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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
30/91

ビーチリゾートに憧れて

 港町ユークレス、そこは美しい海に面した町。

 漁業が盛んで、名産品は各種海の幸と海の美しさに負けない美麗なアクセサリー。

 そして何と言っても観光の目玉はこのビーチ!

 多くの観光客が訪れる白い砂浜は身も心もリフレッシュさせてくれる……らしいよ?

 パンフレットにそう書いてあったから。


「うーん、楽しみだねー!」


 袋を抱えたアリカがはしゃぐ子供のように言う。

 袋の中身はユークレスの町で買った海遊びセット、要するに水着とか。

 思えば私って海に行った事なかったなあ。それどころか川で水遊びすらした覚えがない。

 それなのにいきなり友人と海なんかに来ちゃって大丈夫か? 泳ぎ方なんて知らないぞ。


「えーと、どこで着替えようかな?」


 移動ハウスは町の人を驚かせてはいけないので、町からだいぶ離れた所に置いてきた。

 家まで戻って水着でまた戻ってくるにはちょっとしんどい距離だ。

 まあ観光地なんだし、どこか近くに着替えられる所があるでしょ。


「あ、あの辺の岩陰にしよう!」

「ちょ……ちょっと待ったアリカ! どこ行こうとしてんの!」


 そうはさせるか、勝手に行こうとするアリカを慌てて引き止めた。


「ええ、何? 今は人も少ないからあの辺りがいいと思うんだけど」

「そりゃ人は少なめだけど、こんな外で着替えるつもり?」

「ダメなの?」

「ダメです」

「どうして?」


 思ったよりアリカが食い下がってくる。

 どうして? じゃないよ、わかるでしょ。


「羞恥心のある大人はそんな事しません。というかできません」

「失礼しちゃうなあ、わたしにだって羞恥心くらいあるよ。だから岩陰に行こうって言ってるのに」


 その程度で羞恥心を名乗るなどおこがましい。

 とにかく外はダメなの、あんたみたいなのは特にね。


「相変わらずアホなやりとりしてますねぇ。更衣室ならあっちですよぉ」


 クラリッサの呆れたような視線が刺さる。

 私としてはクラリッサも一緒に来ている事が驚きなんですけど。


「来たんだ」

「そりゃ来ますよぉ、ボクはあなたを監視してないといけませんからねぇ」

「ふうん、いいけどね。さ、アリカ、更衣室あっちだって」


 ふたりプラスひとりで連れ立って更衣室へ。

 やっぱりあった更衣室、シャワー室もある立派なやつが。

 外で着替える事にならなくて本当に良かったよ。


 さっそく買ってきたばかりの水着に着替え、軽い足取りで更衣室を後にする。

 ただし、私以外。


「じゃーん、どうかなー?」


 水着に着替えたアリカがそこにいる。

 白いレースの付いたビキニスタイル。麦わら帽子の端を両手でつまんで無邪気な笑顔を見せている。

 ぐふっ、か、かわいい……。思わず血を吐きそうになったくらいかわいい。

 めっちゃ似合ってる、というか様になってる。

 スレンダーだけど出るところは出た丸みのあるラインが美しい。モデルかよおまえ。


「やだなあ、そんなに見ないでよ~」

「……ハッ!」


 つい見とれてぼんやりしていた。

 自分ではわからないけどかなり間抜けな顔をしていたんじゃないかと思う。


「似合ってる、かわいい、すごい」


 とりあえず感想を言おうとしたけど、衝撃で頭が回っていないため知性の低いセリフをただ並べただけになってしまった。


「そ、そうかな……えへへ」


 でもアリカは嬉しそうだった。

 私が褒め過ぎたせいか顔が少し赤い、照れちゃっているのだろう。


「あらあら、ただでさえお間抜けな顔がたるんでより間抜け顔になってますねぇ。とっても面白いですよぉ?」

「……そりゃどうも。で、なんであんたまで着替えてんのよ」


 割って入った声の主、目の前には水着姿のクラリッサがいる。

 こっちは黒のモノキニだ、大人っぽくてセクシーさを感じさせる。

 アリカとはまた違って引き締まりまくりのアスリート体型、騎士なんだからそりゃそうか。

 それでいて……でかい。何がとは言わないけど。


「あなたがたが海で遊ぶなら、なるべく近い場所で監視するべきですからねぇ。これも仕事の一環というわけですよぉ」


 本当かよ、一緒に遊びたいんならそう言えばいいのに。

 嫌だけど。


「ところでリプリンは? もう着替えたの?」

「う……」


 アリカが疑問に思うのも無理はない。

 ふたりがすでに着替えているというのに、私はいつもの魔女帽子にマントという出で立ちだったのだから。


「い、いちおう着替えてはみたよ。ほら」


 私はおずおずとマントを広げて水着姿を見せた。

 ブラトップと短パンのあまり派手じゃないやつだけど。

 それにしてもこの見せ方、変質者みたいで恥ずかしさ倍増だなこれ。


「うんうん、似合ってる。リプリンも可愛いよ!」

「あ、ありがとう」


 アリカはそう言ってくれるけど、ここで私はふたつほど大きなショックを受けていた。


 ひとつはふたりのスタイルの良さに。

 違うベクトルのモデル美女に囲まれて、いろんな意味で隠す所の無いこの体を晒せとおっしゃる? それ拷問に近いんですけど?


 そしてもうひとつ、根本的な事を忘れていた。


「着替えてはみました。でも私はこんな体でしょ、水着で人前に肌を晒すとかありえなくないでしょうか」

「そうかな、わたしはリプリンの肌好きだよ? とってもすべすべぷにぷにで触ると気持ちいいし」


 さらりと恥ずかしい事言ってくれるね、クラリッサもいるというのに。

 でも嬉しくてちょっとテンション上がってきた。

 私はそれくらい嬉しいけど……周りはそうもいかないでしょう。


「だってここ観光地だしさあ、得体の知れないのがいるといろいろ迷惑になっちゃうから」

「もう、自分の事そんなふうに言わないの。今日は人が少ないから大丈夫だって!」


 確かに、有名観光地だという割には人が少なめだ。

 でもいないわけじゃない、やっぱり人目は気になるよ。


「じゃあ、いっそあの鏡で色を変えたら?」

「ここで能力使えって? 迷彩したら水着の意味がないんだけど」

「そうじゃなくて、そんなに気になるなら普通っぽい色に化けてればいいんじゃないってこと!」


 あ、そうか。何も保護色迷彩にだけ使う事はないんだ。

 ちょっとやってみようか……むむ、調整が難しい。


「あ!」


 アリカが驚いたような声を上げた。


「できてるできてる! 凄いよ!」

「そ、そう?」


 更衣室にあった鏡で確認してみると、確かに昔みたいな肌の色が再現できていた。

 残念ながら目と髪の感じはいつも通りだけど、これなら帽子を被ったままいれば問題ないレベルかもしれない。

 あとはどれだけ持続できるかだけど、それはやってみなきゃわからないか。マントを持って行けば大丈夫でしょう。


「あらあら、怪物ムーブ全開ですねぇ」


 あ、やば、クラリッサが見てるの忘れてた。


「でもまあいいですよぉ、今はただの監視中ですからねぇ。プリズマスギアなり何なりお好きにどうぞ、ですねぇ」

「えっ、今なんて?」

「お好きにどうぞって言ったんですよぉ? ほらほら、日が暮れる前に遊んだらどうですかぁ?」


 そう言うと、監視のはずのクラリッサは先にビーチへと歩いて行ってしまった。

 今、確かにプリズマスギアって言った。

 どういう事だろう、あいつも異界の事を知っているの?

 考えてもわからないし、クラリッサも答える気がないのは態度でわかる。


「さ、わたしたちも行こう!」

「あ、うん」


 ま、一緒に住んではいるんだ、今日の所はいいか。

 それよりもせっかくのビーチ、楽しませてもらおう!


 *****


 白い砂浜、青い海、照り付ける太陽は人々の心を開放的にする。

 私は色が戻ったという別の要因で開放的になっているけどね。

 水着は地味だし魔女帽は被っているけど、人前でこんなに肌を晒すなんてどれだけぶりだろう。

 これもある意味ビーチの魔力なのかな?


「それっ!」

「ぶはっ」


 寄せては返す波打ち際で、アリカの巻き上げた水が私の顔面に直撃する。

 うわしょっぱ! なるほど、話には聞いていたけど海ってこんな感じなのか。


「やったな! うりゃっ!」

「ひゃあ!」


 お返しとばかりに指の間に水かきを形成し、大量の水をアリカに浴びせてやった。


「あー! それずるい! 反則!」

「特技を生かしただけだもんね~、アリカも何かやってみれば?」

「むー!」


 子供みたいに悔しがるアリカを見ているとつい笑いが出てしまう。


「ごめんごめん、わかった、反則なしね」

「すきあり!」

「ぐっ!」


 再び私の顔面に炸裂する水、今度は量が多い。

 見れば、いつの間にかアリカが竹筒のポンプを持っている。


「あっ、いつの間に! それこそ反則でしょ!」

「特技を生かしただけだよ~、リプリンも何かやってみて!」


 こんな感じでエンドレス水遊びは続いた。

 さすがにしばらくしたらお互い疲れてきたので休憩する事に、浜辺ではノーサイドです。

 私の方はふらつくほどの凄い疲労感に襲われて、気が付けば色が戻っていた。

 やっぱり燃費が悪い、マントマント。今はタオルでも可。


「あなたたち、本当に子供ですねぇ」


 パラソルの下で横になっているクラリッサが言う。


「クラリッサは遊ばないの?」

「はぁ? 愚問ですねぇ。遊ぶわけないじゃないですかぁ」

「じゃあ休憩ね!」


 ……なんだろうこの状況。

 パラソルの下で三人並びに寝転んでいる。真ん中はクラリッサだ。

 正直言って狭い、クラリッサのイラつきがビンビン伝わってくる距離感ですよ。

 というか、できればアリカとふたりきりで来たかったな。


「暑苦しいんですけどぉ」

「そうだねー、もうちょっと大きいパラソルにすればよかったね」

「そういう問題じゃないんですよぉ?」

「ところでクラリッサは胸大きいね」

「……話聞いてますかぁ? こんなもの、弓を引くのに邪魔なだけですよぉ」


 アリカのマイペースぶりにはクラリッサもかなわないらしい。

 怒っていきなりキレたりしなきゃいいけど。

 ちょっと心配になって体を起こすと、それとはまた別の問題がやって来た。


「ねえ、君たちかわいいね。どっから来たの?」

「俺らこのへん詳しいからさあ、楽しいところ行かねえ?」


 出た、クソイベント発生。

 こういう所には必ず出ると言われているチャラ男のおでましだ。

 私はともかくとして、アリカの容姿ならチャラくなくても寄って来てしまう気持ちはわからくもない。クラリッサも黙ってれば美人だし。

 だかしかし、気持ちがわかるからといって許すわけにはいかない。

 楽しいひと時に水を差してくれちゃって、どうなるか思い知らせてやろうか……?


 すると、私が行動に起こす前にクラリッサが立ち上がった。


「おおっ、お姉さんスタイル良いねえ。楽しい事しようぜ!」

「楽しい事、ですかぁ?」


 それは一瞬の出来事だった。

 クラリッサの体が少し動いたかと思うと、チャラ男の腕が一瞬にしてねじりあげられている。

 速い! いつの間に掴んだのか見えなかったよ。


「いででで! 何すんだ!」

「何が「いでで」ですかぁ? こぉんな貧弱な細腕で何ができるって言うんですかねぇ?」


 それを見て、もうひとりのチャラ男がクラリッサに掴みかかろうとする。


「てめ、調子に乗ってんじゃ――」


 ドガッ! しかし、激しい衝突音でチャラ男Bの声は遮られた。

 クラリッサは空いているほうの手で掴みかかろうとしたチャラ男Bをいとも簡単に捌き、そのアゴに痛烈な一撃を加えた。

 力なく尻餅をつくチャラ男B。そのチャラ男B、けっこう体格いいのに……凄っ。


「弱っちいくせにブリアローズをナンパしようなんて、十億年ちょっと早いですねぇ。その程度の事もわからないのなら、このままねじ切っちゃいましょうかぁ!?」

「ひ、ひいっ!」


 クラリッサの鬼気迫る表情とパワーに圧倒され、チャラ男Aはもう失神寸前だ。

 私も何か怖いものにでも変形して脅かそうかと思ってたけど、この光景を見ると同情しちゃうよ。運が無かったねお兄さんたち。


 その後、なんとか解放されたチャラ男たちはほうほうのていで逃げ帰っていった。

 かわいそうに、しばらくビーチがトラウマになるんじゃないか?


「クラリッサすごい! あのお兄さんたちけっこう強そうだったのに!」

「男だとか女だとか、どーでもいい事ですねぇ。ボクに必要なのは強さだけ、当然の事ですよぉ。それに、どう考えてもアレよりもあなた達の方が強いと思いますけどねぇ」


 まあね。特にアリカは腕利きだし、あんなのには負けないでしょ。

 何にせよ、クラリッサのおかげでクソイベはあっさり終了した。


 クソイベが早めに終わったので海遊び再開。

 といっても私の色変えパワーが戻ってないので砂遊びだ。

 ……うーん、地味。それなりに楽しくはあるけど地味。


「さてどうする? そろそろ戻ろっか」

「だね、シャワー浴びたい」


 ビーチ遊びはここまでにして、私たちは砂と塩を洗い流すべくシャワー室へと向かった。

 冷たいシャワーがほてった体に心地良い。残念ながら私に体温らしきものは無いのだけれど。

 気分だよ気分。


 ……ん? シャワー室の壁に小さな隙間がある。

 やだなあ、意外とボロいのかなこの建物。こんな場所に穴が空いてて、誰かが覗きでもしたらどうすん――


「……」

「……」

「ぎ……ギャー!」


 つい汚い悲鳴を上げてしまった。

 す、隙間から誰か覗いてた! 目が合った!


「リプリン!?」

「だ、誰か覗いてた!」


 アリカに知らせると、私はマントを羽織り大慌てでシャワー室を飛び出した。

 外にはローブを纏う人影が、今まさに逃げようとしているその瞬間だった。

 この不届き者め、逃がしてなるものか!


 ドスッ!


 と、ここでまたしてもクラリッサに先手を取られてしまった。

 私のすぐ横をすり抜けて飛んでいった矢がローブの人物に見事命中。ローブの人物はその場に倒れて動かなくなった。

 これで捕まえられる……て、撃ったの!?


「ちょ、ちょっとクラリッサ! なにも撃つことは……。ていうか弓持ってたの?」

「矢が出せるんだから弓が出せても不思議は無いですよぉ? それに心配はご無用、ボクの拷問百足(センティピート)は死なないように捕らえる事もできますからねぇ」


 そう言いながらクラリッサはローブの人物に近付き、うつ伏せになっていたその体を足で押して仰向けに転がす。


「……でも、どのみち同じだったみたいですねぇ」

「……!」


 フードがめくれ、倒れている人物の顔があらわになる。

 その顔は口から泡を吹き、苦悶の表情で固まっていた。おそらく、もう死んでいるのだろう。


「毒で自決ですかぁ、覚悟があって立派な事で、ですねぇ」

「い、いやそれより、これって……!?」


 自決したのも驚きだけど、私にはもっと驚くポイントがあるんですけど。

 だってこの人、肌が深い緑で鋭い角があるんだもの。

 どう考えても話に聞いたグリムゴブリンなんじゃないの!?


「まあ、グリムゴブリンですねぇ。ローブまで着て観光でしょうかぁ?」

「ええ? ここ、グリムゴブリンも来るの? 敵対してるんじゃあ……」

「冗談に決まってますねぇ。おそらく斥候、偵察部隊でしょうねぇ。こんな観光地に何のご用か知りませんが、観光の続きは延期になりそうですよぉ」


 それから私たちは服を着替え、ユークレスの町長に会いに行く事になった。

 クラリッサの騎士団としてのお仕事だそうで。

 ……面倒な事にならないといいんだけど。


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