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一歩つずつ前へ

目が覚めた。

目が覚め、そこから見えた場所は少なくともまともな場所ではないことがわかった。

周りは暗く冷たい感じがするが、この冷たさを俺は知っている。

その空間に、俺は浮いている。いや、漂流しているとも言えるかもしれない。今の俺の状況は普通ではないことが理解できた。

この冷いのを紛らわそうと両腕に手を回し、蹲ろうとしたが、そこである事に気付く。

体が、半分しかない。

というより、半分しか動かない。

もう半分に手を伸ばすと、触り慣れたすべすべした肌があった。

人の、人間の肌だ。

かつての俺の姿、人間の姿だ。

「これからお前はどう生きるんだ?いや、どっちで生きるんだ?」

「だれだ?」

「俺は凛太朗りんたろうだ」

「凛太朗は俺だ!」

「いいや、今のお前は凛太朗ではない」

「どういうこと?」

かつて自分の存在を表す名前のはずなのに、それを否定された。それも俺に。

じゃあ、俺は一体何者だ?

混乱のあまり思考が停止する一歩手前だ。

「お前は今、凛太朗でもなければガナード・グウォーデンでもない。どちらの存在でもない」

「言ってる意味が分からない」

「だろうな。分裂したばかりの人格にいきなりそういってもわからないよな」

「分裂したばかりの人格?」

「そう。お前という人格が生まれたのは子供を助けようと決意した時だ。けど、お前が出身を聞かれたあの日、お前と俺、2つの人格がごちゃ混ぜになった。凛太朗でもなければガナードでもない人格。それで今の姿となっている」

俺は片眼で自身の体を見てみた。

半分チーターの獣人で半分は人間。

ガナードと凛太朗。

無傷の体と傷だらけの体。

それらがごちゃ混ぜになり、そのどちらでもない存在。

「それで、おまえはどっち生きてくんだ?」

「どっち?」

「凛太朗として生きていくのか。それとも、ガナードとして生きていくのか」

「なんで今聞くんだ?」

「見てられなくなったんだ。せっかく手にした2度目の人生がこのままいけば、お前はまた独りになるかもしれない。独りの悲しみは知ってるだろ?」

「まあ、そりゃあ」

「じゃあ、改めて聞く。凛太朗として生きていくのか?それとも、ガナードとして生きていくのか?」

「俺は・・・」

目を閉じ考える。

凛太朗として生きていくのか。ガナードとして生きていくのか。

「答えはもう出てるだろ?」

「ああ、でも口から出すのはこれほど難しいとはな」

「言えばスッキリするさ。意識せず、肩の力を抜いて言えばいいさ」

言葉に詰まる俺に、凛太朗は優しく諭す。

それを聞き幾分気持ちが楽になる感覚がし、口元が少し緩んだ。

深く息を吸い、目をゆっくり開きながら言った。

「俺は・・・俺はガナードとして俺は生きていく」

そう決意すると、半分人間の体がチーターの獣人に変わっていく。だが、目だけは変わらなかった。

(あまり昔の事は思い出すなよ。俺が消えることはないが、干渉することはしない。2度目の人生に悔いが残らないようにな)

「ああ、頑張るよ」

片目に手を添え、子供を寝かしつけるように優しく撫で下ろした。

「じゃあな」

(ああ、じゃあな)



「グッ、アアア」

見慣れない部屋で目が覚めた。

というより、意識が戻ったような感覚に近い。

視界が狭く、腕や足が固定されたかのように動かない。

頭の先からつま先まで痛みがひっきりなしに走る。

「ガナードちゃん?」

ガナードの唸り声にヴァルがハッと気付く。

「い、いてぇ」

「ガナードちゃん!待ってて、マジ―ル先生呼んでくるから」

ヴァルは慌てて部屋を飛び出した。

静まり返った部屋で俺は頭を起こし、自身の体を確認した。

全身包帯で巻かれミイラと大差ないくらいみっちりまかれていた。

道理で動けないわけだ。

しばらく天井を見つめていると、マジ―ルとマコトとヴァルがドアを壊さんとばかりに開き、部屋に入ってきた。

「本当ですよね?意識が戻ったという話は」

「本当だよ!ほら、目を開けてる!」

「ホントだ。意識まで回復するとは予想外だ」

3人はガナードが寝ているベッドを囲むように歩み寄った。

「私がわかるか?」

マジ―ルが顔を覗き聞いた。

ガナードはそれに頷き返した。

それを見たヴァルは嬉しさのあまり口を抑え、目をウルウルと涙をためる。

「何が起きたか覚えてる?」

ヴァルが俺の体に手を添え聞いた。

ガナードは記憶を辿り、目が覚める前の事を思い出す。

たしか、俺はみんなと離れた後鉱山へ向かい、一人で戦い、ミールを庇ったところまでは覚えている。

けど、そこから先の記憶がプツリと消えている。

記憶を辿っている最中、ヴァルがまた質問する。

「何日眠ってたか知ってる?」

何日?そんな単位で眠っていたことに驚くが、ヴァルからでた答えにさらに驚くことになった。

「15日も寝てたんだよ」

「寝てるはおろか、生きていることも奇跡的だったんだぞ」

生きていることが奇跡的。その言葉を聞いたとき、ミールを庇う前の事を思い出した。

全身から血が流れ、傷もほとんど致命傷的な物ばかりだった。それでも俺は生き延びた。

「先程から一言も話さないのですが、話せないのですか?」

マコトが眉をひそめながら首を傾げる。

「話せるけど」

「話せるなら口で答えてくださいよ!心配したじゃないですか!」

「口に包帯が絡まって話しづらい」

「なるほど」

「傷の状態を見るついでに、顔だけでも外すか」

マジ―ルははさみを取り出し、顔に巻き付いている包帯を切ってゆく。

包帯が全て取れ、視界が開き、肺一杯になるまで息を吸い空気を味わいながら吐いた。

こんなにも空気が美味しいと思ったのは始めてた。

「傷もほとんどふさがって骨も元に戻っているな。この調子なら体も治っているだろう」

顔を撫で下ろし、傷や骨の状態を確認しながら包帯をまとめる。

「骨もって、そんなに酷かったのか?」

「全身だけじゃなく、内臓も傷だらけなうえ、粉砕骨折がいくつもあったんだぞ」

「それだけの傷だったら、何度か諦めたんじゃないのか?」

「マコトとミールの治癒魔法のおかげで治療がうまくいったのもあるが、ミールが何度も脅しを入れてきたからな」

「その場に私もいましたけど、凄かったですよ。首を絞めて『ガナードよりも先に死ぬか?』なんて言い出したんですよ」

「ホント。神父顔負けだったよ」

マジ―ルは首を撫でながら皮肉るように言った。

「それで、肝心のミールはどこにいるんだ?」

「ミールさんなら外にいますよ」

「呼んできてくれ」

「わかりました」

マコトはミールを呼びに部屋から出ていった。

出ていって間もなくすると、部屋の外から言い争うような声が聞こえた。

扉越しで何を言っているかは正確には聞き取れなかった。

「私も行ってくる」

それがしばらく続き、心配になったヴァルも部屋を出ていった。

言い争いの間にヴァルが入ったことにより一層声が大きくなった。

そんな最中、ドアが開く。

「だから行きたくないって言ってるでしょ!」

「ガナードさんが会いたがってるんですから、顔だけでも見せてあげたらどうですか?」

「ほら、観念しなさい」

ヴァルがミールの胴に手を回し捕まえていた。

ミールはヴァルの腕の中で暴れているが、彼女の怪力の前では無に等しかった。

その後ろにミールの杖を持ったマコトがドアを閉めながら後に続いた。

ミールはローブについてるフードを目深にかぶっていて表情が見えなかった。

ヴァルの腕の中で暴れていたが、無駄だと理解してきたミールは暴れるのをやめ、ぬいぐるみのようにだらりと腕をぶら下げた。

一瞬チラリと顔を上げ、俺の顔を伺ったと思ったらまた顔を下げた。

「ミール。今回の件に関して謝罪をしたい。本当に申し訳なかった」

目を閉じ、頭を下げ謝罪した。

「別に。私も私で言い過ぎたところもあったし、元を辿れば私が無茶苦茶にしたようなものだから謝るのは私の方よ」

ミールは顔を上げることなく言った。

「そんなことはない。俺も俺で悪かったんだ。だから、俺の出身を白状するよ」

「え?」

ミールが顔を上げ、顔を少し露わにする。

ヴァルとマコトも面食らった顔で俺を見つめる。

「あんた。言って大丈夫なの?あれほど言うのを嫌がっていたのに」

「ああ。今回の一件でそれが馬鹿らしいって思ったのさ。死んでしまったら、折角の2度目の人生が台無しになるし、また独りで寂しく死ぬかもしれないって」

「2度目の人生?どういうこと?」

「俺は元々この世界の住人じゃない」

立ち合わせたマジ―ルも含め、4人は呆然と俺の顔を見つめる。

「まあ、そりゃそうなるな」

4人が固まっている中、ミールが先に口を開いた。

「ちょっと待って、この世界の住人じゃないって言うなら、あんたは何者なの?」

「元々は違う世界で暮らしていたけど、その世界で死んで、ドラゴンの女神様会ったと思ったら次の瞬間この体になっていた」

「この体って、元々は違う体だったの?」

「そう。前の体はこんなモフモフじゃなかったし、足も速くなかった。それどころか種族すら違った」

「どんな体だったの?」

「どう説明するべきかな?」

ガナードはうーんと唸る。

「その話は私抜きでもいいかな?」

マジ―ルが皆の顔を伺いながら聞いた。

「いいけど、体を診てもらってからでもいいかな?」

「わかった」

マジ―ルは俺の体に巻き付いている包帯を取りつつ体を診ていった。

それを3人が心配そうに見守る。

傷も骨も治り、体のどこも異常がなかったが、用心しろとマジ―ルが釘を刺した。

あんな傷を負ったというのに、傷跡が残らないだなんて、現代医学も驚愕するほどの回復力だ。

マジ―ルは部屋から出ていき、残った俺らは互いに顔を見つめ返す。

「えっと、どこまで話したっけ?」

「あなたが前の世界での体について話すとこでした」

マコトが答える。

「そうだった。で、俺の前の世界での体はサル族でいいのかな?あれに近い」

「サル族ですか?」

「ああ、といってもあんな毛もくじゃらじゃない。ほとんど毛が抜けている。あと、こっちと違うと言えばミールやマコトの使っているような魔法がない。そのかわりに―」

「ちょっと待って」

説明しているのをミールが止める。

「今話しているのも気になるけど、あんたが今まで出身を話さなかったのって、違う世界だからっていう理由だったの?」

「まあ、そうだな」

「どうして言わなかったの?」

ヴァルが聞く。

「まえにいた世界で俺は凄く嫌われていたんだ。友達もいなくなって。周りにいたのは冷ややかな目を持った人だけ。人との接し方を忘れたせいもあって、この事を話したら嫌われると思って話さなかったんだ」

当時のことを思い返し、少し胸が締め付けられる感覚がした。

「親はいなかったの?」

ミールが聞く。

「親はどっちも自殺した」

親の最後の姿が頭をよぎる。

それを忘れるように頭に手を置き、爪を食い込ませる。

マコトとヴァルはミールを睨みつける。

ミールもタブーなことを聞いてしまった事を反省し、ごめんと呟きながら俯く。

「いや、いいさ。気にしないでくれ」

手を放し、皆と顔を向き合う。

「でも、周りが周りなだけあって死んでよかったと思ってる。悔いはないし」

「死んでよかったと言いましたが、なぜ死んだんですか?」

「まさか、自殺?」

マコトの質問にヴァルが続けて聞いた。

「いや、最終的な死因は・・・ショック死?」

「最終的とはどういうことです?」

マコトが聞き返す。

「死ぬ前にいろいろあったからさ。前歯折れて、スプレーかけられの、棘の道を進み、ヤクザとマフィアの抗争に巻き込まれ、三輪車にひかれた」

「なんのですか?」

「死ぬ前に起きた出来事」

「そう・・・ですか」

意味不明なその出来事に混乱したマコトがミールとヴァルに助けを求めるように見つめる。

「えっと、その出来事の後に死んだんだよね?」

ヴァルが口を開く。

「そう。死んですぐに女神様に会って一方的に説明された後、この世界に来た」

「私達とあったのは、こっちに来てどのくらいなの?」

「すぐだな。混乱している中、見たことのない生物が現れて、いきなり煙でいぶしてくるから逃げちゃったよ」

「あの時はごめんね」

「いいさ。みんなも事情は知らなかったし、しょうがないさ」

「ここまで話したことは何となく理解したけど」

ミールが言葉を詰まらせる。

「けど、どうしたの?」

「ここまでの話が仮に本当なら―」

「仮に?」

まだ疑っているのかと言わんばかりにマコトがミールを睨みつける。

「わかった。わかったから睨むのをやめて」

「ったく」

マコトは睨むのをやめ、俺に顔を向ける。

「私が言いたいのは、いつどこで頭にプロテクトをかけたの?」

「そういえば、そうだな」

ガナードは頭をポンと軽く叩く。

「知らないの?」

「さっきも話したけど、前の世界とこの世界の体は違うから何も言えないんだ」

ガナードがそう答えると、皆沈黙した。

「あ、そうだ!」

ヴァルがミールを手放し、手をポンと叩いた。

「ちょっと!」

ヴァルの腕の中にいたミールが床に落ちる。

「ごめん。でも、私分かったかも!」

「何がわかったの?」

ガナードが聞いた。

「ガナードちゃんの体は違うからだなんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ、その体を作った本人に聞けばいいんだよ!」

「その体を作った本人・・・」

頭にピンとひらめく感覚が走り、思わずあーと言いながら頷く。

「どういうことで・・・あー」

マコトも理解したようだ。

「なに?私を置いて納得しないでよ」

ミールだけ理解せず、ローブに付いた埃を振り払いながら立ち上がり、3人の顔を不機嫌な顔で見ている。

「そうとなれば、行ってみるか」

ガナードはベッドから降り足を床に付けた。

「立てますか?」

マコトが心配し、声をかける。

「ちょっと待ってくれ」

足に力を入れ、ゆっくり立ち上がろうとした。

上半身に重りを付けられてるかのように重かったが、立ち上がることができた。

「大丈夫だな」

「無理そうだったら私がおんぶするよ?」

気を使ったヴァルが俺に歩み寄り、肩に手を置く

「いや、案外行けそうだ」

ガナードはいつものように歩き出す。

「それで、どこに行くの?」

ミールが聞く。

「教会」

「なんで教会にい―」

言い終わる前にミールはやっと理解し、あーと言いながら頷いた。



ガナードはヴァル達の後に続き、民家から出た。

久々に浴びる太陽を背伸びし、全身に浴びた。

「やあ、どうも!」

気さくな挨拶をしてくる者がいた。

「ん?」

ガナード達はその声の方向に振り向く。

そこにいたのは海賊風な服を身に付け鳩胸のように胸を突き出し、背中から翼が伸びているカモメの獣人と、自身の体よりも大きいリュックを背負い、風が吹いたら吹き飛ばされそうな小さいバレットを被っている小太りなアライグマの獣人が並んで立っていた。

ガナードが助けた人の中にこの2人はいなかった。

こんな特徴的な姿だ。嫌でも記憶に残るし、忘れるわけがない。

「お怪我の具合はどうですかな?」

カモメはゴツゴツとした鳥の脚のような手を出し、伺った。

「もし体が痛いと感じるなら、うちの鎮痛剤をぜひぜひ!」

アライグマはリュックを下ろし、中から鎮痛剤の入っている瓶を取り出しガナードに持ってきた。

「お近づきの印にどうぞ」

笑顔でそう言い、ガナードに鎮痛剤の入った瓶を渡した。

「いや、俺、お金持ってない」

「いいんです!受け取ってください!」

返そうとしたが、アライグマは無理矢理押し付け受け取ろうとしなかった。

「申し遅れました。私、アライ商会の『グリプス』と申します」

「アライ商会?」

ガナードは首を傾げ、マコトに顔を向ける。

視線に気づいたマコトが振り向く。

「どうしたんです?」

「いや、アライ商会について知ってるかなーって」

「ええ、知ってますよ。アライ商会は世界規模で商いをしている人たちです」

「へー。そんな商人がどうしてこんな所に?」

「もともとここで商いをしていたんですが、またここで商いをしようと来たんです」

「ちなみに、俺は『もと』ここの住民さ」

カモメが言う。

「もとここの住民?」

ガナードが聞き返した。

「そう。俺達はこの町に住んでいたのさ。まあ、今じゃあ船での生活だがよ」

「船ってことは、この町から追い出されたとか?」

「いや、自分からこの町から離れただけさ」

「離れた?」

こんな立派な街を捨てるなんて、何か深刻な事情があるのか?

思考をめぐらすがそれらしい答えが思い浮かばず、呆然と立ち尽くす。

「ところで、どこかに行くんじゃなかったのか?」

カモメの言葉で俺はハッとした。

「あ、そうだった」

「そっちを済ませてからでもいいぜ。俺達はハイエナのあんちゃんの食堂にいるからよ」

「わかりました」

「それじゃあなー」

2人は足並みをそろえ、食堂へと向かい始めた。

「いつからあの2人はいたの?」

ガナードは3人に聞いた。

「確か、3日前だと思うよ」

ヴァルが答える。

「海から船がイーッパイやってきて、それにあの海賊さんがいたの」

「アライグマというか、グリプスは?」

「グリプスさんはテレポートでやってきたの。ほとんど同じタイミングだったよ」

「何の用で来たんだ?商いをするとか言ってたけど」

「用事が済んだらお話してあげたら?」

「そうだな」

ガナード達は再び教会へと向かい始めた。



教会に着き、ドラゴンの像の前へ歩み寄り、跪き目を閉じた。

3人もガナードに続くように跪き目を閉じた。

しばらく目をつぶっていると、世界が変わる感覚がわかった。

ゆっくり目を開き、顔を上げた。

目線の先には革のソファーに足を組んで優雅に腰かけている首の長い赤いドラゴンの女神様がいた。

なんでここにソファーが?

そんな疑問を抱きながら立ち上がった。

「あなたの活躍は聞いているわ。けど、『暗殺』をしなさいって教えたはずなのに、今回あなたがやったのは明らかに『殴り込み』じゃない?だれがそんなことをしろ言ったって?ねえ?」

「その件については反省する。次から気を付ける」

「はぁ、まあいいわ。で、私に何か御用?」

長い首を曲げ、頬杖をつきながら聞いた。

「聞きたいことがある」

「なーに?」

「俺の体を作った時に、頭にプロテクトっていう魔法をかけたか?」

「ええ、かけたわよ」

それを聞いたミールは顔に手を当て、自分のしてきたことを恥じた。

「事情は知ってるわ。一部、あんた達のやり取りを見て来たけど、私の説明不足が招いた結果でもあったわね。悪かったわ」

女神は頬杖を止めるはおろか、頭を下げることをせず言葉だけの謝罪をした。

女神とはこういうものなのか?

「まあ、あなた達の方で何とか解決しそうだし、私が関与する必要はないでしょ?」

「解決できるかどうかはさておき、今回の一件はマジで大変だったぞ?」

「だから謝ってるんじゃない」

死にかけるほどの案件になったというのに、この女神は詫びの品はおろか謝罪1つまともにできないのを目の当たりにし、ため息を吐きながら頭を下げ、これ以上追求することを止めた。

「もういい、俺が馬鹿だった」

「私からも証明すればいいんでしょ?」

『ほら』と人差し指を突き出すと、俺の前の空間に黒い穴が開いた。

マコト達の前にもガナードと同じような穴が開いた。

「いまからガナードのいた世界を映してあげる。それを見たら納得するでしょ?」

 「なんで俺まで見なきゃいけないんだ?」

 「確認のためよ」

 「なるほど」

 ガナード達は目の前にある穴を見ていると、ある光景が映し出された。

 ビルが建ち並び、傍の歩道では人が歩いてる。

 ガナードにとっては見慣れた光景だが、マコト達には初めて見る光景であり、呆然とそれを見つめている。

 その光景を見ていたら、ガナードが違和感を覚えた。

「ん?」

屋外カフェで雑誌を読んでいる人に目を向けた。

 その雑誌の表紙に目を凝らして見てみると、大きく見出しに描かれていたのをゆっくり読み上げた。

 「遺産つぶしのヤクザ。その一生に直撃」

 「それ、あなたの事よ」

 「俺の事?」

 「そうよ。あなたが死んだ後、あなたの事をインターネットやテレビで取り上げられてるけど、何一つあなたの事を報道していなかったわよ」

 俺の前にある穴が違う映像を映し出した。

 次に映し出されたのはとあるバラエティ番組だった。

 その番組は次のような題で特番を組んでいた。『極悪非道の若ヤクザ その彼の一生に迫る!』と。

 そして、その特番が流れ始めた。

 『おい!お前俺を見たな?ぶっ殺すッ!』

 荒々しい口調で無茶苦茶なことを言っている大柄な男が、小柄な男の胸倉を掴む。

 それと同時に大柄な男の名前が字幕で出てきた。

そこにはこう書かれていた。『佐藤 凛太郎』と。

「はぁ!?」

ガナードのかつての名前が出て、思わず目を丸くし声を荒げた。

映像は続いた。

その大柄な男は小柄な人間だけでなく、家族にも暴力をふるっていた。他にも、幼いころから物を盗み、小学生で喧嘩を売ってきた者に対しては関係者に陰湿なことを自分の気のすむまでやっていた。その一例としてバラエティに取り上げられたのがペットを殺し、その首を寝床に置くといったことをしていた。

「俺はゴッ〇ファーザーか!?」

「ホント、笑っちゃうくらいあなたの事話していなかったわ。まさに、『死人に口なし』ってね」

「てか、これの情報提供元どこだよ?だれがこんな事―」

そう。こんなことをする―いや、できるのはあいつらだ。

俺を散々苦しめた叔母達。それ以外ありえない。

そして、その勘が見事に当たった。

身に覚えのない再現ドラマを見続けていると、自称被害者の叔母のインタビューに切り替わった。

「あの子は私の兄を苦しめていたんです。いつも兄から相談を受けていました。どうしたらあの子はいい子になるんだと。そんな兄を見てて何もできなかった私は辛くて、悔しくて―でも、あの子があのような荒くれものでしたから、最後はあのようになったのも仕方がないとしか思えません。ただ、あの子に正義の鉄槌が下ってほしかった。私が望むのはそれだけですが、それもかないませんでした」

涙ぐみながら叔母は答えていた。

「なにが『兄を苦しめていた』だ?実の兄を苦しめたのはお前だろ!!」

ガナードは叔母の映っている穴に殴りかかったが、拳は穴を貫通し虚しく空ぶっただけだった。

ただでさえ叔母達に苦しめていただけでなく、死んだ後でも追い打ちをかけてきた。

だが、そんなことはどうでもいい。生前でもこの様になることは予想していた。本当になった事には正直驚いた。

ガナードが怒りを覚えたのは叔母の口から『正義の鉄槌を下ってほしい』と言う言葉だ。

悪行を行い、自分の欲を満たすために実の家族を追い詰めた張本人が現れ、本来下るべき鉄槌をためらうことなく、ましてや悪びれることなく言ったことに怒りを覚えたのだ。

「この悪魔が!畜生以下の生物が!何が正義の鉄槌だ!?お前が正義を語るな!」

何度も穴を殴るが、すべて虚しく空ぶるだけで無意味なことはガナード自身わかっていたが、殴らずにはいられなかった。

その光景を女神たちはただ茫然と見ていただけだった。

「なあ、女神様」

息を乱しながらガナードは言った。

「なに?」

「改めて俺がやるべきことを教えてくれ」

「いいわ。あなたはこの大陸、『アルヴィカーレ』に侵略したデスボナと名乗る軍団を撃退し、再び大陸を平和にするよう革命を起こす。これが、あなたのやるべきこと」

「それが俺のやるべきことだな。改めて理解した。そして、俺はここで誓う!正義だ悪だと言われようが、絶対にその使命を果たす!」

ガナードは自身の胸に親指を突き立て、宣誓するとその場に跪き、今いる空間から消えた。

余りにも唐突なことや知られざる事実を目にしたマコト達は互いに顔を見つめ、困惑していた。

「そうそう。さっき見た物は他言無用。いいね?」

女神がそう釘をさすと、3人は頷き返した。

「じゃあ、今後この様にならないよう努力しなさい」

「承知しました」

「わかりました」

「わかり・・・ました」

ミールだけ口ごもったが、誰も追及することなくこの場は終えた。



 意識が戻った。それと同時に、顔に何か違和感を覚えた。

 なにか、ジメッとしたような湿気を感じた。

 目を開けるとヘッヘッと息をし、舌を垂れ下げているオオカミがいた。

「オオカミ!」

喰い殺されると思い、とっさに刀に手を伸ばし戦闘態勢に入ろうとした。

「オオカミ?僕オオカミ族じゃないよ?」

前にいるそのオオカミ風のイヌ族は刀に手を伸ばしているというのに臆することなく続けた。

「おいらはハスキー族だよ!ここで何してるの?寝てたの?お祈りだったらおいらに事に気付くよね?寝てたんでしょ!そうでしょ!」

子供のようなあどけない話し方だが、体付きはイヌ族の兵士のようにがっしりとしていて少しばかり混乱する。

「助けてもらった人に対してなんて口だ!」

後ろから肩を怒らせた1人のイヌ族がハスキーに歩み寄り、頭を強く殴った。

「いった~い」

「この程度でピーピー泣き言を言うな!それでもドゥージー王国の兵士か!」

「だって、みんな仲良く同じポーズで寝ているか、お祈りしているのか気になったんだもん!もし、寝ていたらここで寝ることは縁起がいいのか、それとも気持ちが良くて寝ているのか、他の理由があって寝ているのか気になったんだもん。それで―」

「やかましい!」

そのイヌ族はハスキーのマズルを掴み、無理矢理黙らせた。

ガナードがこのハスキーを見ている内に、何かを思い出しかけてきた

「どこかで見たような」

「おいらの事覚えてる!?」

手を振り払い、キラキラした青い瞳でガナードを見つめた。

「え~っと」

「おいらだよ!おいら!君に助けられた兵士!」

「思い出した!町で操られていたあの!」

「そうそう!」

先日、マジ―ルと一緒に行った町でマジ―ルが態度を急変させるきっかけとなった兵士だ。

成程、こんなに口が達者な兵士が急に黙り込むだなんて、異常としか言いようがない。

「それで、結局ここで何をやっていたの?お昼寝?」

「まだ聞くか!」

今度は首根っこを鷲掴みにし、ハスキーを持ち上げた。

「愉快な兵士さんだねぇ」

後ろからカモメの獣人がクチバシを撫でながら現れた。

「遅いもんだから気になって来てみたんだが、もう用事は済ませたのか?」

「ちょうど今済ませた所です。待たせてしまったようで申し訳ない」

「大丈夫さ。まあ、ここで話すのもあれだ。腹減ってないか?続きは食堂で話そうじゃないか」

カモメがガナードの肩に手を回し、そのまま教会から連れ出そうとした。

「お仲間さんも待ってるぜ。早く来ないと俺達だけで全部食っちまうからな!」

豪快な声でマコト達に言い残し、2人は教会から出た。

「そうそう。自己紹介がまだだったな。俺はマッシュ・フライバードだ。鳥族のカモメだ」

「ガナード・グウォーデンです」

「よろしくな。ガナード」

マッシュが余った手を出し、ガナードはその手を握り握手を交わした。



道中、ガナードを心配していた人たちが声をかけてきて、それの対応してきてるうちにハイエナ食堂の前へと付いた。

「よし、ここまでこれば俺の肩は必要ないだろう?」

「ええ、皆に声をかけてるうちにふらつきましたから、とても助かりました」

「なーに、それを見越してやったんだ。それにしても、お前さんみんなから好かれてるな」

「好かれてるのかな?」

「町に来た時、お前さんの事をみんなから聞いたが、みんな頭が上がらないと言いた感じだぜ。相当活躍したんだな」

「活躍―なんですかね?」

「まあ、続きは飯でも食いながらと行こうじゃないか?」

「そうですね」

マッシュから離れ、彼と共に食堂に入った。

中は見慣れない鳥族が町の人と一緒に酒を飲んでどんちゃん騒ぎだ。

喧嘩してるかピリピリしているか不安だったが、仲良さそうにしているようで内心ほっとした。

「ガナード!」

入ってきた存在に真っ先に気付いたのはハイリーだった。

「大丈夫か?傷は塞がったのか?」

カウンター席から離れ、ガナードに足早で駆け寄った。

「もう塞がってるよ。それより、食事できる?」

「ああ!すぐに準備させる!オスども!」

カウンターの後ろにいたオスのハイエナ達がひょこひょこと顔を出した。

「聞こえたろ!今すぐ作れ!」

「へい!」

ハイエナ達はカウンターの裏で料理を作り始めた。

「船長!戻ってきたんですか?」

海賊風の格好をした鳥族が足をフラフラさせながら寄ってきた。

「おいおい。酒臭いぞ」

「へへー、こりゃーすいません」

「まあいい。俺はこれからこの方と少し話をする。あまり邪魔をするなよ」

「アイアイサー!」

敬礼すると、その鳥族はまた席へ戻った。

「グリプスが席を取っているはずだが―いたいた」

マッシュが向けた視線にガナードも向ける。

彼はリュックを隣の席に置き、目の前に並べられている料理を食べている。よほどおいしいのか、テーブルには何枚もの皿が積み重ねられている。

「いい喰いっぷりだな」

ガナードとマッシュは彼の所に行き、腰かけた。

「おっと、これはお見苦しいところ見られてしまった」

「気持ちは分かるぜ。あのあんちゃんの作る料理はマジでうますぎる」

「そんなにおいしいの?」

「ああ、スカウトしようか迷っているくらいだ」

「世界中の料理を食べてきましたが、これ程おいしいのは初めてですね」

「へー」

そんな話をしてる内に、料理が運ばれてきた。

「ガナード様は先にスープから飲んでくださいね」

配膳係のハイエナがそういいながら料理を並べていった。

けど、並べられた料理を見てどれもある共通点がある事に気付いた。

「魚料理しかないな」

「あーやっぱりそう思うか」

マッシュが目線をそらし頬を掻く。

「肉は全部客人が食べました」

ハイエナがそう言い残し、カウンターに戻っていった。

「全部食べたの?」

「ま、まあ、食べた―でも、俺達はそれはよくねぇと思って魚を調達してきたんだぜ!」

「私としても見過ごせなかったので、料理に使う物すべて売りましたよ。お支払いはスカイバード海賊団に請求したので安心してください」

「わかりました。ご協力感謝します」

ガナードは深々と頭を下げる。

「取り敢えず、飯を食ったらどうだ?ふらついてるんだろ?」

「そうですね」

ガナードは頭をあげ、スプーンを手に取り食事を始めた。

久々にとる食事、喉を通り胃にたどり着くまでの感覚をこれほどに素晴らしいと思ったのは初めてだ。そして何より、ハイエナ達のつく料理が何とも言えぬ旨さであった。

食事をとりながらガナードはマッシュに町の事と町から離れた経緯を聞いた。

元々ここは漁業で生計を立てていて、持ち前の翼を活かし、多くの町や村で魚を売りさばいていた。そんな時、内戦が起きた。マッシュ達は狼王派でもなく、獅子王派でもなかった。それが気に食わないとなり彼らの魚を買い取る所が無くなっていった。幸いにもグリプスが買い取って売りさばいていたが、それでもギリギリだった。そして、デスボナ帝国の侵略。町や村で理不尽な納税が行われているという事実を目にしたマッシュはそのような目に遭うのはマズイと思い、この町から出ようとみんなに提案した。だが、どのようにして生活するか迷っていた所、グリプスが現れ彼等を援助した。その内容が海賊狩りという仕事の紹介であった。船を作る技術をもっていたので、材料云々と言った物をグリプスに提供してもって町人全員が乗れる船が完成し、町を離れていったとのことだ。海賊狩りは命懸けで大変だが、報酬が良く、みんなの懐が豊かになったため今じゃあ誰も文句は言わないはおろか、次の仕事が待ち遠しいらしい。

「なるほどね~」

途中で合流したヴァルとマコトが頷く。

「じゃあ、なんでこの町に戻って来たんですか?」

マコトが聞く。

「しばらく離れていたからどうなっていたか、ふと気になっていたんだ」

「私も同じ理由でここに来ました」

「なるほどね」

「ところで、この町に名前は付けたのですか?」

「町の名前だァ?ここの町は『スカイバード・フライフライ・ビューンマクレイド・ギョギョギョーットタウン』って名前だ!町の出入り口の前に看板があったろ?」

「それは船に積み込みました」

「あれ?そうだっか?」

「船出をするときに『この町の名前と意思はすべてこの船に受け継ぐ!』ってことで看板を積んだのを私は覚えてますよ」

「そうだっけか?ダハハハハハ!こりゃあ参ったな!」

「それで、町に名前を付けたんですか?」

豪快に笑うマッシュにため息を吐き、笑顔に戻しながらグリプスが聞いた。

「町の名前か・・・」

ガナードはマコトとヴァルに顔を向けるが、2人は自分で決めることだと言わんばかりに頷き返した。

答えが出ないことを分かったガナードは一度顔を上げ、食堂の中を見渡した。

いろんな種類の獣人が笑顔で共にいる。あのような酷い目に遭うことなく、今のような幸せが続くような場所であってほしい。

「パラダイス」

そう言葉を漏らす。

「それがこの町の名前か?」

「そうしようと思うけど、一時的にここに住んでるだけだし、戦いが終わればみんな元の場所に帰ると思うけど」

「それは自分の耳で聞いてみることだな」

マッシュが腰を上げ、ガナードの横に立つと首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。

「おーい!ガナードから重要発表があるそうだ!」

「え!?」

マッシュの声で食堂にいた人たちが一斉にガナードに顔を向ける。

マッシュはそれに向かい合わせになるように立ち、ガナードを横に下ろした。

「言えって言ったって、俺が勝手に決めたらダメでしょ!」

声を抑えてマッシュに言う。

「大丈夫さ。聞いてみたらどうだ?」

クチバシを食堂にいる人たちに振りながら言った。

さっきまでがやがやと騒いでいた食堂はシーンと静まり、何か期待している目でガナードを見ている。

「発表する前にみんなに聞きたいことがあるけど、この戦いが終わったらみんなは元の家に戻るのか?」

「元の家?ここに住むんじゃないのか?」

「海賊たちはここに住んでもいいって言ったぜ!」

「ここのほうが前のとこより住み心地良くて離れたくねぇよ!」

「俺も離れたくねぇ!」

「俺もだ!」

酒が入ってるからか、静まり返った食堂がまたガヤガヤと賑わいを戻した。

「住んでもいいの?」

「いいぜ!俺達も船のほうが生活しやすいし、新しい拠点も作ったからこの町をくれてやる!」

「さすが船長!太っ腹!」

「いいぞ!船長!」

すでに済んだ話であるはずなのに、初めて聞いたかのような盛り上がりだ。

酒の力はすごいものだと思った。

「町の名前は何て言うだ?」

「教えてくれよ!太っ腹船長!」

「こいつが教えてくれるさ!ほら、言いな!」

ガナードはマッシュと食堂の人達の顔を交互に見る。

両者ともガナードの言葉を今か今かと言わんばかりに見つめる。

マコト達の方を見るが、3人とも小声で『言っちゃえ』と小声で催促する。

こういう雰囲気はガナードにとって苦手でしかない。だが、言わなければこの場は収まらない。

体を前に向け、一度咳払いをして喉の調子を整える。そして、足を肩幅まで広げ、腰に手を当て、声を張り言った。

「今日からこの町は、楽園を意味する『パラダイス』と命名する!」

「パラダイスにカンパーイ!」

マッシュがジョッキを手に取り、掲げながらに乾杯の音頭を取った。それに続き食堂にいる人達も乾杯をした。

そこから食堂の賑わいが増し、その賑わいに惹かれるように町中の獣人が参加し、宴会というよりかお祭りになってしまった。



日が沈み、月夜が眩しく光り始めるが食堂は賑わいを終えることはなかった。

その食堂から足をふらつかせながらガナードが出て、人気のいない裏路地にまで向かった。

溝の前に膝を付き、顔を下ろし、そして―

「うぼぇぇぇぇ!」

溝に吐いた。

何日も物を食べていないため、酒と料理を一気に食べてしまった事により胃がびっくりしたのだろうと自分で結論付けた。

「ねぇ。ちょっといい?」

後ろから声が聞こえ、口元を拭いながら振り返る。

ミールが水筒を手に持ち立っていた。

顔を下に向け、顔を合わせなかったが時折目だけガナードに向けていた。

「口の中、ゆすいだら?」

水筒を差し出し、それをありがとうと言いながら受け取る。

口の中をゆすいでる間にミールは杖を構え、ポータルを開こうとした。

ゆすぎ終わるころにはポータルは開いていた。

「ついてきて」

そういうとミールはポータルの中に入り、その後にガナードも続いた。

ポータルの先には草が生い茂っている草原についた。

この場所にガナードは見覚えがあった。

ハイリーとヴァルの3人でローナゴを捕まえに行った場所だった。

場所を確認していると後ろのポータルが閉じる。

ガナードはミールに顔を向けるが、ミールは顔はおろか背中を向け、だんまりを決め込んでいる。

しばらく沈黙が続き、居心地が悪くなってくる。

「その、俺に何の用?」

「・・・」

(いきなり聞いても答えづらいか。どうしたらいいかな?)

言葉にするのは難しい。その言葉をふと思い出した。

(言ってみるか)

「言えばスッキリするかもしれないぞ?何を言ってきてもいい。肩の力を抜いて行ってくれ」

そういうと、ミールは顔半分だけ振り向く。

言いやすくしやすいようにガナードは笑顔を作る。

ミールは目を泳がせ、深く息を吸い、そして重い口を開いた。

「なんであの時、『ごめん』って言ったの?」

「あの時?・・・ああ、あのときか。なんでだっけ?」

「はあ?」

目を丸くしながら振り返り、俺の顔を見つめる。

「なんで思い出せないの?あんたのその一言でこっちはどれだけ眠れなかったかわかるの?ねえ!」

毛を逆立て、杖を振り上げたままガナードとの距離を詰める。

「わかった!言うから!言うから杖を下ろして!」

手を前に出し、距離を取りながら言う。

ふーッとため息を吐きながらミールは立ち止まり、それに合わせてガナードも止まる。

(言えって言われてもなぁ・・・あのことで謝ったのか?)

「ほら、俺が言わなかったせいで皆をバラバラにしたから、その謝罪をしたくてごめんって言ったと思う」

「思う?」

「記憶があやふやなんだ!もうこれ以上は何も言えない。目が覚めたばかりで混乱してるんだ」

「・・・まあいいわ。それなら幾分納得できるし」

「えっと、じゃあこれでおしまい?」

「いいえ、まだよ」

「まだあるの?」

「あるけど、けど―」

言葉を詰まらせ再び顔を伏せる。

「その、わ、わ―」

「わ?」

「私が、悪かったんだけど―」

「悪かったけど?」

「でも、あんたのせいでもあるから、100%私が悪いわけでもないから」

「素直に『ごめん』って言ったらこの場は収まるぞ」

「ッ!!うるさい!」

ガナードの足の指を杖で潰す。

「イッテェ!!」

足を抑えゴロゴロと転がる。

「私が悪かったです!ごめんなさい!これでいいでしょ!?」

投げやりな感じで謝罪をされて納得できなかったが、引きずってもしょうがないとガナードは諦めをつけた。

「じゃあ、これで言いたいことは言ったな?」

痛みがなくなり、ゆっくりと起き上がりながら確認した。

「まだ言ってないことがあるんだけど」

「あるの?」

「あるわよ。その、妹の事だけど」

「言ってもいいのか?あんなに嫌がっていたのに」

「あんただけ一方的に話すのは気が引けるから、私も話すわよ」

「俺の場合は誤解を解くための物だったし、無理して話さなくてもいいんだぞ?」

「私が言うって決めたんだから、気持ちを無駄にさせないでよ」

「そうだな。すまない」

ミールは一度深呼吸をし、心を落ち着かせて話した。

「私にはね、妹がいたの。とても臆病で全身黒い毛並みの妹。名前はエスティナ。母親と私達の3人家族で慎ましく頑張って暮らしていたけど、母親が突然消えちゃったの。生活に困っていたけど、運良く魔法学校に特待生として私達スカウトされて生き延びることができたわ。卒業した後、私は傭兵として、妹は講師として働いていたの。ある時、久々に妹に会いに行ったらさらわれる瞬間に出くわしたの。黒い鎧を身に着けた黒い翼の鳥族。そいつを探している内に女神様が現れてあんたと協力する代わりに、情報を与えるって言われたの」

「それで、妹さんはどこにいるんだ?」

「デスボナ帝国に捕まってるって聞いたけど、詳しい場所までは分からないって」

「あの女神ろくに情報も与えなし、仕事もしねぇな」

「一応、この町で起きている奇跡みたいなものはあの女神がやってるわよ」

「奇跡?」

「聞いてない?作物が速く育ったりしてるのは女神の力でやってるの。その代わりに、お供え物を出しなさいって」

「へー。気にはかけていたんだ」

「取り敢えず、私の過去はこんなものかな?」

「その妹を助けるためにここに来たって感じか」

「まあ、そうなるわね。ここについた当初、すぐに助けに行けると思ったけどなかなか行かなかったからつい、イライラしちゃってあんたに当たっちゃったの。本当にごめんなさい」

ミールは頭を深々と下げ謝罪した。

「謝るのは俺もだ。ミールの事情も知らずにわがままに付き合わせて申し訳ない」

ガナードも深々と頭を下げ謝罪した。

「妹の事で何か協力できることがあったら遠慮なく使ってくれ」

「いいの?私情を挟んじゃって」

2人は顔を上げ、ガナードは真剣な目つきでミールに言った。

「構わない。たった一人の家族なんだろ?それを見過ごすわけにはいかない」

「・・・私ってほんとバカね。助けてくれる味方を敵だって疑ったなんて、本当にバカ。嫌になる」

「そう俯かないでくれ。そうだ、ミールに聞きたいことがったんだ」

ガナードは刀に手を伸ばし、抜刀する。

「ちょっ、機嫌を悪くしたなら謝るから!なんでもするから!」

「え?ああ、違う違う。今からするの見て欲しいんだ」

ミールに背を向け、刀を構える。

鉱山の戦いで得た不思議な技を再現しようと、あの日の戦いを思いだす。

全身を貫かれ、切り刻まれ、矢を貫かれたあの日。それを思い出しただけで塞がった傷跡が疼く。それと同時に、刀に力が集まるのを感じる。

力が集まった刀を上げ、少し離れた所にある木に向かって力を飛ばすように振り下げた。

力は刃の形となり、木に直撃する。直撃を受けた所には抉られた様な傷がついた。

「へー。珍しい、『気』が使えるのね」

「『気』?」

「知らないの?」

「俺のいた世界じゃあ『魔法』ってものはなかったから」

「ウソでしょ?どうやって生活してるの?」

「まあ、『科学』ってものを活用していたな」

「『カガク』?」

「まあ、その話は置いといて。魔法ってものを教えてくれないか?」

「いいわ。子供にも分かりやすいよう簡単に教えてあげる」

「それは助かる」

「いい?この世界は地水火風と光と闇の属性があるの。気はずっと前からあったらしいけど、使える人が少なくて気にもかける人が少なかったの。けど、今から二百年前にシバイヌ族だけが扱える武器『操珠』(そうじゅ)っていう武器でやっと気の存在が認められたの」

「マコトが使ってるあのプカプカ浮かんで飛ばす鉄球のことか?」

「そう。気は地水火風に干渉できるけど光と闇には干渉できないらしいけどね」

「じゃあ、俺は地水火風も使えるのか?」

「理論上そうかもしれないけど、地水火風すべて使う事態、凄い難しいの。魔術師千人いたら1人しか使えないくらい。才能だけじゃあ成り経たないくらいにね」

「へー。ミールもいろんな種類の魔法を使っていたけど、才能と努力のおかげってわけか」

「そう。まあ、自慢じゃないけど、特待生でスカウト組でしたから」

鼻をフンとならし、誇らしげに胸に手を当てる。

これを自慢じゃないというなら何て言うのかガナードは気になった。

「気の事はマコトに聞いてみたら?あっちの方が詳しいと思うし。他の属性は私の本を貸してあげるからそっちで学んでね」

「わかった。じゃあ、そろそろ戻るか?冷えてきた」

「そうね。そうしましょ」

ミールは杖を構え、呪文を唱え終えるとポータルが開いた。

「ほら、行くわよ」

「わかった」

ガナードはポータルに向かって歩みだす。

「その。改めて言わせてほしいんだけど、よろしくって」

ガナードとすれ違いざまにミールが言ったが、言うにつれてどんどん声が細くなり最後にはほとんど聞き取れない声量だった。

「俺も頼りにしてるぞ。ミール」

顔半分だけ振り返り言った。

「聞こえたの!?」

「いいや、聞こえてなかったけど、気持ちで察した」

「あの、その、えーっと」

返されると思ってなかったのか、ミールは動揺し返す言葉を探す。

「気持ちで十分だ。言葉はいらない」

それを聞くとミールは動揺するのをやめ、ガナードを見つめるとうんとうなずき返し、ガナードと共にポータルへ入った。



時は進み、ガナードとヴァルが食堂へ向かっている道中のこと。

「ほら、持ってきたわよ」

ミールが分厚い本を片手にガナード達へと合流した。

「これが6属性の本か」

ガナードはその本を受け取る。

「お勉強するの?」

「ああ、この世界の事を少しでも知らなくちゃな」

「わからないことがあったら私に聞きなさいよ」

「わかった」

「ガナードさーん!」

マコトが巻物を片手に走ってくる。

「これが、気の事について記してる巻物です」

息を荒げながらガナードに渡す。

「お疲れ。マコト」

「いえいえ。ちなみに、絵と一緒に描いてあるので大変分かりやすいものですよ」

「へー」

本をわきに抱え、余った手で巻物を受け取った。

「あーお腹が減りました」

マコトがぽっちゃりとしたお腹をさすりながら言う。

「じゃあ、マコトも食堂に行くか?」

「ええ、絶対に行きますよ」

「ミールも、な?」

「わかったわよ。しょうがないわね」

あきれたような表情で言うが、尻尾はくねくねと揺らいでいた。

「じゃあ、行くか」

4人は仲良く並び、道中楽しく雑談を交わしながら再び食堂へと向かい始めた。



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