待つことにした。


「クラリッサの話、長くなりそうかな」

「どうだろうね……あれ? リプリンあれ見て」


 廊下に出て、どこか待つのにいい場所はないかと辺りを見渡した時、アリカが何かに気が付いた。

 その示す先には、通路の端で悲し気にうつむく女性が一人。

 どう見ても泣いている。


「あの、どうかしました?」


 こう悲しそうにされては優しいアリカだけじゃなく私だって心配になる。

 というわけで私たちはその女性に話を聞いてみる事になった。

 解決できるかは別として、誰かに話して少しでも楽になるのなら話くらい聞きますよ。


「旅行者の方ですか? すいません、お見苦しいところを……」


 彼女の名前はナギ、さっき会った町長の娘だという。

 話を聞いてみると、同じく先程会った髭の大男、『船長』と呼ばれるアラナミに結婚を迫られ困り果てているとの事だった。


「わあ、なんかよく聞く話」

「リプリン、茶化さないの」

「ごめん」


 いや、茶化すつもりはないんですけど、つい。

 幸いな事に、ナギも気を悪くしてはいないようで助かった。これから気を付けます。


「私には心に決めた人がいるのですが、ある日突然船長が迫ってきて……。さっきも父と話をしていたみたいですけど、もう結婚は決まったようなものなんです……」

「ええー!? そんなのおかしいよ! 嫌なら断るべきだよ? それに、彼氏さんもいるんでしょ!?」


 驚くアリカ、ついでに私も。

 アリカの言う通り、ちょっと話が急すぎない?


「それが……この町の人間のほとんどが船長に逆らえないんです。彼も……ウズまでもが「船長と一緒になった方がいい」なんて言う始末で、私もうどうしたらいいのか……」


 な、なんじゃそら。

 彼氏さん、ウズさん? その人もメチャクチャ言うなあ、そんなに船長が怖いわけ?

 確かにあのごつい見た目はかなり怖い、でもそんな風に言うほど逆らえないとかどうなってんのよ。


「うわー、最低。船長もアレだけど彼氏もひどいな」

「そんな事を言う人じゃなかったんですけど、ある日突然船長の言いなりになってしまって……」


 華やかな観光地として見ているだけではわからない、町の裏の顔みたいなものがあるのだろうか。

 そこまで大きくはない町、独自ルールとか掟みたいなものに縛られているのなら、部外者の私たちじゃあどうにもできない。


「父にも苦労をかけてしまって……。最近漁場の近くでクラーケンが目撃されて、そのせいで観光客が減ってしまっているんです。そんな時なのに船長がこんな横暴な話を……」


 また妙な単語が出てきた。

 次から次へと忙しい。


「く、クラーケン? あの大きいタコの?」

「あ、いえ、まだ危険はないレベルですので大丈夫ですよ。でも、やっぱり気にはなってしまいますよね……」


 どうりで人気スポットというわりには人が少なかったわけだ。

 おまけについさっきグリムゴブリンの話を持ってきたばかりなんです。

 私たちが悪いわけじゃないんですけど、なんかすいません……。


 微妙に申し訳ない気持ちになっていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。


「それでは町長、今からボク達の指揮でユークレスの警備に当たりますよぉ。常駐の兵だけでは心もとないので王都に増援要請を入れておいてくださいねぇ」


 町長室の扉が開きクラリッサが出てきた。話が終わったのかな。

 クラリッサは私たちの方を一瞬だけ見て頭を動かし合図すると、足早に建物の外に出ていった。

 なによ、離れるなって意味?


 外にはすでに数人の兵士が待機している。さっき死体の処理を任せた人たちだね。

 集まった兵士たちはクラリッサが以前に身に着けていた鎧とは違うものを装備している。

 同じブリア王国所属の兵士でも、あの人たちはこの町の担当とかそういった人たちなのだろう。


「これよりグリムゴブリンの襲撃を想定した警備体制に入りますよぉ。王都に増援を依頼していますがすぐにとはいきません、それまでの作戦を伝えますねぇ」


 早速、クラリッサが指揮を執っている。なかなか手際がいい。

 こうして見てるとやっぱり騎士なんだなあって思う。ただの魔物嫌いの頭おかしい女じゃなかったんだね。


「なに見てるんですかぁ? 町長がご厚意で宿を取ってくれました、民間人は酷い目に遭わないうちにさっさと部屋に戻るといいですねぇ!」

「それってグリムゴブリンに? それともあんたに?」

「……」


 何も言わないクラリッサの手の中で魔法により矢が生成された、どうやら後者だったらしい。

 撃たれてはたまらないので、私とアリカは急いで宿へ戻る事にした。

 ナギもすでにどこかへ行っている。

 もうちょっと話を聞いてあげても良かったけど、状況が状況だけに仕方がないか。

 私たちが力になれる話じゃなさそうだったし。……ちょっと悔しいけど。


 *****


 結局、その日の観光は警備が敷かれた時点でおしまい。

 私もアリカも宿の部屋に押し込められ、そのまま夜になってしまった。


「あーあ、せっかく遊びに来たのに残念だったね」


 ベッドに腰かけ、足をパタパタと動かしながらアリカが言った。

 その意見には全面的に同意だね。


「海でやる事といったら何があるだろう。泳いで、砂遊びして……美味しいごはん?」

「ごはん……」


 そのフレーズに反応し、私とアリカは同時に同じものを思い浮かべていた。


「宿のごはん、美味しかったね」

「あれがエビか……うまかった」


 観光は中断されてしまったが、町長が厚意で用意してくれた宿の食事は最高だった。

 特にエビ、海に縁が無かった私は初めて食べた。

 その味にはちょっと感動している。

 大食いのアリカだって満足してるくらいだもの、さすがは漁業の町だ。


「これで騒動が起きなかったら、夜は花火で遊べたのにな~」


 アリカの足のパタパタが強くなる。

 手にした袋には行き場の無くなった花火が入っているようだ。


「まったくだよ。グリムゴブリンも何が目的で観光地になんか来てるんだか」

「やっぱり観光じゃない?」

「そんなわけ……いや、可能性は無いとは言えないけどさ」


 敵対しているとはいえ観光地に来たい事だってあるのかもしれない。

 でもあのグリムゴブリンは捕まったと判断した瞬間に毒で自害してしまった。

 そんな覚悟を持っているやつがただの観光に来ていただけなんて考えにくい。


「それにしても、あれがグリムゴブリンか。シュイラさんたちとは全然違うね、思い出してもゾッとするよ」

「そうでしょ? ほんの十年くらい前までほぼ同一視されてたなんてびっくりだよね。だからグリムゴブリンの事を『グリム』とだけ言う人も多いんだよ」

「グリムね……その方がわかりやすくていいや」


 何より連呼するには七文字は長い、略称があると便利だろう。

 私はそんな事を考えながら服のポケットに手を突っ込んでいた。


「……ん?」


 何かおかしい、というか、何かが無い。

 そうだ、昼間にビーチで拾った貝殻が無い!

 プリズマスギアみたいな大事な物じゃないから大丈夫とかそういうわけにはいかないぞ。

 だってあれが唯一のお土産みたいなもんだからね。

 もう夜だけど……ちょっとくらい探しに行ってもいい、かな?


「あれ、リプリンどこ行くの?」

「あはは、ちょっとヤボ用で」

「兵士さんたちが警備してるから見つかったら怒られるよ? 夜だからピリピリしてるだろうし」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」


 見つけるだけならアリカにも事情を話して一緒に探した方が効率は良いだろう。でもそういうわけにはいかない事情があった。

 実を言うと、あのキレイな貝殻を加工してアクセサリーにしたらアリカにあげようと思ってたんだ。

 できれば驚かせたいから内緒にしておく、そういう事。


 アクセサリーにする予定だったので、見つけたやつは色といい形といい凄く良い感じだったんけど……最悪同じやつじゃなくてもいい。なるべく早く戻った方がいいだろうし。

 そんな経緯で私はアリカを部屋に残し、夜のビーチへとこっそり出かけるのであった。


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