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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第二章 粘土人間と異界遺物
25/91

忘れ物を届けて紅茶を救え

「アリカ、しっかり!」


 出入り口まで逃げてきた私は担いでいたアリカをいったん座らせた。

 あのキノコたちはここまでは来ていない、毒も範囲外のようだしとりあえずは安全だろう。

 外との境のこの場所、空気がいいとは言い難いけど中よりはマシだ。


「うう、ゲホッ!」

「アリカ!?」

「だ、だいじょうぶ……ちょっと咳込んだだけ」


 壁に手を付き、ゆっくりとアリカが立ち上がる。

 そうは言っても顔色は依然として悪い。ほとんど吸い込んではいないはずなのに、あの毒はかなり強力なのかもしれない。

 こりゃあ、事態は一刻を争うぞ。


「アリカ、歩ける?」

「なんとか……」

「本当は担いで連れて行ってあげたいけど、時間が無いかもしれない。私がもう一度あいつらの所へ行って様子を探るから、アリカはこの事を知らせてきて。できる?」

「わ、わたしは大丈夫だけど、リプリンひとりで戻る気……?」

「なあに、私が毒も効かない不死身ボディなのは知ってるでしょ。……ごめんねアリカ、毒が効いてるかもしれないのに無理させちゃって」

「ずるいよ……あやまるなんて。……わかった、こっちは任せて」

「うん、任せる!」


 外に向けて一歩踏み出すと、アリカは思い出したかのようにこちらを振り向いた。


「ねえリプリン……」

「ど、どうしたの、やっぱり辛い!?」

「そうじゃなくて……自分でもよくわからないんだけど、あいつサンショウウオじゃない……気がする」

「へ?」

「わかんないけど……とにかくそう感じるの。外側はにせものだから、気を付けて……」


 それだけ言うとアリカはギルドへと向かった。

 ああ、ちょっとフラフラしてるよ。本当は凄く心配なんだ、途中で倒れやしないかハラハラして気が気じゃない。

 よくわかんない事を言ってたし、毒が思ったより効いてるのかもしれない。

 でも任せたって言った以上は任せたんだ、私は私のやるべき事をやる。

 あの大量の意思のある毒キノコなんて、放っておいたらどうなるかわかったものじゃないからね。

 話し合いとか言っておきながらアリカを酷い目にあわせた事、忘れたとは言わせないぞ。


 私は再びキノコたちのいる方へと向けて歩き出した。

 帽子はアリカに被せたままだし、もういっそ靴も置いていこう。

 相手は完全に敵意むき出しなのだ、少しでも動きやすくしておいた方がいい。

 なあに、しょせんはキノコだ。毒さえ効かなきゃ何とかなるでしょ。


 が、ここでひとつ問題発生。しまった、地図はアリカが持ったままだった。

 仕方がないので記憶とカンを頼りに進んでいく事にした。

 地下水路だけあって似たような道が複雑に張り巡らされている、初見で地図無しだったら完全に詰んでたところだ。

 しかしそこは私の頭脳、さっき歩いた道は完全に把握しているので問題はない!

 ……ん、こんな所に扉なんかあったかな?


 あれ~? さっきと完全に同じ道を辿ってると思ったんだけどなあ。まさか間違えた?

 それにしてもこんな地下水道に扉なんて、いったい何の部屋だろう。

 急いではいたけれど好奇心に負け、扉のノブに手をかけた。

 鍵はかかっていない。というか私が触れたとたん、扉はスッとひとりでに開いた。


「ええ……なにこれ」


 部屋の中はとても優雅であった。

 赤い絨毯に美しい調度品、どう見ても貴族の部屋としか言いようがない。

 でもここ地下水道だよ? あっても倉庫とかそれぐらいじゃないの?


 その時の私はあまりに場違いなものを見つけ、驚きで油断していた。

 こんな場所を隠れ家にしている奇特な金持ちでもいるのだろうか、などと開けっ放しの扉の前で考えていたものだから、何者かが後ろから近付いている事にも気づけなかった。


 ドン!


「うわっ!」


 結果、私は思いっきり突き飛ばされ、奇妙なその部屋の中へと転がり込んでしまった。


「再会の時は明日の過去、渡り鳥が喚いた下水道のまた会ったね、山々は今!」


 床に倒れている私に聞こえてきた意味不明の言葉と声。

 私にはその声に聞き覚えがあった。


「あんたは……!」


 優雅な部屋のイスに腰かけ、紅茶を手にこちらを見ている人物。

 見間違うはずもない箱状の頭、それはまさしくゲッペルハイドであった。

 じゃあこの部屋はこいつの仕業か、また空間でも操作しているのか?

 気付けば扉も消えている、くそ、閉じ込められた。


「頭領は優秀な先駆者であり子供は渡したいものがある。謝罪会見、こちらの言葉は難しくてね、いくらかは上達したと思うのだが」


 今の言葉、最後の方がちゃんと聞き取れた気がする。

 言われてみれば、全くの意味不明だった以前よりはいくらか意味が通っている……ようなそうでもないような。

 よくわからないのは相変わらずなので結局は一緒なのだけど。


「あんたにも用がないわけじゃないけど、今は急いでるの。用が無いならさっさと出してくれない?」

「風のように駆け抜け止まらぬ時間の渡したいものがあると言っただろう?」


 えーと、今のは私に渡したいものがあるって言ったんだよね?

 どうせなら全文わかりやすく喋って欲しいな。


 ゲッペルハイドが手を振り合図を出すと、どこからともなくパルバニが現れた。

 こちらも相変わらずの陰気なバニー姿で、その手にはキラキラ光る鏡のような玉を持っている。

 いつか見た、いや、アリカが見せられたあの玉だ。


「過ぎ去りし草原の忘れ去られた贈り物、受け取るがいい」


 パルバニがコクリと頷き、私の前に玉を差し出す。

 不思議と危険な感じはなく、私は吸い寄せられるように玉に手を伸ばした。


「うわっ!」


 受け取った瞬間、玉は私の手の中に吸い込まれるように沈み消えてしまった。

 グレープフルーツくらいの大きさはあったはずなのに、いったいどこにどうやって入ったんだ?

 でも確かに体の中にあるのを感じる、なんとも不思議な感覚だった。


「え、えと、それは〈無限色彩鏡〉と言うもの、ら、らしいです……」


 パルバニがこれまた相変わらずの口調で言った。

 あがり症は治ってないみたいだね。


「むげんしきさいきょう……? それって、何か危険な物だったりするの?」


 私がそう尋ねると、パルバニは恥ずかしそうに一枚の紙を差し出した。

 なにやら文面が書かれている。

 えーと、なになに……。無限色彩鏡の反射する光は物体の色を変える、物体を構成する成分も色に準じたものに変質するため、特に生物に当てる際には注意が必要。


 おいおい、めっちゃ危険なんじゃないのこれ。

 こんな全方位向きの鏡なんかいつだって反射光を放ってるぞ。


「君達の言葉を借りるならばタイプAと言ったところか。解決策に求心力。この部屋のような異界の力が満ちた場所に保管するか、単純に布で覆って光を遮れば良い。短絡的な暴君」


 ゲッペルハイドは箱状の頭をクルクルと回し、ガラス面が正面に止まったところで紅茶を口に運ぶ。

 しかしその口はガラスに映し出されたに過ぎない虚構の口。

 カップから流れ出でる紅茶はダラダラとすべて服に注がれていた。


「溶解性の倉庫。君も紅茶はいかがかね?」


 私の視線に気が付いたらしきゲッペルハイドが紅茶を勧めてきた。

 いや、いらない。そんな得体の知れないもの飲みたくないし。

 もちろん断るつもりだったのに、目の前には小さなテーブルと紅茶のセットがすでにスタンバイ済み。

 仕事速いな、大いに迷惑だよ。


「いや、いらないって。ていうか急いでるんだってば! それに、あんたがアリカをどこかに連れていこうとした事、忘れてないからね!」

「ゆっくりと焦る気持ち、常識を疑いたまえ。空を歩けないなどとは夜明けの鳩も言いはしなかった」


 また意味が通じなくなってるぞ。ずっと通じてはいなかったかもしれないけど。

 これは紅茶を飲まないとここから出してくれないパターンか?

 テーブルの上に置かれた紅茶に目をやると、なんとそれは洗面器くらいの大きさのティーカップ。

 さらにその中の紅茶に何かが浮いている。

 これはビスケット……だけど、さらにその上に何かいる。


「たすけてー! たすけてー!」


 ……紅茶の海のビスケットの島で、小さな何かが助けを求めている。

 遭難してるんでしょうか、でも私にはお手上げです。ホント、いろんな意味で。


「いや、何がしたいのホントに」

「常識を疑いたまえと言っただろう、吾輩は紅茶を勧めたが飲めとは言っていない」


 じゃあ何よ、紅茶を助けろとでも言うつもり?

 この紅茶の海で遭難してるこいつを――


「……」


 もう一度紅茶を見ると、助けを求める何かはいなかった。

 ビスケットが半分に減っていて、近くをサメが悠々と泳いでいる。

 あ、ゴメン。手遅れだった。


「今は力を付けよ、代償など恐れずに咆哮せよ、流転せし己が家に安寧を眠るが如く」


 紅茶の中を泳ぐサメが私に向かって飛びかかった。

 でもこんなメダカみたいなサイズじゃあ怖くも何ともない。

 これはアレですか? いきなり普通サイズにでっかくなって驚かすやつですか?


 ……しかし、いつまでたってもサメは小さいまま、再び紅茶の海に戻っていった。


「あのさあ、私にはあんたらが何を言いたいのか、何がしたいのかさっぱりなんだけど」

「いずれわかります、いまはそれでいいのです」


 この時、私はゲッペルハイドに向かって言ったつもりだったのだけど、目の前に座っていたのは紅茶を持ったサメだった。

 サメは魚類らしからぬ流暢な喋りで私に答え、隣に立つビスケットから紅茶のおかわりを注いでもらっている。


「……???」


 わけがわからない。

 キノコの次はサメが喋っている、このままではティーカップやイスまで喋り出しそうだ。


「ところでかのじょにわたしたもの、かつようされていますか」


 か、彼女?

 えっと……ゲッペルハイドと会ったのは私とアリカだから、これはアリカの事でいいんだよね?

 このサメをゲッペルハイドと言っていいのならば、だけど。


「アリカに渡した? いやでも、あの時の玉は今私が受け取ったばかりなんですけど」

「わたせるのはかたちだけとはかぎりません。さがしていないものはみつからない、かのじょはよいかんかくをしておいでですよ」

「はあ……」

「いそいでいるのでしたね、それでは」


 私の理解が追い付かないまま、突然、天と地がひっくり返った。


「うわわっ!」


 上下がぐるぐると入れ替わる。しかし、その影響を受けているのは私だけらしい。

 ぐるぐる回るサメたちを見ていると背中側にあった扉が開き、私の体は落とし穴に落ちるかのように吸い込まれた。


「あたっ」


 この感じ、何て言ったらいいのか。

 そう、福引きのガラガラ回すやつ、あれだ。

 ちょうどあんな感じに放り出された。玉の気持ちがよくわかったよ。

 扉はすでに跡形もない。出るも消えるも唐突だなあいつ。


 それで、ここはどこなんだ?

 起き上がろうとして、手にネバついた感触がある事に気が付いた。

 ああ、地下水道の真っただ中か。ネバネバの上に落としてくれるなんて、きっとサンショウウオの近くに送ってくれた親切心なんだね。

 ……そうでも思わないとムカつく。


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