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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
序章 粘土人間の始まり
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人生最悪の事故

「うきゃーっ!」


 人生、何が起きるかわからない。一枚の紙切れが人生を左右することだってある。

 そんな人生の転機はこの私、しがない町娘のリプリン=パフェットちゃんにだって訪れるのだと、私は王宮からの手紙を握り狂喜乱舞しながらひしひしと感じていた。

 それはもうおさげ髪もスカートも円を描くくらいクルクルと。


「ちょっと、うるさいよ!」


 狂喜乱舞しすぎて母親に怒鳴られた。

 いくら気分屋で怒りっぽくて妹のスフレにばかり優しい母親でも、パフェット家の娘の晴れ舞台なんだから少しくらい大目に見て欲しいものだ。


 パフェット家なんて言っても、別にうちは名家でもなんでもない。

 酒が大好きな庭師の父親とヒステリックな母親、そしてかわいい妹と私のごくありふれた一般家庭。それがうち。

 このままつまらない人生を送っていくのかとうんざりしていたところに、素晴らしい人生の転機が訪れるなんて、やっぱり神様は良い子を見ているのね。


 手紙の内容はこう、「リプリン=パフェットの魔錬研での奉公を許可する」とある。

 魔術及び錬金術研究所、略して魔錬研。このルゾン王国で最大の魔法研究施設。

 ここに勤務するのは並大抵の事ではない、最大最高の研究施設に入れるのは、同じく国内最高峰の魔術師や錬金術師だけなのだ。

 そしてそれは助手補佐という名の下働きだって同じこと。

 さすがに研究員ほど厳しくはないけど、私がここに行けるようになるためにどれだけの苦労をした事か。


 家の仕事の合間を縫っては王都の図書館で独自に勉強。図書館はタダだからね、タダほど安い物はない、無料最高!

 庭師の父親がお城の仕事を受けた時には、ここぞとばかりに賢い娘を演じてお城の人たちに印象付ける。ヒラの兵士さんだからって甘く見てはダメ、人の繋がりはどこにどうあるかわからないもの。

 その他いろいろ、そんなこんなで努力の甲斐あって、私は魔錬研で働ける事となった。

 住み込みの雑用だって、素晴らしいものに触れられるまたとないチャンス。何より、自分の居場所を感じられない家にいるよりはずっといい。


 手紙を受け取ってから数日、私の旅立ちの日がやって来た。


「それではお父さん、お母さん、行ってきます」


 育ててもらった恩義に一応の感謝として頭を下げる殊勝な私。

 だけども、旅立ちの日もまた、両親の態度はいつもと同じ。


「……ああ」

「どうでもいいけど、恥にだけはならないでおくれよ」


 これだ。

 娘の晴れ舞台だってのにこの態度、少しは気にかけてくれたっていいじゃないの。


「お姉ちゃん、行ってらっしゃい。お仕事がんばってね!」


 それに引き換えスフレの可愛らしい事、まさに天使だね。

 その可愛さのご褒美としてお姉ちゃんが撫でてしんぜよう。うりうり。


「行ってくるね。お休みがもらえたら帰ってくるから、それまで元気にしてるのよ」

「うん、お姉ちゃんもね」


 ああ、名残惜しい。一緒に連れていきたいくらい。

 しかしそんな事は言っていられない。妹の手前、もっとしっかりせねば。

 無邪気に手を振る愛らしい妹に後ろ髪を引かれながら、私はトランク片手に魔錬研へと向かうのであった。


 それからの魔錬研での生活は、今までとはいろんな意味で比べ物にならないものだった。

 王国有数の魔術師たちが研究に没頭できるように、朝から晩まで雑用三昧。もちろん大変な仕事だけれども、その合間合間に最先端の技術など、素晴らしいものの数々に触れる事ができるのは、王国広しといえどもここくらいのものだろう。

 新しい友人たちもできた、私のように住み込みで働く同室の子たちだ。みんな王国の各所から様々な理由で来ているらしい。年齢も様々、賢かったり美人だったり、こんな所でも世界の広さを思い知った。


 そして、ここ魔錬研に来て一番の衝撃と言えば、やはりこれは外せない。


「君が新しく来たパフェット君だね」


 私に話しかけてきた人物、この人こそ魔錬研の所長にして王国最強、いや、世界最強とも謳われる大魔術師、マーリオム=マギクラフト様だ。

 優秀なだけでなく、忙しい中でも私のような助手補佐も気にかけてくれる人格者。それでいておヒゲの渋いナイスミドルとあっては、誰からも人気があって当然のお人。

 恋愛感情なんか無くても、この人のためだったら頑張れる! そんな気がする。


「なかなか優秀だそうじゃないか、いつか研究者になれるかもしれないな、期待しているよ」


 うひょお、これは空耳でも妄想でもないよ。

 社交辞令だとしても、こんな事言われたら頑張っちゃうよ!

 ……とまあ、こんな感じで私は慌ただしくも充実した日々を送っていたのでした。


 魔錬研に来て一ヶ月ほどが経とうとしていた時、仕事にも慣れてテキパキと用事をこなしていた私の元に、これまた衝撃的なお達しがやってきた。

 なんと、マギクラフト所長の実験に助手として参加して欲しいとの申し出があったのだ。

 もちろん断るはずもない。そもそも断れるような立場ではないけど。

 ああ、それにしても王国最高の大魔術師が、私を助手に抜擢してくれるなんて……、私は恵まれすぎている。


 だがしかし、優秀な私は浮かれて仕事をおろそかにすることなどあり得ない。高鳴る気持ちを抑えながら、そして時にニヤニヤして気持ち悪がられながら、いつも通り、いや、いつも以上に日々の仕事をこなしていった。

 いや優秀というのは恐ろしいね、だってちゃんと出来てるんだもの。凄いぞ私。


 そして実験の当日、私は朝の分の仕事を終わらせると、軽い足取りで実験室へと向かった。


「失礼しまーす」


 憧れのマギクラフト所長の部屋、そのドアをノックする。

 おお、なんという胸の高鳴り、平静を装っていても勢いで心臓を吐き出してしまいそう。


「……?」


 あれ、返事がない。

 約束の時間だから不在だなんて事はあり得ないはず、どうなっているのだろう?

 不思議に思いながらドアに手を掛けると、鍵はかかっておらずドアが開いた。

 入っていいのかな……? 私は深呼吸して、おそるおそる歩を進める。


「マギクラフト所長? いらっしゃいますか?」


 部屋の中は薄暗く、人の気配は無い。

 中を見渡すと、魔術に関する書物や道具、様々な調度品が並ぶ部屋の中は神秘的な雰囲気を醸し出し、私はしばらくその美しさの虜となっていた。

 おっと、それどころじゃない。このままでは仕事に穴を開けてしまう。

 ええと、確かに実験の助手としてお達しがあったんだけどなあ……、指定の時間に実験室へ――


 あ、いけない。ここは実験室じゃなくて所長室だった。

 さらに悪い事に、お達しのメモを見返してみると『特別』実験室とあった。特別実験室とは、この魔錬研の離れにある実験棟だ。


 マズイ……、完全に遅刻してる。

 えーと、ここから特別実験室までどれくらいかかるんだっけ!?

 私は血の気が引くのを感じながら、とにかく急がなければと実験棟目指して走り始めた。


 ズン


 その時、どこかで大きな振動があった。

 やだ地震? この急いでる時にホントやめて欲しいわ。


 ズズズズ


 うわっ……、ちょっと、これマズイんじゃないか?

 振動がどんどん大きくなっていくのを感じる。


 ゴゴゴゴゴ!


 揺れが激しくまともに立っていられないほどだ。

 これはただ事ではない! そう感じた瞬間、強烈な閃光と衝撃が私の体を飲み込んだ。

 一瞬で世界のすべてがかき消されるような感覚の中、私の意識もまた光の中に消えていった。


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