サーカスが終わったら
「アリカ!」
いけない! アリカのやつ、今にもゲッペルハイドの手を取ろうとしてる!
このぉ、アリカをどこに連れていく気だ!?
相変わらずアリカはこっちの呼びかけに全然答えないし、しっかりしてよもう!
「アリカ! いいかげんに……しろぉ!」
自分でも驚いた。
思わず口をついて出た言葉は、ゲッペルハイドではなくアリカに向けたものだった。
「勝手なんだよあんた! 自分から連れてきたくせに、いつもいつも私を置いていくな!」
気が付いた時には、私はカニバサミの先端でピエロの持っていた棍棒を掴み、思いっきり勢いを付けてぶん投げていた。
もちろん、狙ったのはゲッペルハイドの方だ。
体のバランスが悪い分、横回転して投石機のように遠心力を乗せる事に成功した。
矢のような速さで飛んでいった棍棒は激しく頭の箱にぶち当たり、見事にそのガラス面を粉々に叩き割った。
「……!」
その瞬間、アリカの瞳に光が戻った。
ようやく正気に返ったか十八歳児!
だがしかし、これでめでたしめでたしとはいかないみたい。
顔を叩き割られたゲッペルハイドの体が風船のように膨らんだかと思うと一気に破裂、中からひときわでっかいピエロ……のような肉塊が姿を現す。
もうこれピエロでもなんでもないよ? ただのバケモノだよ? 余裕のなくなった大人ってかっこ悪いぞ!
ドスッ
「うっ!?」
巨大な肉塊が姿を現したのとほぼ同時。
私の自慢のカニバサミがバッサリ切り落とされ地面に転がった。
「すみません、すみません、すみません……」
振り返るとそこにいたのはまたしてもパルバニだった。
いつも手に持っていた看板が斧のように振り下ろされている。
看板の両側は湾曲していて、よく見れば刃も入っている。どうやらこの看板は本当に斧でもあるらしい。
私の腕はカニバサミの固くした部分を斬られている。
ええー、強度とかけっこう自信あったのに! そんなあっさりいく!?
なんて、苦し紛れのカニバサミが敗北したくらいでショックを受けている場合ではない。
その隙を突かれ、すかさずパルバニは私の体を素早く羽交い絞めにして動きを封じてきた。
うわ、しまった!
き、華奢な体してるのにものすごい力だ! そんな大斧を振るっているのもダテじゃないって事ね……!
「何すんのよ、離して!」
「すみません、すみません……すみません……」
しかしパルバニはひたすら「すみません」を繰り返すばかり。
これはこれでかなり怖い。
言葉は通じるのに会話する気あるのかコイツ、いいから離せ!
「リ、リプリン!」
アリカが私の名を叫ぶ。
あっちはあっちで大ピンチ、先程の巨大肉塊は一番近くにいたアリカを飲み込まんとして襲い掛かっている。
案の定、自在剣で応戦してもやっぱり攻撃がすり抜けてしまうみたいだ。
なのにあいつらの攻撃はちゃんと当たるんだから不公平この上ない。
だがしかし、ここで私はピンとひらめいた。
「アリカ! 私を攻撃して!」
「えっ!? 何言ってるの!?」
「いいから! 私を信じてるならやって!」
「……ど、どうなっても知らないよ!?」
アリカの自在剣のうち一本が私めがけて飛んできた。
弧を描くように飛んできた自在剣が、私の腹部を横薙ぎに斬り抜ける。
傷は浅い、私のお腹の半分くらいまで切れたくらい。これくらいは私の中では軽傷の部類に入るんだよ。
なあに、私を羽交い絞めにしてるパルバニに当てようってわけじゃない、私自身に当たればそれでいいんだ。
「これ、何の意味があるの!?」
「いいから、そのままそいつを攻撃して!」
さっき私はピエロを攻撃する事ができた。それって、私の体ならあいつらに触れられるって事だよね。
だから、アリカの自在剣の切っ先に私の一部でもくっつけば、あいつらに当たるようになるんじゃないかと思ったんだ。
その結果は……大当たり!
「うわ、当たった!」
私を斬りつけた一本だけ、バケモノ肉塊に攻撃が通っている。
いい感じ、これならいけるんじゃない?
「よぉし、当たるんなら負けないよ!」
おお、凄い凄い。
有効なものは一本しかないというのに、ものすごい勢いで肉塊を縦横無尽に切り刻んでる。
あの自在剣ってちゃんと当たればこんなに強かったのか。
「廻れファンタスマゴリア! 鋭突螺旋刃!」
この一撃で勝負は決まった。
強烈な回転を加えた自在剣が鋭く肉塊を抉り貫く、まさしく会心の一撃!
どてっぱらに大穴を開けられた肉塊は、そこから繊維がほどけていくように、空気に溶けて消えていった。
これで、今度こそ一安心、かな。
こちらも、気が付けばパルバニの姿が無い。
逃げたのならそれでもいいや。私はアリカの元へと走っていった。
「アリカ!」
「……リプリン、ごめんね。実はわたし、ちゃんと周りのこと見えてたんだ……」
「え?」
「おじいちゃんから使命も受け継いだって言ったでしょ? 〈異界遺物〉、わたしはそれを探してるの」
「それが、あの箱団長と何の関係があるのよ」
「団長さんの顔に映ってたの、虹色に輝くプリズマスギアが。あれが本当にプリズマスギアなのかは知らないんだけど、その時は絶対に間違いないって気がしたの」
あのキラキラしたミラーボールみたいなやつか、私も見たよ。
確かに妙な雰囲気をしたものだとは思ったけど。
「それから声が聞こえたの。一緒に来ればくれてやろうって」
「あんたね……それ信じたわけ? それに、私を置いて行くなんてひどくない?」
「ずっと見つからなくて困ってたから、手がかりは何でも欲しかったの。それと……」
「それと?」
「これは私の問題、リプリンを巻き込めないと思ったの。危険かもしれないとは思ったよ、だから、なおさら――」
パチン!
叩く音。
でもアリカを叩いたわけじゃない。
本当は頬でもひっぱたいてやりたいくらいだったけど、ここは私の手拍子で良しとしようじゃないの。
どうこれ、もう再生したんだよ、凄いでしょ。
ま、それはいいとして。
「無責任な事言うんじゃないの。さっきも言ったけど、勝手に私を連れて行ったくせに、勝手に置いていかないでくれる?」
「う……、ごめんなさい」
まったく、いつも朗らかで自分勝手なくせに、変なところで思いつめないでよね。
「君はこちら側の存在だと思ったんだがね」
そうそう、こちら側……。
ん!? 今喋ったの誰だ!?
「これにて初心者向けのショーは閉幕、またのお越しを、落雷と炎の雨にて路面は感涙する!」
この声、意味不明な言葉、ゲッペルハイド!?
慌てて周囲を見渡すと、割れたゲッペルハイドの頭をパルバニが抱えて立っているのが見えた。
恨めしそうな表情に見えるのは本当にそうなのか、それとも彼女の素なのか。
そんな顔したってもう相談に乗ってなんかやらないぞ。
「あいつら、まだ――」
身構えたその瞬間、ゲッペルハイドの頭から放たれた強烈な光が辺りを包み込んだ。
*****
光が消え、ゆっくりと目を開ける。
するとそこは草原だった。
赤黒い荒野からまたワープさせられたのかとも思ったけど、どうやら様子が違う。
もう辺りはすっかり暗くなっている、空を見上げれば満天の星空。そこにテントの天幕は見当たらない。
良かった……、ようやく元の世界に戻って来れたみたいだ。
「はーっ! すごい経験だったねー!」
アリカが草の上に大の字に倒れた。
まったく、あれだけ大変な目にあったのにのん気なもんだよ。
とはいえ私も疲れた……、アリカの隣に同じく大の字で倒れたっていいだろう。
私とアリカは草むらに寝そべって星空を眺める。
夜の風が気持ちいい、このまま寝たっていいくらいだ。眠くはないけどね。
「あいつら、本当に何者だったんだろう……?」
「わかんないけど、わたしがプリズマスギアを探してる事を知ってるみたいだったね」
「その件はまた改めて聞くよ、もうちょっとく・わ・し・く、ね!」
「もう、リプリンたら……それはあやまったじゃない」
フフッと笑いがこぼれた。それはアリカも同じみたい。
こうやって、この十八歳児と顔を突き合わせて笑うのも、今は悪くないって思えるよ。
「あーあ、夜になっちゃったから買い物し損ねたよ」
「まあいいじゃない、明日また行こう」
「じゃあ何が食べたい? リクエストある?」
アリカは少し考えて言った。
「ウサギ肉が食べたい!」
ああ、いいね。まったくもって同感。
どこかで「ひえっ」って声が聞こえた気がしたくらいにはね。