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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
序章 粘土人間の始まり
3/91

治療したいから脱出したい

 思い出した……、私の名前はリプリン=パフェットだ。

 あの時、浮かれてしまって集合場所を間違えるなんていう失態を犯していた矢先、何か凄い爆発に巻き込まれたような感じだったのか。


 ちょっと待って……、さっき生存者なしって言った?

 そんな……、じゃあ同室のドロシーもメアリも……? あの時間はみんな勤務中だったはずだから……、ああ、何てこと。


 それに私自身も助かったと言えるのか怪しいものだ。なにせ全身がドロドロに溶けて、桶に入れられて運ばれているという有様なのだから。


 さらに悪い状況は続いている。

 さっきから目が見えない、耳も聞こえない。どうやらチャプチャプ揺られている間に、形を保っていた顔の部分も完全に溶けてしまったらしい。

 虚無の空間に浮かべられている気分だった。

 何も感じない、このまま意識さえも闇の中に飲まれてしまいそうだ。


 ……いや、いやいやいや、そんな事あってたまるか!

 誓ったじゃん、絶対に死なないって。感覚が無くてもまだ意識ははっきりとしている、これだけは何が何でも手放してなるものか!


 ん、待てよ。感覚がないならどうして運ばれているとわかるんだろう。

 確か、精神というものは肉体の感覚があって初めて成り立つとか本で読んだような気がする。

 そうか、形は大きく変わってしまったが、逆を言えばただ形が変わっただけ、私の体である事には変わりない。だから触覚はまだ生きてるんだ!

 素晴らしい、たったこれだけの事で暗闇に光が差した気分だ。これが希望ってやつ?


 私がささやかな喜びを噛みしめていると大きな揺れを感じた。

 この感覚は……、容器の中身を入れ替えているような、たぶんそんな感じ。

 この場合の中身とは私自身の事だから、どこかに辿り着いて新たな入れ物に移されたという事だろう。という事は医療所に着いたのかな。


 さあて、何らかの治療はしてもらえるかもしれないけど、なにせ前代未聞の症状。私が読んでいた本にもこんな事例は載っていなかった。

 治療の効果が出るかもわからないし、こっちからも何かしないとマズイんじゃないかな。

 とりあえず情報を整理しよう。

 今わかっているのは、私の全身がドロドロの半液状になっている事、五感はほぼ失っているけど触覚は残っている事、そして、こんな状態でも生きているという事、こんなところか。


 うーん、とりあえず外の情報を得るために視覚か聴覚は欲しいなあ。

 視覚を得るためには目が必要だ。

 目って不思議な器官だよね、すごく大事なのにむき出しかつ壊れたら治らないんだから。まあ、それほど複雑な構造してるって事だろうから、今ここですぐに手に入れるのは難しいだろう。


 じゃあ頼みは聴覚か……。

 音というものは空気の振動という事らしい、触覚が生きているなら空気の微妙な振動で音を感知できないかな?

 耳でも何でも周囲の音を拾えるもの、どうにかならないかとあれこれ思案する。すると、私のとろけた体に微妙な変化が起きた。

 体のどこかが、わずかだけど動いた気がする。自分ではよくわからないけど、イメージするならパンケーキを焼いている時にできる気泡、あれがひとつだけどこかにある感じ。


 おおっ!? という事は、この体は意外と動くのだろうか?

 試しに何とか動いてみようとしてみるも、残念ながらさすがにそこまでは上手くいかなかった。


 カン カン カン


 ……何か音が聞こえた。えっと、これは固い床を誰かが歩いているような音。

 つまり、聴覚が回復したって事だよね!? うおお、やればできるじゃないか私!


「これが、そうかね?」

「はい、この状態になる前の目撃証言からして、間違いないでしょう」


 足音に続いて話し声もバッチリ聞き取れた。

 この声……、片方は知らない人だけど、もう片方は聞いた事がある。


「この状態でも生命反応があるとは信じられんな……」

「全く前例のない症状です、おそらく爆発事故の影響で複数の術が複雑に交じり合っているのではないかと推測されます」


 爆発事故……、やっぱり魔錬研で事故があったのか。

 その結果、私の体に実験中だった様々な術が同時にかかってしまった、それでこの有様かあ。


「聞こえるかね、パフェット君」


 会話をしていた人の片方が、今度は私に語りかけてきた。

 この声……、やっぱりマギクラフト所長だ!


「あの恐ろしい事故で生き残ったのは幸いだったが、運命は君に更なる試練を与えてしまったようだ。だが、我々が何としても治療してみせる、約束しよう」


 あああ、なんて優しいお言葉。聞こえてます、聞こえてますよ!

 くっそう、全然動けない。これじゃお礼どころか聞こえたという意思表示もできないじゃないのよ。


「生命反応はあるのですが、その他の反応が全く感じられないのです。はたして聞こえているのかどうか……」


 おいこら、だから聞こえてるんだって、余計な事言わないでくれるかな?


「うむ、何か進展があったら教えてくれ。私も色々とあたってみよう」


 マギクラフト所長の足音が遠くなっていく。

 ありがとうございます所長。私もなんとか元に戻って、あなたの期待に応えてみせます!


 と言ったものの、とろけた私にできる事はそうはなかった。

 何かしらの回復魔法がかけられたり、薬のようなものが投与されたり、時には体の一部をちょっとだけ採られたりするのを感じる毎日。懸命に治療してもらっているというのに私の体は相変わらず、意識がはっきりしているだけに申し訳なく思っちゃう。

 いちおう、私の方でも努力はしている。

 五感のうち触覚と聴覚は戻った、あとは視覚と嗅覚と味覚。このさい嗅覚と味覚は後回しだ。


 それから大事なのは体を動かす事。スライムだって動き回ってるんだ、魔物にできて私にできないなんて事はないはず。……って、できないんだなこれが。

 うーん、何か動きの起点になるものがあればいいんだけど……。


 特に有効な策が見いだせないまま時間だけが過ぎていく。

 人生最悪の爆発事故から数日。いや、数週間? 数か月?

 とにかく結構な時間が経ったと思う。正確な事が何ひとつわからないのが悔しい。


 で、ここ最近、ちょっと違和感を覚える事が起きている。

 まず、投薬の量が多くなっている気がする。でもこれはまあ、効果が無いから投薬量を増やすとか、違う薬を試しているとかそういう事なんだろう。

 次に、回復魔法をかけてくれなくなった。これもまあ、効果が見込めないから無駄な事はやらないとかそういう方針なんでしょう。


 ……でも、次のがちょっとわからないんだ。

 何と言うか、時々攻撃を受けているかのような感覚がある。

 治療の人たちに伝わっているのかはわからないけど、私には触覚と聴覚はある。だから火で炙られたり電流を流されたり、刃物をブッ刺されたりすると、そういう事をされているというのはすぐにわかるのだ。触覚と痛覚が別物なのか、痛くはないんだけどね。

 これらはどういう意図でやっているのだろう? 医療行為……のはずなんだけど、私にはよく理解できなかった。


 それからさらにしばらく後。

 幸か不幸か、最近感じるようになった違和感の正体、私に理解できなかった治療の意図を知る機会が訪れた。

 周囲の様子を知るすべは、現状だと聴覚がほぼ全て。それにより、決まった間隔で人がやって来ては治療を行っている、というのを私は感じている。


 それで、普段は会話なんてほぼ聞こえないけれど、その日は少しだけ声が聞こえてきたのだ。


「こんな状態でも生きているんだろ? 元は若い娘らしいが、こうなっちゃお終いだな」

「無駄口を叩くな。国王が不死細胞の研究に躍起になっているからな、どんな実験をしてでも成果を出さないとこっちの首がやばいんだぞ」


 ……え?

 何て言った? 実験だって? 治療じゃないのかよ!

 いったい何があったんだ? マギクラフト所長はどうしたの? 私を元に戻してくれるって言ったんじゃなかったの?


 言いたい事も文句もあるけど、今の私にはどうしようもない。

 私が聞いているとも知らず、研究員らしき男たちは話を続けている。


「国王もだいぶおかしくなっちまったからなあ……。あんな優秀な魔術師を国外追放にするなんて、どうかしてるよ」

「おい、滅多な事を言うな。誰かに聞かれたらお前もマギクラフトみたいにタダでは済まないぞ」


 んなっ……、マギクラフト所長が国外追放!?

 素人の私にもわかるぞ、あんな凄い魔術師を手放すとかバカじゃねーの国王!

 いや、それより不死細胞の実験とか、切迫してるのはそっちのほうか。

 要するに私の体を研究して王様が不死身とかそういうものになりたいってわけ? 冗談じゃない、私は元に戻りたいんだよ!


 ひとつ確実なのは、このままここにいたとしても、もはや回復の見込みはないという事。それどころかどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。

 やるべき事は決まった、ここから脱出する!


 その日から、私は今まで以上に思考錯誤する事になった。

 まずは使える聴覚をフル活用、研究員の出入りのタイミングや時間を可能な限り把握する。治療を行う気が無いのなら、こちらから情報は与えてやんないもんね、隙を伺うんだ私。


 人の気配が無くなったのを確認すると、今度は感覚や動きを取り戻す特訓。

 実は、長く時間がかかったけれど、少しずつ眼の生成が出来ている。

 要するに外部の映像を映し出して感知できればいいんだ、光を通す穴とそれを受け取るもの、それだけ作れれば何とかなりそうな気がする。


 そして体全体を動かすためのもの、ここでは触手のようなものを想定した。

 一本でも伸びて動かせる触手ができれば、それをひっかけて体全体を引っ張れるはず。こちらも時間をかけたかいがあって小さなでっぱりが形成されつつあるのを感じている。


 よしよし、上手くいっている……気がする。

 とにかく諦めてはダメだ、これを完璧にできるまで繰り返す。もちろんバレないように。



 *****



 私が不可解な治療の真相を知ってからさらにしばらく後。

 その日は研究員の数が少ない、にもかかわらず慌ただしい様子が感じ取られた。


「おい、実験はどうなってるんだ!?」

「それが……、いまだ特に目立った反応が無く、人体に応用できるような成果は確認できておりません」

「くそっ! ……隣国に不死細胞の研究が漏れたらしい、今にも攻めてくる準備をしているとのもっぱらの噂だ」

「えっ、そんな、どこから……?」

「知るか、そんなのどこからだってあり得る。戦争になればここが真っ先に狙われる、見つかる前に逃げる準備をしておけよ!」


 今度は戦争か……、物騒なもんだね。

 なんて余裕ぶってる場合じゃない、狙いは他でもない私なんだから。

 いやいや、これはマズイよ。研究員の人たち、危ないから私なんか放っておいてさっさと逃げた方がいいんじゃない?

 ま、バカ国王がそんな事許さないだろうけど。


 もう時間がない。

 その日、研究員が立ち去った後で、私はいよいよ大きなことを試す事にした。

 なんとか形成できた眼もどきをゆっくり、慎重に使ってみたのだ。


「……」


 うっ……、眩しい。

 眩しいけど、それってつまり光を感じられているって事よね?

 相も変わらず無邪気にプヨプヨしている体をなんとか捻り、新品の眼で周囲を見渡す。

 ぼんやりとした映像が次第にくっきりと鮮明になっていく。……やった、やった! 久しぶりに私の体に視覚が戻った!

 うえ、気持ち悪っ! 久しぶりすぎて酔った。

 ま、まあ、これは徐々に慣らしていこう……。


 それにしても……無機質な場所ね。

 私は入れられていたのは医療所とは程遠い、どう見ても隔離された怪しい施設。

 金属で補強された石壁からは絶対に逃がさないぞという意思を感じる。

 拷問器具のような道具や怪しい薬品もある。あんなものを使われていたのかと思うとゾッとするよ。

 しかも私がいるのは檻の中に置かれた金属タライときた。確実に人の扱いされてない。


 ……まあいい、今はそれどころじゃないから。

 気を取り直してお次は触手を試してみよう……と思ったその時、ズンという地響きのようなものを感じた。

 同時に遠くから騒がしい声が聞こえる、何を言っているのかは聞き取れないけど相当慌てている様子だ。

 まさか、いよいよお隣が攻めてきた!?

 何てこった、もうこんな所に一秒だっていられるもんか。私は帰らせてもらう!


 焦る気持ちをなんとかなだめながら、私はぶっつけ本番で触手のテストを行わなければならなくなった。いや、本番だからテストとは言えないか。

 幸いな事に視覚は回復した、何とか手を伸ばせれば……、ぐぐっ、う、うおりゃー!

 気合一発、体から一本だけにょろりと伸びる何かを生成することに成功。お次はこれを引っ掛けて体を引きずっていくわけだ。

 形を作ってしまえば後はけっこう楽勝だった。鞭のようにしなって伸びる触手は目標をバッチリとらえる事に成功。

 目標はどこか、それは不本意ながら排水口だよ。


 う……、汚い。どう見ても地下牢の排水口だ。

 しかし贅沢を言っている場合ではない、こうしている間にも戦火は広がっているだろうし、どちらの陣営でもいつ私を確保しに来るかわからない。

 私は覚悟を決めて排水口へと滑り込んだ。うわーん、変なものと混じったりしませんように!


 暗く汚い排水管、そこを乗り越え流れゆき、私はどうやら川へと流れ着いたらしい。

 うおお……ものすごい体験だった……。もちろん、二度とはゴメンだ。

 それはそうと、何がどうなったのか、流れている間に何があったのかはわからないけど、私の体はちょっとだけ人間に近い形に戻っているような気がする。

 まだところどころはドロドロしてるけど、たとえば触手の先が枝分かれして指のようになっている。そう、人間の手のように。

 その手が生えている根元は肩のような形状になり、その上には視覚と聴覚のある玉が乗っかっていた。頭、ってことか。

 体自体もさっきよりは断然動かせるぞ。人間、必死になれば意外となんとかなるもんだ。


 頭が形成され姿勢が高くなったことで、私の視界はより広くものを見られるようになっている。

 そして、私がそこで見た光景は、川の対岸からさらに遠くに見える城下町、その最後とも言える燃え盛る炎であった。


 街が……燃えている……の?


 やっぱり、隣国が攻めて来ていたのか。

 ……ハッ、じゃあ私の村は!? 小さな村だから、もし侵攻経路にあったのならひとたまりもない。

 ああ、スフレ……、無事でいて……。


 でも、今の私にはどうすることもできない。

 いや、ひとつだけ、今の私には逃げる事しかできない。

 私はいまだままならない体を引きずり、街から離れた深い深い森の奥へと必死で逃げ続けた。

 決して誰にも捕まらないように、何が何でも生き延びるために。

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