表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第二章 粘土人間と異界遺物
19/91

魔弾の射手

「……はっ!」


 いけない、意識が飛んでたみたい。

 ほとんど眠れないくせに気絶はするんだもんなあ。

 もしかしたら眠れない分、気絶から早く復帰できているとかはあるかもしれないけどね。

 おっと、それより状況はどうなっているのだろう。


 私は教会に足を踏み入れたつもりだったけど、ここは明らかに教会じゃない。

 どこかのボロボロの狭い家。壁や天井に穴が開いている、人の住んでいるような形跡はない。

 あちこちが赤黒く汚れているという事は、ここも村のどこかなんだろう。


 ほぼ意味がない傾いた扉からおそるおそる外を覗いてみる。

 あー、やっぱり同じ村だ、相変わらず雰囲気がおぞましい。

 不思議な力でワープでもさせられた?

 意図的に分断させられたのだとしたら、……それって誰かの明確な攻撃だよね。


 みんなも同様に村のどこかに飛ばされているのかも。

 でも同じ村の中にいるのなら出会う事は難しくないでしょ、ここは一刻も早く誰かと合流しておきたい。

 ぶっちゃけひとりだと怖くて仕方がないのだ、たぶん死ななくても怖いものは怖い。


 敵対者に出会わないよう祈りつつ、私は家を出て他のみんなを探すことにした。

 こういう時は壁際とか物陰とかに隠れながら移動するといいんだっけ?

 じゃあまずはそこの陰だな!


 周囲を伺い、気配が無い事を確認し、私は素早く物陰へと滑り込んだ。

 どうよこの身のこなし、私だってちょっとずつ強くなってるんだもんね。


 ドン


 いてっ。

 いい気になっていると何かにぶつかった。あたた、顔打った。

 この感触、どうやら隠れようとした物陰には先客がいたらしい。

 ここでも私の運の悪さ発動する?

 あー、はいはい、もういいよ。どんな奴でもかかって来るといいさ!


「あら、奇遇ですねぇ。あなたも飛ばされて来たんですかぁ?」


 物陰の先客は見覚えのある人物だった。

 うげっ、こいつは……クラリッサ!

 どうも私の運の悪さは斜め上に発動してしまったようだ。これならまだ魔物の方が良かったとさえ思う。

 だって、なんかこいつ……キライ。


「あの教会に入ろうとすると別の場所に飛ばされちゃうんですよぉ。オウテツさんたら言うのが遅くて困りますねぇ」

「はあ……そ、そうなんですね」

「でも、合流したのがあなたで良かったですよぉ。人間じゃないものが近くにいるなんて、薄気味悪いと思いませんかぁ?」

「……」


 シュイラの事を言っているのだろうか。

 アリカはゴブリンとは友好関係にあるとか、変わった見た目してても大丈夫とか言ってたけど、やっぱりこういう奴もいるんじゃないか。

 しかも騎士だって、タチ悪いな。


 クラリッサがおもむろに兜を取り、後ろで束ねた栗色の髪がこぼれ出す。

「ボク」とか言ってたけどやっぱり女性のようだ、私やアリカと年も近そう。

 残念ながら不細工ではない。チッ。


「やっぱり、こっちのほうがよーく見えますねぇ」


 そりゃそうでしょうよ。

 弓を撃つならそんなフェイスガードの隙間から覗くより、何もない方がよく見えるに決まっている。


「あなたもその帽子、暑苦しくないですかぁ? もしかして、魔女なんですかねぇ?」

「いやいや、私は魔女じゃないです。むしろ魔法使えないって言うか」

「あらあ、良いですねぇ。この国は人間のものですから、普通の人がいてくれて嬉しいですよぉ。……人間以外のモノなんか要りませんよね」


 最後にポツリとつぶやいた一言が気になる。

 目が据わってる、この人やばい。

 一般的な人が思うのとは別の意味で、今日はメイクしてて本当に良かったぁ!


「ほら、あれ見てください、おぞましいですねぇ」


 クラリッサの示す方を見ると、そこには何やら人影のようなものがいくつか立っていた。

 あれって村の人、かな? 今まで誰もいなかったのにどこにいたんだか。


 ……いや、違うな。なんかおかしい。

 人間のように見えるけど動きが変だ。まるで骨組みの無い作り物が無理に人の動きをまねようとしている、そんな感じ。

 ちょっと前の私もそんな感じだったのかなと、ちょっと微妙な気持ちになった。


 いやいや、でもあんなのとは絶対に違うと思うぞ。

 だってこの村人らしきもの、じっと見てると輪郭がぼやけるというか、赤黒い影のようなものに見えてきて怖いんだもの。


「いらしゃいむらにようおとますかあ」

「えいこうるりあきめよかけてえ」


 その存在が人間ではないと認識したとき、それが何か言葉を発している事がわかった。

 ボソボソと小声でつぶやかれる言葉の意味はわからない。わかるのは同じ言葉をひたすらに繰り返しているという事だけ。

 こ、これは見てはいけないタイプのやつではないだろうか?

 うう、関わりたくないなあ。


「騎士団は〈影村人〉と呼称する事にしましたよぉ。はじめは数人の影村人だけだったんですけど、ボク達の仲間の騎士や戦っていたグリムゴブリンも仲間入りしちゃって、かなり数が多くなってしまいましたねぇ」


 さらっととんでもない事言うなあこの人。

 アリカから聞いたグリムゴブリンの特徴は、人間と同じくらいの大柄な体格で、黒に近い深緑の肌だという事だった。

 しかし、目の前でうごめく〈影村人〉はどれも同じ形をしているように見える。

 人でない異形の何かだと認識する前なら差異があったのかもしれないけど、少なくとも今は元が何だったのか判別するのは難しい。


 バシュッ!


 突如、風を切る音が私のすぐそばで鳴った。

 驚いて振り返ると、いつの間にかクラリッサが弓を構えている。影村人に一矢放ったようだ。

 か、隠れてるってのに何やってんのこの人!?


「ええ!? ちょっと何やって……!?」

「驚きましたぁ? 大丈夫ですよ、こいつら撃てば殺せますからぁ」


 そう言いつつ、クラリッサは次々と矢を放っていく。

 強烈な矢の攻撃を浴びた影村人は、矢によって抉られた部分から溶けるようにその形を失い、地面に倒れて動かなくなった。


「でも何回殺してもまたどこからか湧くんですよねぇ。面白いからいいですけどぉ」


 全然面白くない、つーか怖い。

 影村人もクラリッサも。

 この人、いつもニコニコしてるのはアリカみたいだけど、中身はまるで正反対。

 作り笑いの張り付いた笑顔からは狂気すら感じる。


 ふと、動かなくなった影村人が目に入った。

 普通なら死体として転がるはずだ、でもそこには血も肉片もない。

 どう見ても散らばっているのは泥や葉っぱなどのゴミの塊だ。

 これがどうして今まで人に見えていたのか、考えてもさっぱりわからなかった。


 ……とにかく、このままここにいても仕方がない。

 早くアリカたちを探して合流しないと。

 何より、この危ない女とふたりきりでいるのはごめんだ。


「クラリッサさん、早くみんなを見つけて合流しましょう」

「うふふ、そんなに急がなくてもいいじゃないですかぁ。もっとお話ししましょうよぉ」


 はい? お話だって?

 嫌なこった、こっちはあんたと話す事なんかないっての。

 友達ならよそで探して欲しい、そんな性格じゃ難しいかもしれないけど。


 ――!?

 うわっ、何!?

 いきなり手を掴まれた。クラリッサが私の手をしっかりと掴んでいる。

 うう……何なの?

 この人、やたらと近付いて来るし、絶対に離さないってくらいの圧力を感じるんですけど。


「素敵な手ですねぇ。うふふ、とっても面白いですよぉ」


 掴み上げた私の手を愛おしそうになでるクラリッサ。いや、マジでやめて。


 ……あっ、しまった!

 顔はメイクしてごまかしてるけど、どうせ服で隠すからと思って手にまでは気が回らなかった。

 首から下はいつもの粘土色のままだったんだ!


 軽くパニックになって手を振りほどこうとするが、クラリッサの力は強く振りほどけない。

 私の周りは力強い女ばっかりだなチクショウ。

 思わずクラリッサの顔を見ると、クラリッサは目を大きく見開き私を凝視している。

 こ……怖っ!


「うふふふ、お目々も素敵ですねぇ。真っ黒くて魔物みたいですねぇ」

「あ、いや、これは……」

「さっきギルドのメンバーみたいな事言ってましたけど、あなたみたいな人知りませんよぉ? 本当にブリアの国民なんですかぁ?」

「わ、私は……」


 マズイ……この人めっちゃ私を疑ってる。

 というか、もしかして私をどうにかしようとしてる?


「ブリア国民でもない魔物なんて、ただの薄汚い魔物ですよぉ? 生かしておく意味なんか無いですねぇ、殺すしかありませんねぇ!!」


 ギャー、やっぱり!

 なんでよりにもよってこんなヤバイのと一緒になるかな!?


 こうなったらもうなりふり構っていられない、私は掴まれている手首を柔らかくし、多少引きちぎってでも強引に振りほどいた。

 痛たた……くそう、多少は覚悟してたけど、結局手首から先が全部取れちゃった。なるべく早く再生しないと。


「おやおや、やっぱり魔物でしたねぇ。ボクを騙してどうするつもりだったんですかぁ?」

「そんなんじゃないって! それより、今はこんな事してる場合じゃないですよね!? もっとやるべき事ありますよね!?」


 逃げながら自分たちが置かれている状況を訴えてはみたものの、クラリッサは全く取り合おうとしない。


「……魔物を殺す以上に大事な事なんて無い」


 時々ポツリとつぶやく、独特の口調を忘れた言葉が超怖い。

 ううう、この分からず屋め!


 射かけられた矢をかわし、……いや、何本か当たったけど、何とか物陰に隠れられた。

 崩れかけた壁もこういう時は頼りになる。

 ああもう、こんな化物の村に閉じ込められてるってのに、この人何考えてるんだ。

 どう考えても脱出法見つけるのが先でしょうよ。


「隠れても無駄ですよぉ。ボクは魔法は嫌いですけど、魔法で矢を創り出す事はできるんです、それもとっても面白い物をねぇ」


 あんなこと言ってるし。

 こっそり覗いてみたら、クラリッサの右手のあたりの空間がズズズと歪み、言葉通り矢のようなものが創り出されている。

 いや……、矢というか、虫?


「これは魔導矢〈拷問百足(センティピート)〉、自動で獲物を追いかけて、いっぱい肉を喰いちぎってくれるいい子なんですよぉ!」


 言い終わるが早いか、ムカデのような形の矢が私めがけて飛んでくる。

 壁の裏側に隠れていたはずなのに、矢は生き物のように軌道を変え、私の首筋に深々と突き刺さった。


 あばばば! なにコレ! 気持ち悪い!

 ムカデみたいなのが肉を喰いちぎって体の中に入ろうとしてる!

 私は慌ててムカデを掴み、周辺の肉ごと地面に叩きつけた。

 地面に落ちたムカデはその役割を終えたのか、すぐに動かなくなって消滅した。

 便利だけど何回も使えるようなものではないらしい。……助かった。


「あら……、意外と耐えるんですねぇ。それじゃあ、どうしましょうかぁ」


 どうするもこうするもない、私は逃げるに決まってるだろ。

 このおぞましい村からも、そこの頭おかしい騎士からもね!


「それにしても、こんな魔物を飼ってるなんて、やっぱりトレシークの人間は危険ですねぇ」


 ……! 何よ、急に。

 トレシーク……アリカの事を言ってるの?


「あの一家は危険人物ですからねぇ、何考えてるかわかりませんよぉ!? あなたもペットじゃないのなら、付き合いを考え直した方がいいんじゃないですかぁ?」


 ……はあ!?

 さっきから何なのあんた、ふざけるのもいい加減にしてよね!


「撤回して……アリカはそんな奴じゃない! ふざけんなこのイカれ騎士!」


 あ、言っちゃった。

 つい頭にきて、あのいろんな意味で怖いイカれ女騎士に悪態ついちゃった。

 しかも壁の裏から飛び出しちゃったし、挑発に乗り過ぎだぞ私。


「ほぉーら、出てきましたぁ。撃ちやすくて助かりますねぇ」


 案の定、完全に罠だったし。

 まあいいや、逃げるのも難しそうだったしこのままいっちゃえ!

 怒ってるのは本当だし、もう遠慮なんかしないぞ。

 私の新しい技、とくと味わうがいい!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ