不意に見つかる無くしもの
その日、私とアリカは再びアルマンディの街を訪れていた。
目的はもちろん、ギルドマスターのホウリに話を聞くためだ。
「いらっしゃーい、待ってたよー!」
以前と同じノリで出迎えてくれるホウリ。
今日もテンションが高い、アルマンディギルドの名物になっているだけはある。
きっとキャラを守るためにいろいろと努力してるんだろうと妙な感心をしてしまった。
さて本題本題、まずはギルドの依頼の件からかな。
「あの、騎士団からの支援依頼の件なんですけど」
「ああ……ごめんなさいね。偽の依頼だなんてお姉さん気付かなくて、シュイラちゃんやあなた達に迷惑かけちゃったみたい。ホント、ダメなお姉さんよね……ヨヨヨ」
「それで、何かわかりましたか?」
来訪者の塩対応、これは少々辛いものがある。
こっちもわざとやってるわけじゃないんだけど、ホウリのペースだとなかなか話が進まないんだもの。
しかしさすがはギルドマスター。
チラチラとこっちを見ていたものの、その後うろたえる様子もなくこちらの質問に答えてくれた。
「……オホン。依頼を受け付けた担当の子の話だと、白いバニーの格好をした女の子が依頼書を持ってきたそうだよー。おかしな話だけど、その時は疑問に思わなかったんだって!」
ホウリの言葉に、私とアリカは驚きで顔を見合わせた。
世間は広いし冒険者には変わり者も多い。
でも、この街でバニースーツのままギルドに依頼に来る奴なんてひとりしか思いつかないぞ。
「その人ってもしかして……」
「もしかしなくてもアイツじゃないの?」
そう、かつてサーカスと称して私たちを変な世界に連れ去った女、パルバニに違いない。
「じゃあ、やっぱりゲッペルハイドが絡んでたんだ」
あの箱頭め、執拗に私たちを狙って何を考えているんだ?
とにかく、これで一つ目の方針が決まった。
「依頼を持ってきたのがパルバニだって事は、主に動いているのはあのウサギ女のほうだって事ね。という事は、街でもどこでもあのウサギ女を見かけたら――」
私とアリカはせーので同時に答えを言った。
「関わらない!」
「捕まえる!」
しかし合ったのはタイミングだけ、その内容までは揃わなかった。
ちょっとアリカ、何言ってるのよ。
「捕まえるってアリカ、またおかしな事に巻き込まれたらどうするのよ」
「えー、でもあの人たちが異界がらみなのはほぼ確実だよ? 出会ったらむしろチャンスじゃない!」
ああ、しまった。アリカには異界遺物を探すという明確な目的があるんだった。
手がかりは少ないとも言ってたし、こりゃ私が何を言ってもムダなやつだな。
「そうか……そういう話だったね」
「そういう話だったんだよ」
そう言いながら、アリカはポケットからあるものを取り出す。
出てきたのは革袋。もちろんただの革袋じゃないよ、あの村で見つけたちょっと溶けたロザリオが入っている危険な臭いのする革袋だ。
今の会話に関連する聞きたい事の二つ目、異界化した村で見つけたこのロザリオがいったい何なのかという事。
魔術師会は異界についても研究しているという話だったから、これがプリズマスギアなのかどうかもわかるかもしれない。
「ホウリさん、これが何だかわかりますか?」
「報告にあったアレだねー。ほうほう、じゃあちょっと調べてみよっか!」
不思議な文様の入った手袋をはめたホウリが革袋を受け取った。
慎重に袋の中から二本の指でつまみ上げ、上から下から様々な角度でロザリオを眺めている。
「金属なのかそうじゃないのか、不思議な素材だねー。溶けたように見える部分が流動しているのかな? でも溶けて落ちたり周囲には影響していないみたい、普通の物質じゃない事は確かだねー」
メガネを光らせ未知なる物体を分析しているホウリは、なぜだかとても賢そうに見えた。
ギルドマスターゆえか、それとも魔女ゆえか。
こういう時に頼りになる人がいるというのはとても有難かった。
「そうだねー! このロザリオ、ほぼ間違いなくプリズマスギアだよー!」
ほどなくして魔女のお墨付きが出た。
予想通りこれはプリズマスギアだったみたいだ。
さて、問題はここから。
プリズマスギアだとわかったのはいいけれど、魔女が手袋をはめて扱うような未知の物体、どうやって扱ったらいいんだか。
「ホウリさん、これがプリズマスギアなのはいいんですけど、適切な保管法とかないんですか? 異界がらみのものだけにちょっと怖いんですけど」
「うーん、そうだねえ」
ホウリは指を一本口元にあて、小首をかしげるポーズを取った。
「魔術師会も全てを理解しているわけじゃないから、危険性はもちろん未知数だねー。もちろん研究を進めるにあたって、その取り扱いにはとても気を遣っているんだけど――」
そこまで言うと、ホウリは私の方へと一歩踏み出し前のめりになる。
「それよりリプリンちゃん、お姉さん気になる事があるんだけどなー」
「な、何ですか?」
「さっきロザリオを調べてる時、リプリンちゃんの体の中からおかしな気配を感じたんだよねー」
「気配?」
「気配というか、何かがあるって感じかなー?」
私の体の中に?
それってどういう事だろう。
「そんな事言われても、特に心当たりは……」
体の中を調べるように右に左にと体を揺らし、捻ってみたり伸びをしてみたり。
……うん? 何かあるような……。
カラン
服の間から何かが落ちた。
何だこれ、携帯ルーペ? いつの間にこんなものが……?
「あっ! これ、おじいちゃんの見つけたプリズマスギア!」
「え……ええっ!?」
ルーペを見たアリカが驚きの声を上げる。ついでに私も驚いちゃった。
それって、家で無くしたとか言ってたやつ?
もしかして……片付けてた最中に私の粘土ボディに沈み込んでたとか、そういう事なのだろうか。
う、マズイ、確か散らかすから無くすんだとか偉そうな事言ってた気がする。
「あ、あれぇ? いつの間に入ってたんだろうねえ、わからないものだねー!」
慌てて取り繕ったらホウリみたいな口調になってしまった。
これじゃあ万引きが見つかったみたいになっちゃってるじゃないのよ。
……ここは素直に謝ろう。
「……ごめんなさい」
「ほら、ね。無くしたわけじゃなかったでしょ?」
「でも、大事な物なんでしょ? 怒ってない?」
「許す! ていうか怒らない! リプリンがしっかり持っててくれたんだもの、怒る理由がないよ」
白い歯が見えるくらい、アリカがニッコリと笑った。
うおお、眩しい、笑顔が眩しい!
そこまで言ってくれるのなら……じゃあ私も少しくらいはプニプニつつかれても許す。
……でもなるべく少しだけでお願いします。
「あら素敵な友情ねー、お姉さん羨ましいなー! ……ところでリプリンちゃん、プリズマスギアを体内に入れて変わった事はなかった?」
ホウリの疑問もごもっとも。
でもこれってただのルーペにしか見えないし、私の体が粘土っぽいから片付けの最中にたまたま混ざり込んだだけなんじゃないかなあ。
あ、他にゴミとか混ざってないでしょうね。後で調べとかないと。
「それにしても便利だね、こっちも収納しておけるんじゃない?」
「あ、こら、差すな!」
アリカのやつ、ルーペだけでなくロザリオまで私の体に差し込むなんて。
私は収納ボックスじゃないぞ。
「どう、リプリンちゃん。何か変化あるかなー?」
「どうも何も、特に変わった事は無いですよ」
「ホントにホント? お姉さんにもっと良く見せてごらん?」
「ちょ、ちょっと近いですって、離れてください!」
お互いの瞳に顔が映るくらい、あまりにホウリが近付いて来たのでつい両手を突き出しホウリの体を押した。
すると不思議な事に、僅か数十センチの場所にいたはずのホウリの姿が煙のように消えてしまったではないか。
「あれ、ホウリさん? ……消えちゃった。ねえリプリン、ホウリさんは――」
きょろきょろと辺りを見回しながらアリカが何か喋っている。
で、でもごめん。私ちょっと今それどころじゃないかも……。