お届け物を受け取って
物資の積まれた荷車を目的地目指して押して歩く。
口では簡単に言えるけど、これが結構な重労働なのである。
「ほらほら、しっかり押せよ!」
「つ、詰みすぎなんだってば……」
荷車には後ろから押している私からは前方が見えないほどの物資が積み込んである。
これだけの量を運ぶのに人力だけとはちょっとムチャなんじゃないかな。
「ねえシュイラ、馬車とかなかったの?」
「贅沢言うな、節約だよ節約」
それって本当に節約かあ? 単にケチなだけなんじゃないの?
などとは言えないので、私は黙ってただ荷車を押すのみ。
節約の矛先がこっちに来てるのは気のせいですかね。
幸い車輪が壊れたり窪みにはまったりなどという事は無く、長い道のりを経て私たちは無事に目的地まで辿り着く事ができた。
この疲労感を無事というのならば、だけどね。
「ああ~、疲れたー。お水でももらえないかな」
目的地に着くなり、アリカは背伸びをして体をほぐし、近くの民家へと尋ねていった。
辿り着いたのはそこそこの規模の村、私の出身のコミスより大きい。
防衛のためか周囲を壁で囲っている。討伐隊が来るくらいだ、魔物の襲撃に備えているのだろう。
でも壁と言っても粗末な木製のもの、アルマンディの立派な壁に比べればどうしても見劣りしてしまう。無いよりはマシって程度なのかな。
討伐隊はこの村の一角でも借りて拠点にしているのだろうか。
それにしても……何か違和感がある、なんだろうこの感覚。
「……ふぅむ」
シュイラも同様に違和感を覚えているのか、周囲を見回し訝しげに口元をさすっている。
「シュイラさんも何か感じてます?」
「まあ、な。ほら、その答えを持ってきたようだぞ」
その視線の先には民家から出てきたアリカの姿。
なにやら不思議そうな顔をしてこちらに走って来る。
「ねえ、どうしたんだろうね? お水もらおうと思ったのに誰もいないんだよ」
ああ、なるほど。違和感の正体はこれか。
人の気配が全く無いんだ。
「これだけの規模の村なのに、誰もいないって事ある?」
「討伐隊が来てるんだ、どこかに避難してるのかもしれないな。それよりオレが心配してるのはこの物資の受取人だよ。配達の証明が無きゃ報酬にならん」
それも確かに重要ですね。
あの道のりをタダ働きっていうのはシュイラじゃなくてもしんどいと思う。
でも今は違う心配というか、嫌な予感がするというか……。
「ねえ、あっちに大きな建物があるよ。討伐隊が使うならあそこじゃないかな?」
アリカの示す先に高い屋根が見えた。
あれは教会かな? 確かに広そうだ、間借りするのにいいかもしれない。
「だな、行ってみるか。ほれ、もうひと頑張り!」
「うう……」
せっかく休めると思ったのに、もうひと頑張りかあ。
村の奥に行くのに微妙な傾斜があって、荷車を押すのは大変だった。
近付くにつれて見えてくる、例の建物はやっぱり教会らしい。
今度こそ誰かいますように、早く終わらせたい、ていうか終わらせて、頼むよ。
ゴオーン! ゴオーン!
教会に近付いたその時、鐘の音が周囲に鳴り響いた。
これは間違いなく教会の鐘の音だ。
良かった~、鐘が鳴るって事は誰かいるって事だよね!
期待通り、誰かがそこにいる気配を感じる。
教会の脇にある小屋の陰に誰かいるようだ。
「……止まれ、何者だ? どうやって来た?」
現れたのは声の低い鎧姿の男だった。でっかい人だなあ、二メートルはありそう。
身に着けているのは銀の鎧にバラの紋章、いつか見たブリアローズ騎士団の鎧だ。
やっぱりここで間違いなかったみたいだね。
でも少し様子がおかしい。
騎士は剣を構え、警戒するように物陰から出てこようとはしない。
討伐任務中って言っても後方の拠点じゃないの? 素人だからよくわからないけど、そんなに警戒が必要なものなのだろうか。
どうしたものかと思案していると、私の前方にいたシュイラが騎士の問いかけに答えた。
「オレたちはアルマンディギルドの者だ、支援依頼を受けて物資を届けに来た」
「……支援依頼、だと?」
兜のフェイスガードに隠れて騎士の表情は読めないけれど、その口調から驚いているらしき事は読み取れる。
どういう事? 支援を求めて支援が来たら、普通は喜ぶよねえ。
考えられるのは思ったより来るのが早かったとか、……逆に来るのが遅かった、とか?
う、その場合は怒られそうな気がする。
私は一歩前に出てきた騎士に怒られるのを覚悟し、荷車の後ろで縮こまる。
だがしかし、聞こえてきた騎士の言葉は私たち三人にとって意外なものであった。
「……支援依頼など出してはいない、出せるわけがないのだ。何故ならば、討伐隊は我ら二人を残して全滅したのだから」
え?
えええ!?
何言ってるのこの人。全滅って何? もしかしてかなりヤバい状況?
遅すぎたっていうのがある意味当たったのか。
少なくとも荷物の受け取りをしてくれそうな状況じゃない。
その時、思考が追い付かずキョロキョロする私にさらなる追い打ちが繰り出された。
ドスッ!
どこからか飛来した矢がシュイラの頬をかすめ荷車に突き刺さる。
「……!? てて、敵!? どこ!?」
「落ち着け、矢は教会の上からだ。そこの騎士はさっき「我ら二人」って言っただろ、上から見張ってたもう一人だろうよ」
たった一本の矢でうろたえまくる私と違い、シュイラは眉ひとつ動かさず冷静に状況を見ている。
さすがプロだ、違うなあ。
「ああ、すみませんねぇ。ゴブリンが現れたと思って撃っちゃいましたぁ」
そして、矢を撃った張本人がお出ましだ。
屋根の上からヒラリと飛び降りてきたその人物、下にいた男と同様に騎士のようだ。
細身の体に全身を覆う甲冑を着ているというのに、なんて身軽な身のこなし。アリカといい勝負か、それ以上かもしれない。
もっとも、問題になりそうなのはその性格みたいだけど。
「大体、栄光のブリアローズ騎士団が街ギルドなんかに支援を依頼するわけないじゃないですかぁ。薄気味悪い魔女がマスターをやってるなんて信じられませんよぉ? ボクは何度もギルドは解体した方がいいって言ってるんですけどねぇ」
なっ……何コイツ!
いきなり現れたかと思ったら言いたい放題言っちゃって! こっちはあんたらを助けに来たようなもんなんだぞ!?
「ちょっと、そんな言い方はないんじゃない!? わたしたちは支援物資を届けに来たんだよ!」
アリカも同じ気持ちのようで、弓の騎士に文句を言っている。そりゃそうだよね。
「まあ、来ちゃったものは仕方がないですねぇ。それじゃあボクはまた見張ってますから、そこのゴブリンの人、ボクの視界に入ったら間違えて撃っちゃうかもしれないので気を付けてくださいねぇ」
声は明るく陽気な感じで話しているのに、その内容がひどい。
明確な敵意があって、それを隠そうともしていないのがビンビン伝わってくる。
「オウテツさんも、兜は取らないでくださいよぉ」
そこまで言うと、弓の騎士は素早く何処かへと姿を消した。またどこか見張りの位置にでもつくのだろう。
弓の騎士がいなくなった後も空気が重い。どうしてくれるんだこれ。
そう思っていると、口を開いたのは剣の騎士だった。
「……無礼を詫びる。あいつは、クラリッサは亜人族を忌み嫌っているのだ。当然それには理由もある、理解してくれとは言わぬが事情があるとだけ知っておいて欲しい」
「なあに、そんな奴には慣れてるさ」
弓の騎士とは違ってこっちの騎士はけっこういい人そう。名前はオウテツでいいのかな。
そしてシュイラもあんな風に言われても動じていないみたい。
シュイラがそう言うんなら私たちも何も言わないけどさあ……。
「改めて。俺はオウテツ、ブリアローズの騎士だ。さっきのはクラリッサ、同じくブリアローズの騎士。多少性格に問題はあるがな」
「オレはシュイラ、ギルドの傭兵さ」
「わたしはアリカ、トレジャーハンターです!」
「……あ、私は、リプリンです」
そう言えば私に肩書は無かった、社会的に見れば家事手伝いになるのかなあ。
よく考えたらブリア王国の国民でもないのか。このあたりの事が問題にならなきゃいいけど。
ひととおり自己紹介が終わったところで、オウテツが再び話し始めた。
「話を戻そう。お前達、どうやってここまで来た?」
「どうって、荷車押して普通に……」
「あの中をか?」
オウテツが私たちの後方を指差す。
つられて後ろを振り返った私たちの目に、驚くべき光景が広がっていた。
「……なっ!?」
「……ひっ」
先ほど中を通ってきたのどかな村はどこにも無く、そこにあったのは朽ち果てた廃村としか言いようのない場所だった。
さらには村のあちこちに血のような錆のような赤黒いものがこびりついていて、おまけに空まで同じく不気味に赤黒い。
いやいや、通ってない、あんな中、絶対に通ってない!
「俺達はグリムゴブリンの討伐に来たはずだった。だが奴らと戦ううちにいつの間にかこの村に迷い込み、閉じ込められてしまったのだ」
「閉じ込められた?」
「そうだ。村の壁を越えてもまた同じ村の中に出る。仕方なくこの教会に籠城しようとしたが、何故かここには入れない。そのうち仲間達は次々に倒れ、残ったのは俺達二人だ。この鋼の肉体をもってしてもこの体たらく、鍛錬不足が不甲斐ない」
オウテツが腕を曲げ、自分の腕を見つめた後、首を振りながらため息をついている。
鎧でわからないけどそんなに自慢の筋肉なんだろうか。
でも今はあんまり関係ないと思うなあ。
そんな事より、私たちは確実に恐ろしい状況に巻き込まれている。
そっちを気にしましょうよ。
「え、ちょっとこれマズくない……? どうすんの……?」
「リプリン落ち着いて。ねえ、この感じ、どこかで覚えがない?」
落ち着けって言われてもこんな状況で落ち着けませんよアリカさん。
こんな変なの覚えも何も……、あれ、あるかも。
「……あ、これゲッペルハイドの……?」
「だよね、あの時のサーカスの状況に似てる」
全く同じというわけではないけれど、得体の知れない場所に閉じ込められるという点ではかなり似た状況だ。
まさかまたあの箱頭が関わってるんじゃないだろうな。
「お前達、何か知っているのか?」
「うん、わたしたち前にも似たような状況になった事があるの」
「ほう。それで、脱出の術はあるのか?」
「その時は空間の原因になってる人がいたの。だから、この村にも原因になっているものがあるんじゃないかと思うの。人か物かはわからないけど……」
「ふむ……」
アリカの言葉を聞き、オウテツは何やら考え込んでいる。
うーん、あの時は確かにゲッペルハイド自身が閉ざされた空間を作り出している感じだった。
じゃあこの村のどこかに私たちを閉じ込めている原因があると、アリカは見当をつけているわけだな。
仮説が正しいとして、それが人であれ物であれ、見つけ出さない事には始まらないか。
「オウテツさ~ん」
「む……考えている時間は無い様だ、来るぞ」
クラリッサとかいう騎士のカンに障る声が聞こえたかと思うと、オウテツは剣を構え周囲を警戒する素振りを見せている。
「お前達は隠れていろ、危険だ」
「危険? 何がだ?」
「奴らが来る」
「グリムゴブリンか? オレも傭兵だ、腕には自信がある。あんな奴らには後れを取らないさ」
「……それもある、だがそれだけではないのだ」
よくはわからないけど、非常に危険な事が差し迫ってるって事ね。
シュイラも張り合ってないでお言葉に甘えた方がいいんじゃないかなあ。
「シュ、シュイラさん」
「オマエはアリカと一緒に中に入ってろ」
シュイラは刀を抜いてやる気満々の様子だ。
「ほらリプリン、行くよ」
「あ、うん」
危険が迫っているのならば仕方がない、私はアリカに手を引っ張られ教会の中に避難することにした。
この中で実力が劣っているのは明白だものね。騎士さんたちの前で変形攻撃するわけにもいかないし。
オウテツは何故だか入れないなんて言ってたけど、教会の扉はすんなりと開いた。
なあんだ、問題ないじゃないの。騎士さんたちもいざとなったら逃げ込めばいいのに。
「……待て! 教会には入るな!」
「えっ!?」
後ろでオウテツの叫ぶ声が聞こえた、でも時すでに遅し。
教会の中へと一歩足を踏み入れた瞬間、奇妙な感覚が私を襲う。
いや、私だけじゃない。アリカも、外にいるシュイラとオウテツもバランスを崩して今にも倒れそうになっているみたいだ。
まるで地面が熱したチョコレートのように溶けていく感覚だった。
その感覚はしだいに床から足へと伝わり、自身と周囲の境界が無くなるように自分の体が溶けていくのを感じた。