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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第一章 粘土人間とトレジャーハンター
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バニーの誘惑

 鍵のかけられた怪しい部屋で、怪しい女ふたりに挟まれる私。

 この状況とっても怖いんですけど。

 内心怯える私の事などお構いなしに、ホウリとかいう魔女が手で私の顔の両側を押さえ何やらブツブツと唱えている。

 魔法ですか? 何の魔法? 手の位置的に自爆とかしませんよね?


 ボンッ!


 ギャー! 爆発した!?

 まさか爆発なんかしないだろうと思った矢先にこの仕打ち。

 熱っ! 痛っ! 何してくれんの!?


「あれれ? ごめんなさい! ……おかしいなあ、爆発魔法が暴発するなんて。お姉さん、こんな事はじめてよ?」


 いや、知らんがな。

 顔の両側で爆発を起こすなんて、普通の人だったら大怪我してるよ?


「次は慎重にやるからねー!」

「え、いや、ちょっと待って――」


 こちらの願いも空しく、さっきよりも強い力で両こめかみを押さえられた。

 だんだんと何か熱のようなものを感じるぞ。

 まさかまた爆発なんて……? も、もうダメだ……!


「はい、おしまい!」


 いっそ振り切って逃げ出そうかと思っていたら、謎の『アレ』は唐突に終わった。

 ……た、助かっ……た?

 で、結局アレって何なんです?


「ホウリさん、どうだった? リプリンはどんな感じ?」

「うーん、ちょっと言いにくいかなー」


 頭越しに飛び越えて話を進めないで欲しい。

 私の事なんだから当事者を交えて話してくれるかな。

 言いにくい事があるんなら特に。


「あの、これって何やってたんでしょうか」

「そうだねー、気になるよねー! ホウリお姉さんは魔女だから、その人がどんな力を秘めてるのかわかっちゃうんだよね!」


 ああ、なるほど。

 さっきから言ってる『アレ』って、魔力の計測とかそういうやつだったのか。

 なら最初から言ってくれてもいいじゃん、変にハラハラさせてくれちゃってもう。


「それで、言いにくい事って何ですか?」

「リプリンちゃん、実を言うとあなたの魔力は測れなかったんだよねー」


 あっけらかんとホウリが言う。

 この感じ、アリカはこの人の影響を多少なりとも受けているんだろうと思える。

 で、測れなかったとは……?


「それって、つまり?」

「実はお姉さんもよくわからないんだよねー。まず、魔法というのは自然に存在する元素に、誰もが持つ魔力で干渉して様々な事象を起こすものなの。知ってるかなー?」

「……知ってます」


 こう見えて昔は勉強家だったのよ。

 魔錬研でも頑張ってたし、その程度の事なら魔女じゃなくても知ってるし。

 補足するなら魔力自体は誰でも持ってるけど、魔法を使えるほどの人間は多くはないって事も知ってますよ。

 こんな所で対抗意識燃やしてる場合じゃないから、あえて口に出しては言わないけどね。


「でもねー、あなたの体、ちょっと不思議。魔力を拒絶してるっていうか、お姉さんの計測魔法もほとんど効果が無かったの。魔力が通じないのかそもそも魔力が無いのか、ごめんなさい、お姉さんにはこれ以上の事はわからないなー」

「いや、さっき思いっきり爆発しましたけど」

「それはねー、魔力によって引き起こされた現象は『すでに発生した事象』だからそのまま通じるんだよー。あなたの体に直接作用するような魔法が拒絶されるって事なんだよねー。同様に、あなた自身が魔力を使う事も難しいのかなー?」


 かなー? とか言われても、それを知りたいんだっての。

 うーん、言われ方がヘンテコなんでいまいち重要さが伝わってこないけど、これ私にとってけっこう困った事になってる気がする。

 魔錬研で多くのものを見てきただけに、魔法の凄さはよく知ってる。

 私も魔法が使えるようになれば、今の比じゃないくらい活躍できると思ってたのに……。

 しかも『魔力が無い、もしくは魔力を拒絶』というこのパターン、アリカが持っているような微量の魔力で扱う道具もアウトって事なんじゃないだろうか?

 これはなんとも……ショック。


「残念だね。そんな格好してるから魔法が使えるようになればいいなと思ったんだけど、現実は厳しいもんだね」


 アリカ、私もそう思ってるところだから、わざわざ追い打ちしなくていいから。

 それにこの魔女もどきの格好はあんたの見立てだからね?



 *****



 ホウリに礼を言い、私たちはギルドを後にした。

 帰り道はギルドマスターに会ったからなのか、アリカが人気者だからかは知らないけれど、下の階にいた冒険者さんたちによく話しかけられた。

 最近は魔物が狂暴だとか、危険な依頼が多いとか冒険者あるあるな話は私にはよくわからない。

 みんな気のいい人みたいだけど、今の私はそれどころではなかった。


「魔法……使えないのか……」


 いつだったか、魔錬研でマギクラフト所長に「いつか研究者になれるといいな」って言われたことがあったのを思い出した。

 あの頃は魔法に憧れ、当然自分も使えるようになると思っていた。

 けれども今の私は粘土人間、現実は厳しい。

 おまけに魔力が皆無、もしくは拒絶していて魔法道具も扱えないときた。


「リプリン……」


 アリカの声が聞こえる。

 こんな時でも優しい言葉をかけてくれるの?

 あんたの良い所だね、私は嬉しいよ。


「アリカ、市場で食材買って帰ろう。……これからの事はまた改めて考えるよ」

「ウサギ」


 ……え? 何だって?


「ウサギ? お肉が食べたいの?」

「違うよ、ほらあそこ、ウサギがいる」


 ウサギがいるって……ここは巨大な壁で囲まれた石造りの街の中、普通に考えて野生のウサギなどいるわけがない。

 ここはまだ市場からも離れているし、どこからか飼われてたウサギが逃げ出したのかな。

 などと思いながらアリカの示す方を見て、その意味がようやく理解できた。

 建物の間、運河に下りる石段の踊り場に、看板を持った白いバニーガールが立っていたのだ。


「ああ……確かにウサギだね」

「何やってるのかな? 行ってみようよ」

「なっ、何言ってんの。あんなの怪しいお店の客引きに決まってるでしょ!」

「でもこのあたりにお店なんかないよ? あの先は運河だから、あってもせいぜい地下水路だし」

「じゃあ地下水路に怪しいお店でも作ったんでしょ……って、アリカ!」


 すばしっこいアリカは私の話を最後まで聞かず、勝手にバニーガールのところに行ってしまった。

 ああもう、この十八歳児め、ちょっとは落ち着いてくれないかな。


「ねえ、何してるんですか?」


 辿り着くなりさっそくアリカがバニーに話しかけた。よく躊躇なくいけるなこいつ。

 すると、バニーガールは突然話しかけてきたアリカに驚いたのか、手に持った看板を放り出さん勢いで奇妙な叫び声を上げた。


「うひっ、わひゃお!」


 正直、叫び声なのかもわからない珍妙な声だった。

 それでも、バニーはアリカと私の姿を確認すると、自らが何者なのか思い出したかのような口上を述べ始める。


「こごこ、ごきげん、よう! よう、こそ、わわわ、我らがサーカス、す、団へ!」


 えーとね、この口上その他に対して言いたい事がいくつかある。

 まず、何て言ってるのか聞き取りにくい、呼び込みならもっとはっきり喋って欲しいものだ。

 それから、そのサーカスとやらはどこにあるんでしょう? どう見てもこの先にあるのは運河か地下水道くらいだぞ。


「あの、大丈夫ですか? ちょっと落ち着いてください」


 見かねて私はバニーを落ち着かせようとする。

 すると、優しい私がなだめてやったというのに、バニーは手にした看板を杖にへたり込み、さっきよりも大きな声で喚き始めてしまった。


「ややや、やっぱり無理ぃ! わた、わたし、いいい、陰キャなんですぅ! ここ、こんな格好で呼び込みとか、無理、無理な、なんですぅ!」


 うーむ、確かに。

 言われてみればバニーにしては痩せ気味でスタイルが良くないし、長い黒髪が前側にも垂れてまるで幽霊みたい。

 少なくとも陽キャには見えないかな。


 それからバニーが落ち着くまでしばらくかかった。

 なんだかあまりに不憫だったので、アリカの提案もあり、落ち着いたところで少し話を聞いてみる事になった。


「うう、すいません、取り乱して……。わたし、パルバニと言います、サーカスの団員やってます……。でも、バニーとか無理です……、あまり見ないでください……」


 見るなと言われても、そんな格好をして注目を集めないわけがない。

 私だって注目を集めたくないから魔女でもないのにこんな格好しているというのに、あんたはむしろ注目されなきゃいけない呼び込みでしょうよ。


「そんなに嫌なら着替えればいいじゃないですか」

「ううう、こ、これ、呪いのバニースーツで、脱ぎたくても脱げないんですぅう!」


 うっかり地雷を踏んでしまったらしい。

 パルバニと名乗るバニーガールはいきなり立ち上がり、またしてもわんわんと泣きながらバニースーツの胸元をぐいぐい引っ張っている。

 なるほど、彼女の言う通り、スーツはぴったりと肌にくっついて取れなくなっているみたいだ。

 しかし、少し騒いだら気が済んだのか、パルバニは落ち着いた様子で再び腰を下ろした。


「い、いいん、です。もう慣れました、た、から。でも、年取る前には脱ぎたい……」

「大変ですね。風呂とかトイレとかどうしてるんですか?」

「……ちょっとアリカ、それ聞く?」


 アリカさん、初対面の女性になんて事を聞くんだ。女の子同士でもそれはちょっと失礼じゃないか?


「すいません、この子ちょっとアレで」

「あ、と、トイレは、必要な所だけなんとか、なります……。お風呂は、もう、こ、このままです……、すぐ乾くので問題ないです……」


 あんたも答えるんかい。

 なるほどね、慣れてしまえばそこまで困らないのか。って、そんな事聞いてもしょうがないでしょう。


「ところで、サーカスの呼び込みはいいけれど、その肝心のサーカスはどこにあるの」

「あ、あ、それならすぐそこに……」


 すぐそこと言われても、周囲にあるのはさっきも言ったとおり――


「……うわっ」


 いったいどうした事か、私たちは石段の踊り場で話をしていたはずなのに、いつの間にか大きなサーカステントの前に座っているではないか。

 ええ、どういう事?

 私たちが移動したのか、テントがやって来たのか、どっちにしろ大変な事が起こっているような気がする。


「さ、さあどうぞ、中へ、お代は結構で、ですかから」

「お代は結構? サーカスなのに?」

「そそ、それは、み、見てもらえれば……」


 パルバニははっきりとは答えない、正直怪しい。


「サーカスだなんて、わたし見るの初めてだよ!」

「あ、こら勝手に……」


 人が怪しんでいるというのに、アリカときたら私を置いて中に入ってしまった。

 これじゃあ私も入らざるを得ないじゃないの。

 ……怪しいけど、彼女から悪意のようなものは感じない。罠にかけるつもりならばもうちょっと上手くやるだろう。

 見物料もいらないというのなら、せっかくだし寄っていくとしようか。


 テント内の客席まで案内され、私とアリカは言われるがまま席に座る。

 中は薄暗く、人の気配は無い。他にお客はひとりもいないようだ、当然だろうけど。


「なんだかワクワクするね」

「私はハラハラしてるよ」


 もちろん、このハラハラはあんたに対してだけどね。

 もしこれが罠だったらおまえの責任だぞと文句のひとつも言ってやりたいけど、子供のように目を輝かせるアリカを見ると言葉が出なくなってしまった。

 やれやれ、ほら、テント中央の広場に明かりが灯ったよ。


「荘厳なる赤き並木に集う箱! 両手が塞がっているからといって親兄弟でないとは、許されざる書類の積み重ねである!」


 複数の照明が集中するその先に、シルクハットを被った団長らしき男が立ち、私たちしかいない客席に深々と頭を下げる。

 男、と言ったのは声から察したもので、照明に照らされるその姿は奇妙極まりないものであった。

 シルクハットの下、人間の頭があるべきその場所には、見慣れない奇妙な箱があるだけだったのだから。

 木製なのか金属製なのかもわからない箱。側面のうちひとつがガラス張りのようになっていて、そこに時折どこかの風景や人、ノイズのような波が映し出されている。

 さらにはクルクルと無邪気な回転を見せ、箱と首が繋がっていない事を示している。

 箱の中に頭を入れているわけではないとすると、この男はいったい何者なんだ?


「甘味を求めるなら針金を憂いなさい、老人は肝臓を待ち侘びながら謝るであろう!」


 こちらの疑問にはお構いなしに、箱頭の男はただひたすら杖を振りかざしながら演説を続けていた。

 でもその内容があまりに意味不明すぎて頭が痛くなってくる。

 たまらず私はテントの入口付近にいたパルバニを捕まえ問いただした。


「あ、あの、公演中はた、立ち上がらないでくだ、ください」

「公演も何も無いでしょうよ、わけわからん口上ばっかりで。なんなのコレ!」


 問いただされたパルバニは、しばし目を泳がせながら黙っていたが、そのうちに観念したのかガックリとうなだれ、小さな声でボソボソと話し始める。


「うう……、すいません、ホントにすいません」


 トン、とパルバニが手に持った看板で地面を突く。

 その途端、わずか一メートルの距離にいたパルバニの姿が煙のように消えてしまった。

 あ、くそっ、あの女逃げたな!


「リ、リプリン! 大変だよ!」

「え、何? 今それどころじゃ――」


 どうも私はパルバニを逃がした怒りで辺りが見えなくなっていたらしい。

 アリカの声で後ろを振り向いた時、パルバニがいなくなった程度ではない異変に気が付いた。


「ここ……どこ?」


 サーカスのテントにいたはずの私とアリカは、気が付けば何もない一面の草原のど真ん中にポツンと立っていた。


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