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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第三章 粘土人間の胸の内
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招かれざる客を招いてみた

 今日は魔術師会本部へと向かう出発の日。……少なくともその予定。

 そういうわけでシュイラも家の前まで見送りに来てくれている。

 その一方、私の心にはある不安が居座ったままだ。

 だって出発の日だというのに荷造りとかしてないよ?

 アリカは手伝うどころか「しなくていい」の一点張りで、結局私に荷造りをさせなかったし、その理由も教えてはくれなかった。

 こうしてシュイラと一緒に外から家を眺めていていいのかな。


「うーん、もうちょっと離れて!」


 私の心配をよそに、二階の窓からアリカが叫んだ。

 言われた通り後ろに下がりつつ、確認のため私も叫ぶ。


「このくらいー?」

「うん、そのくらいで大丈夫ー!」

「ねえアリカ、持って行く荷物とかまとめてないけど本当にいいの?」

「いいからいいから。それじゃ、スイッチ・オン!」


 ゴゴゴゴ……。

 低い音と共に屋敷が揺れ始めた。

 うわ、なんだ? 地震かと思いキョロキョロしていると、お次はガタガタと音を立てながら屋敷の形が変わっていく。

 驚く間もなく、あっというまにアリカの家は少し小さく形を変えてしまった。

 しかもそれだけではない、足が生えている。

 他ならない、屋敷の下に。円柱状の足が四本も。


「おお、久しぶりに見るけどやっぱ凄いな」


 あっけにとられる私とは対照的に、シュイラは見世物でも見ているかのように笑っていた。


「シュイラさん、知ってるんです?」

「前に一度だけな。なんでも発明家だった爺さんの遺したものらしい。移動式歩行ハウスだったか? そんな名前だったな」


 移動式歩行ハウス……。

 自分の住む家を歩かせて引っ越しできるようにしたのか、凄い発想。

 でもアリカのお爺さんはトレジャーハンターじゃなかったっけ? ずいぶん手広くやってるのね。


 歩行ハウスはぐっと膝を曲げ、蜘蛛のような体勢になり全体を下げた。

 開いた玄関ドアの所にはアリカが立っている、いかにも自慢げな表情で。

 手を腰に当て胸を張ったそのポーズからは離れていても鼻息が聞こえてきそうだった。


「どう、すごいでしょ? 散らかっててしばらく使えなかったけど、片付いた今では問題なく使えるようになったよ!」

「そんな機能があるんなら、まず散らかさないように気を付けなさい」

「まあまあ、遠出に間に合ったからいいじゃない」


 アリカに反省の色は無い、こりゃほっといたらまた散らかすな。

 それはさておき、荷造りが滞っていた理由がようやくわかった。


「なるほどね、これで家ごと移動するから荷造りしなかったってわけか」

「当たり! そういう事です。わたしが荷造りできないわけじゃないんだよ?」


 どうだか。

 まあいいけどね、どうせ私が全部やっておくつもりだったし。


 とりあえずこの珍奇な家には私も興味がある。

 動きやすいように変形しただけあって、家の中は少し狭くなっているみたいだった。

 部屋数も減っている、どこに行ったんだろう。本当に変形だけでここまで変化するか? 発明家おそるべし。


「これってどういう構造になってるの?」

「気にしなーい。おじいちゃんにしかわからないから気にしないのが一番だよ」


 大丈夫かよ、うっかり変な所に挟まったりしないよね?

 でも以前にも使った事はあるらしいし、世の中道具の構造を理解して使っている人の方が少ないだろうし。

 ここはアリカとお爺さんを信じるとしますか。


 玄関の真上にある窓を開け、歩行ハウスからの眺めを確認。

 屈んだような体勢とはいえ、家に足があるとけっこうな高さになる。

 ただでさえ小さいシュイラがさらに小さく見えるよ。


「おーい、オレは別の仕事があるから一緒には行けないが、落ち着いたら手伝いに行ってやるよ!」


 シュイラがこっちを向いて叫んでいる。

 ここは二階だけど高さでいうと三階から四階建てくらいになっている、こっちも叫ばないと聞こえない高さだ。


「はーい、ありがとうございまーす!」

「おう、じゃあな!」


 手を振りながら去っていくシュイラ。

 あの人にもお世話になっている、なんだかんだで面倒見のいい人だ。ちょっと強引で怖い所もあるけどね。

 街で見かけた他のゴブリンの人たちもいい人そうだったし、大昔の事とはいえ交流が無かったというのが今では不思議に思えてくるよ。


「じゃあ、わたしたちも出発しようか!」

「うん、そうだね」


 正面の大窓と同じ部屋にある謎の機械、アリカはこれに入って屋敷を動かしているらしい。

 てっきり窓から視界を確保しているのかと思ったけど、全方位を確認できる高度な技術が使われているみたい。ここでも超技術、お爺さん半端ないな。


 アリカによって起動され、ズシンズシンと屋敷は歩く。

 大きさに比例したけっこうな速度で。


「あー、私、アリカの屋敷が街から離れてる場所にある理由、わかったかも」

「え? なになに?」

「こんなので近付いたらどう考えても街一番の暴れん坊になるから」

「あはは、まあ街の人を不必要に驚かせないようにっていうのは当たりだね」


 下手すりゃ巨大モンスターだもんねこれ。

 なるべく人の多い所は避けて進んでいきましょうか。


 *****


 大きな暴れん坊は主要街道を避けて北上していく。

 アリカが操縦をしている間に、私はお昼ご飯でも作ってようかな。

 思えばこの体にも慣れたもんだ。気を失っていた数十年を差し引いてもけっこう長い付き合いだからね。

 こうしてフライパンを振りながら、ちょっと手の届かない所にあるものを取るのもこれこの通り、移動することなくにょーんと手をのばしてキャッチ。


 便利便利……って、あかん。

 この体を便利に使いこなすほど、確実に人間から遠ざかってる気がする。

 しかしながら現状では元に戻れるアテはない、だったらできる事を最大限に生かした方がかえって近道になるかもしれない。

 うん、急がば回れ、世の中ってきっとそういうもんだよ。今は気にしない事にしよう。


 新たに手に入れたプリズマスギアに関しても、もう魔術師会本部まで行った方が早いという結論になったのでそのままだ。

 ちなみにキノコを使った時の能力は、メロンくらいのサイズの顔と足があるキノコが出てくる事だった。

 一応、意識すればサイズ変更は可能で、言葉で命令する事もできるみたいだけど、正直それが何の役に立つのかはわからない。

 放っておいたら消えちゃったし。


 そうこうしている間にお昼用のパンケーキができたので、アリカを呼びに操縦室へ。

 イス状の機械に座るアリカは忙しそうに手を動かしている。

 複雑そうだもんねそれ、動かせる事を素直に尊敬するよ。


「アリカ、お昼にしよう」

「あ、リプリン。ねえ、前の方に誰かいるみたいなんだけど、ちょっと見てくれる?」

「人? うん、いいよ」


 主な街道を避けて進んでいるというのに、いったい誰がいるというのだろう。

 それを確かめるべく、私は操縦室にある正面の窓を開けた。


「どれどれ、こんな場所にいるなんて、迷った旅人か怪しい集団か――」


 ドスッ!

 ギャー!


 窓を開けたタイミングで見事に私の額を貫く一本の矢。

 いやこれ私のお家芸じゃないからね?

 ていうか、攻撃してきた!? とと、盗賊!?


「リプリン……? わあ!」


 私の悲鳴を聞いたアリカが移動ハウスを一時停止、操縦席から降りてきた。


「あ、アリカ、ダメだって、盗賊だよ! 家を止めないで……!」

「でも、これ矢文みたいだよ」


 え? 矢文?

 あ、ほんとだ。何か手紙みたいなものが付いてる。

 付いてるけど刺さったからね? 矢文でも矢には変わりないからね?


「手紙の内容は……うわ、これ王国の印が付いてる」

「王国の印?」

「王国議会とか王様の直々の命令に付けられる印だよ。……これ、出頭命令書だ、リプリンあての」


 マジか。

 ああ、ホウリさんダメでした?

 私もついにお尋ね者か……。


「こんにちはぁ~! いますかぁ~? いますよねぇ~? ですよねぇ!?」


 外から叫ぶような呼び声が聞こえる。

 聞いた事あるぞこの声、とってもいや~な予感がする。

 王国直々の命令書とあっては無視するわけにもいかないので、私は仕方なく声の主に会いに行った。


「あ、ごめんリプリン、機器を調整するから先に行ってて。すぐ行くから!」

「うん、わかった」


 複雑な機械だ、その扱いも難しいのだろう。仕方がないとはいえひとりで行くのは心細い。

 だってほら、玄関の先にいたのは予想通り、イカれ騎士のクラリッサだったし。

 馬なんかに乗っちゃって、後ろにはふたりも騎士を連れている。

 今日は前よりもかなり軽装で兜も被っていない、すぐに目が怖くなる事を除けば『黙っていれば美人』の典型だと思う。

 性格は外から見えないからね。


「うふふ、お久しぶりですねぇ」

「こっちはあまり会いたくなかったけどね。それにしてもどうしてここがわかったの?」

「不審な家が歩いていれば目撃情報だって入りますよぉ、バカですねぇ」


 ぐっ……そりゃそうだ。それに関しては言い返せない。

 これで目立つなと言われても無理な話だよ、だからこそ街道を外れて進んでたんだっての。


「さあて、本題ですよぉ。手紙にもあった通り、未知の魔物であるあなたは拘束されることになりました、これから王都へ連行してた~っぷり取り調べですよぉ? 専用の監獄なんか見ものなんですからぁ!」


 マジか。二回目。

 ちょ、ちょっと冗談じゃないぞ! 監獄って取り調べも何もないじゃないの!

 いきなりそんな扱い、未知の魔物には人権は無いのか!

 あるわけないか、未知の魔物だもんな!

 いやだから私は魔物じゃなくて人間だってば!


「それに関しまして、ご報告があります」


 私が軽くパニックを起こして自分にツッコミを入れまくっていると、クラリッサの後ろにいた仲間らしき騎士が書面を取り出した。


「報告? 何ですかぁ?」


 クラリッサも知らなかったらしく、不思議そうな顔で受け取った書面を読んでいる。

 すると、いつもニコニコ張り付いた笑顔のクラリッサの顔が、一瞬だけ真顔になるのが見えた。


「クラリッサ殿が大急ぎで飛び出してしまったため言いそびれていたのですが、王国議会はルゾン帝国への対処のため被疑者リプリンの処分保留を決定、身柄はクラリッサ殿の預かりとなりました」


「はあ!?」


 この「はあ!?」は私とクラリッサとで同時に発したものです。

 え、何、つまりどういう事?


「したがってクラリッサ殿には被疑者リプリンの監視任務が命じられました。いずれ処分が決定するまで対象に何事も無いようお願いいたします。それでは別任務がありますので我々はこれで、馬は回収しておきますね」


 それだけ言うと、ふたりの騎士はクラリッサが乗ってきた馬を連れ、あっという間に走り去ってしまった。

 後には呆然とするクラリッサがひとり残されている。

 ぷぷっ、ちょっと笑える状況じゃない?


「あー、オホン。というわけで、あなたの身柄はボクの監視下に入りますよぉ。今まで通りに暮らせるなんて思わないでくださいねぇ」

「……」


 精一杯声を張っているけど、どうにも格好がつかないなあ。

 あんたこれからどうすんのよ。


「えーと……。私たち、これから魔術師会本部に行くんだけど、……乗る?」

「はぁ? 得体の知れない魔物と一緒に来いと言うんですかぁ? ありえませんねぇ!」


 するとそこに、機器の調整をしていたアリカがようやくやってきた。

 やりとり自体はアリカにも聞こえていたみたい、声大きかったからね。


「クラリッサさん、乗らないんですか? この辺りは何にもないし、歩きだと最寄りの村でもかなりかかっちゃいますよ?」

「お仲間が馬連れて帰っちゃったみたいだし。だいたい、私を監視する任務なんじゃないの? 一緒に来ないでどうやってやるの?」


 別にクラリッサをフォローしてやる気は無いけど、微妙に悔しそうな顔がちょっと面白くてつい。

 それに、嫌なやつだけどこんな場所に置いていくわけにもいかないでしょ。


「……仕方ないですねぇ。そこまで言うなら、一緒に行ってあげますよぉ」

「だから、それが仕事でしょ」


 睨み合う私とクラリッサ。

 やっぱりコイツ、嫌い。


「まあまあ、リプリンもクラリッサも、昔の事は昔の事! 一緒に行くんだから仲良くしようよ!」

「アリカ……あんたって子は」

「呼び捨てにしないでくれますかぁ。ボクはあなたの事も好きじゃないんですよぉ」


 アリカがせっかく優しくしてくれているのにコイツときたら、憎まれ口をたたいてさっさと家の中に入ってしまった。

 むぎぎ……腹立つ。


「あー、これは時間がかかりそうだね」

「ねえアリカ、あいつ私の事を撃ったって話したよね?」

「もう、リプリンも昔の事にこだわってるから、相手も尖った態度になるんだよ? こっちから歩み寄ってあげればきっと大丈夫、ね?」


 そういう問題か? そういう問題なのかなあ?

 疑問には思うがこの笑顔には勝てない。

 そういや見ず知らずの粘土人間を連れて帰るようなやつだった。誰とでも仲良くしたいタイプなのかなあ。

 ……わかったよ、私の方が何とかしてみる。相手次第な気もするけど、ね。


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