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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第一章 粘土人間とトレジャーハンター
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朝の提案、思う所アリ

 この家に来て一週間ほどが過ぎた。

 新たな生活にも慣れてきたところで、この間のダンジョン騒動にて思う所があった私は、夕食の場で思い切って話を切り出す事にした。


「役に立ちたい」

「……ほえ?」


 簡潔すぎる一言だったせいか、アリカは私の言葉の意味するところが分からなかったらしく、スプーンを口に咥えたまま目を丸くしてこちらを見ている。


「ひゃふみはひはいって――」

「スプーンを咥えたまま喋らないの。何言ってんのかわかんないから」


 何よりお行儀が悪いですよと、私はアリカのスプーンを口から外す。

 ほら自分でスプーン持つ、子供じゃないんだから。


「ぷはぁ……。役に立ちたいって、どうしたの? もう十分いろいろやってもらってると思うんだけど」


 広い意味ではそうなんだけどね。

 現状では、この家の家事はすべて私が担当している。このゴミ屋敷を見れば答えは自ずと出るだろう。

 なんせアリカったら美人のくせにズボラでおっさんの一人暮らしみたいなんだもん。

 片付けないし、服が汚れても気にしないし、ごはんも適当に済ますし、お風呂だって私が無理やり毎日入らせるようにしてるようなもんだ。

 ……これじゃ家事というより犬の世話だよまったく。


「今だって、こんなに美味しいごはんが食べられるなんて感謝しかないよ?」

「食材の備蓄に対して食べてるものがおかしいのよ。ほっといたらそのまま食べられるものしか食べないんだから」


 家事を担当している私は一身上の都合でこの家から基本的に出ない。正確にはこんな姿ではうかつに人に会えないから家事を担当しているというほうが正しいか。

 料理をするに当たって食料の備蓄は何故だかそれなりにある。でもアリカはそのまま食べられるもので適当に済ませてしまう癖があり、残っている食材のバランスが悪いのだ。

 私が料理好きなほうで良かったな、そうじゃなきゃ毎日こうはいかないぞ。


「こう見えてトレジャーハンターは忙しいからさ。あまり他の事に気が回らないっていうか」

「トレジャーハントに行く目星がつかないから、ギルドの仕事ばっかりって言ってなかった?」

「いやー、あはは」


 アリカが言うには、未開のダンジョンに行くにはいろいろと面倒な事があるらしい。

 特にアリカは明確な目的があるらしく、適当なダンジョンに闇雲に行くわけにはいかないそうだ。

 だから普段は街のギルドにまわしてもらう仕事をしているんだって。まあ、この間みたいなキノコ探しとかいわゆる雑用ね。

 で、私はアリカが出かけている間に家事をやっているというワケ。

 この一週間で家の中は随分と片付いた、捨てなくても整頓するだけで見違えるものよ。

 ……って、私は夫の帰りを待つ主婦か。いけない、話がそれた。


「話を戻すよ。確かに私は家事でかなりアリカの役には立っていると思うよ」

「うん。あはは、自分で言っちゃったね」

「黙って聞く、文句は自分で片付けたら聞いてあげる。で、私としてはもうちょっと違うベクトルでも役に立てたらと思うわけ」

「違うベクトルねえ」

「要するにこの間のダンジョンで無力さを思い知ったって言ってるの! つまり強くなりたいって話!」


 はあ、やっと言えた。

 時間かかるなあ、何でこんなに時間がかかるんだか。

 しかし、アリカはいまいちピンときていないといった顔で、シチューの中のスプーンをグルグルと回し弄んでいた。


「うーん、それって大事な事かなあ? だってそんなに危険な事なんてそうそうないよ?」


 危険がいっぱいのゴミ屋敷に住んでるあんたがそれを言うか。

 まあ、それはともかくとして。


「危険ってどこからどう来るかわかったもんじゃないんだよ、この体になってから嫌ってほど思い知ってる。それに、この間だって私がもっと強ければ、アリカとシュイラにあんなに大変な思いをさせる事もなかったから」

「ぜーんぜん、大変な思いなんかしてないってば。あんなのはダンジョンに行けば当然の事、トレジャーハンターの常識だよ」

「ダンジョンに行けば当然の事、なんでしょ? 私はそっちの仕事もいつか手伝えたらいいなと思ってるの」


 そう、こんな姿では人目のある街にいくのはしんどい。でもダンジョンなら人目を気にする必要はないんだ。

 そして、私がもっと強くなれば、ダンジョンでアリカの本来の仕事を手伝う事ができる。

 ずっと家で待ってるだけじゃなく、一緒に冒険する事ができるんだ。


「トレジャーハンターは超危険な仕事だよ? リプリンたらそんなにわたしと一緒にいたいの?」

「あ、いや、そういう意味では……」


 いやいや、何を言ってるんだ私は。女の子相手にドキドキしている場合ではない。

 違う、一緒にいたいとかそういう事ではなくてですね。


「と、とにかく! 強くて損はない、力はある方がいい! って事で、私は強くなりたいって話なの!」

「ふう~ん」


 どういうつもりなのか知らないけれど、アリカはこちらを見ながらニヤニヤしている。

 くそう、なぜだか敗北感があるぞ。


「じゃあ、とりあえず街に行ってみる?」

「じゃあって……。いや、私はこんな姿だし」

「でも何ができるかなんて、やってみなきゃわからないよ? 少なくとも家にいるよりは強くなる方法を見つけられると思うんだけど」


 まあ、ね。それは確かにそう思う。

 そりゃあ、以前みたいに普通に街に出れたらいいとは思うけど、今の私はそういう訳にはいかないでしょうよ。

 自身の現状を改めて認識し、少しだけ暗い気持ちになった私の目の前を何かが遮った。

 え、鏡……?


「うわっ!」


 私は驚いてイスから転げ落ちた。

 自分の顔に驚いたわけではない、鏡にトラウマがあったからだ。

 忘れてないぞ、というか忘れられないぞ、最初にこの家に来た時の呪いの鏡を。


「ちょっと、大丈夫?」

「い、いきなり何すんのよ! それまた呪いの鏡とかじゃないでしょうね」

「違うよー、これは普通の手鏡」


 なんだ、びっくりした。それならいいけど。

 あ……いや、普通の鏡でもあまり見たくはないかなあ。

 まったくアリカったら、どういうつもりでこんな事をするんだ。


「で、なんなの? いきなり鏡なんか出してきて」

「リプリン、気付いてない? ほら、このあたり」


 アリカのやつ、今度は私の顔に手を伸ばしてむぎゅっと鼻をつまんできた。

 ちょっとやめて。だからこれが何だって……、ん? 鼻?

 自分の顔に違和感を覚えた私は、アリカの手をどかすと手鏡を奪い取り、久しぶりに自分の意思で鏡を覗き込んだ。


「あ……、鼻がある」


 そこには小さな鼻がひとつ、ちょこんと申し訳なさそうに存在していた。

 いつの間にあったんだ、全然気づかなかった。

 でもその小さなワンポイントのおかげで、サンショウウオがまた少し人間に近付いているような気がした。

 気のせいか輪郭も少し整ってきたような気がする。……これは気のせいかな?


「やっぱりね。リプリンたら、わたしにはきれいにしろとか言うくせに、自分のことは鏡すら見ないんだもん」

「だ、だってまさか、鼻が戻ってるなんて思いもしなかったから……」


 それに、きれいにしてろとうるさく言うのはあんたが見栄えに無頓着だからだよ。そんないいもん持ってるくせにまったく。

 私だって粘土人間になってなきゃそれなりに……、いや、この話はいい。


「それで、結局アリカは何が言いたいわけ?」

「あ、そうそう。つまり、リプリンの見た目はだんだんと戻ってるっていうか、回復傾向にあると言えるんじゃない?」

「まあ、そうかもね」

「だから、街に行っても大丈夫だよ」

「いやそれはどうかな」


 話が飛びすぎだ。

 鼻が生えてより人間らしくなったとはいえ、まだ白目は無いし髪はもどきだし全体的に赤い粘土っぽい。いくらなんでも早いだろ。


「大丈夫だって。街にはリプリンが思ってるよりもいろんなものがあるんだから、粘土でできたサンショウウオがいたってみんな怖がらないよ!」

「……人に言われるとなんか嫌だな」

「それにね、そろそろ食材を買い足さなきゃいけない頃じゃない?」

「まあ、確かに。そろそろ買っておいた方がいいね」

「でしょ? わたしじゃどれ買っていいのか、正直よくわかんないんだ。だから――」

「一緒に行こうって? 買ってくる物のメモくらい渡すよ」


 そこまで言ってふと見ると、アリカは口を尖らせてふてくされたような表情になっていた。

 あ、ごめん。

 別に一緒に行くのが嫌というわけではないんだけど……。


 バフッ


 私が何か言おうとする前に、私の頭に帽子が被せられた。


「もう、これなら顔が見えにくいからいいでしょ! ほら行くよ!」

「え、ちょっと」


 またこのパターンかい。

 無理やり帽子を被せられた私は、有無を言わさずアリカに外へと連れ出されてしまう。


「ちょ、ちょっと待って!」

「何よ、観念しなさい!」

「いや……、食器を水に浸けてからにしてくれない?」

「……」


 私がそう言うと、アリカは無言のまま食器を洗い桶に入れた。

 やれやれ仕方がない、それじゃ私も観念して街へ出てみるとしようか。


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