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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第一章 粘土人間とトレジャーハンター
12/91

街に行くにも根性が必要

 アリカの屋敷は街から少し離れた所にある。

 なんでも、同じくトレジャーハンターをやっていた祖父の家らしい。

 両親を早くに亡くしたアリカはその祖父に育てられ、彼女がトレジャーハンターをやっているのもその影響なのだそうだ。


「でね、おじいちゃんが死んじゃった時に、わたしに全部を譲ってくれたの。おじいちゃんの使命も合わせてね」


 詳しい事は聞かなかったけど、アリカには何か探しているものがあるみたいだった。

 それが『おじいちゃんの使命』ってやつなのかな?

 使命もいいけど、もうちょっと自分でも身の回りの事に気を付けようよ。

 年頃の娘がゴミ屋敷に住んでたらいろんな意味で爺ちゃん泣くぞ。


「ん、なあに?」

「いや、何でもない」

「ふぅん。あ、ほら見えてきたよ」


 お喋りをしながら歩いていると意外に時間を感じないものだね、あっという間に目的地に着いちゃった。

 目の前には小さな村のように粗末な家がいくつかある。そしてその向こうには巨大な壁とその入り口が見えた。

 近くの家はともかく、あの壁でっかいなあ。

 むう……、ちょっと緊張してきた。


「あそこがアルマンディの街、わたしたちが拠点にしてる街だね」

「たち? ああ、シュイラとか?」

「そだよ。あそこには大抵のものが揃ってるからね、ギルドの仕事もあそこで受けてるんだよ」


 確かに、壁の反対側からでも凄そうなのが伝わってくる街だ。

 アリカもお爺さんから屋敷を引き継いでいなければ、きっと街の方に住んでいたのだろう。


 おっと、思い出した。アリカに聞いておきたい事があったんだった。


「ところで、このあたりって地図で言うとどのあたりなの?」


 私には確認しておきたい事がひとつあった。それは現在の『国』だ。

 なにせ故郷のルゾン王国が滅んで四十年経つらしいからね、もう何もかも知らないものばかりなんだ。国の名前くらいは知っておきたいんだよ。


「今このあたりを治めてるのはブリア王国だね。けっこう前から勢力を伸ばして、今やこのアルメリア大陸で一番の大国になってるんだよ」


 ブリア……? 聞いたような聞かないような。

 少なくとも今は無き私の故郷に攻めてきたという隣国ではないと思う。

 よくは思い出せないけど確かそんな名前ではなかった……よ?


 おそらく、ルゾン王国が隣国に攻められて、その後また他の国に塗り替えられたってところじゃないかな。

 アリカの言葉を借りるなら、まさしくショギョームジョー、って奴だね。

 まあ、今となっては言っても仕方がない、……どうでもいい事さ。


 私とアリカは街の入口となる大門までやってきた。この時点ですでに立派な建物だ。

 街の周囲の城壁は、近くで見るとさらに大きく見えた。

 この威圧するような壁、中の街はいかにも安全ですといった主張のようなものさえ感じる。

 私たちが今立っている川に架かった大きな橋も、有事の時にはきっと役に立つのだろう。

 この川、街をお堀のように取り囲み、さらには街の真ん中を通る運河なんだって。防衛にも物流にも役立っているって事か。

 でも何故だか川の事はあまり考えたくない、生理的にちょっとイヤ~な気持ちになる。

 何故かはわからないけど、ね。排水口の事は忘れたから思い出せないのだ。


「あ、見てリプリン、騎士団だよ」


 アリカにつられて見てみると、そこには銀色に輝く鎧を身に纏った集団が整列している。

 これから出陣するのか、騎士たちは綺麗に整頓されたように並び、隊列を組んだまま私たちの横を行進していく。


「あの人たちはブリアローズ騎士団、このブリア王国を守ってる要みたいな……。あれ、リプリン?」


 アリカが説明してくれてるところ悪いけど、私は無意識のうちにアリカの後ろに隠れるような位置に移動してそっぽを向いていた。


「なにしてるの? そんなところで」

「あー、いや、はは。……ちょっと怖くて」


 だって、騎士団って治安維持から魔物討伐までやってる人たちでしょ?

 単刀直入に言って、この魔物みたいな姿を見られたくないの。

 街に魔物がー! なんて騒ぎになったら買い物どころじゃないでしょ。


「もー、大丈夫だって言ってるのに。帽子だって被ってるし、見つかったところで大した事ないんだってば」

「そりゃあ私だってアリカを信じてるけど、それでも怖いものは怖い」


 私の答えに、アリカはふうっと溜め息をついた。

 なんだかんだ言いながら、そのまま動かずにいてくれるアリカ。

 こうやって隠れてるほうがむしろ怪しいような気がしてきたけど、お気遣いありがとうございます。


 それにしても立派な鎧だなあ。

 美しい銀色にバラの意匠が映えている、ブリアローズというくらいだからバラがあしらわれているのかな。

 もうちょっとよく見てみたいかも――


 ドスッ


 アリカの背後から顔をのぞかせた私の横、僅か数センチ。

 一本の矢がビイィィンと橋の欄干に突き刺さって震えている。


「あらごめんなさい、うっかり矢がすっぽ抜けてしまいましたぁ」


 騎士のひとりがこちらに向かって謝ってきた。

 いや、すっぽ抜けたってそんな事ある? 整列して歩いてたじゃん、矢とか構える必要無いでしょ今!


 なんて、文句のひとつも言ってやりたいけど、今は騎士と面と向かって話したくない。

 私はまたアリカの後ろに引っ込んだ。


「本当にごめんなさいねぇ。アルマンディへようこそ、恥ずかしがり屋さん」

「……いえ」


 騎士はそれだけ言うと列に戻り、そのまま去っていた。


「なんなんだアイツ……」

「……」


 ふと見ると、アリカが神妙な顔で騎士団の後ろを目で追っている。


「アリカ?」

「ほら、騎士の人たち行ったよ。街に入ろう」

「あ、うん」


 こちらを向いたアリカはいつもと変わらない様子だ。私の事を気にしてくれていたのかな?


 さて、余計な手間があったけど、私たちはようやく街に辿り着いた。

 壁の外と中ではまるで別世界。

 レンガ造りの家が立ち並び、大通りには軒を連ねる店舗と行き交う通行人。

 交易が盛んな街らしいけどすごい活気だ。

 思えば故郷の村くらいしか知らない私のような田舎者にはちょっと刺激が強い。

 ちょっとクラクラしてきたような気さえする。……食材仕入れてさっさと帰るか。


「それじゃ、さっさと買い物して帰ろう」

「え?」


 しかし回り囲まれた。

 食材を買おうと市場に向かう私の前にアリカが立ちはだかったのである。


「買い物は後、今日の目的はそうじゃないでしょ?」


 それは、そうなんですけどね。

 だって人が多くて居心地悪いんだもん。何か見られてるような気がするし。

 でもそんな事言うとアリカが不機嫌になるかもしれない。

 ええい、覚悟を決めてきたんだろ私、これくらい乗り越えて見せろ!


 私は気合を入れるべく両頬をパチンと叩いた。

 ぐはっ、会心の一撃! 勢い余って顔がひしゃげた。

 あばばば、再生再生、……ふう、これで良し。


「わかったよ……、それでアテはあるの?」


 私がそう言うと、アリカはニンマリ笑顔になった。わかりやすい奴だな。


「こっちこっち、ついて来て!」

「うわっ、いきなり引っ張らないでよ!」


 いつでも強引なアリカに引っ張られ、とある建物の前まで連れてこられた。

 私の心はなんとか転ばずに済んだとほっとしている。

 こんな人目のある中で帽子を落として素顔を晒すなんて絶対に嫌だぞ。


「アリカ、はやる気持ちはわかるけど、少しはこっちを気にして――」


 ……あれ、いない。あいつどこ行った?


「リプリン、遅いよー。こっちこっち!」


 姿は無くとも声はする、そして声は目の前の建物の中から。

 引っ張るは置いて行くわ、こっちの話も聞けって言ってるのにまったく。


 アリカを追って建物の中に入った。

 その建物は一見して酒場のような場所だった。入口もスイングドアだったし。

 しかし、よく見れば壁一面に張られた様々な書類、雑多な書き込みのある掲示板、カウンターは酒場的なものと事務的なものの二種類ある。

 そして、そこにいるのは多種多様な人たちだが、みんな決まって何かしらの武装をしている。


 そうか、ここがアリカの言ってた『ギルド』って所か。

 酒場じゃなくてギルドに酒場が併設されてるような感じなのね。

 で、この人たちは冒険者ってわけか、そりゃ武器くらい持ってるよねえ。


「こっちこっち、上に来て」


 奥の階段からアリカが手招きしている。

 うう……、ギルドの人たちからの視線が痛い。確実に私を見てるぞ。

 そりゃ見慣れない人間、しかも深く被った帽子で顔を隠してるとあっては注目もされて当たり前だ。

 どうか話しかけられたりしませんように。


「姉ちゃん」


 はひっ! 話しかけられた!?

 どど、どうする? 笑顔で返すか? あ、ダメだ、顔見せられない。


「ビールもう一杯」


 ……な、なんだ、店の人に言ったのか。

 あっぶな、今のうちに速足だ、急げ私。


 一階と比べて二階は静かなものだった。

 通路があって、各部屋のドアがある。宿屋のような造りだね。

 人もほとんどいないからホッとするよ。ここに来るまでに足とか引っ掛けられなくてよかった。


「ねえ、なんで疲れた顔してるの?」

「……いや、昔はそんなでもなかったんだけどね」


 人だかりを通り抜けるだけでこんなに疲れるとは私自身も想定外。この六十年の歳月で、私はいつの間にか陰キャになってしまったようだ。

 見た目って大事ね。もっとも、私ほどの変化なんてものはそう無いと思うけど。


「ふーん? まあいいや、入るよ」


 二階にある部屋のうち、一番奥の扉をノック。

 すると、返事が聞こえる代わりに触れてもいないドアがゆっくりと開いた。

 驚きはしたけど、その理由は中を見ればすぐにわかった。

 お香が焚かれ、怪しい道具の数々が置かれたその部屋の主。黒いローブに大きなつばのとんがり帽子ときたら子供でもわかる。帽子は部屋の中だから壁に掛けてあるけど。


 そう、魔女だ。

 魔法を使う女性の総称、専門家的な意味もある。種族だという人もいるけどそれはどうかな。

 さて奥のテーブルセットに座るこの女性、魔女だと思うと後ろに二本まとめた髪や、怪しく光る丸いメガネもなんだか迫力を感じるよ。


「こんにちは、ホウリさん」


 部屋にいた魔女と思しき女性に、アリカはいつもの明るい調子で話しかけた。

 そのノリで大丈夫? 怖い人だったりしない?

 さっきからそこのホウリとか言う人、怪しい視線を私に送ってきてかなり怖いんですけど。


 私の怖がっている気持ちが伝わったのか、初めてやって来た新人に興味があるのかはわからない。

 もしかしたらアリカの軽いノリが怒らせてしまったという可能性もある。

 ホウリと呼ばれた魔女はゆっくりと立ち上がり、私から目線を外さないままこちらへと近付いて来た。

 ひい、ごめんなさい! なんか服が被っててすいません! でもこれくらいしか着やすいのないんです!


「はーい! 新しい子だね? ホウリお姉さんのギルドにようこそ!」


 ……は?

 え、何? というか何そのノリ。


「ホウリさんはここのギルドの代表をしてるの。魔術師会にも属してる凄い魔女さんなんだよ」


 ふ、ふうーん、そうなんだ。

 でも今気にしてるのはそういう事ではなくて、この人のキャラ的なアレだけどね。

 まあ、怖い人でなくてよかったけど。


「ホウリさん、この子はわたしのお友達のリプリンです。今日はちょっとお願いがあって来たんですけど大丈夫ですか?」

「はーい、ホウリお姉さんは良い子のためならいつでもオッケーだよ!」


 わーい、ありがたいなあ。変なのがまた増えたよ。

 変だけどこれからお世話になる人だ、挨拶はちゃんとしておくのが礼儀ですよね。


「は、はじめまして、私はリプリン=パフェットと言います」

「はーい、ご挨拶できたね! 偉い偉い!」


 帽子の上から頭をナデナデされた。……ちょっとムカつく。

 いや、ダメだぞ私、抑えるんだ私。

 ところでこの変な魔女にこれから何の世話になるんだっけ?

 そういえばまだ聞いてなかったわ。


「ねえアリカ、この人何?」

「さっき言ったじゃない、ここのギルドマスターの魔女、ホウリさんだって」

「名前と職業じゃなくてこのノリ、じゃない。この人に会ってどうするのかって事」

「それを今からやるんだよ。ホウリさん、アレお願いね!」


 アレって何……あれっ!? 私の帽子が……無い! どこ行った!?

 大事な帽子はどこへ行ったのか。

 それは、言い終わるが早いかアリカが私の帽子を素早く取り去ってしまったのだ。

 おおい、私の生命線に何してくれるんだ! そりゃ室内で帽子は失礼かもしれないけど、ギルドマスターの前でこんな事って――


「おやおや~? 変わった子がいるねー! お姉さんドッキドキだよー!」


 ほーら来た、だから言ったじゃないの!

 予想してた反応とはちょっと違うけど、これはこれで面倒そうだよ!


 ガチャリ


 ひっ、何今の音!?

 って、アリカさん? なんでドアに鍵かけてるんですか!?

 前に後ろにと怯える私、そんな私に魔女ホウリがどんどん迫って来る。


「あ、あの、ちょっと」

「動かないで……いい子だから……」


 さっきと口調違くないですか? キャラ忘れてますよー!?

 私は魔女の伸ばした両手で顔に触れられ身動きができなくなっていた。

 アレって何なの!? めっちゃ怖いんですけど!?


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