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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第二章 粘土人間と異界遺物
24/91

菌類の主張

「さあて、やりますか!」


 アリカの陽気な声が高らかに響く。

 元気いっぱいなのは良い事だね、でも私はそこまでテンション上げられないかな。

 だって……ここ地下水道だし。


「ほら、どうしたのリプリン、元気ないよ?」

「元気がないわけじゃないんだけどさ……」


 いくつかの問題に対処するために、私たちは遠く魔術師会本部まで出向く事になった。

 なったのはいいんだけど、ここで衝撃の事実が私たちに立ちはだかる。

 そう、長旅の準備をする資金が無かったのだ。


「そういえば、シュイラさんに連れていかれた任務は偽物だったから報酬出なかったんだよね。けっこう大変だったのに、あれは痛かった」

「ここのところ出費がかさんでたからね。いやー、まさか旅支度ができないほどスッカラカンだとは思わなかったよ」


 笑い事ではない。しかし、この事態は私にも責任があるのだ。

 主に家事を担当している私が経理をしっかり把握していなかったのはうかつだった。

 バーベキューの時もアリカの「余裕」の言葉を信じて買い過ぎちゃったし、今度からはしっかりとお財布を管理させていただきます。


 というわけで、私たちは旅支度その他の資金調達のため、ギルドから紹介された仕事をこなしているのである。

 今日はここ、地下水道。

 詰まっているのか水の流れが調子悪いから見てこいだってさ。

 個人的にこういう下水道みたいな場所にはトラウマがあるから来たくない。そうでなくとも、わざわざ地下水道に入りたがる若い子はいないだろう。

 しかし、なるべく早く魔術師会に行きたいから仕事を選んではいられないのだ。

 諦めてさっさと終わらせようか。


「ところでリプリン、今日はいつもと格好が違うね」


 あ、気付きましたかアリカさん。

 そうなんです、今日はちょっと服が違うんだよ。オシャレしているわけではないけどね。


「人目に触れる場所じゃないからね。何かあったら変形とかするから、素肌が出てた方がやりやすいんだよ」


 大事な帽子はいつものまま、キャミソールタイプのワンピースで露出を増やしてみました。

 ちなみに地下水道まではマントを羽織って来たんだよ。置いてあるから帰りに忘れないようにしないとね。


「うーん、ちょっとセクシーかも」

「……改まって言われると恥ずかしいな」


 さっきも言ったけど、これはオシャレして着ているわけではない。メイクだってしてないし。

 実は金欠の原因の一つが私の服問題なのだ。

 いつもいつも服を破っていたらそりゃ布もお金も不足するよね。だからこうやって布を再利用した露出多めの服を自作して節約してんの。

 そういうわけだから……二重の意味で恥ずかしいからジロジロ見ないで。


「この開いた背中のラインとかいいね」

「うひゃおぅ!」


 背中をつうっと指でなぞられ、私は思いっきり変な声を出してしまう。


「ちょ、ちょっとやめってってば!」

「だってもったいないし」


 何がもったいないんだよ、人を残り物みたいに言うんじゃない。


「そういうのいいから、つつくのもなぞるのも禁止! だいたい、それ言い出したらアリカのほうがスタイルいいじゃない」

「でもリプリンは体の形を変えられるでしょ? スタイルなんか自由自在じゃん」


 自分のほうがスタイルいいって部分は否定しないし。

 確かに形くらいはいくらでも変えられるんだけど、無理のあるというか自然じゃない体型にするといつの間にか戻ってるんだよね。

 理想の体は人間でも粘土人間でもそう簡単には手に入らないって事だよ。


「しっくりくる形ってものがあるの。ほら、無駄話はいいからさっさと行くよ!」


 急いでるんだからいつまでも入り口付近でお喋りしてる場合ではない。

 私はアリカの背中を押して奥へと進む事にした。


 地下水道の中は予想通り薄暗くジメジメと湿っている。

 長靴は履いているけれど、どうせなら全身防護服みたいな格好が良かったかもしれない。

 雨上がりの通りじゃあるまいし、こんな露出の多いワンピースで来るとか私はアホかと自分に突っ込みたくなった。


「えーと、調査ポイントがあるのは……あっちかな」


 地下水道は迷路のように複雑に街の下に張り巡らされている。

 だからこうやって地図を片手に調査しないといつまでたっても目的の場所に辿り着けない危険がある。

 あまりに広いもんだから勝手に人や魔物が住み着いてるなんて噂はしょっちゅうらしい。

 もしかしたら本当に住んでるのかもしれないけど、魔物はもちろんこういう所に住んでる人にも会いたくはないかな。


「ここを曲がって……ひゃっ!」


 曲がり角の先を見たアリカが小さく悲鳴を上げた。


「なに、どうかした?」

「うわあ、リプリンこれ見てよ」

「……うっ」


 私も思わず小さく声を上げた。

 通路の先、その途中から床に壁にと何やら気持ちの悪いネバネバしたものがびっしりと張り付き、まるで人の立ち入りを阻んでいるかのようだった。

 こういう場所は奥へ行くほど汚れているものだけど、まさかここまでとは。


「ど、どうする?」

「どうするって……仕事なんだから行くしかないでしょ。……嫌だけど」


 あの受付嬢め、「ここの地下水道はきれいだから簡単な仕事ですよ」なんて大ウソじゃないか。

 うう、仕方がない。嫌だけど仕方がない。

 世の中は厳しいのだと、私たちは意を決しネバネバの中を進んでいった。


 それにしても何なんだコレ。

 薄緑色で糸のように張り巡らされている。蜘蛛の糸かとも思ったけど粘着性はそこまで強くない。


「う~、気持ち悪い。ねえ、これってカビかなあ」

「言わないで……余計に気持ち悪くなるから」


 たぶん、このネバネバは菌糸の一種、アリカの言う通りカビなのだろう。

 うん、私が言うのもなんだけど、絶対に体に良くないよねコレ。

 こんなのが地下水道に詰まってるなんて大問題だ、早いとこ発生原因とか見つけないと。


「地図だとどのあたり?」

「この先に広くなってる場所があるよ。このネバネバもそっちに向かって濃くなってる感じだね」


 アリカの言う通り、緑のネバネバは奥へ行くほど濃くなっている。

 しかも見た事もない妙なキノコも見かけるようになってきた。どうなってんだこの地下水道は。


「このキノコ、前みたいに高く売れないかなあ」

「触んない方がいいよ、こんなの絶対毒キノコだし」


「失礼な!」


 突然誰かに怒られた。

 アリカではない、声も違うし、何より一緒になって驚いているのだから。


「上に住んでいる人間だな? 土足で踏み込んでおいて毒キノコ呼ばわりとは、知性も教養も不足しているのではないかね!?」


 声の発生源を方向から推測すると、群生するキノコの中に少し大きいものを見つけた。

 このキノコ……顔がある。

 顔といっても黒い丸がふたつに口がひとつ、雪だるまのような比較的かわいらしい……と言えなくもないようなそうでもないような、とにかくそんな顔だ。

 これがリアルな人の顔だったら大声出していたところだよ。


「ねえアリカ、私にはキノコが喋ってるように見えるんだけど、キノコって喋るんだっけ?」

「……ううん、喋らないと思う」


 ですよね。

 これは夢か、そうでなければ新種の魔物、もしくは……異界!?


「態度はけしからんが丁度いい、我々も話がしたいと思っていた所だ。上の人間代表として奥に進み、我々の代表と話し合いの席についていただきたい」


 あれこれ考えているというのに、こちらの都合にはお構いなしでキノコが話を進めている。

 よく見れば、周囲に生えている小さなキノコにもすべて口があり、皆それぞれに私たちに向けて前に進むようはやし立てていた。


「前に進め人間!」

「上に住んでいるからといって立場が上というわけではないぞ!」

「キノコ、キノコ!」

「明日の天気予報は東です、斧の準備を忘れましょう!」


 ……よく聞いてみれば、私たちに向けて話しているやつもいれば、どうでもいい事をひたすら繰り返しているやつもいるし、意味不明な事をわめいているやつもいる。

 全部が全部賢いってわけじゃないのね。いや、そもそもキノコなんだけどさ。

 それでもキノコに言われるがまま、私たちはネバつく通路を進んでいった。


「あのキノコ、ちょっとリプリンに似てない?」

「……似てない。冗談でもやめて」


 それは私もちょっと思ったけども、「得体の知れないキノコに似てますね」なんて言われて嬉しいと思うかい?

 楽しい冗談はそれくらいにして、ほら、広間に着いたよ。


 そこは地図のとおりロビーのように広くなった場所だった。

 十字路のように各方面から地下水道が合流している、広間のようになっていると言うよりは必然的に広くなったと言うべきかな。


「よくぞ来た、我らが頭上に住む人間よ」


 通路のひとつから、のそのそと巨大な影が姿を現す。

 牛……いや、馬車よりも大きい、人間くらい簡単に飲み込めそうなサイズのトカゲ。

 いやいや違うな、これはサンショウウオだ。

 サンショウウオ……私にとって馴染みがあるようで無いような生き物。

 もっとも、こんなにでかくて背中側にびっしりとキノコを背負っているようなやつは見た事が無いけどね。


「わあ……おっきなサンショウウオ」

「また私に似てるとか言わないでよ?」

「昔飼ってたうーちゃんに似てるかなあ」


 へえ、サンショウウオ飼ってたんだ。

 サンショウウオのうーちゃんね、……ん? サンショウウオを飼ってたって?


「……お、おまっ、まさか私に近付いて来たのって……!?」

「えっ!? ち、違うよ? ちょっとだけしか思ってないから!」

「思ってるじゃん!」

「だーかーらー! ちょっとだけだってば!」


 むむむ、アリカの個性的な感性はよく知っているつもりだったけどここまでとは。

 そのうち異界の怪物もかわいいとか言い出すんじゃないでしょうね。


「人間よ、我の話を聞きに来たのではないのか? 静粛にせよ」


 おっといけない、そう言えばこのサンショウウオに呼ばれて来たんだった。

 口調は落ち着いているけど少しイライラしているみたい。目の前で無視して騒いでいれば当然か。


「あ、すいません。えっと……それで私たちに話って?」

「うむ、それはもちろん我々の権利についてである」

「権利……ですか?」

「左様、権利だ。我らはここ地下水道に王国を建立し暮らしておる。この度はここに住む者の当然の権利として、上に住む人間から独立を宣言するためにそなた達を呼んだのだ」


 はあ、そうですか。何言ってんだこいつ。

 これが王国ねえ……その頭のキノコは王冠のつもりだったのかな。


「独立を宣言って、具体的には?」

「我々からの要求は人間の地下水道の使用を即刻停止する事、上の街の一部を我々との緩衝地帯として明け渡す事、以上の二つである」


 このサンショウウオ、言ってる事がムチャクチャだ。

 いきなり地下水道を使うなとか言われてできるわけがない。


「ちょっとそれはムチャだよ!」

「我らの和平交渉が聞けぬと申すか?」


 いやあ、これは絶対にアリカが正しいと思う。

 私にも言わせてもらいたいね。


「だいたい、あんたらが後から勝手に住み着いたんじゃないの? 後から来て使うなとか明け渡せとか、そんなの和平でもなんでもないでしょ」


 そこまで言ってハッと気が付いた。

 しまった、ここはこいつらの本拠地真っただ中、話し合いとか言ってるけど安全を保障してるなんて一言も言っていない。


「貴様ら、我らの理性的な交渉をあくまで突っぱねると言うのだな? そちらが望むのならば仕方がない、蛮族どものやり方に合わせてやろうではないか!」


 ほーら怒らせちゃった。

 サンショウウオは身勝手な事を言いながら上体を起こし、こちらを激しく威圧する。

 それに合わせて周囲のキノコたちもブルブルと震えだした。

 キノコが震えると黄色い粉のようなものが周囲にまき散らされているんだけど……これ凄く嫌な予感がしない?


「うっ、ゲホッ! ゲホッ!」


 まだそこまで充満してはいないというのに、アリカが激しく咳込みだした。

 やっぱり、これって毒ガスもとい毒胞子!?


「やばっ! アリカ、逃げるよ!」

「うう……」


 顔が青ざめている、かなり苦しそうだ。あまり余裕はない。

 せめてもの防毒にと帽子をアリカの顔に被せ、私はアリカの肩を担ぐと来た道を一心不乱に駆け抜ける。

 途中の道にもキノコはいる、そいつらのせいで胞子の毒がどんどん濃くなっていくのがわかった。

 幸い、キノコたちには移動する能力がないらしく追ってくることは無い。


 私たちはネバネバ地帯を抜け、それでもまだ走り続けた。

 あれは……私のマント! 良かった、出入り口まで辿り着いたんだ!


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