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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第二章 粘土人間と異界遺物
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省みるには血肉が要る

 多少散らかっていても自宅というものは素晴らしい。

 正確に言えばここはアリカの家だけど、私だって住んでいるのだから自宅だって言えないことはないのよ。


 ホント、この間は酷い目にあった。

 変な空間で怪物に襲われた事はもちろん、解放されたらされたで家に戻るのに丸一日かかったんだから。

 人里に辿り着いた時には私もアリカもヘトヘトのボロボロ。街の明かりが見えて涙ぐむとか思わなかったよ。

 まったく、遠いっての! あの箱団長め、元の世界に帰す気があるのなら、せめて街の近くに開放して欲しいもんだ。

 もう絶対に怪しいバニーやサーカスなんかには近づかないぞ。


 それで、私たちが現在何をしているのかといえば、これは一種の反省会と言える。

 ジュウジュウと身を焦がす灼熱の炎、独特の臭気をはらんだ煙が立ち込め私たちを包む。


 要するにバーベキューをやっているのだ。

 疲れを癒したいし憂さ晴らしもしたい、それにはパーッと肉でも食べるのが一番だよね。

 アリカの要望だったウサギ肉はあいにく売ってなかったけど、それでもかなりの量の肉を仕入れてきた。これは食べごたえがありますな。


「さあじゃんじゃん食べてね~!」


 などと言いながら、すでにアリカは大量の肉を頬張りながら次々に新たな肉を焼いている。

 顔と体に似合わずよく食うなこいつ、どうやってそのスタイル維持してるんだ。


「それにしても、ずいぶん買ったものね」

「はっはっは、この間のキノコがいい稼ぎになったからね、まだまだ余裕だよ」


 その「余裕」は資金か胃袋の容量か。

 世のトレジャーハンターはそういう一発があるからやめられないんだろうなあ。


 ところで、このバーベキューは前述のとおり反省会でもある。

 何を反省するのか、それはもちろんアリカについてだよ。


「……それでね、おじいちゃんが言うには、わたしたちがいるこことは別の世界があって、大昔からこっちの世界に干渉してたような形跡があるんだって」


 アリカの言っていた〈異界遺物(プリズマスギア)〉、祖父の代から探し続けているお宝であり、アリカが受け継いだ使命でもあるもの。

 異界と呼ばれる世界から、こちらの世界に干渉があったらしき場所で見つかるものらしい。

 でも、今まで実際に確認された数は決して多いとは言えず、それが何なのかもよくはわかっていないようだった。


「おじいちゃんもひとつ持ってたハズなんだけど……見当たらないんだよね。わたしが今までに見つけたお宝は、どれも異界とは関係ないものだったし」

「あれだけ散らかってればそりゃ無くすでしょ」

「いやいや、あれは機能的に散らかってたというか、散らかってるようで整頓されていたっていうか……」

「言い訳は認めません。あんたこの間もアレがないコレがないって探し回ってたじゃないの」

「うっ……。で、でも、今は片付いてるし」

「片付けたのは私」

「ありがとうございます……。じゃなくて、片付いても見つからなかったでしょ!? だからわたしが無くしたわけじゃないんだってば!」


 どうだかね。

 ま、可能性はないとは言えないって事にしておいてあげよう。


 正直なところ、異界とか言われてもいまいちピンとこない。

 でも世の中には理解を超えた不思議な事が存在するというのはわかる。

 私のこの体とゲッペルハイドのサーカス、二回も身をもって体験してるからね。

 たとえ魔法を用いても再現するのが難しいこれらの状況は、もはや超常現象とか怪異と言うほかないのだろう。


「ふうん、そんな事情があるとは知らなかったな。それよりその肉、コゲちまうぞ」


 香ばしい煙の向こうから顔をのぞかせてシュイラが言う。

 肉が焦げそうな事を教えてくれる……フリをしながら自分で食べてしまった。

 アリカに負けず劣らずこの人もよく食べるなあ。ゴブリンだから私より小柄なのに、その体のどこに収まってるんだか。


「というか、なんでいるんですかシュイラさん」

「何言ってやがる、家の前でこれだけいい匂いさせてたら嫌でも気付くだろ」

「この家、街からも通りからもけっこう離れてますけど」

「用があって来たんだよ。ついでに肉が無駄にならないように食ってやってるんだ」


 いやー、どうかな? アリカのペースだとこの量の肉もけっこう無くなる気がする。

 私は……そんなに食べてないけど。

 だって味覚こそ回復してきたけど、食べなくていいのにわざわざ食べるって事にまだちょっと抵抗があるんだもの。

 食べたものがどうなってんのかいまだに謎だし。シュイラとは違う意味で、この体のどこに収まってるんだか。


 ……それに関連するという事で、ここで反省会要素その二。

 今度は私自身の体について。


 この間の騒動で、アリカの探しているものについてわかった他に、もうひとつ大きな変化があったのを忘れてはならない。

 それはもちろん、この私のパワーアップだ。


 肉体の形状変化、粘土人間ならではの特技と言える。もっと早く気づいていても良かったくらいだね。

 大きさや形状を調整し、必要な部分の強度を高め、まるで他の生物のような特質を具現化する。

 とはいえ、帰ってからやってみたら時間がかかる上にかなり疲れる。

 あの時は必死だったし、凄い集中力を発揮していたんだろう。

 あーあ、まだまだ練習が必要って事かあ。


「そういえばリプリンの体、はじめて会った時と比べてけっこう変わってきたよね」

「あー、そういやそうだな。オレが最初に見た時はもっと魔物っぽかったぞ」


 そりゃあどうも。ふたりとも両手に串焼き肉を持って賑やかな事で。

 ま、実際かなりの変化はあったけどね。

 形状の変化ができるようになったんだから、まずやるべきは元の姿を取り戻す事に決まっている。

 これ大事な事だよ? それができたらもうコソコソしなくていい、普通に街に出て生活できるんだから。普通って有難い事なんだよホント。


 その結果は……、さっきも言ったとおり練習中なのだけど。

 以前よりはマシになってはいる。でもベストな体形で固定しようと思うとなかなかうまくいかないのだ。

 油断して気を抜くと元に戻ってしまう、スタイルを維持するのも大変だ。普通の人とは意味合いが少し違うとはいえ、だ。

 今のところ上手くいっているのは体の強度くらいかな。

 人並の強度にはなっていると思う、もう本物の粘土のように簡単には崩れたりはしないだろう。それだけでも大きな前進さ。


「おっとそうだ、それに関していいものがあったんだった」


 そう言うと、シュイラが何か箱のようなものを取り出した。

 引き出しとか物が入れられそうな所がいくつもある。


「それ、何?」

「見てわからないのか? オマエらふたりとも縁遠そうだからな。これはメイク道具だよ」


 メイク道具……?

 それはいいけど一体何のために?

 あと縁遠くてすいませんね。


「へえー、意外。シュイラもメイクするの?」

「もちろんだ。祭りの時とかここ一番の勝負の時にゃ欠かせないものだからな!」


 あー、うん。

 思ってたのと違った。それもメイクには違いないんだろうけどさあ。


「それで、どうしてメイク道具なんか?」

「アリカが、オマエが外見を気にしてるって言うもんだからな。これで上から塗っておけばより普通っぽく見えると思ってね。こいつはタダでいいから安心しな」


 ……なるほど、それでメイク道具か。

 うん、悪くないかも。

 今の私は形状だけならかなりまともに近い、顔だけでも色と質感をごまかせればかなりイケるんじゃないだろうか。


「わー、面白そう。じゃあわたしがやってあげるね!」


 新しいオモチャに飛びつく子犬のようにアリカが名乗りを上げる。

 目が輝いている、正直不安しかない。


「大丈夫なの……? 言っとくけど私で遊ばないでよ?」

「大丈夫、大丈夫」


 大丈夫の言葉を信じ、しばし身を任せる私。

 いつかは化粧をするとは思っていたけど、まさかこんな理由ですることになるとは夢にも思っていなかったよ。

 しばらくして、アリカのメイクは完了したようだ。


「はい、で、できたよ……ぷぷっ」

「ぷっ……、か、鏡見るか?」

「いらない」


 見なくても大丈夫ですよ、ふたりの反応でどういう状態になっているのかは想像できますから。


「ていうか、遊ぶなって言ったでしょ!」

「あはは……ごめーん。こういうのやった事なかったから」


 初めての実験台にするのと遊ぶのとではどれほどの違いがあるのだろう。

 そんな事を考えていると、今度はシュイラが名乗りを上げる。


「よし、じゃあオレに任せろ」

「大丈夫かな……」

「心配するな、オレはアリカと違ってメイクには慣れてるからな」


 その言葉通り、手際よく進めていくシュイラ。

 でもあなたが慣れてるメイクってこう……部族的なアレじゃないんですかね。


「よし、完成! 攻撃力を高め相手を威圧する戦闘の粧だ!」

「うわかっこいい! これでいいんじゃない、リプリン?」


 ほーら、やっぱり予想が当たった。

 いいわけないだろ、誰と戦ってるんだよ私は。


「いや、攻撃力とか今いらないんですよ」

「そうか? 無いよりはあったほうがいいと思うけどな」

「周囲を威圧する化粧で街に行けと?」

「……それもそうか」


 もういい、自分でやります。

 私はメイク道具を強引に奪い取り、鏡を置いて自らのメイクを始めた。


 うわっ! 

 鏡を覗いて驚いた……これが戦闘の粧か、無い心臓が飛び出るかと思ったぞ。


「ところで、シュイラの用事ってこれ? わざわざメイク道具だけ持って来てくれたんだ」

「ん? いや、違うぞ。ギルドからの依頼があってな、オマエらに手伝わ……いや、一緒にやらないかと思ってな」

「仕事? どんな?」

「このあいだグリムゴブリン討伐に向かった騎士団の部隊が思いのほか苦戦してるらしくてな、ギルドに支援依頼が来たんだよ」

「それって危なくない?」

「いや、大丈夫だ。後方部隊に支援物資を届けるだけだからな。……ホレ」


 シュイラがアゴで示したその先に、荷物の積まれた荷車が見えた。

 ひとりで持って行くには骨の折れそうな量だ、小柄なゴブリンには特に。

 て事は……最初からそのつもりだったな。


 それはそうとメイク完了。

 うん、いいね。わりと普通の女の子っぽくなったんじゃない?


「わ、いいね、リプリンかわいいよ!」

「目と髪はどうしようもないけどね、それはまた帽子のお世話になるよ」


 アリカにもらった愛用の帽子を被る。

 これで目線を隠せば完璧だ、これなら誰も魔物のようだなんて思わないだろう。


「よーし、それじゃメイクも終わったところでさっさと片付けて行くぞ!」

「あの、シュイラさん。まだ行くとは言ってないんですけど」

「気にすんな、オマエでもできる簡単な仕事だよ。どうせヒマなんだろ? それともあの量の荷物を小柄なオレひとりに運ばせるつもりか? 助け合いの精神はどうした!」


 う、怖い。

 ちっちゃいのになんか圧が強いんだよこの人。


「まあまあ、シュイラにはお世話になってるし、手伝ってあげようよ」

「アリカがそう言うのなら……」

「決まりだな。心配しなくても報酬はちゃんと山分けだ」


 まあ、いいか。

 メイク道具のお礼もあるし、報酬もちゃんとくれるんなら悪い話ではない。

 私たちはバーベキューセットを片付け、ギルドの仕事へと取り掛かるのであった。


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