終わりのような始まり
……いったい、何が起こったのだろう。
私はどこかもわからない薄暗い場所で、周囲の状況を必死に確認しようともがいていた。
周囲には煙が立ち込め私の視界を遮る。
もちろんそれも問題だけど、今ちょっと周囲を確認するのに不都合な事実に気が付いた。
うまく体が動かない、それも金縛りにあっているかのように、全く。
ろくに頭すら動かせないから、周囲の様子を見る事など到底かなわなかった。
それでも視界に入って来るわずかな情報から判断すると、どうやら私は大量の瓦礫の下敷きになっているらしい。
ええ……、どうしてこんな事に? そもそも私はどこで何をやっていたんだっけ?
思い出そうとしてみるけど……、ダメだ、頭がぼんやりする、思い出せない。
頭だけじゃない、いろいろ試して動こうとしてもいっこうに体が動かない、手も、指の一本も動かせない。
痛みは無いのにただ意識だけがはっきりしていて、それが余計に恐怖を感じさせていた。
この状態になってどれくらいの時間が経っているのだろうか、かなりヤバい状態なのは言うまでもない。
痛みが無いのは運良く骨折とかしないでただ身動きが取れなくなっているだけなのか、もしくは……、痛みを感じないほど深刻なケガを負っている、とか。
うわ、本格的に怖くなってきた。私まだ十四だよ、もうこれ運が悪いとかそういうレベルの出来事じゃなくない?
とにかく、このままでは確実に死ぬ。何とか……何とかしないと!
と言ってもこの状況、すでに自力で何とかできる状態じゃないのは明白。
だって手どころか頭も動かせないんじゃ瓦礫をどかすなんて夢のまた夢。まあ、動かせたところで十四の小娘に動かせる重さじゃないと思うけど。
今の私にできる事は、余計な事はせず救助を待つ事。
あ、でもここが人里離れた山奥とかだったらどうしよう。もしそうなら救助どころかこの状況すら知られないまま死ぬぞ、……ああ、思い出せ私、ここはどこなんだ?
「生存者はいるか! 返事をしろ!」
その時、唐突に誰かの叫ぶ声が聞こえた。
やっ……やった! 助けが来た! 人がいるんだ、山奥とかじゃなくて本当に良かった!
(誰か……助けて……)
しかし、ここでさらなる悲劇が私を襲う。
聞こえてくる呼びかけに応えようにも……こ、声が出ない!
(私は……ここに……)
まずい、まずい、マズイ!
助けが来ても見つけてもらえなかったらどうにもならないよ!?
なんとか返事をしなきゃ、私はその一心で全身の力を振り絞った。
「…………こっ」
しかし、わずかに漏れたのは「こ」の一文字だけ。あとはどんなに力を込めても、私の体が応えてくれる事は無かった。
感覚は無いのに背筋が寒くなる、絶望の二文字が浮かんでは消え、泣き叫ぶこともできず頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
ああ、ダメだ……、私の人生はたった十四年でお終いなんだ……。
と、あきらめかけたその瞬間、哀れな私に奇跡が起きた。
人の気配が近付いてくる。もしや、さっきのかすかな「こ」を聞いててくれた人がいた!?
「こっちだ! 誰かいるぞ!」
「まだ生きている! 生存者だ!」
まさに天使の声だった。一般的に語られる天使よりもずっと野太いけど、この状況ではそっちのほうがはるかに助かる。
私に覆いかぶさる瓦礫が少しずつ取り除かれ、野太い天使たちの姿が私にもはっきりと見えた時には、嬉しさのあまり天使たちにキスしてあげたくなった。
でも今の私は指一本動かせない身、とりあえず救助を優先して欲しい。ありがとう、マッチョなおじさまたち。
「女の子か……、ケガはないようだな」
「唯一の生存者だな……、あの爆発でよく助かったものだ」
マッチョ天使が何かを話している。
爆発? 唯一の生存者? いったい何のことだろうか。
やっぱりまだ頭がぼんやりしている、何が起こったのか思い出せない。
「ともかく、医療所に運ぶぞ、そっと動かして――」
野太い天使たちが私の体を運ぼうとした。
屈強な男たちに優しく抱きかかえられる乙女、これはかなり絵になる構図だ。
しかし、残念な事にそうはならなかった。抱きかかえるのではなく担架を使ったから、などというなぞなぞのような理由ではない。
なぜなら、それどころではない大変な事が起こってしまったからである。
「うわっ! な、何だこれは!?」
周囲から悲鳴が上がった。
身動きが取れない私にも、屈強な男が驚いて声を上げてしまうほどの事態が起きているのが分かった。
だって……、それは今まさに私自身の身に起こっている事だったから。
「……う……あぁ……?」
声にならない呻きがこぼれる。まるで夢でも見ているような感覚だった。
私の目に映った衝撃の事態、私の手が、指が、みるみるうちにその形を失っていく。
助け起こされようとした私の体が、雨に打たれた粘土のようにドロドロと溶け始めた。
その場にいた誰もがどうする事も出来ずに、ただ私が溶けていく様を見守っている。ある者は驚き、ある者は恐怖の表情で。
これはまさに悪夢のような出来事と言える。
でも不思議な事に、当の本人である私には苦痛も恐怖さえも無かった。あるのはただ体が溶けているという感覚のみ。むしろ、温水のプールにゆったり浮かんでいるような気持ち良ささえ感じていた。
苦痛はともかく恐怖を感じないのはどうしてだろう。
人間、死ぬときはこんな感じなのだろうか。
そのうちに、私は瓦礫だらけの床の上にこぼれたスープのようになった。
いや、スープよりは粘りがあってまとまっているから生卵と言ったほうが近いのかな?
とまあ、私にはこれくらいの事を考える余裕があったのだけれど、十四歳の可憐な乙女がドロドロに溶けるなどという衝撃の場面を見た周りの人間はそうはいかない。
「なん……何という事だ……!」
「ダメか……、生存者はいないのか……」
悲鳴や驚きの声に混じって諦めの声も聞こえてくる。
いや、ちょっと待って、それはマズイって! 自分でも驚くほどこんなになってるけど、だってまだ生きてるから、諦めないで救助の人たち!
「い……、入れ物だ! 何か入れ物を持ってこい!」
誰かがそう叫び、すぐに大きな桶が運び込まれてくる。私は急遽、運ばれてきた大きな桶の中に収容されることになった。
この状況でなんという的確な判断、救助隊の肝は据わり過ぎているほど素晴らしい。
危ないところだった。普通なら誰もがもうダメだと諦めている状況だろうけど、とろけた生卵についている私の顔がまだ生きている事を証明している。
私としてもこのまま放置されてしまってはどうしようもない。
正直、体が溶けていくのを見た瞬間は完全に終わったと思った。
でも私は生きている。体はこんな事になっているけど、痛みも無いし死ぬような気配もない。
こうなったら逆に覚悟が決まった。何が何でも生き延びてやる、そしてどうにかして元の可憐な美少女に戻ってやる。私は桶に揺られるドロドロのままそう決意した。
しかしドロドロの上に顔だけあるって本当に生卵になったみたい。貴重な経験かもしれないけど、できたら遠慮したい。
遠慮できなかったけど。
そもそも、どうしてこんな事になったのか、瓦礫に潰される前に何があったのか、体が溶けているせいか上手く思い出せない。
あ……、だんだんと視界がぼやけてきた……。音もなんだか遠くなっていく。
これは、今度こそ死――
いや! いやいやいや! 死なないし、絶対に死んでなるものかって誓ったばっかりだし!
幸い意識はまだはっきりしている、このまま正気を保っていればいつか何とかなるかもしれないから!
そのためには……、そう、何か考える事。とりあえず考えていれば意識は保てる、と思う。
思い出せ、自分がどこで何をしていたのか、何があったのか。
私は……、私の名前は……。