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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第二章 粘土人間と異界遺物
21/91

在りし日を祈る蟲

「この村、来たときは普通だったよなあ」


 シュイラの言う通り、あの重たい荷車を押してやって来たときは普通の村だった。

 誰もいないというおかしな点はあったものの、それ以外はのどかなもので特に疑問を抱かなかったよね。

 いつの間にこんな事になったんだか。


「うーん、確か教会を見つけて鐘が鳴って、騎士さんたちと出会った時にはもうおかしくなってたんだよね?」

「……鐘?」


 アリカの言葉に、オウテツは首を傾げる。


「我々もこの村に来た時は鐘の音を聞いた。だが、そこからお前達に出会うまで鐘など鳴っていないはずだ」

「え? でも確かにわたしたち鐘が鳴るのを聞いたんだけど……」

「鐘を鳴らすには教会の中でロープを引く必要がある。が、知っての通り教会内には入れない。そもそも戦闘の最中にそんな余裕など無い」


 教会に入ろうとするとどうなるかはさっき経験済み、どこか村の別の場所に飛ばされてしまう。

 戦いの最中にわざわざ鐘を鳴らすような事もないだろうし、オウテツの言っている事は間違いないのだろう。

 ちょっと情報をまとめてみようかな。


「えーと、情報を整理すると、この村に来た時は私たちも騎士団も鐘の音を聞いている。でも、私たちが聞いた鐘の音を騎士団は聞いていない」

「そうだな」

「て事は、仮に今いるところを〈裏の村〉として、〈表の村〉で鐘の音を聞くと〈裏の村〉に引きずり込まれるって事になるんじゃないかな」

「うん、タイミング的にはそんな感じだね」

「ここからは私の予想だけど、二点ほど思う事があるんだ」

「思う事?」

「ひとつ、誰かが〈表の村〉の教会にいて、そいつが鐘を鳴らしてるって事」

「少なくとも騎士団は鳴らしてなどいない、そういう事になるだろうな」

「ふたつ、こっちが大事。〈裏の村〉の鐘の音は誰も聞いてないよね? だって教会に入れないんだから鳴らしようがないもの。じゃあなぜ入れないのか。いや、入れないようにしてあるのか」

「……あ、もしかして!」

「うん。もしかしたら、鐘の音が表と裏を行き来するスイッチになってるんじゃないかな。〈裏の村〉で鐘を鳴らされると〈表の村〉に戻って来ちゃうから、それで教会に入れないよう細工がしてあるんだよ!」


 うんうん、我ながら名推理だ。

 どこの誰かは知らないけれど、私相手に小細工をするとは浅はかだったね。こうやって簡単に脱出法を見つけてしまうんだもの!


「それで、理屈はわかったが、教会に入れないのにどうやって鐘を鳴らすんだ?」


 うん……脱出法、とはいかなかったかもしれない。

 そうですね、私の推理だと鐘を鳴らされないように入れなくしてるんだから、鳴らせるわけがないんですよね。


「えっと、外から鳴らすとか……、石とかぶつけて」

「無理だな。規模が小さいとはいえかなりの重さがある鐘だ、石をぶつけた程度では『鳴らした』と言えるほどの音は出ないだろう」

「うむむ、じゃあ……」

「いい事思いついた!」


 私が言葉に詰まっていると、アリカが何かを閃いたらしい。


「手をのばしてロープを引くっていうのはどう?」

「……いや、普通に考えて無理でしょ」

「そうじゃなくて、リプリンが手をのばすの! 文字通りね」


 何だって? 私が文字通り手をのばすって、どういう意味よ。


「さっきクラリッサさんが屋根に上ってたから、屋根はセーフだよね? 鐘のところまで登って直接鳴らしてもいいかもしれないけど、それでまたワープさせられたら困るから、窓とか近い位置から手だけにょーんとのばして引っ張ればいいんじゃない?」


 にょーんだって、簡単に言ってくれるなあ。

 変形するのだって大変なのに、そんな事できるかどうかわからないぞ。


「何と、そんな事もできるのか」


 ほらほら、騎士さんに変な期待させちゃってるよ。

 仕方がない、他に方法も無いし、何とか努力してみるか……。


 アリカとオウテツの助けを借り、屋根によじ登って二階の窓を開いた。

 窓に鍵はかかっていなかったのでここまでは余裕、さて問題はここからだ。


 そっと手を差し込んでみる。

 ……ワープしない。これくらいはセーフらしい、床に触れなければいいのかな?

 だとすると、やっぱり高い位置にある鐘を直接鳴らしに行くのは危険かもしれない。

 あそこも下の部分が床になっている、無理によじ登って触れでもしたら台無しだ。


 そう考えると手をのばして引っ張る作戦は意外と悪くないのかもしれない。

 それじゃ本番、手をのばしてみるか、文字通りね!


 精神を統一、意識を右手に集中する。

 変形にはイメージが大切。だからよく知った動物の部位をさらに観察し、なるべく同じ部位で再現してたんだけど、手を伸ばすってどうやればいいんだ?

 とりあえず遠くの物を取るイメージで、どんどん手を伸ばしていけば……。


「リプリン、のびてる! のびてるよ!」


 体を支えてくれているアリカがはしゃいでいる。

 そんな麺類じゃないんだから騒がなくてもいいってば。

 でも確かに私の手は普段よりも長くなっている、方法はこれでいいみたいだ。

 このままさらに手をのばして、鐘の下にあるロープまで……て重っ!


 ぐおお、なんだこの負荷は! 長い棒を持って手を真っすぐ突き出した時みたいに重い!

 そりゃそうだ、実際そんな感じなんだもん。

 全身がプルプル痙攣している、アリカが支えてくれてなかったら屋根から転げ落ちてるところだよ。


「おい、ヤバイぞ! 急げ!」


 シュイラが叫んだ。

 重さに耐えながらチラリと目をやると、シュイラが急げという意味が理解できた。


「しすたあすてえ」

「まれしすたあまれ」


 地獄の底から響くような恐ろしい声が聞こえる。

 そこには、村中からすべての影村人を結集したかのような赤黒い影が、まるで壁のように押し寄せて来ていたのだ。


「俺達が時間を稼ぐ、その間に急げ!」


 迫る影村人をシュイラとオウテツが次々に斬り捨てる。さすが強いなあのふたり。

 しかし多勢に無勢、あまり長くはもたないだろう。急がないと!


 急がないとって言ったけど、こ、この重さ半端ない……。

 油断すると上に行くどころか下がっていく。


「リプリン、しっかり! 床についたらまた飛ばされちゃうかもしれないよ!」

「わ、わかってるけど……、重いんだって……」


 も、もう限界……!

 あまりに長く伸ばし過ぎた手から一気に力が抜け、床めがけて真っ逆さまに落ちていく。


「ファンタスマゴリア!」


 あわや床にぶつかると思われたその瞬間、アリカの自在剣が私の手に絡みつき、ギリギリのところで落下を止めてくれた。


「あ、ありがとう」

「今のうちだよ、早く!」


 巻き付いた自在剣が補強になり、さっきよりも力が入る。

 気合を入れなおし、私は再び上を目指して手を伸ばす。よし、行けるぞ!

 鐘の真下はこのあたりか……? 何か触れて……、ロープ、これか!?


「うりゃあ!」


 ロープらしきものをしっかりと掴み、渾身の力で引っ張った。

 グラリと揺れた鐘がゴウーンと音色を奏で始める、作戦は大成功!


 その瞬間、周囲の空間が歪むのを感じた。

 これはワープ? それとも表の世界に戻れる兆し?


 気が付くと歪みは収まり、私たちは変わらず教会の屋根の上にいた。

 空が、青い……。

 やった……、表に戻って来れたんだ!


 教会の前にはシュイラとオウテツもいる。

 村にいれば効果は及ぶのかもしれない。何にしても、みんな無事で良かった。


「気を付けろ!」


 ほっと一息入れようとしていた私に、オウテツの叫ぶ声が突き刺さる。

 えっ、気を付けろ? 何に?


 ズバッ!


 ぎゃっ! 痛っ……き、斬られた!?

 まだロープを掴んだままの私の腕を、教会の中で誰かが斬りつけたらしい。

 そうだった、まだこっちで鐘を鳴らした犯人がいるのを忘れてた!


「り、リプリン!」


 アリカが私越しに何かを見ている。

 嫌な予感がする。それももうビンビンに。


「ああああああ!」


 女性が泣き叫ぶような声を発しながら『それ』は現れた。

 私たちのいた二階の窓めがけ、勢いよくぶつかってきたので、私はバランスを崩し屋根から落ちそうになってしまっている。


 何だこいつ!? でっかいカマキリ!?

 破壊された窓から姿を見せた『それ』は、何とも言い難い姿をしていた。

 人間ほどの大きさのカマキリが修道服を着ていると言えばいいだろうか。

 その顔には二つに引き裂かれた人間の顔のようなものが張り付いていて、見る者に生理的な不快感を覚えさせる。

 こいつが……、この村の主なのか!?


「今行く! そいつに鐘を鳴らさせるな!」


 あっ、そうか! せっかく戻ってきたのに鐘が鳴ったらまた〈裏の村〉に飛ばされちゃうじゃないか!

 アリカの自在剣で補強されていたから腕は完全には切れていない、このままロープ伝いにさらにのばして鐘自体を押さえ込んでやる。


 シュイラとオウテツも下から向かってくれてるみたいだけど、その間にもカマキリ女は壊れた窓の隙間からブンブンと鎌状の腕を振って攻撃してくる。

 アリカも私の体が落ちないように支えているせいで攻撃に回れない。

 私の手も鐘が鳴らないよう押さえておくのももう限界。

 これって……またしても大ピンチ!?


「あああああ!」


 カマキリ女がついに窓を突き破り、その顔が私の目前まで迫った。

 ぎゃあ、怖い! ていうか気持ち悪い!

 離れ――


 ズバッ!


 ギャー! 痛ったあ! 何だ!?

 突如響いた空を裂く鋭い音。

 一瞬、ドラゴンのようなものが見えたかと思うと、カマキリ女の体が半分以上えぐれて飛び散っていた。

 ついでに、私の体も少し持って行かれた。めっちゃ痛いのはこのせいです。


「あーらあら、ボクの暴食蜻蛉(ドラゴンフライ)でも死なないなんて、面倒くさい魔物ですねぇ」


 少し離れた場所に立つ鎧姿の人影。

 あいつは、クラリッサ!?

 今の大砲みたいなのもあいつの魔導矢ってわけ? ムチャクチャだな。

 クラリッサの事だから私かカマキリかどっちを狙ったのかはわからないけど、今回ばかりは助かったよ。

 ……セリフからして狙ったのは私の方かな?

 まあいいや、それよりあいつもちゃんと戻って来てたんだな……、まあ、安心した。


「……あ……ああ……」


 半身を吹き飛ばされたカマキリ女はそのまま落下し、教会の床に叩きつけられた。

 その体はだんだんと溶けて形を失い、ついには赤黒い染みだけを残して完全に消滅した。


「お、終わった……かな?」


 どんな時でも、一瞬の油断が命取り。

 カマキリ女が消滅してふっと気が抜けたその瞬間、必死に押さえていた手がへばって鐘から離れてしまった。


「あ、やばっ!」


 ゴォーン! と、離した反動で鐘の音が響く。

 ……しかし、何も起こらなかった。

 やっぱりこの村の怪異の原因はあのカマキリ女だったみたいだ。

 とりあえず、全員で胸を撫でおろした後で全員分の視線が私に集まるのを感じた。

 はい、すいませんでした……。


 *****


 カマキリ女が消滅し、鐘の音が鳴っても〈裏の村〉に飛ばされることは無くなった。

 しかし、全く何も変化が無かったわけではなく、村はまた新たな姿を私たちにさらけ出していた。

 〈裏の村〉で見た廃墟のような村、あれ以上に辺りはボロボロで、かつてここに村があったとわかる程度の痕跡しか残っていない。

 目の前の教会も、鐘がかろうじて残っているだけの残骸にすぎなかった。

 要するに、いろいろと幻だったわけだ。


「思い出しましたよぉ、ここは十数年前に戦火で焼け落ちた村のひとつがあった場所ですねぇ。怪異化しているなんて思ってもみませんでしたから、うっかり取り込まれてしまったんですねぇ」


 恐ろしい話だ。

 何があったのかはわからないけど、現に騎士団とグリムゴブリンが取り込まれ犠牲になっている。

 私たちが助かったのは幸運だっただけなのだろう。


「さあて、残る魔物を始末すれば、今回の任務はお終いですよぉ」


 クラリッサが私に向け弓を構える。

 しかし、間髪入れず私とクラリッサの間にオウテツが立ちはだかった。

 もちろんアリカとシュイラも。


「やめろクラリッサ。彼女は今回の功労者だ、感謝こそすれ危害を加える事は許されない」

「……なに慣れ合ってるんですかぁ。ギルド員でもブリア国民でもない魔物、生かしておく意味なんかないですよぉ?」


 クラリッサが何を言おうと、オウテツもアリカもシュイラも、そして私も、彼女を睨んだまま微動だにしない。


「……。ま、いいですよぉ。今回は騎士団の損害も大きかったですし、急いで報告に行かなければなりませんからねぇ」


 そう言うとクラリッサは弓を降ろし、私たちに背を向けて歩き出した。


「この事はしっかり報告しておきますから、後で楽しみにしておいてくださいねぇ」


 そんなセリフを残し、嫌味な弓の騎士は後ろ髪をなびかせながら去っていった。


「すまない。今の俺の立場と筋肉ではこれが限界だ、本当に申し訳なく思う」


 オウテツが悔しそうにつぶやいた。

 リザードマンである彼にもまた、他人にはわからない苦労があるのだろう。


「いえ、助かりました。かばってくれてありがとうございます」

「……俺も報告に戻らねばならない。さらばだ、縁があればまた会おう」


 剣の騎士が去っていく。

 その大きな後姿を見ても、やっぱりどこに尻尾をしまっているのかはわからなかった。


「ねえリプリン、これ見て」

「ん?」


 オウテツが去った後、アリカが私の前に何かを差し出した。

 これは……いわゆるロザリオってやつ?

 金属製みたいだけどチョコレートみたいにちょっと溶けてる。


「これ、さっきのカマキリみたいな人が消えた後に落ちてたの」

「げっ、そんなもの触らないほうが……」

「何言ってるの、これってプリズマスギアかもしれないよ!」

「!」


 異界遺物(プリズマスギア)……。

 確かに、ゲッペルハイドの件とどこか似ていた今回の騒動、異界の影響があったものだとしてもおかしくはない。……かも。


「まあ、確かにそうかも」

「だよね。とにかく持って帰ってホウリさんに見てもらおう」

「ホウリ? って、ギルドマスターの人だっけ」

「そうだよ。ホウリさんが所属してる魔術師会は異界の研究もしてるの。わたしも何かあった時はホウリさんに相談するようにしてるんだよ」


 なるほど、そういうわけね。

 でもあの人、ちょっと苦手。嫌いってわけじゃないんだけど。


「オマエら何やってんだ、早く手伝え!」


 シュイラが荷車を引きながら大声で言った。

 そういえばその荷物、無事だったんだね。


「まったく、依頼自体が偽物だったなんてな。荷物だけでも無事で良かったよ、これまで無くなってたら大損だったぜ」


 偽の依頼を出した人物は何者なのか、その答えも出ていない。

 帰ってギルドに聞いてみるしかないか。


「ほらほら、さっさと押す!」

「うひぃ~」


 来た道を思い出し、同じ労力を必要とするかと思うと考えただけでヘトヘトになりそう。


 異界の事、依頼の事、そして私自身の事、問題は山積みだ。

 それでもどうにかするしかない、どうにか……。


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