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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第二章 粘土人間と異界遺物
26/91

交渉は決裂しました

 ネバネバ菌糸の上に思いきり落ちたものだから、もう全身がベットベト。

 でも見覚えのある場所ではあったので許す。

 この先をまっすぐ行けば、さっきのキノコやサンショウウオに会えるだろう。


 辺りの空気はすでに汚染されているのかほんのり黄色がかっている気がする。

 それは先に進むほど顕著になっているみたい。

 あのキノコたち、セキュリティ強化のつもりかとにかく毒をばら撒いてるのか?

 残念でした、あいにく私にはそういったものが通じません。


 壁際に隠れつつ様子を伺うと……ほらやっぱり。

 キノコたちは一生懸命に毒胞子をばら撒いている。

 しょせんはキノコ、人間の想像を上回るような事はできないんだね。


 おっと、それはいいけどどうやって進んでいこうか。

 このまま行ってもいいけど、それだと確実に見つかる。目のあるキノコもいたからね。

 もしそうなれば口だけあるキノコたちと一緒になって騒ぎ立てるのだろう。


 キノコだけなら鬱陶しいで済む、なぜって動けないから。

 でも問題は王様気取りのサンショウウオだ。

 私もけっこう強くはなったけど素人は素人、魔物に先手を打たれるような事態は避けたい。

 逆にこっちが不意を突いて先手を取るくらいじゃないと。


 ……そういえば、さっきゲッペルハイドに押し付け、いや、もらったプリズマスギアがあるんだっけ。

 〈無限色彩鏡〉だったかな? 物質の色を変えるらしいけど、だとするとあの使い方ができるかもしれない。


 意識を集中し、体内の〈無限色彩鏡〉を強くイメージする。

 プリズマスギアを使う時は何らかのスイッチみたいな行為があるらしい。

 ロザリオでホウリをワープさせた時もそうだった、あの時は拒絶とか離れて欲しいとかそういった感じの事で発動したと思われる。

 慣れればもっと簡単かつ自由に使いこなせるかもしれない……けど今すぐは無理だな。


 お、きたきたきましたよ。狙い通り、手の先が透けたようになってきた。

 といっても透けているわけではない。完全に透明になるのは問題も多いだろうし。

 私が今やっているのは迷彩だ、カメレオンとかタコとかがやるやつ。

 カメレオンは違ったかな? まあいいや、とにかくそういうの。


 タコ式保護色迷彩は手の先から全身に広がっていった。

 なかなかすごいぞこれ、私が自分の体表の色を変えているわけじゃないから服ごとカモフラージュできてる。

 壁に沿って手を動かしたら模様に合わせて色も動く。

 私の要望に合わせてくれるなんて、素晴らしいプリズマスギアだなあ。


 ――よし、準備は整った。

 このままゆっくり進めばバレないはず。……バレないよね?

 半分願望だけど、他に手はない。私は慎重かつ大胆にキノコたちの前を歩いていった。


 ……。

 …………。

 見てる? 見てない?

 わりと目の前にいるのだけど誰も反応しない。うん、バレてない。

 このまま王様サンショウウオのところまでスムーズに行けそうだ。


 毒の充満した通路を抜け、私は再び広間へと辿り着いた。

 広間にも毒の胞子が充満している、このほんのり黄色い空気って嫌な感じ。

 王様サンショウウオはといえば、相変わらずの巨体でぼんやりと佇んでいる。

 こいつには毒は通じないのだろうか、不思議なもんだね。

 さーてと、ここからどうしたものか。やっぱり王様ってくらいだからこいつを何とかすれば事態は収まるかな?


 攻め手を探して様子を伺っていたその時、グラリと世界が揺れた。

 いや、地震とかそういう事じゃない、正確に言えば私がめまいを起こしたのだ。

 あれ、なんだこれ、疲労感?

 この体になってから、めったに感じる事のなかった強い疲労が全身を襲う。

 立っていられなくなった私は膝から崩れ、ネバネバが敷き詰められた床の上に両手をついてしまった。


「何者だ!」


 サンショウウオをはじめ、顔のあるキノコたちが一斉にこちらを向いた。

 あれっ、バレてる?

 それもそのはず、床についた手を見ればいつも通りの粘土色。

 どうやらめまいと疲労感で倒れた時に色が戻ってしまったらしい。

 そうか……この〈無限色彩鏡〉は消耗が激しいのがデメリットなんだな。

 しっかり覚えたよ、次に生かせるかはこれからの状況次第だけどね!


「貴様、上に住んでいる人間か。……人間、か?」


 なぜ聞き直す。なんだよその疑問形は、私は人間だっての。

 なんて、いちいち言い訳するのも面倒になってきた。こんな見た目じゃ無理もない。


 それはそうと、こいつとはついさっき会ってるはずなのに、この反応はどういう事?

 私の事を認識してはいるみたいだけど……もしかして、こいつは私を『直接見て』はいないのかもしれない。

 いや待てよ、それだったら保護色迷彩でも意味ないはずだよね。

 じゃあ私を見ているのは別の何か……そう、周りにいる顔つきキノコとか。


 ははーん、じゃあ周りのキノコ刈り取ったらどうなるんだろうね?

 このくらいの相手なら大きな変形は必要ない、草刈りをするような感じだよ。

 ちょっと手を大きくして指先をクロー状に固く尖らせるだけで十分!


「はっ!」


 私は周囲を見渡し、このサンショウウオに視覚情報を提供しているであろうキノコに狙いを付けた。

 目標は目のあるキノコ、片っ端からバッサリいっちゃうもんね。

 〈無限色彩鏡〉を解除したせいか体力が戻っている、元気いっぱい私のターンだ!


「おのれ、蛮族が! 言葉も持たず暴力に訴えるとは下等も下等よ!」

「お前が言うな、この毒吐きサンショウウオ!」


 物理的な毒を吐いているのはキノコ、サンショウウオは違った意味の毒を吐いている。

 ……いや、そんな事はどうでもいい。

 思ったとおり、目のあるキノコの数が減るにしたがってサンショウウオの動きがどんどん鈍くなっている。

 追い打ちとばかりにどんどんキノコをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 ちぎっているわけじゃなくて切り裂いているんだけども。

 ついにはサンショウウオはその動きを止め、私の方を向く事さえしなくなった。


 はは、やったね、私ひとりでもいけるじゃん!

 毒にばかり頼っているからそういう目にあうんだよ。


 ……ところで、ひとつ疑問に思う事がある。

 周りのキノコが視覚情報を提供していたとして、それはどうやって伝えられていたのだろう?

 何か、サンショウウオとキノコとで共有するものがあったという事だろうか。


 その疑問の答えは動きを止めたサンショウウオ自身にあった。

 さっきまでとは様子が違う。

 四本の足が潰れ、体全体が沈み込むように低くなっている。


 うげ、気持ちわるっ!

 よく見れば体のあちこちに隙間のようなものが見て取れる。どうやらサンショウウオのように見えていた部分もまた菌糸の塊だったらしい。


 そうか……! こいつ、もしかしたらサンショウウオもキノコも全部合わせて、このベトベトした菌糸全体が体なのかも。

 視覚を伝えるもなにも、大きな意味では自分の体で直接見ていた事になるのか。

 私の事を覚えていなかったのはただ単にアホなだけという事だな、菌糸に脳はないから。


 些細な疑問が解決したのはいいけれど、状況はそれどころではなくなっている。

 ベトベトの菌糸がサンショウウオに集まっていき、その体をどんどん大きく膨らませていた。

 口のような部分が縦に大きく開き、その中から人間の顔のようなものが現れた。

 なるほど、本体である人面キノコが菌糸を束ねて仮の体を作っていたのか。

 今度は自分の目でしっかりと私を見ているってわけね。

 アリカが「外側はにせもの」だって言っていた意味がようやくわかった。

 それにしてもアリカったら、ちょっと見ただけでよくわかったな。


「人間モドキがいい気になるな。ここで我が王国の堆肥にしてくれよう」


 キノコ怪獣が今度は自らの口で喋っている。

 モドキって言うな、あと堆肥もお断りだね。


 しかし現状は余裕こいてる場合じゃないかもしれない。

 いかにも怪物ですって感じのこの見た目、デカいからシンプルに強そうだぞこいつ。

 今更だけどちょっと怖くなってきた。


「このっ!」


 さっきと同じ要領で斬りつけてみる、けど……ダメだ。

 傷は浅いしすぐ治る、ダメージにはなってないなこりゃ。

 くそう、まるで私みたいな体しやがって。


 さあて、どう攻めて来る? ヒラリと華麗に回避しちゃうよ。

 なんて思っていたらいきなりの突進攻撃が炸裂!

 牽制とかなしに全力で突っ込んでくるのってあり!?

 キノコ怪獣は体もデカけりゃ口もデカい、高速で迫る大きく裂けた口に私は為す術もなかった。

 というわけであっという間にバックリと一口でいかれてしまった。やば、食われた。


「……」

「……」


 何が気まずいって、さっき人面キノコが私を見ていた時の事を思い出せばわかる。

 そう、大きく裂けた口で私を飲み込んだはいいけれど、その口の中に本体の人面キノコがあるんだもの、どう考えてもご対面になっちゃうでしょうよ。


「おのれ賊め、我の懐に飛び込むとは!」

「あんたが飲み込んだんでしょうが」


 さてはこいつも勢いだけの無策だったなこりゃ。

 くっつきそうなくらいの距離で顔を突き合わせ、私とキノコは膠着状態。

 挟まれている私はほとんど動けないし、このキノコも解放する気はないだろう。

 私は窒息も圧死もしないから、この状況が延々と続くことになるぞ……どうしたもんか。


「……で、これからどうするつもり?」

「策も無く突入するとは愚鈍の極み也、我らに強硬策を使わせるは汝らの野蛮さ故と知れ」

「それってどういう意味よ」

「毒の効かぬ貴様がここで足止めされている間に、家臣たちが上の街に毒をばら撒くという意味だ」


 わあ、意外と親切。解説どうも。

 そうか、こいつには部下がいたんだった。

 キノコに足でも生やすのか、このまま上に向けて毒を撒くのか、どんな方法だろうとこのままにしてはおけない。

 だからといって私もほとんど動けない。

 こういう時は……また『嫌だけど仕方がない』パターンかなあ。

 ええい、ままよ!


「はい、ちょっとごめんね」

「?」


 私はわずかに動く右手をのばし、人面キノコにそっと触れた。

 と言うより、無理にのばしてるから細くなってるのでそっと触れるのがせいぜいなんだ。

 でもこれでいい。

 ふう……それじゃあ、やるか。


「強制排出!」


 私の言葉と同時にエネルギーのほとばしりを感じた。

 その瞬間、目の前にいた人面キノコの姿が跡形も無く消滅。同時に、心臓なのか脳なのか、体の核を失った菌糸怪獣が形を失いみるみるうちに崩れていった。


 その反面、私はといえば力なく床に広がる菌糸の絨毯の上でうずくまり、小刻みに震えている最中です。

 うごご、また恐ろしいイメージや負の感情が流れ込んでくる。

 二回目だけど相変わらずキツイ。震えと吐き気で数分は身動きが取れなくなってしまうのが、この力の難点というか代償だな。


 そう、これはあのロザリオに込められた力、プリズマスギアの力だ。

 教会で起こった事やホウリの身に起こった事象を(かんが)みて、私の睨んだ通り『強制排出』の力を持っているらしい。

 つまり、あの人面キノコも消滅ではなくどこか別の場所に移動しただけなんだな。

 菌糸怪獣の外に核であるあいつを放り出せればそれでよかったんだけど、周囲に姿は見当たらない。

 この分だと部屋の外か、もしかして地下水道の外にまで飛んでったとか?

 うっ……ダメだ、確認して追いかけたいけどやっぱり動けない。


 そして動けない私に近付く気配、それもひとつやふたつではない。

 チラリと目をやり見てみれば、群れを成して迫って来るキノコの山。


「王よ王よいずこへ」

「逆賊である逆賊である」

「タケノコあれタケノコあれ」


 おい、裏切り者が混じってるぞ。

 なんて楽しい冗談を言っている場合ではない。やっば、囲まれてるし。

 何体か人間くらいのサイズでマッチョな腕まで生やしてるキノコもいる。

 ぐぐっ、まだ動けない……これってまたしても大ピンチですか?


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