ワンフール要塞攻略~前編~
イブの花園で一夜を過ごし、出発の朝を迎えた。
「起きろ。迎えに来てやったぞ」
シャニィが部屋の扉を開け、入ってきた。
朝のイブの花園は静かだった。時たま顔を出す女性たちはガナード達を見ると笑顔で挨拶をしてくる。
そして、最も驚いたのはこの町だ。地下にも関わらず、日の光のような物がこの地下を照らし、時間が経てば空が赤くなって夕焼けになり、暗くなって夜になる。
この現象をマコトに聞いてみた所、『魔石』と言うものでこの現象を出しているらしいと。この世界には『魔石』と『クリスタル』と言うもので人々の生活を支えてるとのことだ。2つの違いは魔力を第三者が送って力を発揮するのが『魔石』。自動的に魔力を供給し勝手に力を発揮するのが『クリスタル』とのこと。もっと詳しく聞こうとしたが、作戦に集中するため聞かないことにした。
町の上にある森を抜けると、樽や箱を山積みにした馬車が準備され、先頭にはマルマルが4匹繋がれていた。
「おはようさん。早速で悪いけど、2人はここに入りな」
馬車の脇にいたカテジナが棺桶のように大きい木箱を指で叩く。
「これに俺とマコトが入るの?」
「そうだよ。早く入りな。時間がないんだ」
カテジナに急かされ、邪魔になる武器を抱えるように持ち、ガナードとマコトは互いに向き合い、腹と腹をみっちりとくっつけるように入った。
「下に空気口があるから、息苦しくなったらそこを開けな」
ガナードの顔の横にある空気口を少し開け、見せた。
空気口と言っても、せいぜい握りこぶしが出るか出ないかの大きさだった。
「それで我慢してくれ。急ごしらえで作ったもんでね」
「でも、ここは床に面してるから空気は入らな―」
「蓋の上に荷物を載せる。潰れるなよ」
グリフィスは話を聞かず、蓋をすると近くに置いてある野菜の入った樽のふたを開け、中身を全部入れた。ゴトゴトと入ってくる音が蓋越しに聞こえ、さらにその上から蓋をして釘を打つ音が聞こえる。
押し潰れそうになるも、文句を言ったところで改善されるわけでもないと分かった2人はただ黙って横になっていた。
「私は先に行ってる。後で会おう」
「わかったよ」
「では!」
グリフィスは翼を広げ、大きく羽ばたき要塞のある方角へと飛んで行った。
「あたい等も出発するよ」
カテジナの号令にシャニィは馬車に乗り、マルマルに繋がれている手綱を握る。3人はシャニィの後ろの座席に腰かける。
ハイヤ!とシャニィが鞭打つと、マルマルは歩みだした。
箱の中、ガナードとマコトは暗闇の中一言も話すことなく揺られていた。時々、互いの呼吸の音とタイヤが地面に転がる音、こもった声のガールズトークが聞こえてくるだけ。
正直、中にいれるのはまだ早かったんじゃないのかと思うのだが、釘を打たれたとなれば―
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや~。この中に入った時さ、釘を打ったよな?」
「ええ、そんな音が聞こえましたね」
「どうやって脱出するんだ?」
「あ」
重要な事に気付いたガナードとマコトに不安が襲い掛かる。
2人は箱の中を叩き、ミールとヴァルを呼び叫ぶ。
「ミール!ヴァル!」
「気づいてくださーい!」
その叫び声に気付いた4人は一度馬車を止め、ヴァルが箱を引っ張り出し、空気口を上にして馬車の中で立てかけた。
ガナードは空気口を開け、小さい穴に2人は目だけを出した。
「どうしたの~?」
ヴァルが聞いた。
「俺達こうして閉じ込められているけど、向こうに着いたらどうやって出ればいいんだ?」
「釘まで打ち付けられてるんですよ?」
「あ~確かに」
「その心配の必要はないさ」
カテジナが言う。
「今、あっちは兵士が集まりすぎて食料が行き渡りづらくなっている。この食料の積んだ箱なんさ、すぐ開けられるさ」
「ホントか?」
「ああ。だから、安心して閉じこもってな」
「ならいいか」
「ホント、いい迷惑」
「情けない男共だ」
ミールとシャニィは呆れ、馬車は再び進みだした。
「じゃあ、戻すね~」
「「待って待って待って!」」
元の場所に戻そうとしたヴァルをガナードとマコトが箱の中で暴れて止めようとする。
「今度は何だい?」
「いえ、空気が薄いのでしばらくこうして貰ってもいいですか?」
マコトが丁寧にお願いする。
「まあ、その位だったら構いやしない。だたし、近くに来たら戻す。いいね?」
ガナードとマコトはうんうんと頷き返す。
「よかったね~。2人とも」
「本当に助かりました」
「同感」
2人は箱の中でホッと安心する。
「しかし、なんであんた達はこの大陸に干渉するんだい?王様からの報酬を期待してるとかかい?」
顔半分だけ向けながらカテジナが訊く。
「そういえば、報酬だなんて考えたことなかったな」
「そう言えばそうだったね~」
「報酬ね~」
「私達に報酬はいりませんよね?」
首を傾げ報酬の内容を考えてるところに、マコトが3人の顔を見ながら聞いた。
「私達は女神様の命でやっているんです!ましてや、攻撃を受けて財政の厳しい国から報酬をねだるだなんて、それじゃあ賊と一緒ですよ!」
「わかったわかった!報酬はねだらない!それでいいんだろ?」
「そうです!私達はあくまで女神様の命で動いてるんです!報酬など受け取るのはもってのほかです!」
「まあ、それもそうよね~」
「じゃあ、報酬なしであんたらはやるのかい?」
カテジナの言葉に、マコトは力強く頷き返し、ガナード達は渋々と頷き返した。
「まあ、何だい。報酬無しってのは些か可哀想だから、あんた達には特別にイブの花園への招待券でもあげるとするかね」
「えぇ!?」
シャニィが驚き、体半分振り返る。
「正気ですか!カテジナ様!」
「ああ、身を粉にしてやってるんだ。これくらいどうってことはないでしょ?」
「招待するのはミールさんとヴァルさんだけでよろしいのでは?あのチ〇ポ野郎共には必要ありません!!」
「シャニィ。失礼よ。謝りなさい」
「申し訳ありません。カテジナ様」
「私じゃなくて」
カテジナはガナード達の方へと指さした。
「・・・どぉぉぉもすみませんでしたぁ」
歯を食いしばり、ゆっくりと口を動かしながらシャニィは謝罪する。
「まったく、あんたには参るよ」
ガナード達が出発してから数時間が経ち、目的地の要塞が見えてきた。
「見えてきた。戻しな」
ガナードは空気口の蓋を閉め、ヴァルは2人の入った箱を積み上げた。
要塞を取り囲んでいる湖の周りには中に入り切れなかったのか、溢れかえった兵士達が野営地で待機していた。
馬車は兵士に監視とも思える目線に見送られながら橋の前に着いた。
橋は長く、今乗っている馬車4つ分の広さがある。そこに10人の兵士が警備していた。
「止まれ!」
橋を警備しているイヌ族の兵士2人が槍をクロスさせ、道を防いだ。
「何者だ?」
「カテジナです。白騎士様からサマルーン様の謁見のお許しを頂いた者です」
「失礼しました。通る前に後ろに積んでいる荷物の検査を行います」
「ええ、どうぞ」
兵士達は馬車の積み荷を見やると、適当に一つの積み荷を降ろした。俺とガナードが入っている積み荷だ。
「ちょーっと待ってください。兵士さん」
カテジナは馬車から降り、積み荷を降ろした兵士達に近寄った。
「何ですか?」
「いえ、顔にゴミが付いているので、取ってあげましょうかなと」
カテジナが兵士に体を密着させながら、顔の形に添って滑らかな手つきで撫で下ろす。その際、鼻先を触れた。
「ンヒィ!」
触れられた兵士は体を硬直させる。
「あなたにも付いてますよ」
「いえ、私はけっこうで―ンホォ!」
「な、何をするんで―アヒィ!」
カテジナは次々と兵士の顔を撫で、謎の硬直に陥りさせている。
「おい!さっきから何をしている!?」
足止めをしている兵士が怒鳴り声をあげながら馬車の後ろに向かった。
「ごめんなさい。あまりにも兵士達が、その、逞しくて触りたかったの♡」
怒鳴りながらきた兵士の手を取り、自分の胸にその手を押し付ける。
「ダメかしら?」
「い、いえ、構いませんが」
先程までの怒鳴り声が一変、うろたえ、胸と顔を交互にみる。
「ありがとう。兵士さんって、とてもお優しいのね」
「い、いえ!これが我々の仕事です!」
「本当に逞しい♡じゃあ、お仕事頑張ってくださいね」
カテジナは最後に兵士の鼻先を触りながら、頬にキスをした。
「は、はぃ!!」
声を裏返しながら敬礼する。
カテジナは馬車に戻ると、フゥと一息つきながら椅子に深く腰掛ける。。
「何をしたの?」
ミールがそう訊くと、カテジナは耳打ちで返した。
「ドゥージーの兵士達は鼻が利くんでね、そいつらの鼻を私の匂いでおかしくしたのさ。このフェロモンでね」
ミールの前に手を出す。その手から桃色の体液が滲み出てくる。
「この体液をかければ、男も女もみんなイチコロさ」
胸の谷間からハンカチを取り、手を拭く。
「荷物の検査を終えました!中は食料だけです!」
報告しながら兵士達は箱を馬車に戻す。
「一応聞きますが、毒は仕込んでませんよね?」
「はい。入っておりません。それに、兵士さんたちなら、毒が入っていたらそのお鼻で分かるんじゃありませんか?」
「・・・」
兵士は何も返さず、槍で塞いでた道を開けた。
「では、ごきげんよう」
シャニィが再び鞭打つと、馬車は要塞に向かって再び進みだした。
同時刻。要塞中央の監視塔、もとい今は改築され王座の間のような部屋では、2人の獣人がいる。
王座には派手なドレスを身にまとい、指には宝石のついた指輪を隙間なく付けている白髪交じりのサル、もといサマルーンが腰かけている。王座から少し前には、シミや汚れが付いてる防具で護衛をしているハイイロオオカミ、もといウルフェンが立っている。
「ウルフェン。こっちに来なさい」
サマルーンが玉座に腰かけたままハイイロオオカミを手招きして呼ぶ。
ウルフェンは振り返り、サマルーンの前に跪く。
「何でしょうか。サマルーン女王」
「足、蒸れちゃったの。脱がせて」
サマルーンはハイヒールを履いてる足をウルフェンに出す。
ウルフェンはそれを丁寧に脱がし、ハイヒールをそっと床に置く。
目の前には汗で蒸れた素足がある。
「舐めて」
「・・・わかりました。女王様」
素足でハイヒールを履き続けたことにより、吐き気を催す様な匂いが鼻に着く。
ウルフェンは目をつぶり、深く息を吸ってから舌を出し、サマルーンの足を舐め始めた。
足の甲から舐め始め、何とか甲だけで済まないかと思いながら舐めるが、ウルフェンの口にサマルーンのボサボサとした毛が口の中で絡まる。
「そうそう。足の裏や指の間まで舐めなさいよ」
足の甲だけ舐めてやり過ごそうとしたが、サマルーンはウルフェンの鼻先に足の指を挟めた。
喉にまで胃液が昇ってきたが、ウルフェンはそれを胃に無理矢理戻し、足の指や間を一つ一つ丁寧に舐めとり、水虫になって固くなっている足の裏をカカトから指先まで舐める。
「んふふ♡くすぐった~い♡」
傍に置いてあるフルーツの盛り合わせから、バナナを一つ手に取り、食べながらサマルーンが微笑む。
「もう片っぽの足もね」
もう片方のハイヒールを手を使わずに足を振って脱ぐ。
「ほら、早く舐めて」
残り半分になったバナナを口の中に詰め込み、余った皮をウルフェンの顔に投げた。
屈辱。ウルフェンにとってまさに屈辱である。だが、これは今に始まった事ではない。
サマルーンが来たきっかけは、付近で倒れていた所を兵士に連れてこられ、それをたまたま見たコーチピックは一目惚れし、要塞に向かい入れることになった。
コーチピックが生きていた頃は、ウルフェンに対しあまりひどい扱いはしなかった。せいぜい執事のような立ち位置であった。だが、コーチピックが突然亡くなった途端、ウルフェンの扱いが悪くなった。
始まりはコーチピックが無くなった次の日の朝食からだ。サマルーンの寝室に朝食をウルフェンが運び、窓際のテーブルに並べ終えた時だった。
「ちょっと待ちなさい」
部屋の隅に立とうとしたウルフェンをサマルーンが呼び止め、ウルフェンは振り返る。
「何でしょうか。サマルーン様」
「私の前に来て、跪きなさい」
突然命令されたが、ウルフェンは何も言わずサマルーンの前に跪く。
「口を開けなさい」
「いったい何を―」
「開けなさいって言ってるでしょ!」
声を荒げながらテーブルにあるナイフを取り、それをウルフェンに投げる。
「グッ!」
ナイフはウルフェンの太股に刺さり、たまらず声を漏らす。
「開けなさい」
ナイフを抜かせる間もなく、サマルーンは冷たい声で言う。
ウルフェンは黙って、サマルーンに言われるがまま口を開く。
「カーッ。ペッ!」
サマルーンは痰を絡ませ、その痰をウルフェンの口に吐いた。
「ッ!何をする!」
頭に血が上ったウルフェンはサマルーンの首を掴み、壁に押し付け、足に刺さったナイフを抜き取り、それを眼球に刺さるギリギリのところで止める。
圧倒的不利な状況にも関わらず、サマルーンは不気味な笑みを浮かべ、こう言い放った。
「私が死ねば女王は死ぬ!」
それを聞いた途端、ウルフェンの頭に上っていた血はサーッと引いて行き、掴んでいた首を放した。
首を掴まれていたのにも関わらず、むせるはおろか、怯えることなくサマルーンは続けた。
「今、コーチピックの死因は私にあると思われているわ。でも、もし今、この状況であなた達が私を殺せば、コーチピックの死因はドゥージー王国の反乱ということになって、お城にいる女王様は勿論、城下町やその周囲にいる民はみんな殺される!まあ、それでも殺したかったら、どうぞ」
サマルーンはナイフを持っている手を取り、喉元にもっていく。
「ク、グゥ!」
刺せるなら今すぐにでも刺してやりたいが、サマルーンの言い分も最もだった。現に、その調査として白騎士が部隊を引き連れて来ている。
ウルフェンはサマルーンの手を解き、彼女の前に改めて跪いた。
「これからは私の言うことは絶対だから」
「はい」
「あと、私の事を女王と呼びなさい。いいね?」
「わかりました。サマルーン女王様」
ここからサマルーンの悪行が始まった。サマルーンは、元は母のドレスを安物と蔑み、妹のドレスは尻を拭くための布にされ。母のドレスは何事もなかったかのように着ていると思ったその矢先、食事中に汚れた手をドレスでふき取り、1度しか着ていないそれを暖炉に投げ入れ燃やした。
食事の前には必ず口の中に痰を吐くようになり、意味のない暴力や淫行もさせるようになった。
もし、この老婆を殺せるなら、彼はこの老婆に容赦なく、原形を留めることなく剣で切りつけるであろう。ありとあらゆる魔法で塵1つ残さず消し去るだろう。実際、彼にはその実力が備わっている。
だが、それはできない。それはこの惨劇ともいえる光景をいつも覗き見ているドゥージー王国の幹部達も同様だった。
「申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに・・・ッ!」
体の曲線をピチピチの軍服に身にまとう豊満な体の女ドーベルマンが涙ながらに言う。
彼女はドゥージー王国で軍師だったアレックス。ドゥージー王国で一番兵士をうまく扱えるとして名が知れている。
「ウルフェンさまに、何かできることはないのでしょうか?」
「ないのかな?」
「あるのかな?」
「うーん」
4人のベルジアン・マリノアが首を傾げ唸る。
彼らは王直属の護衛部隊である。1人でも実力はあるのだが、4人揃うと右に出る者はいないという。だが、誰も彼らの名を聞いたことはない。
「どうにかできない?メルル」
1人のベルジアン・マリノアが、黒い布を被っているそのメルルというコーギーに聞いたが、メルルは首を傾げるだけで何も答えない。
彼女はこの要塞、もとい刑務所の所長である。
「あのメス、今すぐにでも握りつぶしたい!」
ゴリラのような体付きをしているカンガルードッグが、握りこぶしを作る。
彼は特攻隊長のマックス。テロや賊が攻め込んできた時、常に前線に出て戦い、どんなに不利な状況でも戦況を覆してきたことにより、ネッコー国でも一目置かれている部隊である。
だが、そんな実力をもってしても、彼らはグリフィスとグリフィスの部隊に負けた。
「それをやってしまったら、女王はおろか、ドゥージー王国は本当の意味で壊滅するぞ!それを分かってウルフェン様は従ってるんだ!あの人の覚悟を無駄にするんじゃない!」
「う、うう・・・」
アレックスはマックスの拳を下ろす。
「今は耐えるしかない」
「ドゥジーヌ様に合わせる顔がない」
「ああ、全くその通りだな」
カテジナ達は要塞の前に着き、馬車から降りた。
通る途中、要塞を見上げると、分厚い壁に囲まれ、その屋上には大砲が多く並べられていた。
「ようこそ。ワンフール刑務所に」
要塞の入り口から出てきた白騎士が、彼女等を迎えた。
彼の後ろには同じ白い鎧を着たトリ族が続いた。
「私の部隊が案内しましょう」
「ええ、お願いするわ」
「こちらへ。マダム」
部下の一人が先頭に立ち、要塞の中に入っていった。それにカテジナ達も続いた。彼女らの後ろには残りの白騎士の部下が道をふさぐように続く。
「そこにある荷物はなんだ?」
荷物を下ろし、中身を確認している兵士を白騎士が呼び止める。
「食料のようです」
「そうか。丁重に運ぶように」
「了解しました」
白騎士は翼を広げ、どこかへ飛んで行った。
「よし。食糧庫へ運ぶぞ」
兵士達は荷物を荷車に乗せ、裏口から要塞の中に入っていった。
「よーいせッと!」
食料の入った荷物を全部食糧庫に下ろし終えた兵士達は、つまみ食いやくすねることはせず、食糧庫から出ていった。
「行ったか?」
「その様ですね」
「よし!」
ガナードとマコトは蓋を押し、中に積まれた野菜を押しのけながら箱から出た。
2人は背伸びをして固まった体を慣らす。
「よし。行くか」
武器を改めて付けていると、一つの樽がガタガタと音を鳴らし揺れ動く。
「なんだ?」
ガナードはその樽に近づき、その樽のふたを開けた。
「プハー!遅いぞ!ブレ―モノー!」
「「ウソ!?」」
樽の中にはリリィが入っていた。
いったいいつから入っていたのか、2人には全くと言っていいほど心当たりがない。
「兄上の所に行くのであろう?私を連れて行け!」
抱っこしてもらうとリリィは両手を広げる。
「いや、最終的にはそうかも知れないけど・・・」
言葉を詰まらせ、困っていると誰かが食糧庫のドアノブに手をかける者がいた。
「どれどれ、届いた食糧ってのはこれか?」
ここのコックなのか、長いコック帽にコックコートを着たイヌ族の男が入ってきた。
「あいつら食材を床に落としやがって。こっちは蓋が開いてるじゃないか!つまみ食いしたな!まったく!」
ブツブツと文句を言いながら食材を箱の中に戻す。
彼が入る直前、ガナードはとっさにリリィを抱っこし、マコトと共に扉の裏に隠れた。
ガナードはマコトをおんぶするように背中を見せ、顎で乗れとジェスチャーした。
マコトはガナードの背中に乗り、首に腕を回し、落ちないようにがっしりと自身の服の袖を掴んだ。
「どうするんです?」
耳元で囁くように言う。
「今はここから出る。その後でこの子をどうするか考えよう」
ガナードも小さい蚊の羽音のように小さい声でいった。
「わかりました」
ゆっくりと立ち上がり、食糧庫から出ようと忍び足で歩く。
「何をヒソヒソと話しておるのだ?堂々と話さんか!ブレ―モノ!」
入り口をまたいだ瞬間、突然リリィが大声で俺とマコトを叱る。
ガナードとマコトは一気に血の気が引いて行くのが分かり、2人はゆっくりとコックの方に振り返る。
「今の声、リリィお嬢様!?」
コックの男は振り返る。
「マルペチーノか?お城にいるんじゃなかったのか?」
マルペチーノは立ち上がり、リリィをじっと見つめる。
「どうして、ここに?そこにいるネコ族は?」
「このブレ―モノか?今から暗殺をしに、兄上の所に向かうとか言ってたな」
「その言い方やめて!語弊が―」
突然、ガナードの顔の横を何かが飛んで行き、ヒゲが落ちる。
飛んで行った方向に目を向けると、刃渡り30㎝の包丁が壁に刺さっていた。
「貴様らネコ族は―」
「へ?」
「またもや王を殺すというのかぁぁぁぁぁぁ!」
先程投げた同じ包丁を手にし、襲い掛かってきた。
「逃げろ!」
ガナードはマコトとリリィを抱えたまま食糧庫から出て、マルペチーノから逃げ出した。
「逃がすかぁ!」
マルペチーノは包丁を振り回しながら追いかける。
「どうした?」
マルペチーノの怒号に見回りの兵士達が集まってきた。
「侵入者だ!ネコ族がリリィお嬢様の前でウルフェン王子を殺しに来たぞ!」
「何だと!どこにいる!」
「こっちだ!」
マルペチーノの後に兵士達が続く。さらに、その騒ぎに駆け付けた兵士、その他のイヌ族が加勢、また加勢するといった事を繰り返すうちにガナードの後ろには廊下を埋め尽くすほどのイヌ族で埋め尽くされ、雪崩のようにガナードに迫ってくる。
「速く!もっと速く!逃げてください!」
「2人抱えて逃げてるんだ!スピードだせねぇ!てか、マコト!重いんだよ!」
「な!わ、私はデブではありません!骨太でぽっちゃりなんです!」
「デブではないか」
リリィが冷静に指摘する。
「デブじゃありません!」
「ん?」
静かな要塞の廊下を歩いてる男が、不意に足を止めた。
「ん~?」
男は壁に耳を当てる。
「騒がしいなぁ。り・・・りぃ?どこかで聞いたような?」
顎に手を当て記憶を探る。
「まあ、向かえばわかるか」
男はそう言い、壁に体を押し付ける。
すると、男は壁の中に飲み込まれ、その姿を消した。