ベーコンは乗せない派
「ほれ」
テーブルの上にあつあつのパンケーキが置かれる。
いい時に来たねクラリッサ、今はちょうどお昼ご飯の時間なんだよ。立ち昇る湯気と甘い香りがなんとも心地良いでしょう?
アリカの要望もあってもう一枚パンケーキを焼いたんだ。ありがたく、そして美味しく食べるがいい。
「はぁん? お昼にパンケーキだなんてスイーツ脳してますねぇ」
「いらないんなら下げるけど」
「大体、あなたが作ったものなんですよねぇ? そんな気色の悪い物、ボクが食べるわけ――」
グゥ~
おやおや、何の音かな?
ちゃっかりテーブルについてる騎士さんの方から聞こえたような気がしましたけど?
「それじゃ下げますねー」
意地を張っているやつに食わせるパンケーキは無い、このパンケーキは没収です。
ドスッ!
ギャー!
さ、刺された。パンケーキ下げようとしたら尻を刺された!
見ればクラリッサのやつ、矢を生成して矢尻で私の尻を刺してくれちゃってる!
シャレが効いてるね、なんて言ってる場合じゃない。
「痛い! 何すんの!?」
「あ~ら、ごめんなさいねぇ。ちょうど矢が出る時間だったもので、ですねぇ」
「そんなわけあるか!」
ふたりの間でバチバチと飛び散る火花。
でもこんな事をやってると、しまいには大変な事になるんだぞ。
バン!
ほうら、我が家の主が机を叩いてお怒りだ。
「もう、ふたりともケンカしないの! ほら、ちゃんと席について食べる!」
案の定アリカに怒られた。お前のせいですクラリッサ。
気を取り直して、今度こそ三人ではじめてのランチ。
クラリッサも結局食べる事にしたみたい、最初から意地なんか張らなきゃいいのに。
憎まれ口を減らす気は無いようだし。そんなんじゃ味が変わっちゃうぞ。
「ふっ、ボクは普段は王都勤めですからねぇ。こんな素人のパンケーキなんかじゃあ――」
一口食べたクラリッサの動きが止まる。
ふっふっふ、たかがパンケーキと侮るなかれ。粉からこだわったリプリンちゃん特製のパンケーキでございますよ。
たまに妹に作ってやったっけなあ、評判良かったんだよ。
「ふっ、ぐっ……。ま、まあ味は良い、ですかねぇ」
「でしょー? リプリンてばとってもお料理上手なんだよ!」
パンケーキを食べて顔が引きつるやつなんて初めて見た。
まったく無理しちゃって、アリカを見習いなさい。
美味しいときは素直に美味しいと言うのが、より美味しく食べるコツですよ。
「む……なんですかぁ? その顔、ちょっとムカつきますよぉ」
私のドヤ顔が気に入らないって? そのくらいいいじゃないの。
こっちはお前なんか嫌いだけど、手を抜かずに美味しいもの作ってやってるんだから。
食器だってお前の分を用意するの大変だったんだぞ。
個人的な気分の問題だけど、食器がお揃いじゃないと気持ち悪いんだからな!
……あれ、そういえば私が初めてこの家に来た時、いや初めての時は缶詰だったけど。
最初に料理を作った時は普通に私の分の食器もあったっけ。
アリカはひとりで暮らしてたみたいだけど……お爺さんの分かな?
「ねえリプリン、ジャムってまだあった?」
「ジャム? あるよ、ちょっと待って」
アリカがパンケーキにジャムを乗せたいと言うのでジャムを取りに……行かなくても大丈夫。
こうやって文字通り手をのばしてジャムをキャッチ。
私も座ったまま遠くの物が取れるから助かる。
「……やっぱり化物ですねぇ」
その光景を見たクラリッサが当然のように引いているけど気にしない。
使えるものは使うって決めたし、あんたももう私の事は知ってるでしょ。
遠慮なんかしないよ。
「化物でけっこう、中身は同じなんです。ちゃんと聞いてたよ、「何事も無いように」って言ってたの。つまり私には手を出せない状態にあるって事だよね?」
「そうですねぇ。バレないくらいに留めておきましょうかねぇ!」
「さっき思いっきり刺されたんですけど!」
事あるごとにバチバチ火花が散る。
そんな私たちの横から、アリカの半分諦めたようなため息が聞こえた。
*****
翌日の朝、あまり寝ないとはいえ寝覚めは最悪。その理由は寝室にある。
家全体が狭くなったので、当然寝室も縮小されている。
私とアリカだけなら十分だけど、そこにクラリッサまで入るとなると話が変わってくる。
ベッドふたつがギリ入るだけの寝室に三人は厳しい。まさか同じベッドに添い寝するわけにもいかないだろうし。
どうあっても一人は床か、どこか違う場所で寝てもらうしかない。
「絶対に、嫌ですよぉ」
なのにクラリッサときたらこの調子。
しかも同じ部屋に寝るなどあり得ないなんて言って、寝室ごと明け渡すように言ってくる始末だった。
当然、そんな事など認められるわけがない。
だいたいここはアリカの家だぞ、いきなり来た客が文句を言うな。
「魔物や危険人物と同じ部屋で寝るなんて、何があるかわかったものじゃありませんからねぇ。これは正当かつ当然の権利ですよぉ」
「ムチャクチャ言うなこいつ」
警戒するのは勝手だけど、寝るのにその革鎧のままでいいのか?
着替えが無いからお風呂にも入ってないし、疲れ取れないぞ。
「ねえクラリッサ、わたしのパジャマ貸すからお風呂に入ってきなよ」
「余計なお世話ですねぇ」
アリカが優しくしても聞く耳を持たないなんて、いつまでそんな態度でいるつもり?
王国の命令だか知らないけど、あまり迷惑かけるようなら出ていってもらうよ。
状況的には無理かもだけど。
すると、私がそう思っているのを察したのか、私の顔を見てアリカが頭を横に振った。
「クラリッサ、本当はそこまで警戒なんかしてないんでしょ? だってリプリンの作ったごはん、ちゃんと食べてくれたもんね」
「……ぐっ」
アリカさん優しい、天使か。
クラリッサめ、ここまで言われて心動かさなかったら許さないぞ。
「うっとうしい、ボクはもう廊下でいいのでとっとと寝ますねぇ」
そう言うとクラリッサは毛布だけ持って廊下に横になった。
ええ、本当にそこで寝るの? 本人が言うのなら止めないけどさあ。
「ふうん、まあいいけどね。それじゃ私は自分のベッドに――」
ドスッ!
ギャー!
う、撃ったな? 完全に狙って撃ったなコンチクショウ!
私の頭にきれいに突き刺さるクラリッサの矢。
普通こういう時は進行方向の壁とかに突き立てるもんだろう!?
「何すんの!」
「ボクが廊下で寝てるんですよぉ? あなたがベッドで寝てたら腹立つじゃないですかぁ」
ムッカー! なんて言い草。
アリカさんからも何か言ってやってくださいよ。
「リプリン、クラリッサは急に手ぶらで人の家に泊まる事になって緊張してるんだよ。わかってあげて、ね?」
「えええ……」
そ、そんな……アリカまで……。
くそう、クラリッサのやつめ、ニヤニヤ嫌味な顔を見せつけやがって。
ベッドで寝られない事とアリカに優しくされてる事を合わせて二重に腹立つ!
――そのようにひと騒動あった結果、ベッドはアリカ、廊下にクラリッサ、そして私はキッチンで夜を明かすことに。
「せっかくベッドが空いてるんだから、どっちか使えばいいのに」
アリカはこう言ってくれるけど、それだとこの分からず屋が納得しないんだ。
私だってクラリッサが私のベッドでアリカの隣に寝てたら気に入らないし。
そこはもうこれが妥協案という事で。
夜中、どうしてるのか気になって様子を見に行ったら、クラリッサがいつもの見開いた目で暗闇の中こっちを見ていたからビクッてなった。
正直いつぞやの怪異より怖かったぞ。
物音を立てたつもりはないのに、本当に寝てるのかなあいつ。目を開けたまま寝る人だったりして。
というわけで、今日の寝覚めは最悪というわけだ。この問題は早めに解決したい。
具体的にはクラリッサが歩み寄って欲しい。
それでも朝食づくりに手を抜かない私はとっても偉いね。
ひとつだけわざわざクオリティを下げて作るのが面倒なだけだけど。
朝食を済ませ、今日も今日とて魔術師会本部を目指し大移動。
操縦をしているアリカと違い、私は乗り物に乗っているだけだから楽でいい、でもちょっと暇だなあ。
こうして正面の大窓から外を眺めているだけでも悪くは無いけど、もう少し刺激があれば……。
ゴウン
「おわっ!」
その瞬間、屋敷が急停止したため窓辺にいた私はバランスを崩し窓から落下。
とっさに窓のふちを掴んだので、下まで落ちるのはかろうじて防げた。
刺激といってもこういう刺激を求めていたわけじゃないんですよ。
「リプリン! ……あれ、リプリン?」
アリカの声が聞こえる。
急に家を止めるなんて何かあったのだろうか?
「こ、ここにいるよ、どうかしたの?」
「うん、あれ見て!」
私がどうして窓の外側にいるのかも気にして欲しいなあ。
窓をよじ登りながら、アリカの示す方を振り返る。
少し離れてはいるけど、そこには海が広がっていた。すぐそばには港町もあるようだ。
「あそこは港町ユークレス。漁業の町だけど、ビーチが有名な観光地でもあるんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「だ・か・ら、ちょっと寄っていこうよ!」
「えっ!?」
寄っていこうって……そりゃあ観光スポットなんて魅力的な響きだけれども。
私たちは旅行をしているわけじゃあない、問題を解決するための旅路の途中なのだ。
「魅力的なお誘いだけどさあ、わりと急ぐ旅路じゃなかったっけ?」
「どうして?」
「いや、どうしてって。多少の余裕はあるかもしれないけど、こうしてる間にも――」
すると、アリカが無言で部屋の隅を指差した。
そこにいたのは何かを読んでいるクラリッサ。騎士さんはいつでも忙しそうで大変ですね。
「……あ」
騎士? ああ、そうだ、そうだった。
王国議会は私の処分を保留にしたんだっけ。じゃあそんなに急ぐ事もない……かな?
「なんですかぁ? 人の事、指差さないでくれますぅ?」
「いやなんでもない、こっちの話」
私の身柄を預かっている、という事になっているクラリッサがいるのが何よりの証拠。
少なくともクラリッサが一緒にいれば国から追われるような事はないでしょう。
「ね?」
「うん、だね」
最低限の意思疎通だけで笑い合う私とアリカ。
よおし、それじゃせっかくだし、ちょっとだけ観光といきますか!
「なんなんでしょう、気持ち悪いですねぇ……」
ひとりだけ状況を理解していないクラリッサの冷たい視線なんかほっといて、楽しい事を目の前にした私たちの心は踊るのであった。